小さな手を取って
知識欄にあるフリンルルディ地理知識を利用しながら技能センターへと向かう。目的地は南北に縦断するピエリス通りという名前の通りにあるらしく、有名なお店や主要な施設は概ねここに集まっているようだ。
花々の咲き誇る華やかな道を三人で肩を並べて歩いていると、涼やかで気持ちのいい風が道を駆け抜けて私たちを追い越していく。
冷たい感覚に心地よさを感じながら花のような街の香りが鼻腔をくすぐった。
少し足を止めてひんやりとした空気に包まれた華やかな街を見る。
この景色を見ていると悩みを忘れられて、心の中がすっと晴れやかな気持ちになる気がする。
思わず景色を切り取って残しておきたいと頭をよぎった。
私が急に足を止めたことを不思議に思ったのか、アカネとリリエさんが振り返った。
「キョウ?」
アカネは小首を傾げて私を見つめてくる。
その顔を見て私はさっき行き先を決めた時にアカネが浮かべていたしたり顔を思い出した。
『今回はキョウに譲ってあげよう! 私の方がお姉さんだからね!』
確かに行き先を譲って貰ったのは私だし実際に私の方が年下なのは確かなんだろうけど、もうちょっと対等に見て欲しい気持ちもある。
アカネを頼りたいとも思っている私の心が幼いのがいけないのだろうけれど。
想起された出来事に少し頬を膨らませながらも、別段気にすることは無いということを首を左右に振って二人に伝えて再びアカネの真横に戻る。
「ただ景色が良いなぁって思って見てたの」
「確かに日本にいたら見られない景色だよねぇ。匂いも風も感じるから昔のVR観光とかとかなり違うし」
しみじみとアカネが言う。
穏やかな時間だ。
風がそよぐ音と鳥のさえずり、ガラス一枚挟んで聞くような喧騒だけが聞こえてくる。
女三人寄れば姦しいと言うが今ばかりはアカネでさえも押し黙って雰囲気を堪能していた。
会話は無く、普通なら気まずさを感じてしまう様な静寂なのに全くそういう気持ちにはならない。ただ心地よさだけを感じていた。
きっと二人も同じ気持ちだろう。
私はさりげなくアカネ越しにリリエさんを盗み見た。
眠たげに瞼が落ちたアメジストの瞳が静かに前を見つめている。
風にさらわれた黒色のくせ毛が邪魔だったのか鬱陶しそうに眼を細めながら髪をかき上げ、特徴的な長い耳に引っ掛けた。
その仕草はどうにもサマになっていて幼げな見た目に反して妙な色気があり落ち着いた印象の人だった。
……見た目は自由に変えられるみたいだし、見た目と中身のギャップなんて当たり前かもしれないけど。
少し覗き込むようにしていたからか、私の不審な視線に早々に気づかれた。
リリエさんはギョッとしたように目を見開くと、視線を逸らしながら「なんですか? 何かそんなに変ですか?」と両手で頬を包みながら慌てている。
私は盗み見ていたことに気が付かれて、動転して赤面した。
「えっと、その……」
「なーんで二人して私を挟んで初々しい雰囲気醸し出してんのさ!」
アカネは目を細めて口をへの字にして「付き合いたてホヤホヤなカップルかい」とほとほと呆れたように声を絞り出す。
そして私に抱きついて来た。
「うひゃあ! なんですか!」
「よいではないかー、よいではないかー」
アカネの口元が私の耳元に寄せられる。
「頑張って仲良くなりたいんでしょ? 私もついてるから大丈夫」
ことさら声を潜めて呟いた。吐息が耳をかすめてむず痒い。
もともとの位置を入れ替えるようにして回転し、三人集団の中央に据えられる。
私はアカネに自分の思惑を見抜かれていたことへの羞恥心とアカネという障壁が無くなったことへの頼りなさを感じて身を縮こませた。
……なんで仲良くなろうと思って声をかけるタイミングを窺っていたのがバレたんだろう。
そんなに露骨だっただろうか。
交友関係を広げていかなくてはならないと焦っていた気持ちを察されてしまったからか、単純に私のコミュニケーション能力が低すぎたからなのか。
リリエさんは愁眉を開いて一息つく。
話題を探すように私に視線を向けて一巡りさせると、私の肩に描かれている螺鈿色の紋章に目を留めた。
「印持ちということはアカネと同じでキョウさんも特異性質を持っているのですか?」
不可解な視線を送ってきた挙句、急に黙りこくった私の行動を見るに見かねたのか話を振ってくれた。
そして「教えたくなかったら教えなくても大丈夫ですよ」と一言付け加えてフォローも忘れない。
リリエさんはかなり大人な対応で、アカネが私に接するのと同じように子供扱いだった。
やはりそんなあからさまに子供っぽいだろうかと釈然としないものを感じて小首を傾げてしまうけれど折角気を使って話題をくれたのだから乗らない手はない。
「はい、そうです。リリエさんも特異性質を?」
「いえ、私は輪廻の印を持っていないので特殊なイベントはやってないですよ。初期位置ランダムだけだと発生しないようです」
特異性質は輪廻の印を持っていなければ獲得できないのはお父様が言っていたので間違いないと思う。
確かにリリエさんの体の見える範囲に輪廻の印はどこにもない。
「そういえばアカネにも無さそうに見えるけど……輪廻の印はどこにあるの?」
「太ももー。 ……見たい?」
アカネは「ちょっとだけよ?」と言いながら何やらメニューを操作するとスカートをチラリとめくって印を見せつけて来た。
ギョッとしてアカネのスカートを押さえつけ周囲を見渡して誰も見ていなかったことを確認する。
「あはは! 周りには見えないようにしてからやってるから大丈夫だよ」
「急にやるからびっくりした! 心臓止まるかと思った!」
揶揄われていたことに気が付いて食ってかかった。急にはしたない真似しないで欲しい。
「人の格好にはケチつけるくせに!」
「私はホラ、お姉さんだからさー」
「……百歩譲って年齢は上だとしてもアカネの行動は子供っぽいからね」
「なんだとー!」
二人して姦しくじゃれ合いながらやいのやいの言い争っているとリリエさんの方から密やかな声で「……二人は結構仲が良いんだ」と思わず漏れ出したような声が聞こえてくる。
リリエさんが不可解そうな顔で私たちを見つめていた。
「前から付き合いがあったの?」
「いや、昼過ぎから友達になったよ」
「昼過ぎから、友達…… それにしては仲が良い気がする」
あまり人と仲が良くなったと言われる経験が無いからどんな反応をすればいいのか分からない。口を開けば思ってもいない否定の言葉を吐いてしまう気がして私はむっつり黙り込んだ。
気恥ずかしくなって身を捩らせているとアカネに意味ありげな視線を向けられてそっと目を逸らす。
気持ちを気取られたくなくて、顎に手を当てて冷静に思索に耽るフリをする。
しかしアカネがリリエさんに返事をせずに「キョウはどうしてだと思う?」と言わんばかりの視線を向けるものだから、私が黙っているとリリエさんの言葉を無視しているみたいになってしまう。
私はリリエさんが無視されて悲しい気持ちになってしまうことを避けたくて何とか頭を回転させて理由を考えた。
「なんででしょう。割と踏み込んで揶揄ったりしても笑って受け入れてくれそうな安心感……でしょうか。いちいちビクビクしなくても良いというか」
「へぇー。そんなこと思ってたんだぁ」
アカネがニマニマとしている。
抗議の視線を向けながら「……もう言わないから」と徹底抗戦の姿勢を崩さなかったが、暖簾に腕押し柳に風と言った様子で全く取り合われなかった。それどころか生暖かい目線を向けてくる。
私は口を尖らせた。
……まぁでもほっとかれて空気みたいに扱われるよりいいか。
三人の関係における自分自身の立ち位置が年下的な扱いになるのではないかと一抹の不安を覚えるけれど、私の不安は最早確定的な未来な気がする。
半ば諦めに似た感情で無駄に足掻くよりも受け入れる覚悟をした方がよいかもしれないと思った。
リリエさんは瞑目していた。
そしてそっと息をつくと、何かを覚悟したように私を見つめる。
「……私のことも呼び捨てにしてください。敬語もいりません」
「え? えっと……」
「リリエ、自分が先に敬語取らないと難しいんじゃない?」
「あぁ、そっか。確かに……」
リリエさんは何故か一世一代の勝負に出るかのように大きく息をついた。
「……キョウ、私とも友達になってくれない?」
そう言って手を差し出した。
急な出来事に頭が真っ白になって呆然としていると、次第にリリエさんが慌て始めて「わ、私あまり友達いなくて、アカネとも友達だっていうから……」と取り繕うように言い始めた。
自分でも急な自覚があるようで視線をあちらこちらへ彷徨わせて、それでいて私と一切合わない。
ゲームの中だというのに冷汗が流れて頬に神が張り付いていた。
アカネに「ほら、チャンスじゃん。ここから仲良くなるの」と肘でツンツンと突かれる。
私だって友人が欲しかったし、イベントで友好関係を広げるのは重要だから仲良くしたいと思っていた。
自分から仲良くなろうと様子を窺ってタイミングを計っていたわけだし。
要は自分から行こうと思っていたら都合よく相手から来てくれたので心の準備が出来ていなかったのだ。
……うぅ。これじゃあ私ひいおばあ様が言っていた『コミュ障』ってやつじゃない?
「友達になるくらいで大げさだってば!」
アカネが「ほら、仲良くしたいんでしょ! 分かってるよ!」と言いながら私の手を取って差し出されていたリリエさんの手の上に乗せた。
やきもきさせて申し訳ないけれどその強引さが心強い。
柔らかく幼げな小さな手の感覚と、少し高めな体温が伝わってドキドキする。
私は小さな手をぎゅっと優しく握りながら勇気を振り絞って自分の心を伝えた。
「よ、よろしくお願いします!」
「は、はい! こちらこそ!」
リリエさんは差し出していない方の手を胸に当てていた。
少し目を潤ませている。
「……敬語やめるんじゃないの?」
呆れたようなアカネの声がやけに頭に大きく響いた。