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ロビーにて

 ああでもない、こうでもないと試行錯誤する声。

 服の着こなしを細部まで検討され、髪を弄繰り回され、為すが儘にされている。


 静かに興奮気味のアイヴィーさんに揉みくちゃにされて私は抵抗することを早々に諦めた。

 どうやらアイヴィーさんは自分の作った服を女の子に着せることが趣味で本人曰く「心の癒し」らしい。

 幼いころにお人形で遊ぶ楽しさを感じたことがあるけれどその延長線上だろうか。良く分からないと言うと「良く分からないでいい。純粋なままでいなさい」と言われた。

 うん、良く分からない。


 次第にアイヴィーさんがヒートアップして泣く泣く着せ替え人形に徹していた頃、アカネから怒涛の連絡が入った。

 私は心の中で万歳三唱して過去に類を見ない程アカネを讃えた。


 これで永遠にも思われるような拘束時間は終わりを告げるだろう。


「アイヴィーさん、アカネから心配の連絡があってそろそろ……」

「こんな中途半端な状態で出せないわよ。アイヴィーといるって伝えれば大丈夫よ、きっと」


 どうやらアカネの力をもってしても仕上げが終わるまでこの時間から解放されることは無いようだった。


『だから人生の中で今感じた思いや感情を一番大事にして、楽しんで生きていきたいって思ってるんだ』


 私は虚空を呆然と見つめながらアカネの言葉を思い出した。


 少しでも早く、強くならなきゃけれど途中で抜け出すのはアイヴィーさんの友好度が下がってしまうかもしれない。

 いっそのことアカネに倣ってこの状況を楽しんでしまおうか。


 アイヴィーさんから聞いた話だと服も割とゲームシステムに絡んでいるようだった。

 気にしない人も多いと言うが服には流行があり、流行にあった服を着ていると調子がわずかに上向きになるとか。

 服や髪形で着飾ることで身だしなみを整え魅力的になることで特定のイベントが発生したり、友好度が上がりやすくなったりするとか。


 私にとってもメリットが大きい。


 それに一度人並みにおしゃれをしてみたかったし、ちょうどいい機会なのかも。

 前向きに考え始めると次第にテンションが上がって、自ら進んで意気揚々とお人形に徹することにした。



 ここまでめかし込んだことなんて年始の挨拶以外に記憶に無い。

 少し気恥ずかしく思いながらもアイヴィーさんの影に隠れてロビーへ出ると、アカネは比較的近い位置の椅子に腰かけていた。


 アカネもすっかり着替えを終えているようで見慣れた貫頭衣ではなく淡いピンク色の和風の服を身に纏っていて、髪をポニーテールにしている。私が着ているものとは違って首周りに白いファーがついていた。

 

 アカネは私たちが扉から出て来たことに気が付いた様子はなく会話に夢中になっていた。


 よく見るとお話しのお相手は食堂に入ってすぐに見かけた、一人でご飯を食べていた女の子だ。

 最初に見かけた時と変わらずどこか眠たげな瞳をしているが、のべつ幕なし話しぶりに少し目を丸くしているように見える。


「それでね、そのキョウって子と一緒に回る約束をしてるの! キョウに相談して大丈夫だったらリリエも一緒に回らない?」

「是非一緒に回りたいな。一人は嫌だし」


 私がいない僅かな間に新たな友人が増えたようだった。


 躊躇なく人に話しかけて友人の輪を広げていく手腕を目の当たりにして感心する。幼いころから習い事ばかりして一般的なコミュニケーション不足が目立つ私には到底マネできない芸当だ。

 紛うことなくアカネの長所で、私が見習うべきところだろう。


 目を細めて遠くからアカネを見ているとアイヴィーさんが振り返った。


「キョウ、じゃあ私は食堂に戻るから」

「はい。良くしていただいてありがとうございました」

「どういたしまして。また何かあったら相談してね」


 軽く手を振ると、どこか満足げに歩みを弾ませて食堂の中へと消えて行った。

 あの様子だと新たに装備を譲れる人を探しに行くのかもしれない。そして着せ替え人形にするのだと思う。


 心の中でまだ見ぬ新たな犠牲者に合掌しながらアイヴィーさんの背を見届けるとアカネの方に向き直る。

 話の腰を折って申し訳ない気持ちになりながらもおずおずと話しかけた。


「アカネ」


 アカネがすぐさま反応して勢いよく振り帰る。

 私の姿を見つけると立ち上がって、「キョウ!」と大きな声を出して駆け寄ってきた。


 勢いそのままにひしと抱き着いて来る。


 傍から見たらまるで生き別れた旧友と再会するような光景を演出しているけれど、一日と経たずの再会だ。


「どこ行ってたの、心配したよ!」

「ちょっと装備貰いに行ってただけでしょう? 過剰すぎだってば」


 悪い気はしないけれどあまりにも大げさだと思う。私はアカネの背を叩いて「放してよ」と意思を伝えて、それでもなお離れなかったので半ば強引に引きはがす。


「おー、可愛い服貰ったじゃん! ……けどなんかちょっとエッチじゃない?」

「え、えっち? えっちじゃないでしょ?」

「だって谷間見えちゃってるし……」


 アカネの視線が露骨に下の方に向けられた。

 私は胸元を隠して身を捩る。


 普段は着ないような露出度なのも相まって現実の体ではないにも関わらず指摘されると恥ずかしい。私は母に露出をとがめられる娘のような反骨心をもって反論した。


「せめてセクシーって言って!」

「どっちでも一緒じゃん。奥ゆかしい感じのキョウがこんな格好するなんて……」


 ジトっとした目で私を上から下まで観察した。


「この世界では……ゲームではこれくらい普通なんでしょ?」

「うむむむ……確かに。でもエッチだよ!」


 アカネは私の服の露出が気に食わないらしい。

 言葉遣いは兎も角、溌溂としていて今時な印象のアカネにしては意外とかなり貞淑な価値観を持っているようだった。

「エッチ!」「えっちじゃない!」

とはしたない言い合いをしていると「エッチだと思う」と凛としているが幼い声が響いた。


 先ほどまでアカネと話していた、癖のある黒髪を持つ女の子だった。


「ほらー! 2対1で私の勝ちだよ!」


 突然アカネに援護が入り私は押し負けた。

 アカネが無駄に勝ち誇るので私は必死で頭を働かせて言い訳を絞り出す。


「う……それは分かるけど。でもこうしないと手が出ないの」

「さらしをもう少し上まで巻いたらいいんじゃない?」


 正直なところ薄々私も露出が高いとは思っていた。


 アイヴィーさんと一緒に着方を決めていた時は「ディオタールでは当たり前」とか「流星(メテオール)の子たちは露出が高い方が人気」とか「こっちの方がセクシーでかわいい」だとか色々と言われ、普段あまりすることのないおしゃれが楽しくなって勢いで決めてしまった節はあった。

 要はテンションが上がって判断基準がおかしくなっていたんだと思う。


 私はアイヴィーさんにまんまと乗せられていたことに気が付いて目が覚めた。


 これ幸いとアカネに示された妥協案に乗ることにして、粛々と装備画面で『着こなし』を選択すると私の全身図が表示される。さらし部分に触れて胸を隠すように着直した。


 アカネは私がさらしを巻き直して谷間が隠れたことを確認すると満足げに頷く。アカネの中の基準値を達成したようだった。

 

 何か失念していたことを思い出したように「あ、そうだ」と声を上げると、黒髪の女の子の背を押すようにして私の前に立たせる。


「ごめん、紹介遅くなっちゃった。この子新しいお友達のリリエ! イベント一緒にやりたいんだけどいい?」

「もちろん」


 当然断る理由なんてない。

 私が二つ返事で頷くと黒髪の女の子――もとい、リリエさんはアメジストのような目を細めてほっとしたように息をついた。


 近くで見るとリリエさんは小柄だった。

 今の私よりも10センチほどは小さい身長と華奢な体躯が目立つ。子供以外を見下ろすことなんてまず無いから新鮮だ。

 そして私たちが和風の服を着ているのとは違ってリリエさんは洋風な皮鎧のようなものを身につけていた。


「よろしく」


 リリエさんはアカネの紹介の言葉を受けて、緊張した様子でぺこりと会釈した。幼げな声が響く。


 私もカチコチになりながら会釈した。


 その場限りの関係ならば一切緊張することなんてないけれど関係が続くかもしれないと考えると途端に緊張してしまうのが私の悪いところだ。

 あまり意識しない方が良いのは分かってはいるけれどうまくいった試しがない。


 緊張して硬い様子の私たちの様子を見て、「似たもの同士だね」とアカネはたまらず笑い出した。


「硬いよ二人ともー。もっと笑って! ほら!」


 アカネが私たちの間に挟まりそれぞれの口角を両手の人差し指で無理やり上げてくる。私とリリエさんは互いに引きつった笑いをして向かい合った。

 アカネは私たちの引きつった笑みを見て不安そうにした後、「まぁ、時間が経てばなんとかなるでしょ!」と普段と変わらない表情で快活に笑う。


 私もこればっかりは生まれ持った気性もあると思うので時間が解決するしかないと思う。リリエさんもそんなに人付き合いが得意そうには見えない。


 アカネは気を取り直したようにメニューを開いてスタンプカードを取り出すと興奮した様子で目を輝かせ、「ねぇ二人は最初にどこ行きたい? 私は魔術ギルドと狩人ギルド!」と問いかけてきた。

 楽しみで仕方ないと全身で表現していた。


 思わず頬を綻ばせて自分が行きたい場所を考える。


「技能センターと闘技場(コリゼ)は行きたいな」

「最終的には全部回った方が良さげだし私は二人が行きたい方に付いていくよ。どこに先に行くかは任せる」


 リリエさんは特に優先したい場所は無いようでスタンプカードを覗き見ながら胸の前に垂れた癖のある髪をいじっている。

 既にあらかた確認済みなのか場所を確認する様子はない。


「一つ回るのにどれくらい時間かかるかも分からないし……うーむ。全部回る時間ある?」


 アカネの言葉に自分が時間を忘れていたことに気が付いた。

 メニューを開いて時間を確認すると現実の時間で20時くらいを指している。


「流石にまだ時間あるから大丈夫だと思うけど……」

「いや、結構いっぱいあるからさ。一つどのくらいかかるかなーって」


 確かにアカネの言う通り個人の項目のみでもそれなりの量がある。多くが施設を巡る項目でギルドが多く、服飾ギルドや金属加工ギルドなど私には関係の無さそうなものも多くあった。

 流石に全てのギルドで説明を聞かなきゃスタンプを貰えないわけではないと思うけれど。


 アカネはうんうんと呻吟して思索の海に身を投じていたが、割と早々に思考を放棄したようで「とりあえず行ってみてから考えよっか!」と悩みの無さそうな笑みを浮かべて笑った。


「どれを優先する? とりあえず魔術ギルド、狩人ギルド、技能センター、闘技場(コリゼ)は確定でしょう?」


 優先すべきはやはり技能センターだと思う。

 このゲームの世界の生活と密接に関わっていることは短い時間ながら過ごしてきて身に染みているし私以外の人たちも同じ気持ちだろう。


 私は自信満々に言った。


「それは断然技能センターでしょう」「やっぱ魔術ギルドだよね!」


 アカネと互いに顔を見合わせた。信じられないという顔をしている。


「異世界と言ったら魔法でしょ!? こんなにリアルな世界で魔法を使えるんだよ? 強くなれるし、アイヴィーさんから聞いた限りだと自分で魔法作ったりもできるの! やらない理由なんてないでしょ!」

「この世界で一番大事なのは技能だと先ほど身をもって知りました。技能は生活の一部になっていて技能について知っていないと不利になる場面が来るんです!」


 私たちは互いに熱論を交わす。

 相手の意見を聞くとどちらの意見も正しい気がしてきて、それでもなまじ自分の意見も正しいせいで折れるところが分からない。

 どうやらアカネも同じ気持ちになっていったようで私と同じように主張に覇気が無くなってくる。


「うぐぐぐ」「うむむむ」


 ふざけて睨み合っているとリリエさんは虚を突かれた意外そうな顔をして、私とアカネに行ったり来たり視線を向ける。

 そして深いため息をついた。


「現実時間でも0時まで4時間以上あるよ? その二つならどんなに時間かかっても行けるって絶対」


 呆れ顔のリリエさんの言葉に私とアカネは虚を突かれて顔を見合わせた。


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