アイヴィーさんと装備品
願ってもない好機に私はすぐさま飛びついてアイヴィーさんの提案に乗ることにした。
アイヴィーさんに連れて設備室の扉からメイクルームへと入る。鍵玉は既に借りていたようでフロントへ行く必要はなかった。
メイクルームは白を基調とした清潔感ある部屋だった。
部屋の壁には綺麗な鏡が張られていて鏡の前にはカウンターのような物を置けるスペースと、広く間隔が空けられて三人分の椅子が並べられている。鏡の上部から光が漏れ出ていて煌々と照らされていた。
全身を見ることが出来るような大きな鏡があり、部屋の一角にはゆっくり座って一息出来そうな机と椅子が置かれている。
この部屋はクランの他の部屋と趣が違う。どういう訳かこの部屋のレイアウトはキアラさんの監修ではないようだ。
部屋を見回して首を捻った。
一人くらいはいてもおかしくないのに他の人の影すら見当たらない。
不思議なことにまだ帰ってくる気配のなかったアカネすらも姿が見えなかった。
「どうしたのかしら?」
「アカネがメイクルームに行ったはずだったのですけれど……」
「あぁ、鍵が違うのだから意図的に合わせない限り鉢合わせることは無いわよ」
どうやら個室と同様に鍵によって別々につながるらしい。
この世界では普遍的なのかもしれないが目の前でファンタジーな出来事が起こるのはまだ慣れない。
アイヴィーさんはとっくに装備の方に気を取られているようで一心不乱にメニューを操作していた。
「実は服飾系の技能を持ってるのよ。だから服飾系の装備ならいっぱい作ってて……」
緑色のクリソベリルキャッツアイのような瞳で私の体を上から下まで観察する。
その眼差しは他人の装備を決めるだけだというのにあまりにも真剣だった。
……そんな真剣に考えなくても。
「思った通り素材が良いし可愛い系とキレイ系どっちも似合いそうね。どっちの方が好み?」
「えっと、できれば実用性重視の物をお願いしです……」
「あら、可愛いのに意外とおしゃれに興味ない感じ? 勿体ないわね」
本当は私だって年頃の女の子だしおしゃれをすることに興味はある。けれど時間を割いている余裕なんてなかったし、自分から進んで着飾った経験なんてない。
普通の女の子として大抵の人が経験していることをなるべく意識しないように生きてきた。
時間短縮のために恥ずかしながら身だしなみは使用人任せだし、大抵は別宮さんがやってくれるから完全に甘えて依存しているのが現状だった。
「後で纏めて説明するけど、ひとまずこの棒握って力を込めてもらえるかしら」
「はい」
指揮棒のようなものを差し出された。ど
んなものかも分からなかったが後ほど説明してくれるというので一先ず指示に従って力を込めると棒が淡く輝きだす。
アイヴィーさんに「もういいわよ」と言われ力を抜くと目を眇めて棒を観察し始めた。
「筋力値高いわね」
「筋力値が上昇しやすくなる性質を持っているので……」
「そういうことね」
アイヴィーさんは目を細めてメニューを見つめて指先を操り「こっちの方が可愛いかしら。いやこっちを着ても似合いそう」と装備を吟味している。
その指先の動きから本当にたくさんの装備品を準備しているようだった。
「折角だから私の自作でいいかしら。完全に自分用で「『自動サイズ調整』を付与していないものだから調整がいるけど」
そう言うと次々に光を生み出しアイテム欄から洋服を取り出してあっという間に一昔前のアパレルショップのような光景が広がる。
そのほとんどがフリンルルディの街中でよく見かけた和風の服だった。
私が戦闘での実用性を重視していたせいかどのような効果が付与されているかを逐一説明してくれる。
一通り話を聞いて一つの服を指さした。
白地を基調として青と紫の装飾のある凛とした印象の和風な服だ。
「こちらにしたいと思います」
「分かったわ。ちょっと丈が長いと思うから調整するわね。採寸するからちょっと服を脱げるかしら」
「え、服を? う……は、はい」
突然の要求に思わず事態を飲み込めず体が硬直してしまうけれど採寸ならば仕方がない。
アイヴィーさんの指示に従ってロボットめいた動きでメニューを操作し貫頭衣を脱ぎ去る。
いくら生殖器や胸の先、排泄器官が無いと言っても自分の体だという認識はある。この世界の常識と私が現実で15年以上生きて来て形成された価値観とのギャップがあることを再認識した。
「女二人だけなのにそんなに恥ずかしいかしら。もし無理そうなら貸してあげるから陰で測ってくる?」
「うぅ……大丈夫です。どうか一思いに」
「……すぐ終わらせるから少しだけ待っていなさい」
頷いて理解を示すとアイヴィーさんはメニューから宙に浮く白く発光した紐のようなものを取り出して私の体のあちこちを測っていく。
下着の上からならまだしも一糸まとわぬ状態で行われる経験なんてない。
私は羞恥に身を震わせた。体がとても熱く感じた。
「もういいわよ」
永遠とも感じられるような長い時を経てアイヴィーさんの許しの声が聞こえた。
私はそそくさとメニューを操作し、すっかり着慣れた貫頭衣を装備する。私の体が淡く光って簡素な服に身を包まれた。
……うぅ。これ一種の拷問でしょ。恥ずかしさで死ぬかと思った。
「はい、これ持っていなさい」
「これは一体……」
私が着替え終わるのを待ってからアイヴィーさんから良く分からない文字列が書かれた紙を渡される。
なんだろうと思いながら文字を目で追ったりひっくり返したりして検分していると、
「あなたのサイズを書いておいたからもし専用の装備を作りたいときは作る人にそれを見せなさい。そうすればもう一度採寸する必要がなくなるから」
と仕方なさそうに言った。
どうやら私が恥ずかしがっていたからか気を使ってくれたらしい。
「あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして。調節するから椅子にでも座って待っていてくれる? それほど時間はかからないから」
そう言ってすぐさま作業に取り掛かった。
今更だが私とアイヴィーさんはかなり身長差がある。キョウのアバターに変わってから大きくなったとはいえ、一般女性の平均程度の上背しかない私と男性の平均とさほど変わらないだろう身長のアイヴィーさんとでは服のサイズが違いすぎる気がした。
けれどアイヴィーさんは調整できることを一切疑っていない様子なので、この世界の服飾系技能にはこの身長差程のサイズ差でも調整できる術があるのかもしれない。
私はこの世界の服飾技術が気になってアイヴィーさんの作業をチラチラと横目で見ていた。
技術【リメイク】
アイヴィーさんが技術を発動すると手元に淡く光る半透明の四角に覆われた。詰める必要がありそうな場所を、技術を駆使して修正している。
時々技術名を声に出す以外は黙々と作業を進めるアイヴィーさんと、作業を邪魔しないようにと黙りこくる私だけの空間。
しばらく続いた静謐な空間に「キョウ」と神妙に私を呼ぶ声が響き渡る。
一瞬もう終わるのだろうかと思ったがアイヴィーさんはまだ手を動かし続けていた。視線をアイヴィーさんに移す。
緑がかった灰髪が表情に影を落としてあまり表情が見えなかった。
「ラウレアのことなんだけど……クランに所属する一人として謝罪するわ。ごめんなさいね」
「いえ……謝罪なんていりません。別に直接危害を加えられた訳でもないですし……」
「そう言ってもらえると助かるわ」
アイヴィーさんは少しほっとしたように息をついた。
「キアラが心配していたのよ。なんか様子がおかしい気がするって言って」
……そんなに心配しなくてもいいのに。
どうやら様子を見守られていて様子がおかしいことに気づいてくれたらしい。何故か放っておけない幼子のように見守られることに釈然としない気持ちにはなるけれどなんだか心が温かくなって嬉しくなった。
出会いに恵まれたことを実感しながらも、ふとラウレアさんの去り際の寂し気な背中を思い出す。
「ラウレアさんは何故あんなにも思想が偏ってしまったのでしょうか」
「そうね……」
アイヴィーさんは少しの間作業の手を止めて記憶を探るように視線を彷徨わせ、「私も詳しくは知らないけれど……」と言った。
「ラウレアはグロリアさん……花風のクランマスターがリュニエスタという領地に行ったときに見るに見かねて拾ってきた子なのよ」
「拾ってきた、ですか?」
「ええ、奴隷のような扱いを受けていたらしいわ。詳しくは知らないけれどオリヴィーリアのことを調べるために幽閉されたり、尋問されたり……奴隷制があったのなんて200年も前のことなのに」
「奴隷? そんな……」
そのような状況におかれて自分で抜け出すなんて出来ようはずもない。神に縋りたくなるのは最早必然と言えるだろう。
どのような仕打ちを受けたのか、現代社会に生まれて身体に危害を加えられることなく育ってきた私には想像もできない。
「わたくし、はっきり拒絶してしまいました」
自分の浅慮さを自覚して気分が沈む。
ラウレアさんがどんな目に合ってきたかも知らないで自分の想像だけで境遇を決めつけて発言していた。
「別に今回のことであなたに非はないわよ。どんな事情があっても流星相手に技能まで使って勧誘したラウレアが悪いんだから」
露骨に肩を落としていたからか見るに見かねて励ましてくれる。しかし私の心に残したしこりは澱のように心に残り払拭されることは無かった。
思想に同意することは絶対に無いにしろもう少し言い方があったのではないかと、もう少し寄り添った発言が出来たのではないだろうかと。
そんな思考が次から次へと湧いてきて頭をかき乱した。
「まぁそんなに気になるのなら……今度から自分と意見が異なる発言でも否定から入るのではなくてどうして違う結論が出たのか考えてみるのも良いかもしれないわね」
自責の念に駆られる私の様子を見て「それが難しいんだけど。人の意見が玉虫色だって知っていてもね」と実感がこもっているような力強さを持って言う。
どこか悔恨を滲ませているような気がした。
「出来たわ。問題ないはずだから装備を譲るわね。引換券貰えるかしら?」
≪『アイヴィー』が装備の譲渡を行っています。『花風特製プレゼント引換券』を引き渡し、受け取りますか? はい/いいえ≫
『はい』を選択するとアイテム欄に『紫白』と装備名が表示される。
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【紫白】 対象:存在格1
『装備条件』
・存在格条件なし
・装備重量:10
『装備能力』
・装備耐久補正(25)
・抜刀後5秒間わずかにダメージ増加
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「説明欄を確認できたかしら?」
「はい、できました」
「じゃあ、改めて教えるわね。メニューの閲覧許可を出してくれる?」
アイヴィーさんにも見えるようにして欲しいとルカに伝える。
すると私のメニューが見えるようになったようで横から覗き込むようにして指で示しながら分かりやすく説明してくれる。
「まず、装備品は基本的に存在格によって着用できるものが制限されるわ。これはどの装備にも必ずあるから買ったりするときは気を付けて」
「次に装備重量。筋力値に依存して『重量許容基準値』というのが一人一人にあるんだけど……」
アイヴィーさんが先ほど握った指揮棒のようなものを取り出す。
「これが重量許容基準値を測る棒なの。もう一回さっきやったみたいに握ってみてくれる?」
言われた通りにもう一度力強く握ってアイヴィーさんに渡すと持ち手の部分を見せてくれて『41』と書かれていた。
「この数字が?」
「えぇ、そうよ。身につけているもの全ての装備重量の合計がこれを超えると移動速度が遅くなったり装備効果が弱まったりするから気を付けてね」
そう言って棒をしまうと説明を継続した。
「装備効果はそのまま装備することで得られる恩恵のことね。装備効果が良い装備ほど重量が増える。効果は装備ごとに違うわ」
「この装備は装備者の耐久値に上方補正をかける効果と抜刀後にダメージを増加させる抜刀術に特化した効果ね」
「何か質問あるかしら?」
「いいえ、大丈夫です。ご丁寧にありがとうございます」
アイヴィーさんは緑色の瞳を細めながら「どういたしまして」と莞爾と笑った。
「じゃあ、装備してみてくれるかしら」
何故か少しワクワクした様子で前のめりになりながら装備を急かしてくる。
勢いに気押されながらメニューを開き装備を選択した。
体が光に包まれたかと思うと光が弾けた。
装備を身につけている状態になる。
きっとそのまま来ていたらスケバンみたいになっていただろうスカートの丈は膝くらいでちょうど良くなっていた。
けれど袖がとても長くて手が出ない。
腕を振ると袖がぷらぷらした。
「あ! 直し忘れていたわ!」
クールなイメージのアイヴィーさんが高揚した様子から一変して悲鳴を上げる。思いがけない大声にびくりと肩を震わせて後ずさりした。
アイヴィーさんはガックリと肩を落として露骨に落ち込んだ。何故そんなに落ち込むのか分からないけれど放っておけなくて私は袖を振り回しながら声を張ってフォローする。
「大丈夫です! これはこれで可愛い気がしません?」
「……確かに」
アイヴィーさんは縦に割れた爬虫類のような瞳を細めて私を観察する。小さな声で「うん、うん。すごく可愛いわね」と噛み締めるように言った。
なんだか蛇に睨まれたカエルのような気分になって背筋が震えた。きっと気のせいだろうと思いながら精一杯の引きつった笑顔で問題ないことをアピールする。
「それに私もともと左手は使えませんし」
結晶化している部分を見せるとアイヴィーさんは納得したようにうなずいて見せた。
「右腕はどうするの?」
「えっと、片肌脱ぎにすることって出来ますか?」
アイヴィーさんは妄想に耽溺するように瞑目する。
次第に頬が紅潮し始め、押し隠すように頬に手を当てた。
「出来なくも無いわよ」
そう言って二股に裂けたスプリットタンで唇を濡らした。
……ひぃ! なんか怖いよ!