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私の心

 地下の扉を抜けると周囲が白に覆われている空間に出る。


 出てきた扉をゆっくりと閉めると扉の向こうにすでに父はいなかった。

 扉の向こうはすでに周囲の風景と同じ白い風景だったので空間と空間のつながりが無くなったという表現が適切かもしれない。


 四方全て、見渡す限りの白色の空間でそれ以外の無駄なものは何一つとして存在していない。しかしながら逼塞感は全く無く、あるのは解放感ばかりで遠くの方を見つめると空間がどこまでも続いているのが分かる。

 どこか冷たく厳かな雰囲気を感じた。


 周囲をキョロキョロと観察していると一昔前の合成音声のような声がどこからともなく聞こえてくる。


『この度は本作品をご購入いただき誠にありがとうございます。利用規約と個人情報取り扱い方針をお読みください』

「あ、はい」

 

 二枚のウィンドウが表示される。

 それぞれ「利用規約」「プライバシーポリシー」と書かれていた。厳かな雰囲気からは考えられないほどに現実的だった。


 利用規約とプライバシーポリシーをいつも以上に流し読み、もといどれだけ早くスクロールして下までたどりつけるかということに意味を見出しながら、両方とも「同意します」にチェックをつけて完了ボタンを押す。


『ありがとうございます。プライバシーポリシーにも記載の通りこのゲームは感情検知システムを導入しております。感情検知システムの利用はゲーム内の使用のみにとどまり外部に流出することはありません。感情検知システムを許可しますか?』

「どのくらいの精度でしょうか」

『簡単な喜怒哀楽、快不快、感情の強度などを検知します』

「であれば問題ありません」

『感情検知システムを起動します。 ……起動しました』


 感情検知がゲームのシステムに関わってくるらしい。

 一体ゲームにどのように生かすのだろうか。ゲームに明るくないためか利用方法に皆目見当もつかない。

 感情検知の利用方法に頭をひねらせている間にも合成音声は次の段階へ進む。


『次に質問を行い、結果を参考にあなたの心を写し出します。準備はよろしいでしょうか』

「質問……? はい、大丈夫です」


 何を質問されるのだろう。合成音声の口ぶり的には心理テストみたいなものだろうか。

 テスト前のような緊張感を感じて落ち着かなくなり身をよじる。


 もしかしたらゲームに関する知識を問われる質問があるかもしれない。あったらきっとまともに答えることができないだろう。

 私のゲームの知識のなさは父を閉口させるほどだから。


『回答は深く考えず、できるだけ早めに答えてください。また、できるだけ中立の返答は避けていただきますようお願いします』

「はい、承知しました」

『では、質問を開始します。……あなたは友人が多い方ですか?』

「……多くないと思います」


 いきなりなんて屈辱的なことを言わせるんだ。


『あなたは感傷的なほうですか』

「はい。感傷的だと思います」

『あまり話したことがない人と二人きりになったとき、あなたはどうしますか?』

「えっと……多分頑張って話題を探すと思います」

『自分の心よりも、自分の頭に従って行動することの方が多いですか?』

「……そうですね、自分が考えたことに沿って行動する傾向が強いと思います」

『鏡に映った自分を見て 自分ってかわいいな、イケてるな と思ったことがありますか?』

「ええ!? えぇ、うぅ。は、ㇵイ……」


……えぇ? なにこの心理テスト。とても恥ずかしいのですが。 





 唐突に始まった赤裸々な心理テストに困惑しながら回答すること数分。

 私はなんだかんだ心理テストにワクワクしてきてどんな結果が出るんだろうなんて胸を躍らせながら回答した。

 回答中にちょっとした自己顕示欲が顔をのぞかせてきちゃったりして、衒いマシマシの回答をしてしまったこともあったけれど後悔先に立たずというもので戻って回答しなおすことはできなかった。

 自分の心に正直に回答したことならば戻る必要もないということなのだろう。


『集計中です。……結果が出ました』

「どんな結果なのですか?」


 あまりにもワクワクしすぎて前のめりになっているのを自覚する。

 なぜ心理テストというのは人の心をこんなにも刺激するのだろう。俯瞰して見ることが難しい自分の性格を知ることができることが知的好奇心をくすぐるからだろうか。私には自分の高揚感に名前を付けることができなかった。


『あなたは少しお調子者ですね。そしてちょっぴり見栄っ張りです』

「いえ、そんなことないです」


 おしとやかで穏やかでクールビューティーでしょ。


『しかし、心の中は他人に対する愛情に溢れていて、自分の愛する人のためなら自己犠牲すらもいとわない。自罰的ともいえるでしょう。何かチームで失敗があれば他の人に原因があっても真っ先に自分を責めてしまいます。心を許せる友人と一緒に過ごすことで安らぎを得ているでしょう』


 そんな相手はいない。


『努力家で博愛主義』


 怠け者で利己主義だ。


『質問からそう導き出されました』


 興奮によって火照っていた体が冷めて冷静になる。

 AIの性格診断と言ってもやっぱりあてにならないなと思った。こういうのは話半分に聞いて一喜一憂するのが一番だと思う。だからこそ面白いのだけど。


『そんなあなたの心から心精(しんせい)が誕生しました』


 合成音声がそういうと体長30センチほどの愛らしい少女が胸から飛び出した。


 少女の背からは3対の羽が生えている。無色透明でひし形のそれはいかにも少女が妖精ですよと主張しているようだ。

 少女は物理法則では考えられないほど煌びやかに輝く濡烏色の長髪をなびかせていて一見はんなりとした雰囲気を感じさせた。しかし、けぶるまつ毛に縁どられた大きな紫色の瞳は快活さを表しているように活力に溢れていて、どちらかというと元気な子という印象を強く抱かせる。

 シンプルだが質のよさそうな貫頭衣を身にまとっていた。


『心精の見た目と名前を設定してください。見た目は自由に変更できますが、名前は変更できないため注意してください。なお、心精はアカウントに紐づけられているため同アカウントすべてのキャラクターで共有されます』

「見た目はこのままで大丈夫です。心精というのはどんな役割を持つのでしょうか」

『心精はあなたをサポートしてくれます。TCoLでの生活を補佐するコンシェルジュのようなものだとお考え下さい』

「コンシェルジュ……」


 急にこの愛らしい妖精の名付け親になるように言われても困ってしまう。


 思いつく名前はある。別段普通の名前ではあるのだが由来が総じて黒歴史だ。

 かつて私も年頃の少女らしくメルヘンに「将来生まれる子供にどんな名前を付けようか」なんて妄想に思い耽り一夜を過ごした時期がある。

 成長するにつれて現実には妄想の中で思い描いていたような素敵な王子さまは存在しないことを知って、妄想が余りにもメルヘン過ぎて少女すぎることを自覚して、それら一連の記憶は一切合切のすべてを黒歴史フォルダに放り込んだ。

 相手もできたことすらないくせに恥ずかしいし思い出したくない。


 コンシェルジュであることから名前をとろうかとアプローチをかえてみる。

 コンシェルジュと言えば曾祖母に世界で一番消えることを願われたイルカのキャラクターがいたと聞いたことがあったなと思い出した。


……ルカ、とか?


 いやいや、さすがにかわいそうだ。

 名前自体は可愛らしくこの子にとてもあっていそうだが由来がどうにもいただけない。さすがに消えることを願われた存在から名前をとるのはひどい仕打ちだと思う。


 しかし一度良いと思ってしまった名前は一向に脳内から離れない。


 「ルカ」いやいや、コンシェルジュだから「コン」? 安直すぎるかも。和風っぽいから「アヤメ」は? いや、由来は何どっから出てきたの? 「キララ」とか……いや、それ黒歴史の時に考えたやつ! じゃあ、やっぱり「ルカ」?


 愛らしい妖精の名前を考えて頭を抱えながらうんうんと呻吟する度にさらなる深みに嵌っていく。

 次第に脳はオーバーフローし、私は考えることを止めた。


……いいや、元から知らなかったことにしよ。


 私は脳内からイルカのキャラクターの存在を抹消することでルカという名前を切り離すことにした。

 イルカ君との今生の別れを決める。愛らしい妖精と仲良くするために。


……ばいばい、イルカ君。さようなら、イルカ君。君のことはもう忘れてしまうよ。


 私はイルカ君と袂を分かった。

 特に思い入れもなく悲しみはなかった。


「ルカという名前にします」


 心機一転、意気揚々と考え抜いて決めた愛らしい妖精――もとい、心精の名前を告げる。


『承知いたしました。「ルカ」で登録します。……登録しました』

 

 すると今までおとなしく浮いていた心精が生き生きと動き出す。

 ふわふわと周りを飛び回りながらきらきらと輝く線を引いた。彼女は第一印象と同じようにヒマワリのような快活な笑顔を浮かべてのべつ幕なしにくつくつと笑っている。


 あまりの愛らしさに胸がきゅんとする。母性があふれて愛でたくなり、両手を広げて彼女の名前を優しく呼んだ。


「ルカ」


 すると彼女は嬉しそうにして私に両手を広げながら向かってきて、

「わぷ」

顔面に抱き着いてきた。


……いやなんでですか。胸の中でいいじゃない。


 視界がルカで覆われて見えなくなる。仮想空間だから息を気にする必要もない。無理やり引きはがしてしまうのもかわいそうだと思って仁王像の気分で直立不動を維持した。


 そのまま身を任せていると暗闇の景色の中で合成音声の声が聞こえてくる。


『それではThe Cornerstone of Life の世界をお楽しみください』


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