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曰く、自由は至上の正義

 視界の隅に何か文字が表示されたことに気が付いたが文字を読む余裕がない。

 透徹とした、それでいて自身の価値観に拘泥している瞳が私を捉えて逃がさなかった。


「束縛から解放されて自由を得たくないかしら」


 同情と共感。

 そして親密さを前面に押し出した笑みを浮かべ、私を見つめておもむろに問いかける。


 どこから私の情報を得たのか。

 ゲームの中のキャラクターだというのに何故現実の私の状況が分かったのか得体が知れない。


 第四の壁を破られているかのような恐怖感。見られるはずのない場所から監視され丸裸にされているような嫌悪感。

 それらが私を支配して怖気が走った。


 ラウレアさんは胸元にある自由と解放の神のサインが描かれているペンダントを手で弄びながら仕方なさそうに、それでいて優しく微笑みかける。


「そんなに不安に思うことなんてありません。わたくしが信仰しているのは『自由と解放の神』ですもの。悪い存在ではないですわ」

「……えぇ、そうですね。自由は世界中の誰もが求めていることですから決して悪いことではないと思います」


 恐怖を押し殺して声を振り絞った。

 表面に出していないにも関わらずラウレアさんは私の不安を感じ取っている。


 感情検知を介して私の知らない何らかの手段で感情を読み取られているのかもしれない。この世界の神が影響しているのだろうか。

 私はこれ以上感情を悟られることを嫌って、心を切り分けて自分を客観視することで感情を希薄にした。


 刺激して怒りを買うことが無いように注意しながら表面上だけでも同意を示す。そういうのは得意だ。


「わたくしはあなたと同じで環境に束縛されて自由を得られなかった。察しはついているのでしょう? わたくしがオリヴィーリアでどのような目にあったか」

「……ええ。けれど完全に分かる訳ではないです。ただ性質が無くてオリヴィーリアから追い出されてしまったのかもしれないなと思っただけで」


 話を聞いて思っていたことをそのまま伝えると、「概ね間違いではないですわ」と言って満足そうにする。

 そして「厳密には」と補足するように続けた。


「性質が無いだけで他の面が優秀だったために首長候補として幽閉され、教育され続けたのですわ。そしてシルヴァの誇りが芽生えないとみるや否や着の身着のままで放逐されたのです」

「それは……」

「教育され続けていた間、わたくしはとても苦しくてずっと自由を求めていました。オリヴィーリアの外の世界はどうなっているのだろうと思いを馳せ、苦しみを乗り越えた後にどのように過ごすかだけを考えて生きておりましたわ」


 想像でしかないけれどラウレアさんの置かれていた環境は思いのほか悲惨だった。


 私は幽閉されている訳ではないし無理やり教育を受けさせられている訳ではない。全て自分で進んで行っていることだ。

 他人に強制されるか、自分で進んで行うかで精神的な違いは大きいだろう。


 才能を示せないと放逐されるのだけは一緒だけれど。


「だからこそ、わたくしはかつてのわたくしと同じように不自由を強いられている人達を救いたい! あのような思いをする人たちがいなくなるようにしたい!」


 ラウレアさんはまるで子供が将来の夢を語るような無邪気さでエメラルドの瞳を輝かせて展望を語る。


 寄り添うように、自分が唯一の理解者だと言わんばかりに私に語り掛けた。


「あなたも同じ目にあったのでしょう?」

「……どのような意味でしょうか」

「わたくしと同じようにどこかに幽閉されて、何かを強いられたということです」


 ラウレアさんの推測はズレていた。


 完全に読み取れる訳ではないのだろう。どうやらラウレアさんが分かったことはラウレアさんの言葉に私が共感を示したことだけのようだ。

 現実の科学技術的に不可能なことは分かってはいたけれど、思考を丸々読み取られている訳ではないと改めて分かって少し肩の力が抜ける。

 

「人の自由は何物にも侵されてはならないと思わないかしら? 他人によって自由を阻害されるのはおかしいと思いませんこと」

「ええ、その通りです」

「自由が人々の心を豊かにして、自由が世界を救うのですわ。世界中を見なさい。人々は自由を叫んでいるでしょう?」

「はい」

「ねぇ、わたくしと共に自由と解放の神を信仰しませんか? そして信仰術を学び、神にルミエールと光輝力を捧げることで恩恵を与えると仰せです」


 理想論で夢物語。

 話の中身は無く、具体性はない。

 

 自分の自由を主張するなら他人の自由も尊重しなくてはならないと思う。他人の自由を尊重することは自分に不自由を強いることだ。

 全ての人々が公平に自由になることは決して無く、その時点で矛盾している。


「全てから解放され、人は自由になるべきなのです。キョウ、あなたも例外ではありません。あなたを縛って不自由にしている存在やしがらみから解き放たれ自由を謳歌すべきですわ。自由は何物にも勝る至上の正義なのですから」


 何かを期待してか熱心に語り掛けてくるけれど、ラウレアさんの演説は私の胸に響かなかった。

 私に責務を投げだせと言っているのと同じだ。 

 今更何を言われようと私の成すべきことは変わらない。

 

 矛盾だらけの夢物語こそが絶対として私を憐れむような言動が少しだけ気に障った。

 

 世界には耳障りの良い極論が蔓延っている。

 ラウレアさんの主張はそんな有象無象の極論のうちの一つ、盲目な自由礼賛主義でしかない。


 祈って心の支えにするのはいい。けれど縋って身を委ねるのは違う。

 この世界では不自由だと神が救ってくれるのかもしれないが、そんな矛盾だらけで都合のいいことが起こるはずなんて例えゲームでもないだろう。たとえ起こったとしても望む形では絶対にない。


 申し訳ないけれど理想論を聞き続けるのは時間の無駄だと思って「ラウレアさん」と呼びかけると、のべつ幕なしに語り続けられていた口が止まる。


「何かしら」

「仰る通りわたくしは確かに客観的に見ても自由に生きているとは言えないかもしれません。苦しいと思ったことも正直何度もありましたし、逃げ出したいと思ったこともあります」


 何度も心折れている。


 何度も心砕かれている。


「けれどわたくしは絶対に逃げません。責務を果たす為に今、わたくしはここにいます」

「……」

「神に祈り、神の手を借りて得た自由に何の価値がありましょうか。この困難を、不自由さを自分の力で乗り越えて手にした自由の中でこそわたくしは輝けるのだと思っています」


 ラウレアさんのエメラルドのような瞳を、目を逸らさずにじっと見つめる。

 

 私はラウレアさんが嫌いなわけではない。

 自分の思想に拘泥せずに私の想いが少しでも伝わってくれたらと。そう信じて心の中で問いかける。

 別に追い詰めたいわけではないし、自問自答して答えを出すべきことだと思うから口には出さない。

 

 目を眇めるようにして拳を握りこんだのが見えた。


「失礼ながらあえて申し上げます。わたくしは承服できません」


≪判定に感情検知を適応します≫

≪精神強度判定――成功≫


 いつの間にか発生していた精神強度判定が成功したことを告げた。


……何をされたのか分からないけど。


「……全ての人間が自由になればすべての人間が幸せですのに」

「それはわたくしも思います」

「では……!」


「ラウレア」


 凛とした声が入り口の方から響き渡る。

 

 不意の横合いからの声に虚を突かれて視線を向けると、そこには肩にかかる程度の緑がかった灰髪を持った長身の女性がいた。


「アイヴィー、何かしら」


 ラウレアさんの表情から全ての感情が抜け落ちる。

 どこか身構えるようにしてアイヴィーさんに向き直りながらも、バツの悪そうに視線を逸らしていた。


「この子に用があるのよ。ちょっと私に貸してくれないかしら」

「……かまいませんわ」


 つっけんどんに返事をすると自身と私のお盆を持ち上げる。


「あ……わたくしが行きますよ」

「いいえ。わたくしがやりますわ」


 私の提案を硬く固辞するとこちらを振り返らずに「お詫びのつもりですわ」とだけ返事をした。


「キョウさんはわたくしとは違いました。わたくしなどと似ているなんて言ってしまってごめんなさい」


 ラウレアさんはそれだけ告げるとお盆を返却してそのまま去っていった。


 触れられたくないところに触れられて気が立っていたとはいえ少し酷なことを言ってしまったかもしれない。

 

 ラウレアさんの癖のある金髪が広がっている背を見えなくなるまで追い続ける。

 寂し気な後ろ姿を見ていると自分の姿と重なった。


「あれでよかったのでしょうか……」

「よかったのよ。あなたに拒絶されて少しは懲りたんじゃないかしら」


 私の独り言に返答が返ってくる。

 声の方に視線を向けると仕方の無さそうに頬に手を当てているアイヴィーさんがいた。

 

 私はぺこりと頭を下げる。


「アイヴィーさん、助け船を出してくださってありがとうございました」

「あら、あなたに用があって探していたのは本当だから」


 アイヴィーさんは周囲を見回して「目立つからロビーへ出ましょう」と私の手を取って食堂から連れ出した。

 確かに辺りの喧騒はいつの間にか静かになっていて周囲が私の様子を見守っていた。


 アイヴィーさんに連れられてそのままロビーへ出ると既にラウレアさんはおらず、静寂に包まれていた。


 私の手を放すと眉を八の字にして頬に手を当てながら「性質や技能を言ってしまうのはマナー違反なのだけど……」と言って話し出した。


「ラウレアは技能【心理学】を所持している上に該当する技能効果を上昇させる性質【猜疑心】を持っているの。感情を見抜くのは得意なのよ。あの様子だと使っていたと思うわ」

「え? 技能名や技術名を発言素振りなど無かったはずですが……」


 発言したわけではなかったから性質や技術が原因で感情を見抜かれたわけではなく、神の影響かと推測していたのだがどうやら発言することだけが性質や技術の発動方法ではないということらしい。


 始めたばかりだから仕方のないことだが私のこの世界に対する知識や認識が余りにもなさ過ぎた。そのせいで無駄に恐怖を抱いていた気がする。


 私は知識の穴を埋めるために前のめりで先を促した。


「技術には発言せずに起動モーションを登録して発動する方法もあるのよ。何かしきりに行っていた行動があるはずだわ」


 顎に手を当てて思索に耽る。何かあっただろうか。

 うんうんと呻吟して記憶をたどる。


「……そういえば、やたらと胸元のペンダントに触っていた気がします」

「気が付くくらい連続して使っていたら精神力が尽きる気がするけれど……それの可能性が高そうね。イベントで大切になってくることもあるから今度からは相手の仕草には十分に注意しておきなさい。起動モーションを見抜く技術は心理学系統や目星系統の技能で取得できるわ」


 アイヴィーさんは「技術について気になったら技能センターに行ってみるといいわ」と補足してくれた。


 どうやらこのゲームは街中でもあまり気を抜ける場所はないらしい。ダンジョンで戦闘技能が飛び交う代わりに都市では戦闘技能以外の技能が飛び交うようだ。


 イベントを行うにあたって技能【目星】が有効だと聞いて、以前に技能を確認した時にいつの間にか所持していたのを思い出す。

 後ほど確認しておこうと心の片隅にメモをした。


「そうそう、本題。キアラから聞いたのだけれど抜刀術が中心の戦闘スタイルなのでしょう?」

「はい、そのつもりでいます」

「私に交換券使う気はない?」


 アイヴィーさんは「私も専門が抜刀術なのよ。あまりいないから嬉しいわ」とウィンクして茶目っ気たっぷりに笑った。


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