ドミテオス教徒
別に忘れていた訳ではなかったが貰う側である私たちから聞いてしまうと装備品を露骨に強請っているようだ。
流石に厚顔無恥も甚だしい気がして言い出せなかったので提案して貰えるのはとても助かる。
アカネも同じことを思っていた様子で苦笑した。
「がっついているみたいで申し訳ない気がしたんですよー」
「気持ちは分かるけれど遠慮することありませんわ」
「そうっすよ。たんまり用意してるっすからね」
私たちの心配は杞憂だった。
ラウレアさんとヒノエさんは過去に同じような思いをしたのか一定以上の理解を示しつつも悪いと考える必要が無いことを教えてくれる。
二人は最初から装備を譲る気で準備しているようで、むしろ折角用意しているのだから流星達に与えたいと思っているようだった。
……なんかハロウィンのお菓子みたい。トリックオアトリート?
二人から読み取った考えを裏付けるようにラウレアさんとヒノエさんはどちらが装備を与えるかじゃれ合う様な言い争いを始めた。
「……あなたみたいな色物職業はそんなに準備する必要ないのではないかしら。いいかげん最低限の近接魔術も覚えたらどうです?」
「言うっすねー! 色物具合で言ったらラウレアもいい勝負じゃないっすか」
「そんなことありませんわ」
ラウレアさんが青筋立ててヒノエさんの翼のような耳をつまんで引っ張って「相変わらず肌触りが良いですわね」と嗜虐的な笑みを浮かべて言った。
ヒノエさんも負けじとラウレアさんの頬を摘まもうと必死に手を伸ばそうと試みるもぴしゃりと跳ねのけられている。
筋力値の差があるのか抵抗できずに半べそをかいているヒノエさんが可哀そうになってきた。
「では……ラウレアさんはどのような技能を修めていらっしゃるのでしょうか」
見るに見かねて話を振るとラウレアさんは翼のような耳を離して私に向き直る。
ヒノエさんは耳をはためかせるように震わせた後、「私のチャームポイントがぁ」と羽繕いに熱中し始めた。
「……わたくしは主に【刺突剣術】と【信仰術】ですわね」
「えっと、【信仰術】ですか?」
刺突剣術はレイピアやエストックなどを扱う剣術だろうことは想像つくが信仰術というのは良く分からない。
名称的に神様が関係するのだろうか。
そういえばこの世界の宗教に関してあまり情報が無い。神様になりそうな神秘性を持っているリヒト様はフリンルルディでは宗教のシンボルにはなっていないようだった。
……そういえばミラーボールさんを崇めている宗教もあるのかな。
キャラクター作成の時にお世話になったミラーボールさんも正体は分からないが何か神様っぽい存在感があったのでどこかで信仰されているのかもしれない。
思考を戻すとラウレアさんは腕を組み、巻いてある美しい金髪をいじっていた。
顔を背けながらチラチラと流し目で質問した私を見ている。
「興味ありますの?」
「は、はい」
「そうですの」
ラウレアさんは少し頬を紅潮させて感じ入るように頷き、一度瞑目して咳払いすると元の淑女然とした表情に戻った。すさまじい切り替えの早さだ。
よほど自分の技能に誇りを持っているのかセールスを行う営業マンのような熱意で信仰術の説明をしてくれる。
「信仰術は神々に祈ることで光輝力やルミエールを消費する代わりに強大な対価を得ることが出来る魔術のようなものですわ」
「コストが大きすぎてわざわざ好んで使う人は少ないっすけどね」
「コストが大きい、ですか。 ……効果はどのようなものですか?」
「祈る神と信仰によって違いますわ」
自然と回復する魔力とルミエールや光輝力では支払う対価が雲泥の差だ。それだけ効果に期待ができるのだろうか。
どんな効果があれども戦闘で使用するならば体力や魔力の自然回復力に影響のある光輝力や光輝開放に用いる必要があるルミエールを消費する時点でちょっと使いづらいと思う。
「ディオタールにはどのような宗教があるのでしょうか」
「有名どころだとドミテオス教とプロゴノス信仰っすね」
食い気味に、鋭く重い声響く。
「プロゴノスなど全くもって有名ではありませんわ」
語気強く否定する声の方向に目を向ける。
不気味な程の無表情のラウレアさん。
先ほどまでのじゃれ合う様な様子ではなくその無表情には内々に秘められる感情を押さえているような鬼気迫るものがあった。
「ご、ごめんなさい。軽率だったっす」
ヒノエさんはまずいと思ったのか素直に謝罪して姿を隠すように翼で身を包んだ。
気まずい空気が流れ、天使が通る。
頼みの綱である能天気代表のアカネに視線を向けるとそんな空気に我関せずで、かつ丼をモリモリ食べ進めて幸せそうな顔をしていた。
頼りになることは無さそうだった。
覚悟を決めて恐る恐る、無知であることを免罪符にして尋ねてみることにした。子供のやることだと許してもらえるといいなという希望的観測を多分に含ませて発言する。
「不快な思いをさせてしまって申し訳ないのですがプロゴノスというのは何でしょうか。ご教示いただけると嬉しいです」
「オリヴィーリアに引き籠っているカビの生えたシルヴァ共が信仰している神々ですわ。プロゴノス共は意思もない火や水を司る自然物のような存在。祈ったところで救ってくれないので祈るだけ無駄です」
取り付く島もなくプロゴノスを吐き捨てるようにこき下ろす。表情は憎々し気で苦渋に満ち満ちていた。
そのような気分になる話をさせてしまって申し訳ない気持ちになる。
話を聞く限りプロゴノスは自然物に神性が宿っているという考え方、アニミズム的な信仰のようだ。
そしてプロゴノス信仰は一部の地域だけで信仰されるマイナーな宗教らしい。
ラウレアさんは落ち着きを取り戻すためかティーカップを手に取り中の飲み物を飲み干す。
ちょうどアカネもかつ丼を食べ終えて湯呑に入れられたお茶で喉を潤していた。
飲み物を飲み干した後に着く息が二人同時に重なる。
……同じ行動でもラウレアさんとアカネで温度差がすごいよ。
かつ丼を食べ終えたアカネは満足げな顔をしながらも、話だけは聞いていたのか自分が気になっていたことを思いのままに質問した。
「すいません、オリヴィーリアというのはどこかの都市ですかー? まったく聞いたことが無くて分からなくて」
「シルヴァの隠れ里と言われるド田舎のしみったれた領地ですわ。オリヴィーリアのシルヴァは個人差がありますが、生まれてから一定期間経つと【シルヴァの誇り】を取得するために選民思想が強いのです」
「あー、確か通常性質にあったような……」
「そうですわ。そして外の世界は穢れたと土地だと吹き込まれて生活するにも関わらず性質【シルヴァの誇り】が得られなかった場合は放逐されるのです。オリヴィーリア内部のシルヴァは生涯オリヴィーリアを出ることを禁じられ、一度外へ出たものは二度と故郷へ入ることを禁じられる。自由のない牢獄のような場所ですわ」
オリヴィーリアに対しての止めどない嫌悪感。
しかしながらオリヴィーリアに嫌悪感を示しながらも、外からは入れないとされるオリヴィーリアの内情に詳しいその様子から察してしまう。
……性質が無かったら追い出されるんだ。
自分の置かれている状況と共通項があって、私自身と重なるところがあった。
共感と、憐憫と、将来への不安。
それらすべてがない交ぜになった複雑な感情が去来する。心が重苦しくなったような気がして胸を押さえた。
けれど私の心を知ってか知らずか横合いから小声で「他ゲーで言うところのエルフの村的な感じかな? 楽しみだね」と高揚感に満ち溢れたささやき声が聞こえてくる。
私は横目で抗議の視線を向ける。
アカネは呑気に言ったことのない土地に思いを馳せ、のほほんとした様子を一切崩さなかった。どんな時でも面白さを求めていて平常運転だ。
……もう、仕方ないなぁ。
人によっては悪い面ばかりを見て空気を読んで欲しいと謗られるようなアカネの能天気さだが私は救われるような気持ちになる。
楽しそうな様子を見ているとこっちまで明るい気分になって、自分の悩みがちっぽけに思えて、重苦しく沈んだ心が軽くなったような気がした。
それはそれとして抗議はするけれど。
私とアカネが無言のやり取りをしていると、ラウレアさんはペンダントを手で弄びながら探るような目で私達を見ていたことに気が付いた。
不思議に思って小首を傾げながら視線を向ける。
ラウレアさんは何故だか急に上機嫌になって、立て板に水を流すように語り始めた。
「ドミテオス教はディオタール最大の宗教でドミテオスと呼ばれる13柱の神々を信仰する宗教ですわ。そしてこの首飾りに描かれる紋章がわたくしの信仰する『自由と解放の神』のサイン」
「へー! 13柱も! どんな神様がいるんですか?」
アカネが実を乗り出して興味津々に尋ねるとラウレアさんは優美な顔に喜びを湛えて「そうねぇ」と言いながら顎に指を当てる。
「大猟と豊作の神」
「破壊と再生の神」
「正義と浄化の神」
「法と秩序の神」
「叡智と学問の神」
「成長と発展の神」
「富と幸福の神」
「真理と現の神」
「理想と夢の神」
「平和と保護の神」
「愛と社会の神」
「文化と娯楽の神」
「総じて13柱ね」
「へー! なんか人間の生活に関わる神様なんですね」
「そうですわ」
確かにアカネの言う通りプロゴノスが自然に即したものを司っているのに対してドミテオスは人間の生活に直接関わるものを司る神々のようだ。
「ドミテオスは敬虔に祈り続け神々の目に留まる行動を続けていたら自分の司る事柄に関係する願いを叶えてくれることもありますわ」
「優しいんですね!」
アカネが天真爛漫にドミテオスを褒めるとラウレアさんは自分の尊敬するものを肯定された喜びを露わにした。
そして少し勝ち誇ったような表情をしておずおずと様子を窺ってくる。
「それで、二人に該当する才能や技能はあって?」
「いえ、ないですね」「わたくしもです」
「……学ぶつもりは?」
「他にやりたいことがあるんで!」
「1対1の戦闘の技能を磨きたいので光輝力やルミエールを使うのはちょっと」
「そう、残念ですわね……」
ラウレアさんはあからさまにガックリと肩を落としてうなだれた。
先ほどまでの様子と打って変わって動きがコミカルでギャップがある。本人は落ち込んでいる様子なのに笑いをこらえることが出来なかった。
「あは! ラウレア、残念っすね!」
「あなたも同じ目に合えばいいのですわ」
ヒノエさんが煽るように揶揄うと、ラウレアさんはいじけたようにムッとして顔をそむける。
巻いてある金髪をくるくるといじっていた。
「ヒノエさんはどうです?」
「うちは火の破壊魔術の専業っすよ! 火力全振りっす」
「あ、はいはい! 私それです!」
アカネはヒノエさんが自身の技能と同じであることに気づいて立ち上がり、元気溌溂として跳ねるように挙手をする。
思いのほか早く自分と同じ技能を持つ人を発見できたからか喜色満面だった。
ラウレアさんは金髪をいじっていた手をぴたりと止めて愕然とした表情でヒノエさんとアカネを見ていた。
「待ちなさい、遠距離破壊魔術の専業ですわよ? 魔術師は基本的に他の補助魔術や召喚魔術と合わせたり近接系の防護魔術を記憶保持で発動するものですのに」
「破壊魔術一本でやりたかったので大丈夫です!」
「あっはっはー! 残念っすねラウレア! 今年は私の勝みたいっす」
「えぇ……」
ヒノエさんは調子に乗って煽りに煽り、ラウレアさんは釈然としないような困惑した声を漏らしつつ呆然として肩を落とした。
一方は有頂天、一方は落胆を露わにしていて明確に勝者と敗者が分かれる形になった。
うなだれながら意味ありげな視線を向けてくる。
……ごめんなさい。私はラウレアさんの勝利の女神にはなれないのです。
「善は急げ! これからすぐにメイクルームに行くっすよ!」
「メイクルーム? 着替えってメニューですぐ出来るんじゃないんですか?」
「出来るっすけど恥ずかしいじゃないっすか。それに折角お祭りなんだからおめかししないとダメっすよ」
「んー……じゃあ行きます!」
ヒノエさんは先走ってお盆を戻しに行った。
アカネはくるりと私に向き直って心配そうな表情をする。
何故急にそんな表情で私を見始めたのか不思議に思って小首を傾げてアカネを見上げていると、「キョウ、怪しい人についていったら駄目だからね?」とお留守番する幼子に注意するかのように言われた。
あんまりな扱いに唇を尖らせる。
「なんでみんな揃いも揃って私のことを子供扱いするの」
「だってねぇ、なんか危なっかしいし」
「私は年の割に結構しっかりしてる方だと思うけど」
アカネはやけにお姉さんぶりながらヤレヤレとでも言いたげに「親の心子知らずですなぁ」と肩を竦めた。
……誰が親ですか誰が! 自分も子供っぽいクセに!
反論のために食ってかかろうとすると先んじてヒノエさんが現れ「早くするっすよ!」と気分絶好調なヒノエさんに連行されていった。
アカネは心配そうな目をして振り返りつつも、装備を貰えることを楽しみにしているようで大きく手を振って行ってしまった。
「……行ってしまいましたわね」
「ええ……」
「ほら、喧しいのがはけている間に残りを食べてしまいなさいな。もうあと少しじゃない」
「はい、そうさせていただきます。」
ラウレアさんに勧められアカネとヒノエさんが席を外しているうちに食べ進める。
そうは言っても少しずつ食べ進めていたので量もさほど残っていない。減っていく様子を見るたびに少し名残惜しいような気持ちになった。
ラウレアさんは私が食事を食べ進めている間、ティーカップ片手に静かに待っていた。
なんだかものすごく見られている感じがする。
恐る恐る視線を向けるとラウレアさんは穏やかな笑みでこちらを見ていた。目が合うと「どうかなさいまして?」と微笑みかけてくる。
「そんなに見られていると落ち着かないのですけれど……」
「あら、失礼」
そう言って胸元のペンダントをいじりながらメニューを操作している素振りを見せる。視線もさほど感じない。
ほっと息をついて残りのご飯を黙々と食べ進めた。
「ごちそうさまでした」
「食べきれたようですわね。偉いですわよ」
ラウレアさんは花が綻ぶような笑みを浮かべて褒めてくる。
その笑みはあまりにも穏やかで、優美で、それでいて親密さも感じられて。親愛を抱く家族にでも向けるような笑みだった。
不自然に思って訝しみながら「ありがとうございます」と返事をして少し警戒する。
ラウレアさんに対してそんなに気に入られるようなことをした覚えがない。強いて挙げるとするならば食事をしっかり食べ終えたことくらいしか思い当たらないがここまで親密にされることではない。
少し面白くなさそうな顔をして触っていたペンダントから手を放し、おもむろに胸の前で指を組んだ。
何故だか指を組む動作に意味が込められているような気がして目が離せない。
「キョウさん」
喧騒が遠くなったと錯覚するような透き通る声。得体の知れないものに射止められたかのように体が重苦しく感じる。
声に従ってラウレアさんに視線を向けると思わずギョッとしてしまった。
今までの様子とは違う。
優美な印象を抱いていたエメラルドの瞳が生気を感じない程に虚ろで瞳孔が開ききっていた。その瞳に映るのは何かを信じてやまない狂信さ。
これからの自分の行いが善意と思って止まない。そんな人間の表情だ。
先ほどまでの優し気な笑みはどこにもない。
ラウレアさんは皮肉気に口角を歪め、おもむろに語り掛けてくる。
「あなたはわたくしと似ていますわ。かつてのわたくしと同じで何かに縛られているのでしょう?」
……なんでゲームの中の人が、そんなこと。
≪――被 精神強度判定≫
ゲームはゲーム。現実は現実。