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魔結晶群帯

「大変な時……ですか?」

「え? キョウ知らないの?」


 不思議に思って疑問を口に出すと微妙な空気が流れだす。


 変なことを言ってしまったかと心配になって順繰りに三人の顔を見ると揃いも揃って何故知らないのかと言いたげな表情で私を見ていた。

 この世界の人々にとって常識だというのは分かるがアカネまで金色の瞳を瞬かせ、同じような顔をしていることが腑に落ちない。


 全く心当たりがなく4人揃って首を傾げているとアカネが仕方なさそうにしながら優しく教えてくれる。


「今ね、大陸全土で領地と領地の間に突然『魔結晶群帯』っていう結晶塊が出来て通行止めになってるんだって。TCoLの紹介文に書いてあったけど」

「え? 紹介文って何?」

「購入画面に表示されるゲームの紹介文だよ」


 アカネはメニューを操作すると、「これこれー」と言いながら動画を開いて見せてくれた。


 美しい星空の風景の動画だ。何の変哲もない現実の空ではなくミラーボールさんがいた空間の黎明と薄暮が同時に存在するような空。

 何度見ても綺麗だと眺めていると横合いからにゅっと腕が出てきて再生を押される。


 アカネが小さく息をついたのが分かった。

 動画が始まってしまったので返事をするわけにもいかず心の中で「ごめんなさい! ごめんなさい!」と平謝りする。 


 儚い文字が動画の中の星空に浮かび上がってきた。


 言葉と共に次々と画像が切り替わる。


_______________

『魔結晶群帯と呼ばれる結晶塊で領地間の繋がりを絶たれた世界であなたはどのように過ごすのか』


『戦いか』

『物づくりか』

『歴史探求か』

『魔結晶群帯の調査か』


『出来ることは無限。全ては世界に住むプレイヤーの行動次第だ――』

_______________


「こんな動画があったんだ。最初からインストールされていたから初めて見た」

「最初から……? うん、最早何も言うまい」


 途中までしか見ていないがプロモーションに感想をぽつりと溢すと、アカネが温かい目で私を見てボソッと「お嬢様だなぁ……」と呟いた。


 何故そう思われたのだろう。

 別にお嬢様と呼ばれるほど浮世離れはしていないと思うが確かに私は社会に出た経験もなく世情に疎い。

 言われても仕方がないので聞こえていないフリをして黙り込んだ。


 私たちのやり取りにヒノエさんは何か聞いてくることはなく、「夢の世界の話っすかねぇ」と言いながら意味が良く分かっていないような顔をしている。

 このゲームのキャラクターの前でゲーム外のお話をするとミラーボールさんと同じような対応になるのもしれない。


 ラウレアさんは胸元に下げられている、見覚えのない紋章が描かれているペンダントをいじりながら一貫して我関せずだった。


「あなた達が生まれる一月ほど前に突如として地面からせりだしてきましたわ。わたくし達みたいに戦闘に自信のある者はダンジョンの横からすり抜けて行き来できますし、魔結晶群帯ができる前に行ったことのある場所なら普通に空の門も使えますから別段困ることもありませんが……流星(メテオール)たちは困るかもしれませんわね」


 どうやら完全に行き来できないわけではなく一応手段はあるようだ。

 ダンジョンを通って迂回できるということは、魔結晶群帯はダンジョンの上には存在せず領と領の間の街道を塞ぐような形で生えてきているらしい。


「わたくしバルコメイルやブラヴリュートへ行ってみたかったのですけれど……難しいようですね」


 ラウレアさんはティーカップで喉を潤しながら「……難しいですわね」と言い、憐憫が込められた視線で私を見る。

 どのように言えば傷つけずに伝えられるか答えを選んでいるような様子だ。


「そもそもバルコメイルは兎も角ブラヴリュートは遠すぎですわ。行くとしたらいくつも都市を通らなくてはいけません。……そうですわね。フリンルルディの南門から出て――」


 ラウレアさんは思索に耽るように視線を彷徨わせて、指折り数えながら小さな声で呟く。


「フローメリル」

「ガストリッシュ」「アルヴァダーン」「カロ―タイユ」

「リシェスルミエ」「オールラテール」「ミューレセレア」

「カルムトゥーラ」

「リブロシュトラ」


 私の知識が無さ過ぎて正確なことは分からないがおそらく都市の名前だと思う。

 まるで呪文のようにも聞こえる言葉の羅列に、この世界は私が思っていたよりも都市があって数倍広大であることを初めて理解した。

 いつかこの言葉が呪文のようではなく、都市の名前として認識できるまでに馴染むことが出来るだろうか。


……いや、ちょっと待って。それにしても数える量が多い気が。


「……9の都市を通らなければたどり着かないですわね」

「え、そんなに遠いのですか!?」

「領地で考えるとアルヴァダーンとオールラテール、ヴィーゼラルダの3つの領を抜けていくことになりますわ」

「ねぇラウレア、リシェスルミエで小環状道から大環状道に接続してバルコメイルに入るルートの方が近いんじゃ? 場所にもよるけど大環状道の方が比較的モンスターが弱いっすよ」

「近くはないのではないかしら。ええと、リシェスルミエからですと……」


「ペルラシオン」「バルコメイル」「エマプテロ」

「メトーグイス」「ガルスディーナ」


「そちらのルートは10の都市を通る必要がありますわ。けれど一つの差ならこちらのルートの方が良いかもしれませんわね ……まぁ、いくら考えても魔結晶群帯がある限り考えても仕方のない事ですわ」

「う……どなたかに連れて行って貰うことはできるでしょうか」


 私の質問にラウレアさんは困った顔をして胸元のペンダントを弄りながら考え込む。


 少し厚かましい質問と捉えられてしまうかもしれない。これでは連れて行って欲しいとねだっているようなものだ。

 けれど言ってしまった事実は覆ることはなく、私はただ恥ずかしくなって身を縮こませながらどう料理されるか待つことしかできない。まな板の上の鯉だ。


「どうでしょう。そこそこ難度のあるダンジョンを通り抜ける必要があると聞いておりますからね。探索者ギルドに護衛依頼を出せば可能なのではないかしら。けれど依頼費用も高いでしょうしブラヴリュートまでと考えるとそんな依頼受けてくれる方などいないと思いますわ」

「ですよね……」

「わたくしも何の用事もなく連れて行くのは嫌ですわ。一人守るだけでも大変ですのに……他にも行きたい子たちがいたらその子たちに示しがつきませんわ」

「そんなことしたら私たちの悪業が上昇しちゃうっす。存在格が私たちと2程度しか差のないくらいになるかイベントを介してであれば悪業が増えないからお手伝いできるかもしれないっす」

「そのような事情が……ありがとうございます」


 どうやらいろいろな事情や、しがらみがあるらしい。基本的に特殊な条件が無い限りプレイヤーはプレイヤー同士の力を合わせるか、自身の存在格を上昇させなければいけないようだ。


 行き来できると思って初期位置ランダムを選択したので梯子を外されてしまった気分だった。

 私は密かに脱力してがっくりと肩を落とした。

 フリンルルディの華やかでファンタジー感強めの景観が良かったから他の都市も一目見てみたいと思っていただけに残念だ。


……自由に行き来できないなんて聞いてないよ、お父様!


 私は心の中で冗談交じりに抗議した。

 けれど行き来できない事実を知っても別に後悔はしていない。

 初期位置をランダムにしていなかったらキアラさん達とも出会えなかっただろうし、アカネとも出会わなかっただろう。

 私の選択は決して間違いではない。


 それに私の目的は観光ではなく大会で優勝することで遊んでいる暇なんてないだろう。


 自分を律しているとアカネが慰めるように私の肩をポンと叩いた。


「ガッカリしないの。開通するための謎を解いて行ける場所がどんどん広がっていくのがゲームの醍醐味なんだから」

「はい、そうですね」


 アカネの言葉に頷きながら考える。

 私はすべての領地で行き来できるようになっている頃にゲームを続けているだろうか。


 武星祭は現実世界の一か月後だ。一か月後までに大陸全ての行き来ができるようになることは無いように思う。

 やることが無くなってしまえばゲームの寿命が短くなる気がするので、そう簡単には行き来できるような事態にはならない気がした。


「……エストワールギルドの人たちが調査してるらしいっすから案外早く開通するかもしれないっすよ。ただまぁ、内部に洞窟があって何やら入るたびに形状が変化してモンスターがわんさかいる厄介な場所らしいっす」

「へぇ、なんかレトロゲーの不思議のダンジョンみたい……」


 アカネさんは興味深げにして迷宮の話に食いついた。

 二人並んで気になっていたのが明白だったのか私たちを見てからかうように「東門から出てタロシュタール領に続く道が一番近いっすよ」と薦めてくる。


「余裕があったら私たちも行ってみよう! 面白そうだし!」

「う、うん」


 興味津々、喜色満面な顔でこちらを見て瞳を輝かせながら私を誘った。そんな顔をされてしまったら断りようもない。

 私はアカネの様子を見て、ついつい頷いて了承してしまった。


……まぁいいか。私も気になるし。


 ヒノエさんが揶揄う様に深い青の瞳を細め、「そんなことよりいいんすかー?」と言いながら肩肘ついて私たちを見た。

 幼い印象のある柔らかそうな丸い顔が形を変えていて、失礼だがとても可愛らしい。


「ねぇお二人さん。私たちがどんな技能が得意か聞かないっすか?」 


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