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静謐な晩餐

 アカネと共に花風へと戻るとキアラさんとアリオスさん、そしてアカネを迎えに行ったアイヴィーさんとリックスさんがロビーの席で談笑していた。

 私たちが返ってきたことに気が付くとキアラさんが「おーい!」と言いながら手を振ってくる。

 控えめに手を振り返しながら4人に近づくと、それぞれの言葉で「おかえり、二人とも」と歓迎してくれた。


「はい、ただいま戻りました」

「早かったね。受付だけしてきた感じ?」

「はい。一度自室で休憩してから参加しようかと」

「そっかそっか。石殿はどうだった?」

「えっと……なんだかちょっと怖かったです」


 苦笑して伝えると「あー、なんか分かる。じっと見られてる感じがすると落ち着かないよね」と言いながらキアラさんも苦笑した。


 別段長話をするつもりはなかったけれど、話をしているうちにたくさん話したくなってしまって街中で感じた色々な発見を伝えた。


 街の風景にどれだけ感動しただとか、定着効果を取得するのに時間がかかってしまった話だとか、アカネと帰り道に色んなことを話しただとか。


 夢中になってのべつ幕なしに話す私をキアラさんは相槌を打ちながら、アリオスさんは私の目を見つめて薄く微笑みながら受け入れてくれる。


 夢中になって話していると背後からトントンと肩を叩かれた。

 何事かと思い振り返って様子を見ると背後には仕方なさそうな、それでいて若干呆れ顔のアカネがいた。

 アイヴィーさんやリックスさんとお話ししていたがすでに話は終わっていたようだ。


「アカネ? どうしたの?」

「イベント一緒にやるでしょう? 何時くらいにまた集合する?」

「うーん……」


 メニューを開きながら時間を確認する。

 現在時刻は現実時間の18時ちょっと前。ディオタールの時間では10時ちょっと前だ。夜ご飯を食べるのは一時間もあれば十分だろう。


「現実時間で19時から20時の間とかでどうかな。大丈夫そう?」

「うん、おっけー。全然大丈夫! もし何かあったらグラビで連絡すればいいから!」

「あ、そっか。分かったよ」


 友好を結んだ者同士でグラビを使ってメッセージのやり取りができることを忘れていた私は理解を示すのに少し時間を要した。

 調べてみるとどうやらゲーム用と現実用でアカウントがしっかりと分けられていてプライバシーを侵害しないように配慮されているようだ。


 ゲームのアカウントを確認して安心していると嬉しそうなキアラさんの声が頭の中にやけに響いた。


「あら、敬語じゃなくなってるね。お友達になれたんだ」

「はい。お友達になりました!」

「アカネちゃん。キョウちゃんをよろしくね。」

「えぇ? なんですそれは」


 なんだか二人の中で手のかかる子供扱いをされているような気がして抗議する視線を送る。二人は私の視線をのらりくらりと躱して、

「はい、お任せください!」

「うん、頼んだ!」

と通じ合ったやり取りをしていた。

 

……うーむ、釈然としない。


 不満げな顔をしてアピールしているとキアラさんは私の頬を人差し指で突いてくる。

 身を捩って抵抗していると楽しげな声で思いがけない素敵なお誘いをされた。


「あ、そうだ。12時から15時くらいの間まで食堂で保護してる流星(メテオール)の子たちの歓迎会を開いてるから時間があったら二人もおいでね」

「歓迎会! 楽しみ!」

「はい、参加したいです」





 暗闇の中で『träumerei』という文字が浮かび上がりふわりと形がなくなって消えていく。 


『お疲れさまでした』


 合成音声の声とともにマットレスに包まれていた半身が浮き上がった。

 身を起こしてIRカフを左腕に取り付けながら「電脳ベッド解錠」と呟くと電脳ベッドの扉が開く。


 体を起こすと必要なもの以外何も置かれていない殺風景な私の部屋。ベッド脇にはいつものように別宮さんが待機していた。


 少しだけアカネの哲学に触発されて無意識に心情に変化があったからか、別宮さんに視線を向ける。

 

 サファイアのような青い瞳を伏し目がちにして指示があるまで微動だにせずに立っていた。その姿はまるで電源の入っていないアンドロイドのようだ。


 平均的な身長。しなやかな手足にスレンダーなスタイル。

 いつも通りにスーツをぴっちりと着こなし、肩にかかる程度のさらさらとした金髪が光に照らされて輝いている。


 思えば10年近く前に出会って以来の付き合いだ。

 初めて彼女と出会ったときは金髪でサファイアのような色合いの瞳を持つ彼女に私と同じような異郷の雰囲気を感じたことを覚えている。

 当初は彼女に親近感を覚えて仲良くしたいと思っていた。


 けれど周囲の環境と、習い事に明け暮れる日々の結果を出せない焦燥感と、幼少期における5歳という大きな年の差が私たちの心の距離を埋めなかった。


 もっと早い段階でどうにか歩み寄れていたら何か変わっていたのかもしれないけれど10年近く凝り固まった私たちの関係性は今更ムリヤリ形を変えてしまおうものなら壊れてしまうかもしれない。

 拒絶されることが怖くて踏み出すことを止めてしまった。


 かつては仲良くなることを諦めてしまったけれど今なら仲良くできるだろうか。

 私は少しばかり勇気を振り絞った。


「本日は夜も別宮さんが担当なさるのでしょうか? 他の方々は?」


 目を合わせて言うのは恥ずかしくて少し目を逸らしながら声をかけた。

 指示以外で私が話しかけることなど想像の埒外にあったようで少しだけ目を見開くような反応を見せる。

 しかしそれはほんの一瞬で、すぐに平常心を取り戻したようだった。


「左様でございます。ミヤコさんの担当だった大津と氷室は急病のためしばらく出勤できないとのことです。当面の間わたくしが一人で担当させていただきます」

「そう……? お一人で大丈夫かしら。お父様に増員していただけるようにお伝えしておきますね」

「いいえ、結構です。お気になさらないでください」


 私の瞳をじっと力強いまなざしで見据えて、決して譲りそうもない確固たる意志を主張した。

 仕事に対する誇りか、自分の領分を侵される嫌悪感か。


 その力強い瞳を長く見続けていると吸い込まれてしまいそうで「そうですか……」と呟いて目を逸らしてすごすごと引き下がった。


……うぅ、私にはまだハードルが高かったかも。


 戦略撤退を決め込み心の中でうなだれている心情を知ってか知らずか、別宮さんは無表情のまま淡々と口を開いた。


「本日はリオンさんがみやこさんと共に夕餉を囲みたいとおっしゃっておりました」

「ぇ……お父様が家にいらっしゃるのですか?」

「はい。数時間前より帰宅なさっています。すでに夕餉の準備も済んでおりますからすぐにでもお召し上がりいただけます」

「急いで向かいましょう」


 今日は朝も家にいたというのに夕食の時間に帰ってきているなんて本当に珍しい。一緒にご飯を食べるのはいつ以来だろう。

 思いがけない出来事に落ち込んだ気分は晴れやかになって、鼻歌を歌いだしたくなるような心持でダイニングへと向かった。





 父の体面に座り食事を取る。

 静寂が支配する中、小さなカトラリーの音だけが木霊した。


 お肉を口に運びながら父の様子を盗み見る。

 一緒に食事をしているとき世の家族はどのような話をするのだろう。

 様子をチラチラと伺いながら話題を探していると父が口を開いた。


「ゲームの世界はどうだった」

「……どうとは?」


 カトラリーを置いて「目標の進捗だ。達成できそうか?」と質問してきた。私も父に倣ってカトラリーを置く。


 二つ返事で出来ますと答えることはできないが今のところ順調に進んでいる。

 ゲームのシステムや戦闘においてのセオリーもキアラさんを見て学ぶことが出来ているし、体の動かす感覚もほとんど現実と遜色ないせいか概ね思い通りに動かせている。特殊性質という強力な性質を得ることもできた。


 その旨を伝えると「上出来だ」と父が褒めてくれた。嬉しくなって顔を緩ませる。

 

 けれど一つ懸念点があるせいか安心してもいられなくて表情が固まる。

 不安を解消するように心情を吐露した。


「ただ一度死んでしまうと復活できないキャラクターで始めてしまったのがネックですけれど……」

「いや、ミヤコの選択は決して間違いとは言い切れない」


 父はIRを操作しながら何か資料に目を通しているのか虚空を見つめて話す。


「そもそも権能系の特殊性質が得られる特殊イベントが出現する条件として『輪廻の印』を所持していることが必要だ」

「そうだったのですか?」

「あぁ。強力ゆえにデメリットがあるように設定されている」


……確かに強力なら持っている価値はあるのかもしれないけど。


 別段なくても困らない。

 普通の性質と私に備わっている戦闘の才能だけでも十二分に戦うことが出来るはずだと思っている。


 しかし父は何か不安要素があるように眉間に皺を寄せて画面を見ているようだった。


「特殊性質は持っていた方がいい。本人がTENKYUで配信していて掲示板に出回っている情報だから言ってしまうが武星祭で強敵になりそうな相手が出てきたからだ」

「……強いのですか?」

「あぁ。ミヤコが手に入れた『陰廻龍の権能』と対をなす特異性質『陽輪龍の権能』を得た人物だ。キャラクター名はヘラクレス。戦うのなら同じように特殊性質を持っていた方が良いだろう」


 グラビでその相手の簡単な情報が送られてきた。

 

 金髪の爽やかそうな青年の見た目のキャラクターが映し出されている。

 まだゲームが始まってそれほど経っていないにも関わらず、彼は簡素だが金属の重鎧を装備していて身の丈ほどの大剣を担いでいた。

 装備をある程度揃えていることからも戦闘のみならずゲーム自体が得意で慣れていることが窺えた。


 数々の格闘系のゲームの大会で優勝経験があるようで大会名がズラリとなんで好成績を残している。

 父が言うだけのことはあると思った。


「まぁもちろん武星祭まで死ぬことが無かったらという前提条件がいるが」


 冗談めかしながら言っている父を眺めながら私は直感した。

 多分この人は順当に生き延びて武星祭に参加してくるだろう。ここまでゲームのことを熟知しているならば生き残らないはずがない。


 この人と戦うならどのようにして戦おうかと考える。


 大剣を扱うようだから懐に入り込めるような武器の方が有利だろうか

 魔術も扱えるのだろうか

 陽輪龍の権能はどんな効果を持つ性質なんだろうか


 考えても仕方のない事ばかり考えてしまう。少し時間がたったら彼が配信している映像も見てみたい。

 今の時点で戦ってみたらどうなるんだろう。


……早く戦ってみたいな。


 心のどこかで控えめに、それでも確かに興奮している私がいた。


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[一言] 悲報 主人公が才能云々だけではなく、性格バーサーカーだった件!
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