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人生の礎

 クランへと戻る道すがら花々の咲き誇る道の中で肩を並べて歩く。

 アカネさんの「折角だから行きと違う道を歩こう」という提案に乗ったため、大通りではなく比較的人通りが少ない道を選んだ。


 実生活でも車移動が多い私にとって街中の景色はとても新鮮で冒険心が湧いて高揚する。アカネさんも同じような心情のようで、あたりをキョロキョロと見回して瞳を輝かせていた。


 穏やかな雰囲気の中、少しだけ人の声が欲しくなってアカネさんに話題を振る。


「アカネさん、TENKYUストリーマーをやっていたのですね?」

「う……いや隠してるわけじゃなかったんだよ? 自己紹介でいきなりストリーマーやってます! なんて言うの恥ずかしいじゃん」


 金色の瞳を揺らしながら頬をかくような素振りをした。そんなに恥ずかしいものなのか縁も所縁もない私には見当もつかない。

 一体どんな配信をするのだろう。


「ファンが集まるだけの結果を出せるのは素晴らしいと思いますよ。……どんなチャンネルなんですか?」

「えーっと……」


 アカネさんは立ち止まってメニューを操作すると「これなんだけど」と言いながらウィンドウを操作する。

 ウィンドウが独りでに動いて私の目の前にやってきた。


《Akane Ch. 奈良アカネ チャンネル登録者数6万人》


「あんまり詳しくないのですが……登録者数結構多いのではないですか?」

「うん。ゲームプレイが主体なんだけど、朝に特殊イベントが起こってそのおかげでバズったんだ」

「もしかしたらと思っていたのですがアカネさんも特殊イベントを起こしていたのですね」


 きょとんとした顔で「も?」と言う。少ししてから言葉の意味を理解したようで「えぇ!? キョウもなの?」と大げさに驚いて見せた。


「はい。初期地点が洞窟の中で、飛んでいるミミズみたいなモンスターに襲われ続けました」

「えー! 私もなんか骨だけの鳥の雛みたいなモンスターに襲われ続けたよ!」


 アカネさんは嬉しそうに飛び上がりながら「一緒だね!」と喜色満面の笑みを浮かべた。

 私と同じなら碌な目には遭っていないと思うのだが特殊イベントでさえ心底楽しかったと思っているようだった。


「いやぁ、同じような目に遭ってる子がいるなんて思わなかったな。私なんか最終的に泣きながら火山の火口に身投げしたからね? 聖炎鳥の権能って言う性質が手に入ったのは良かったけどホント大変だった。キョウも特殊性質手に入った?」

「はい、陰廻龍の権能と言う性質を得ました。……モンスターを全部倒して」

「すご!」


 ぐいっと身を寄せて「まぁ何にしても特別な性質って滾るよね!」と言った。先ほどからパーソナルスペースが顕著に近づいている。

 もともとの敬語を伴う話し方はいつの間にか影も形も無くなっていた。


 ゲーム開始早々に互いに大変な目にあったと分かったおかげでかなり親近感を感じてくれているようだ。

 私も同じように親近感を感じていた。


 もう少しアカネさんのことが知りたくなってチャンネルのプロフィール欄を漁る。


「15歳……わたくしと同い年だったのですね。もっと年上の方だと思っていました」

「あ、キョウは15歳なんだ……。いやまぁ、それはあくまでもキャラ付で実年齢はサバを読んでるけど。でも少しだよ? ほんとだよ?」


……サバを読んでいるのはホントなんだ。


「放水を行います。建物の中、あるいは四阿に移動してください!」


 ジトっとした目でアカネさんを見ていると女性の声が響き渡った。声の方に視線を向けると騎士のような鎧を着こんでいる女性が注意喚起をするように声を上げている。


「放水? なんだろう。ともかく四阿の中に入ろうか」

「はい、念のためそうしましょう」


 急な注意に困惑しつつも指示に従って近くにあった四阿に避難する。道に誰もいなかったこともあって二人きりだった。


「なんだろうね」

「はい。見当もつきません」


 不思議に思いながら二人揃って四阿から少し顔を出して道の様子を窺う。すると突如として都市のそこかしこにあった黒いポールが天へ向かって伸び始めた。


 ぽかんと口を半ば開いたまま空に目線を上げると黒いポールに先端に魔術を放つ時と同じ幾何学模様が現れて霧のような水を噴き出し始める。


 花に水を上げるためと気づいて思わずアカネさんの方に顔を向けると同じ思いだったようで息を合わせるように顔を向け合った。

 体を四阿の中に引っ込ませて互いにくつくつと笑い合う。


「変なこといっぱいだね、このゲーム」

「ゲームをたくさんやっているアカネさんから見てもそうなんですか?」

「もちろん」


 アカネさんは「不思議なことがいっぱい。触れる感覚も目に映る光景もホンモノみたいで本当に冒険してるみたい」と言って意味ありげな表情で空を見上げる。

 空を見上げる横顔が届かないと知りながら恋焦がれる乙女のように切なげで、何故だか分からないけれどその横顔の美しさに見入ってしまった。


「おじいちゃんおばあちゃん達から聞いたんだけどね? 昔はVRやIRなんてなかったから連絡一本入れるにも『グラビ』の文字だけみたいなチャットアプリだったり電話も声だけだったんだって」

「……わたくしも曾祖母から聞いたことがあります」

「ふふ、キョウは曾おばあちゃん子だったんだ」


 アカネさんは視線を空に向けたまま嬉しそうに笑う。


「あー……ホント没入型のVRが出来てTENKYUの中で実際に会ってるようにお話しできる時代に生まれてこれて幸せ。その上私がこんな綺麗な世界を冒険できるなんて夢みたい」


 アカネさんはしみじみと複雑な感情を滲ませながら感傷に浸った。

 深く考えたことはなかったけれど確かに技術が発展していて平和なこの時代に生まれたことは幸せなのかもしれない。


 空を見上げればアカネさんと同じ気持ちを共有できるかと考えて視線を空に向けようとすると、アカネさんは悪戯っぽい笑みを浮かべて私を見た。


「そういえば、またさっきみたいに敬語使わずに接してくれないの? 私キョウとちゃんとお友達になりたいな」

「わたくしとお友達……何故ですか?」

「何故って……うーん。あえて理由をつけるなら好きになったからかな。……変な意味じゃないよ?」


 人生で一度も言われたことがなかった言葉に虚を突かれて質問をすると「理由は特にいらないでしょ」と言わんばかりの少し呆れた表情を見せた。

 それでも答えに得心が行っていないことを表情から察したのか人差し指を顎に当てて私の顔を凝視すると「あと笑わせてみたい?」と言った。


「そう! 笑わせたいんだ!」

「……どういう意味なのでしょうか」

「えー、うーん。笑っていてもどこか苦しそうで笑ってないから、なんかほっとけない」


 アカネさんは真剣な表情で私を見つめた後「さっき会ったばっかりだけど。そういうの分かるんだ」と苦笑しながら言った。


 あまりの鋭さに驚いた。

 確かに私は楽しんでいない。楽しむことなんて許されないと思ってる。

 図星を突かれてしまったことを隠したくて瞑目して黙り込む。


 アカネさんは眉を八の字にして、

「ごめんね。心に土足で踏み込んでるなって分かってる。けどここで傷つけてしまうことを躊躇って踏み込むことを止めたら後悔すると思うから」

と前置きした。


「私ね? キョウがもっとこの世界に楽しいことがあるって知って欲しいの。面白いと思ってそうでもどこか冷めた目で見てる気がするから」

「楽しいこと……ですか?」

「そう、楽しいこと。この世界には嫌なことがいっぱいあるけど、よく探してみると同じくらい楽しいことがあるってこと」

「……アカネさんが教えてくださるということですか」

「うん、そう。私が教えてあげる。だからお友達になって」


 胸を張って自信満々に手を差し出した。

 どこへでも連れて行ってくれそうな頼りがいのある手。

 そんな印象とは裏腹に力を込めれば折れてしまいそうな程のしなやかな指。


 しかし後になって発言を後悔したのか「う、ちょっと偉そうだったかも。でも頼りがいのあるお姉さん感を……」と言い始めた。


……かっこよかったのに締まらないなぁ。


 思わずくすりと笑ってしまう。漠然とこの人なら初めての友人になれると思った。


 正直まだ何も分からないし、この選択が吉と出るか凶と出るか分からない。もしかしたらすべてを捨て去り手を振り払って目標へ邁進するのが良いのかもしれない。


 けれど嘘偽りない私の心の一部がこの人の手を取りたいと叫んでいた。

 私は自分の心に言い訳をした。


 目標を達成するためにも私と同じように特殊性質を持っているアカネさんの力はイベントで使えるだろう。

 アカネさんにつられてゲームを楽しんでいると周囲に伝えることが出来たらゲームの中でも浮くこともないだろう。


 必死に言い聞かせてアカネさんの手を取った。


「こちらこそ、不束者ですが」

「やったね!」


 良く笑う彼女の中でも今まで見せていた笑顔とは別もので、出会ってから一番喜びの色が強い笑顔だった。

 アカネさんの笑顔には何故か見ている相手まで嬉しくなるような人を引き付ける魔力があって思わず顔が綻んだ。


「でも話し方は敬語のままでお願いします」

「ダーメ! あれが素なんでしょ!」

「でも結構年上みたいですし」

「ちがうからぁ! そんなに年上じゃないから!」

「じゃあいくつなんですか?」

「……18歳です」

「嘘ですね」

「嘘です。20歳です」

「……5歳も上じゃないですか」


 なんとなく嘘を言っている気がして確証のないままに問い詰めてみると往生際悪く抵抗したが意志弱く割とすぐに折れて実年齢をこぼした。

 アカネさんはしおしおになってうなだれる。折角の頼りがいのあるお姉さんの姿は形無しだった。


 思わずジトっとした瞳で見つめると、破れかぶれになって「うがー!!」と言いながら飛び掛かってくる。


「生意気な口はこれかー! 敬語無し! 呼び方はアカネ! 返事は『はい』か『yes』!」

「分かった、分かったから!」

「よろしい!」


 頬をムニムニと揉みしだかれて全面降伏すると勝ち誇ったように胸を張る。


……大人気ない。お酒も飲める年齢のくせに。


 抗議するような視線を送るとアカネさんは暖かな笑みを浮かべて「笑ってくれたね」と言った。

 指摘されるまでまったく気が付かなくて思わず確かめるように頬を押さえる。


 なんだか少し気恥ずかしくてこれ以上いじられないように、気を大きく見せるようにして問いかけた。


「なんでそんなに笑わせることに拘るの?」


 アカネは霧のような水が降りしきる空へ視線を向けた。

 雫が集まっていって水になり、アカネの頬をつたっていく。


「うーん、私ね? この世界で一番大事な事って面白いことを見つけて精一杯楽しむことだと思ってるの」

「……楽しむこと?」


 確かに大事だと思うけれど世界で一番と言いきる程じゃない気がする。

 世の中には楽しんでいられるような状況じゃない場面だって往々にして存在する。他に優先しなければならないことがあるはずだ。

 やるべきことだったり、仕事だったり。責任だったり。


 アカネは透徹としたアルカイックスマイルを浮かべて「勿論それ自体が楽しかったら否定しないし、大事だとも思ってるけど」と前置きして語りだした。


「がむしゃらに従事したり献身したりしても、ただ対価をもらうだけなんてもったいない。折角の人生なのに」

「人生必ず終わるときが来るよ。そしたらどうせ権力も地位も名声も、お金だって消えちゃう」

「人の記憶に残れば生き続けるなんて嘘。だって自意識が消えるときが自分の死だもん。残される側の人間が喪に服すための言葉でしかない。記憶に残るだけなんて意味ないよ」

「人間の文明は宇宙の終わりに間に合わない。宇宙も必ず終わるときが必ず来るよ。そしたら私たちの儚い軌跡はおろか文明も終わって歴史も消えて、残したものは全部消えちゃう」


「だから人生の中で今感じた思いや感情を一番大事にして、楽しんで生きていきたいって思ってるんだ」


「悪いところばかりに目を向けてたらもったいないし、せっかく生まれることが出来るという幸福に恵まれたんだから今を精一杯楽しく生きたいじゃん?」


「だから過去よりも、未来よりも、今何を感じるかで生きたいの」


 人間誰しも一定以上の年数を生きればその人なりの哲学を持つと誰かが言った。

 アカネの哲学は一見筋が通っているようにも、一定の説得力があるようにも感じた。


けれど――「ほら」


「人と話すことで生まれた感情も気持ちいい」


 どこか歪で


「葉っぱの影で雨宿りする蝶も美しいでしょう?」


 あまりにも刹那的で


「雨の匂いもクセになるね」


 雨じゃないけど、と笑う彼女の姿は子供のように無邪気で


「水に濡れることだって楽しいよ!」


 朱色の髪を雫できらめかせ、両手を広げて舞い踊る姿はあまりにも輝いて見えて


「森羅万象はエンターテイメントなんだよ!」


 いたずらっぽく「小説の受け売りだけど」と笑う姿は魔性だ

 

 視線がアカネから離れない。

 言葉一つ一つに魔力が籠っていて、底のない沼に囚われていくようだ。


「今を全力で感じて、今を全力で楽しむこと。それが私の『人生の礎』だからね」


 にっこりと誇らしげに微笑んで「気取ってゲームのタイトルに絡めてみました」とおどけながら言った。


 まだ散水の最中、私に「おいで」と私に手を差し出す。


 無意識に手を差し出すとそのまま四阿の外に連れ出されて周囲の花と同じように水を浴びた。


 肌にあたってもひんやりと冷たい感覚だけが分かる程度の霧雨。服と髪が肌に張り付いている。


「ね? 濡れるのも嫌なことばかりじゃないでしょう?」

「優しいシャワーのようで気持ちがいいです」


 私たちは思いを共有して笑い合った。


「ねぇ見て、虹がいっぱい架かってるよ!」


 アカネが指差す方向へ視線を向けると、フリンルルディの街並みにまるで長いトンネルを作るよう虹が連続して見えた。

 あまりの非現実的で幻想的な光景に見とれてしまう。まるで天界へ続く門のようだと思った。


 惚けて虹を眺めていると口角に何かが添えられる。

 ふと我に返って何が添えられているのだろうと視線を向けるとアカネの人差し指だった。


「キョウも楽しく笑えるようになるといいね。人生の礎を見つけて!」


 そう言ってアカネは金色の瞳を細めて笑った。


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