流星祭の受付へ
「アカネさん、お待たせしてしまいましたか」
「大丈夫です。私も今出てきたところですよ」
拠点を出てすぐ、門の傍にもたれかかりながらメニューを操作するアカネさんがいた。私たちはどこか一昔前の映画の中でたまに見かけるカップルのようなやり取りをして合流する。
「知識技能の話とか流星祭がどこでやるのかとか聞きましたー?」
「はい。流星祭の受付は石殿というところにあるらしいですね」
「よかった。じゃ、行きましょうか!」
アカネさんは心底楽しみだと言った表情をしながら「けど神殿じゃないんですねぇ。何か理由があるのかなぁ」と言って跳ねるように門にもたれるのを止めると歩き出す。
私たちは華やかな街の中、離れているのもおかしいので肩を並べて歩みを進めた。
人と並んで歩くとき世の人たちはどのような会話をするのだろう。あまり経験のない私にとってはあまりにも未知でどのような会話をすればいいのか分からない。
沈黙が苦しい体の前で左手の肘を押さえて顎を引く。
何をお話ししたらいいんだろう。
けれど私が頭を悩ませる暇もなくアカネさんが沈黙を切り裂いた。
「いやー良かったです。折角のオンラインゲームなのに誰とも絡まないのはどうかと思っていたからキョウさんがいてくれて助かりましたよ」
「いいえ、わたくしの方こそ助かりました。お誘いいただきましてありがとうございます」
「めっちゃかた! ……いや、キョウさんロールプレイングいい感じにキマってますねぇ」
「ロールプレイ……ですか?」
「え……これガチなヤツ?」
アカネさんは顎に手を当てて「いやいや、そんなまさか。こんな純粋培養お嬢様みたいな人が現実にいるか? いや、いない。かっこ反語」と小声でぼやいていた。
「純粋培養なんかじゃないですよ」
と心の中で訂正しつつも聞こえていないふりをした方が良いだろうと思って触れないことにする。
……キリっとした美人さんなのにクールな感じじゃなくて意外と明るくはっちゃけた人みたい。
印象とは違って結構リアクションが大げさで身振り手振りの大きい人だ。
見た目なんて当てにならないものだなと思った。
そもそもここはゲームの世界で容姿を自由にいじれる状況にあることがすっぽり頭から抜け落ちていたことに気が付いて当てにならないのは当たり前だと思った。
「あの、わたくし戦闘は得意ですがイベントなどではあまりお手伝いできないかもしれません」
「いやいや、別になんかプレイスキルを期待しているとかではないので気にしなくて大丈夫ですよ。私はただ楽しくゲームできればそれで」
「楽しく……ですか?」
「そうですよ? ゲームは楽しくやるものでしょう?」
進む先に向けていた切れ長の瞳をこちらに向けて言う。アカネさんの金色に輝く瞳を見ているとなんだか吸い込まれそうな気分になった。
私に直接向けられているわけではないが、何かを訴えかけてくるような、楽しまないことを責め立てるような――
そういえば私は目的を達成することばかり考えてゲームとは何か、ゲームをやる人たちがどのような気持ちでやっているか考えもしなかった。周囲の人が楽しむ目的でゲームをしているのに、一人だけ必死になって強くなることに拘泥して他者に考えを押し付けていたら必ず軋轢を生むだろう。
周囲との価値観にズレがあるという事実に気が付かなかった場合の未来を想像して血の気が引く。
……少しは私も楽しめるように努力した方が良いのかな。
未来に思いを馳せると行く末が杳として知れず漠然とした不安を感じた。
「そうですよね。ゲームは娯楽ですものね」
「そうそう人生短いんですから楽しまないとソンですよ」
機嫌よさそうに高揚感を全身で体現して「あ、あそこに蝶がいますよ! 街中にもいるんですねぇ」と言いながら指をさす。
跳ねまわるように軽やかな仕草はまるでミュージカルのワンシーンのようだった。
「いやぁ、ゲームも進歩しましたね。こんなグラフィックが良くて感覚もリアルなゲームが出るなんて思ってませんでしたよ」
「そうなのですか? 結構ゲームをやっていらっしゃるのですね」
「んー……まぁ時間は有り余っているのでそれだけいろいろやりましたよ。キョウさんはあまりやらないんですか?」
「あまりと言いますか、やったことがありませんでした」
ぴたりと足を止めた。
どうしたんだろうと不思議に思いながらアカネさんの方を見ると愕然とした表情で私を見ていた。
きっと初めて第三種接近遭遇を果たす人間は今のアカネさんのような表情をするに違いない。
確かに今の時代に一度もゲームに触れたことのない人なんてごく少数だろう。
「今の時代ゲームやったことない人とかいたんだ。60代や70代の人もやる時代なのに」
「ちょっと、事情がありまして」
「そっかぁ。なんかキョウさんお嬢様っぽいですもんね」
アカネさんはしみじみと言った。
なんと返答すれば良いのか分からずに曖昧に微笑んでいるとアカネさんはハッとした表情で我に返りあたふたと慌てだす。
「いや、いやいや! 詮索とかじゃないですよ! ゲームでリアルの詮索なんてご法度ですからね。私はネチケットを守れる人ですので!」
そう言って自信ありげに胸を張った。
……曾祖母からしか聞いたことないよ、ネチケットって言葉。
〇
駄弁りながら案内通りに進むと道の先に円形の大きな広場があるのが分かった。中央に巨大な寺社に似た建造物が見えて、傍にはイベントテントのようなものが設営されていた。
さらに進んで広場にたどり着くと広場の全貌が分かるようになる。
数々の露店が並んでいて多くの人がひしめき合って賑わっている。多くのプレイヤーと思しき人々もいた。
地面に敷き詰められたレンガはそれぞれの色で美しい模様になっていて、規則性を保ちながら舗装されているように見える。
神社のような建物を中心点として対称とするように庭園と四阿があり、美しい緑が植えられていてレンガの色の街のアクセントになっていた。
美しく整備された公園といった印象だ。
周囲を見回し雰囲気に浸る様子を見せながらも物怖じせずに積極的に進んでいくアカネさんの後を追いながらテントへと向かった。
テントに着くとアカネさんは誰の対応もしていないお姉さんのところへ行って早々に話しかけた。アカネさんに便乗することにする。
「すいませーん! 流星祭の受付はこちらですか? 私たち流星で流星祭に参加したいのですけど」
「ここで合っていますよ。ディオタールへようこそ、流星さん」
お姉さんはキアラさんやアリオスさんと同じような暖かい微笑みを浮かべて歓迎の言葉を口にする。
そして何やらメニューを操作すると
「イベントの案内が表示されるので参加してくださいね」
と言った。
目の前にウィンドウが表示される。
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〜〜〜〜〜【ワールド・イベント:フリンルルディ流星祭】〜〜〜〜〜
【終了条件:①フリンルルディの共有スタンプをすべて集める】
【所要時間:未定】 【イベント期限:なし】
【イベントの推奨存在格:1】
【推奨技能:なし】
【注意事項:このシナリオには以下の表現が含まれています。】
なし
【基礎報酬】
都市限定装備引換券
ルミエール
テネーブル
【備考】
なし
【以上の注意事項に同意してイベントに参加しますか?】
○はい ・いいえ
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遅くなってアカネさんやお姉さんを待たせるのは良くないと考えて要点を捉えるだけの流し読みにとどめて「はい」を選択する。
私とアカネさんがイベントに参加したことを確認すると説明をし始めた。
「はい、ありがとうございます。ではこちらのスタンプカードをどうぞ」
「ありがとうございます」
可愛らしい花の模様が描かれたスタンプカードを渡される。ひっくり返してみると両面にスタンプを押されるスペースがあった。
裏面のスペースにはすでにスタンプが押されている箇所がいくつも存在している。
何故だろうと思いながらスタンプカードをひっくり返して四方から眺めていると見かねたお姉さんが説明してくれた。
「表面は個人のスタンプです。書かれている施設に行っていただいて記載項目をこなすことでスタンプが貰える仕組みになっています。スタンプが溜まってきたと思ったらカードを見せに来てください。数に応じて景品をお渡しします」
表面の項目を見てみると、
『|闘技場≪コリゼ≫』
『魔術ギルド』
『エストワールギルド』
『合成術ギルド』
など多種多様な項目が並べられている。
「裏面はフリンルルディにいる流星全体で取り組む項目になっていて、すでにスタンプが押されている部分は達成済みの項目となっています。こちらの報酬はイベント達成時に受け取ることが出来ます。何か質問はありますか?」
「キョウさん何かある?」
「いいえ、特には」
「では、質問はありません。大丈夫です」
「ありがとうございます」
お姉さんはすべての説明をし終えたのか立ち上がりテントの下から出ると「ではこちらに」とついてくるように促す。
私とアカネさんは指示に従ってお姉さんについていく。どこに行くのかと不安に感じているとタイミングよく話してくれた。
「最初に石殿に足を運んでいただき定着効果の取得を行っていただきます。詳しくは中の担当の者に聞いてみてくださいね」
どうやら石殿の場所に案内してくれるらしい。私はどんな建物なのだろうと高揚感を隠し切れずに周囲を見渡しながらお姉さんについていく。
やはり石造りの立派な神殿のような建物だろうか、周囲にそれらしき建物は無いことから地下にでも存在するのではないかと思いを馳せる。
しかしそんな妄想に浸るほどの時間もなくお姉さんが足を止めた。
巨大な寺社に似た建物の前だった。
……全然石じゃない!




