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クラン『花風』

「門前でたむろしてても仕方ないし中に入ろう! 使って貰う部屋を案内するよ」


 総勢6名で和気藹々と談笑をしながら『友好』を結び一段落終えると、しびれを切らしたキアラさんが弾かれたように私の腕を取る。

 あまりの早業に目を白黒させながら身を任せた。連れられて行く建物に視線を向ける。


 改めてみると大きな建物だ。

 黒い門を抜けると花々が咲き乱れる美しい庭園があり奥にこの都市のほとんどの建築と同じ建築様式で建てられている建物がある。大きな窓で中の様子が少しだけ見えてお店のような解放感があった。

 建物はどちらかというと他の建物よりもレンガの比率多めで、大きさに目を瞑ればおしゃれなカフェのような印象だ。


……まぁ、おしゃれなカフェとか行ったことないけど。


 虚しい思考に陥って自己嫌悪に浸っていると隣にアカネさんがやってきて何やら耳打ちしてきた。


「キョウさんってキアラさんとすごい仲いいんですね」

「……そうですかね?」

「うん。めっちゃ友好度たかそーな感じです」


 アカネさんはにっこりと笑う。

 何はともあれ第三者から見て仲が良いと感じさせるのは私からの一方通行ではない実感が湧いてきて嬉しくなる。


 プレイヤー二人組でこっそりやり取りをしているとキアラさんとリックスさんはステンドグラスがはめ込まれている観音開きの扉に手をかけた。


 扉を開くと一気にホテルのロビーのような光景が広がった。

 外の庭園の華やかな空間と打って変わって内部の空間はシックで大人っぽい落ち着いた内装でまとめられている。

 入り口付近にはホールローブや観葉植物が置かれていた。


 奥の扉への道筋を邪魔することのないように左右の空間には応接セットのような低いテーブルと椅子が並べられていて幾人かの人たちが談笑していた。

 中には私たちと同じような貫頭衣を着ている人もいてプレイヤーが私たちだけではないことが分かった。


「わぁ、めっちゃおしゃれ!」

「でしょー!」


 キアラさんが得意満面な表情をして胸を張った。なんとなくそんな気はしていたがどうやらロビーはキアラさん監修のレイアウトのようだ。

 キョロキョロとあたりを見回しながら雰囲気に浸っているとキアラさんが「クランの設備を説明するね」と言って指をさしながらひとつずつ説明を始めた。


「あの奥の扉がホール。クランメンバーで集まるときに使うよ」

「右手のこっちの扉は食堂。存在格2以下の庇護下にある子たちは無料で食べられる」

「右手のこっちの扉はクランの設備室へ行ける扉。生産系の技能を使うための部屋が使えるよ」

「左手のこっちの部屋は訓練所。技能タスクを消化したいときとかに使うの」

「左手のこっちの部屋は会議室につながってる」

「各設備のカギはそこにあるフロントで貸し出してるから使いたかったら申請してね」


 目につくすべての扉を一気に説明すると「何か質問ある?」と問いかけた。クラン拠点の想像以上の設備の充実差に驚愕してしまう。


「設備がかなり充実しているように感じるのですが、どこのクランもこれだけの設備を持っているのでしょうか」

「基本的な設備は持っているはずだけど……あたしたちのクラン『花風』はフリンルルディの中で一番大きいギルドだからそれだけ充実してるって考えてもらってもいいよ」

「そうでしたか……ありがとうございます」


 思い返してみるとキアラさんの実力はフリンルルディの中でも三本の指に入るとアリオスさんが言っていた。それだけの人物が所属しているのだから大きくても不思議ではないのかもしれない。

 心の中で勝手に納得しているとアイヴィーさんが呆れたようにキアラさんに告げた。


「キアラ、お部屋がどこかまだ説明してないわよ」

「あ……忘れてた」


 キアラさんは恥じるようにはにかみながら「お部屋は階段上がって二階だよ」と指さして会談へと進んでいった。


「俺とアリオスは下にいるぞ」

「はーい!」


 彼らとやり取りをしながらも進んでいくキアラさんについていく。


 目の前でキアラさんの尻尾がゆらゆらと揺れているのを見ると猫じゃらしを目の前にした子猫のようについつい目で追ってしまう。ここまで至近距離で見たことがなかったので知らなかったがキアラさんの尻尾は黒一色ではなくグレーの縞模様が入っていることを初めて知った。

 思わず掴んで握ってしまいたくなる衝動に駆られるが自重する。


 昇り終えると広々とした不思議な空間に出る。両サイドの壁に扉が間隔なく並んでいるのがなんとも奇妙な光景だ。

 正面には採光のためか大きめの窓が取り付けられていてフリンルルディの町が見えた。

 

 部屋の光景を不思議に思っているとキアラさんとアイヴィーさんは何やらメニューを開き、ビー玉よりも少し大きい程度の銀色の玉を手の中に出す。


「これが『鍵玉』ね。これを片手で握りながら扉を開けたら部屋につながるの。扉の横にあるのは部屋の中にいる人に来訪を知らせるボタンだから部屋の中にいる人に用があるときは名前を言いながらここのボタンを押してね」


 そう言いながらキアラさんは左手に鍵玉を握りながら扉を開いた。

 開いた先は見えないようになっていて油膜のようなものが張られているように見えた。

 私はその複雑な色がゼーゲンスキロの放っていた玉虫色の奔流に似ていて躊躇してしまう。思わず隣を見るとアカネさんは膜の中に入っていくところだった。


 膜の向こうからキアラさんの声がする。


「どうしたのー?」

「いえ、なんでもありません」


 ええいままよと思いながら膜の中に突撃すると中は案外普通の空間だった。

 6畳ほどの空間の中に最低限文机とベッドが配置されていて少々手狭に感じるが何の変哲もない。


「ここがキョウちゃんのお部屋だよ。存在格が2以下の時は無料で貸し出すことになってるんだ。もしそれ以上超えてもここに住みたいときは有料になっちゃうから気を付けてね。あと家具は自由にレイアウトして大丈夫だから」

「はい、分かりました」

「じゃあこれ。手を出して」


 キアラさんの指示に従って手を差すと鍵玉が手の中に落とされた。


「今日からこの部屋の主人はキョウちゃん」

「……はい。ありがとうございます」


 受け取った鍵玉を両手で握りながらぎゅっと胸の前に抱きしめた。

 部屋の鍵をもらうとこれからゲームの世界で過ごしていくのだと改めて感じて身構えてしまうけれど、なぜか少しだけ期待している自分がいた。


 感傷に浸っている中キアラさんはメニューを見ながら「ちょっとお昼には早い時間だよねぇ」と言う。

 つられて鍵玉をしまいながら時間を確認するとゲーム時間で4、5時間ほど余裕があった。確かにいくら何でも早すぎる気がする。


「うーん……あ! お昼の前に石殿に行って来たら?」

「石殿ですか? どのようなところなのでしょうか」

「えっとね、この土地の守り神が祭られている神殿みたいな場所かな。ここに行くと定着効果を取得できるんだ」


 定着効果はキャラメイク時に説明があったはずだ。確か能力成長値や性質の光輝開放時の効果に影響を与える重要な要素だった。


「定着効果……強くなるために必要なのですよね?」

「うん、そう。ただ定着効果を取得していくと存在格が上がるからそこだけ注意してね。キョウちゃんは印持ちだからあまり気にしなくてもいいかもしれないけど一応」

「はい、分かりました。ありがとうございます」


 ゲームシステム的に強くなれるということにワクワクしていると視界に『メッセージが届いています』という文字が表示された。

 心当たりがなく首をかしげながらメニューの『伝心』を開くとメッセージを送ってきた相手はアカネさんだった。


『流星祭というイベントがあるみたいです。一緒に回りませんか??』


 流星祭は私も参加したかったのでこのお誘いは助かる。正直なところ渡りに船だった。一人でいるよりもいいだろうし分かることも多いだろうし少なくとも私よりはゲームの知識もあるだろう。

 私はその間にアカネさんへ『はい。ぜひ一緒に回りましょう! ゲームに馴れていないので教えていただけると嬉しいです』と返信する。


「たった今アカネさんから流星祭に誘われました」

「流星祭は石殿がある中央広場でやってるけど……ん? 今? なんで分かるの?」

「メニューにある『伝心』でやり取りしたのですけれど」


 お互いに不思議な「訳が分からない」といった様相で顔を見合わせる。


……そういえばメニューの説明のところで伝心はプレイヤーのみって書かれていた気がするな。


 この状況に一つ思い当たることがあって納得した。

 つまり私は『伝心』がこのゲームの世界の人類共通の機能だと思っていたこと、キアラさんは『伝心』というもの自体がないせいでどのように連絡を取り合ったか分からないことで互いに混乱していたのだろう。


 理由が分かれば解決はたやすい。


「私たち流星(メテオール)には遠くの人と連絡できる『伝心』という力があるようです」

「えー! すっごく便利だね!」

「はい、連絡が取れないと不便に感じてしまうほどです。……何故私たちだけなのでしょうか?」

「うーん……そういえば生命の塔はその時代の環境に適応させるように生命を誕生させるって聞いたことがあるから、もしかしたら必要になってくる力なのかもしれないね」


 キアラさんは「まぁそれはいいとして。石殿に行く前に……」と言いながら文机へと向かい、本を一つ選び取ると私に差し出した。


「はいこれ、フリンルルディの地図。魔力を込めながらパラパラページをめくってみて。そうしたら技能が取得できるから」

「え? は、はい。分かりました」


 言われた通りに魔力操作をして本をパラパラとめくっていると「もっと速くて大丈夫だよ」と言われたのでさらにペースを早くした。正直なところ何が書かれているのか理解できていない。


≪技能『読書』】を取得しました≫

≪技能『フリンルルディ地理知識』を取得しました≫


「知識取れた?」

「はい、入手しました」

「じゃあ次にメニューから『知識』を選択して! 次にフリンルルディ地理知識が表示されるから選択して、そうしたら地図があるはずだよ」


 キアラさんの指示に従うとウィンドウにフリンルルディの大まかな地図が表示された。指でいじると拡大や縮小したりもできる。


「行きたい場所を選択するか、検索するとマーカーが表示されて視界に方角と距離が表示されるようになるから使ってね!」

「こんな便利なもの……教えてくださってありがとうございます」

「大人の義務なんだから気にしないで。ここの本も好きなだけ使っていいし、クランの図書室も使っていいからね」


 キアラさんは当然のことをしただけというようにお礼を固辞し「これで迷子になる心配はないし安心だ」と言って莞爾と笑った。


 優しく頭が撫でられる。


「大人はなるべく流星(メテオール)同士の交流に干渉しないことになってるからあたしはついていかないけど……大丈夫かな。キョウちゃん少し危なっかしいからね」


 今までのキアラさんの振る舞いからなんとなく察してはいたけれど、やはり危なっかしいと思われていたようだ。

 恥ずかしくなってムキになり「大丈夫ですからっ!」と言ってキアラさんの手を頭の上から降ろす。


「そっかそっか。ちゃんとお友達と仲良くするんだよ」

「もちろんです」


 出かける前についキアラさんにぎゅっと抱き着くと甘くて優しい香りがする。

 キアラさんは優しく受け入れて何も言わずにぎゅっと抱きしめてくれた。


 あまりにも居心地が良くて離れるのが億劫になる。けれどいつまでもこのまま引っ付いていられないと思って体を離した。


「いってきます!」


 キアラさんは送り出すように私の背中を押した。


「いってらっしゃい。楽しんできてね」


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