プレイヤーとの邂逅
目の前いっぱいに広がる景色はどこをとって見ても新鮮だった。はしたないと分かっていてもつい周囲を見回しながら歩いてしまう。
道にある魔術が用いられているのか幾何学模様が描かれている黒いポール、一定間隔で道に存在する四阿のような建物。
道行く人たちが着ている現実とは差異があるが華やかな和装、ショーウィンドウに飾られたガラス細工や可愛く着飾ったマネキン。
どこに視線を向けても新しい発見があって見るものすべてに心が躍った。
「んふふ、キョウちゃん完全におのぼりさんだよ」
「あぅ……あまり言わないでくださいませ」
隣から揶揄う様に言われて身を縮こませる。恥ずかしくなって頬が熱くなった。
ゲームがもっと身近にある人からすればファンタジーな街並みに馴れているかもしれないが私にとっては新鮮で未知の世界だ。何もかもが新鮮で新しい。
確かにそういう意味では「おのぼりさん」と言っても間違いじゃないのかもしれない。
私は微笑まし気な雰囲気が居た堪れなくなって話題を逸らす。
「あの、キアラさんとアリオスさんはどのような組織に所属していらっしゃるのでしょうか」
「ん? あー……」
キアラさんは何やら視線を彷徨わせて逡巡するような仕草を見せる。うんうんと唸りながら思案し「まず前提条件として」と前置きをして語りだした。
「クランって分かる?」
「いえ、寡聞にして存じ上げません。どのような意味ですか?」
「んーとね、同じような目的を持った人たちが集まってお互いに支え合ってイベントをこなしましょうっていう共同体みたいな感じかな」
「……なんとなくは理解いたしました。お二人が所属するクランはどのような目的を掲げていらっしゃるのでしょうか?」
キアラさんとアリオスさんは私越しに顔を見合わせる。
聞いてしまってはいけないことを聞いてしまったかもしれないと思いながら左右に向いて行ったり来たり二人の間を彷徨っていると見かねたアリオスさんが口を開いた。
「期待に沿えなくて申し訳ないがそんな大層なものではない。私たちはフリンルルディを気に入って住み着き、フリンルルディを良くすることを目的として活動している。周辺地域の調査をしてイベントを発生させたり素材の回収をしたりするのが主だ」
「そー。あんまかっこいいことはしてないんだよ」
キアラさんがぽりぽりと頬をかきながら「いや、ね? やけにキラキラした視線を感じるからさー」と言った。
確かにちょっと期待の籠った目で見すぎていたかもしれない。事実ゲームの世界だから正義の味方みたいな人達もいるかもしれないなんて期待していた。
けれどよくよく考えてみるとそんな人間がいるとしたらよほど気が狂っているか、自己がなく人間味が感じられない人かのどちらかだと思う。
その点二人は人間味がありすぎていまだにAIだと信じられないほどだ。
正義の味方になろうなんて、そんなカルトじみた目的なんていらない。
ただ救ってもらったというだけでなく人間味がある二人だからこそ私は二人が好きなんだ。
「わたくしにとってはお二人ともヒーローですよ」
「んふふ、そーお?」
キアラさんは少し頬を染めて得意げな顔をしながら尻尾を揺らした。アリオスさんは視線を少し逸らしている。
今度は私が二人を揶揄う番になってにやにやとしながら二人を見ているとキアラさんは居た堪れなくなったのか話を元に戻した。
「あと、基本的に存在格3に上がるまでは拠点に住んでもらってお世話することになってるから遠慮なく甘えてね。勿論嫌だったら早々に自立してもいいし強制じゃないから!」
「ありがとうございます。お言葉に甘えることにします」
〇
「ここを曲がってすぐのところにあたし達のクラン『花風』の拠点があるよ」
キアラさんがそう言うまでそれほど時間はかからなかった。どうやらクランの拠点は南門からほど近い場所にあるようだ。
十字路を曲がるとちょうど二人の人影が門の中へと入ろうとしているところだった。
灰色がかった緑色で肩にかかる程度の髪を持ち、丈がミニスカートのようになっている和服を着た女性。そして大柄で立派な鎧を着こんだスキンヘッドの男性だ。
「あれアイヴィーとリックスだ。おーい!」
「おお! 早かったじゃねえか」
「あらキアラ。あなたも今帰ってきたところなのね」
三人はどうやら知り合いのようで和気藹々と談笑を始める。アリオスさんは混ざらなくていいのかと思ってついつい視線を向けるとむっつりした表情をして黙っていた。
アリオスさんの服の袖をくいくいと引っ張る。
「お話に混ざりに行かなくていいのですか?」
「いや、実は私はあまりクランの中に仲良く話をする相手が少なくてな……キアラはぐいぐいと来るように見えて相手に合わせてくれるから話しやすいのだが」
確かにアリオスさんはあまり口数の多い方ではないのは分かる。しかしなんだかんだ社交性はある方だと思っていたので意外だった。
「つまりお友達が少ないのですね」
「うぐ……」
自分も友人がいないことを棚に上げてアリオスさんを揶揄う。
お腹のあたりを押さえているアリオスさんの手を引っ張って「ほら、お話に混ざりに行きましょう」と集まっている三人のところへ連れて行こうとすると、門の中からとても長い朱色の髪を持つ女性が出てきた。
「ちょっとぉ! 中に入るんじゃないのー? ……ん?」
女性は赤く縁どられた模様のあるアーモンドのような形の目を真ん丸にして私たち三人を順に見る。
そして私の存在を認識すると「あー!」と十年来の友人と街中で出会ったようなリアクションをして近づいて来た。
もちろん知り合いなどではない。勢いに気圧されて思わずアリオスさんの翼をつかみ、半身を隠して警戒した。
自分の感情が降り切れてあまり私の様子は気にしていないようだった。彼女は少しかがんで金色の瞳を合わせるようにして話し出す。
「第一プレイヤー発見! いやー……最早この世界にはプレイヤー私一人しかいないんじゃないかって思ったよね。マジで」
「え? プレイヤー……?」
アリオスさんの影から彼女を観察した。確かに私が今着ている貫頭衣と同じようなものを着ている。
膝くらいまで伸びた朱色の髪が印象的な人だ。アリオスさんと同じ翼種のベートのようで背には上半分が白、下半分が黒の配色をした翼が生えている。赤く縁どられた模様のあるアーモンドのような目は金色できらきらと輝いて見えた。
プレイヤーということは彼女はゲームの中のAIではなく生身の人間ということだ。私はアリオスさんの影から出て彼女の前に立つ。こうしてみると女性の平均よりも上背があるようで少しだけ顔をあげて彼女の瞳を見つめた。
「初にお目にかかります。キョウと申します。以後お見知りおきを」
「えぇ!? あ、えと……ご丁寧にありがとうございます。私は――と……」
彼女が名乗る段階になるとなぜか名前の部分だけ音が聞こえなくなった。別段言わなかったわけではないと思う。
事実口元は「あ、あ、あ、い、あ、あ、え」という母音の音を発音するための形をしていたし、彼女は「あ……」と何かをやってしまったような声を漏らした。
「ごめん、今私めっちゃ本名言ってた。聞こえました?」
「いえ、何故か途中から聞こえなくなって……」
「そうなんですか? 良かったぁ! やっぱちゃんとプライバシーロックされているみたいですねこのゲーム」
彼女は両手を頭の後ろで組んで「まぁ別にばれても困んないですけどね!」と言いながら朗らかに笑った。
どうやら自由奔放で快活な人みたいだ。あまり細かいことにはこだわらない性分なのがすぐに分かる。
「名前を聞き取ることが出来なかったので名前を教えていただけると……」
「あ、そうですよね! アカネです。よろしくお願いしますね!」
アカネさんは満面の笑みを浮かべて手を差し出してきた。握手を求めているらしいと分かって手を握ると柔らかな感触が伝わってくる。身長と同じでキョウよりも少しだけ手が大きいようだ。
「仲良くなれたみたいで良かったよ!」
キアラさんが抱き着いてきて頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
向こうも向こうで同じようになっていたがアカネさんはあまりスキンシップが好きではないようで長身の女性が撫でようとするのを全力で拒否していた。
関係性にはいろいろな形があるようだ。
「そうだ、いい機会だからみんなで『友好』を結んでみようよ!」
「えっと……『友好』ですか」
「うん! キョウちゃん、手を出して副輝石を見せて」
返事をしてキアラさんに言われた通りに腕を差し出して副輝石を見せた。私の副輝石に自分の副輝石をこつんと当てながら「友好申請」と呟く。
すると私の胸からルカが飛び出してウィンドウを見せてきた。そこには「キアラから友好申請が来ています。承諾しますか?」と書かれている。承諾の旨を伝えると私とキアラさんの胸から光が弾けて交換し合うように飛び込んでいった。
「これでおっけー! 友好一覧を見てみて」
ルカにメニューを開いてもらいキャラクター一覧を見てみるとキアラさんの名前が表示されていた。どうやらキャラクターと友好を結んでいるとどこにいるか、起床しているかが分かるようになるらしい。
なんだかプライバシーを侵害しているような気持ちになってしまうがゲームの仕様なのだろう。
「ねぇねぇ、よければ私とも友好結びませんか?」
「もちろんです」
アカネさんが腕を差し出して副輝石を見せながら問いかけてくる。もちろん大歓迎だ。
すぐに了承を告げて友好を結ぶ。
プレイヤーとのつながりもキャラクターとのつながりもたくさん作っていきたい。そうすればイベントも多くこなせるようになるだろう。ゲームの攻略にうまく作用してより強くなれるはずだ。
けれど今のままだと私の対応は少々硬すぎる。もう少し人に合わせて寄り添ったコミュニケーションを心掛けた方が良いかもしれない。
ここは現実世界ではないしキョウは私であって私ではないのだから、いつもみたいに気を張っていなくても大丈夫だ。
怖いけれど自分に言い聞かせて積極的に距離を詰めていくことにした。
「どうせなら、皆さんで友好を結びませんか?」
「いいね!」
さらに輪を広げるため友好を結ぶことを提案する。
自分の目的を達成するために。利己的に。
利用しているようで少し胸が痛んだ。