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花の都フリンルルディ

 しばらく街道に沿って歩く。

 街道周辺にはモンスターがあまり出現しないようでせいぜい見かけるにしてもロンレーユくらいだった。ダンジョンから外に飛び出してきた弱いモンスターはキアラさんとアリオスさんなら片手間で倒せる存在でしかない。


 私は二人に守られながら長閑な風を堪能し、草花の香りを鼻腔に感じてすがすがしい気分になっていた。


 城門までたどり着くと遠くから眺めた時に感じた涼やかで華やかさとは打って変わって巨大な建造物の威容に圧倒される。城門には荘厳な彫刻と幾何学的な模様が施されていて光が走っていた。


 まるで巨大な怪物が大口を開けて今にも私を飲み込むようだ。けれど私が感じているのは決して恐怖だけじゃない。

 幼いころに一度だけ行ったテーマパークの記憶を思い返す。あの時の高揚感と幸福感を今の心情と重ねて懐かしい気持ちになった。


 キアラさんとアリオスさんに挟まれるような形でレンガの橋の上を歩く。欄干にツタが巻き付くように生えていてところどころに花が咲いていた。

 中央は暗い色のレンガで舗装されていて欄干際の数メートルは明るいレンガで舗装されている。中央は車道になっているようで馬車が往来しているが道の広さに対して少ないように感じた。

 反対を向いて水堀に目を向けると色とりどりの蓮やスイレンのような花が咲いている。


 まだ町の中に入ってすらいないというのに華やかさを前面に押し出したようなデザイン性に都市の内部に思いを馳せた。


 神妙に門の目の前まで歩くと守衛の男性に声をかけられる。


「お疲れ様です、お二人とも。そちらの子が?」

「おつかれー。そうだよ、迎えに行った流星(メテオール)の子」


 さりげなく顔を耳元に寄せられて「自己紹介するときはファーストネームだけでいいからね」とひっそりと告げられた。

 耳元に吐息を感じてくすぐったくなって身を捩らせながら少しだけうなずいて一歩前に出る。


「キョウと申します。以後、お見知りおきを」

「どうもご丁寧に。フリンルルディ騎士団所属のリアンと言います。ようこそフリンルルディへ。歓迎するよ」


 リアンさんはにこやかに優し気な微笑みを浮かべて挨拶してくれる。本当に歓迎してくれているのが分かって私も微笑みを浮かべた。


「リアンさんが門を開けて下さるのですか?」

「門を? いいや、門は開ける必要はないんだよ。開けなくても通れるからね」

「……開けなくても通れる、ですか?」


 つい私がオウム返しをしてしまった様子を見て三人が共に微笑ましそうにして「自分も同じこと考えてたなぁ」と笑い合う。

 不思議に想いながらその様子を見ているとキアラさんが門に手を当てた。


「キョウちゃん。あたしが先に都市の中に入るから見てて」

「はい、分かりました」


 何が起こるのだろうとハラハラしながら様子を観察しているとキアラさんが「フリンルルディ 南門」とつぶやいた。


 すると瞬く間にキアラさんが白い光に包まれて門の中に吸い込まれていく。

 ギョッとして気が動転しキアラさんを引き戻そうと思わず手を伸ばしてしまったところをアリオスさんに止められる。


「大丈夫だから安心しなさい」

「うぅ……はい」


 頭を撫でられながら宥めるように諫められてなんだか恥ずかしくなる。そんなことをしているうちにキアラさんは門の中へ消えてしまった。

 一部始終を見るとアリオスさんが優しく教えてくれる。


「これは『空の門』と言って門に触れながら行きたい場所を告げることで自由にディオタール中を移動できる。もっとも移動するときには対価にルミエールをわずかに消費するが。支払えない場合は光輝力がわずかに減る」

「自由に移動ですか? ここから遠く離れた場所でも可能でしょうか」

「移動できるのは自分が登録した『空の門』と『社交の石柱』だけだ。門に触れることで登録することが出来る。石柱の方は内部に入るだけでいい」

「そうでしたか……」


 どうやらこの『空の門』を利用することによってフィールドを自由に行き来できるようだ。もしも『空の門』や『社交の石柱』を見かける機会があれば必ず立ち寄った方が良いだろう。後々に移動の手間が省けて効率よくゲームを進めることが出来る。


「本当は門の向こう側に出たいだけなら何も言う必要はない。少しの間触れ続けていれば自然と向こう側へ出る。キョウにどうやって利用するか伝えたかったのだろうな」

「……んふふ」


 キアラさんを揶揄うようにアリオスさんが言う。

 気遣って貰えたことに嬉しくなってにやにやと笑っていると「キョウも試してみるといい」と優しく背中を押されて促された。

「分かりました」と告げて門に手を当てる。


「では行ってきます!」

「あぁ、行ってらっしゃい。 ……まぁ、私もすぐに行く」


 行ってきますと言ってみたかった私に付き合わせてしまったのが分かったが、アリオスさんは合わせて言ってくれた。

 幸せな気持ちになりながら新たな景色に思いを馳せる。


……一体どんな景色が広がっているんだろう。


 アリオスさんは何も言わなくても良いと教えてくれたけれど、どうしてもキアラさんの真似をしたくておもむろに口を開いた。


「フリンルルディ 南門」


 すると視界いっぱいに光が溢れて周囲の輪郭が分からなくなる。体を動かしている訳ではないにも関わらず水平型のエスカレーターに乗っているような感覚に陥った。

 けれどそんな感覚はすぐに収まる。


 周囲の光でぼやけた世界が一瞬のうちに切り替わって未知の世界へと変わった。


「ようこそ! ディオタールで一番華やかな領地の首都! 花の都フリンルルディへ!」


 キアラさんの気合の入った大きな声が響き渡りながらも呆然と立ち尽くした。


 美しい。

 花の都。そのように称される理由が街並みを見ればすぐに分からされた。街のいたるところに花が咲き、濃密なのにさわやかな甘い香りがした。


 三角形の屋根が立ち並ぶ街並み。

 二階から三階建てくらいの高さの建物で構成されている。現実世界で言うとハーフティンバー様式のような見た目に近い家。レンガと木材、漆喰などで構成されていることがすぐに分かり、柱や梁、間柱や窓台が装飾材としての役割を兼ねていて建物自体をシックに見せている。

 この世界は思いのほか技術力が高いのか窓には透明度の高い澄んだガラスが嵌められていて、どの家にも窓の下にはフラワーボックスがあり、色とりどりの花を咲かせていた。

 玄関扉の傍には建物の所属を示すためか様々な紋章が飾られている。ある建物は剣、ある建物は防具、ある建物はパンと稲穂……これらはお店なのかもしれない。


 街中は不思議なことに橋にあったような車道と思わしき構造は見られず、すべてが優美なレンガで舗装されていた。代わりに道の中央にはちょっとした庭園のように芝が敷かれていて木々や花々が植えられている。


 なんだか異世界に飛び込んできてしまったような心持になって夢ではないかと疑いながら頬をつねる。

 ほんのりと疑似的な痛みがした。


……まぁ痛みがするからと言っても現実と言えないのが現代技術のすごいところだけど。


「おーい、キョウちゃん、キョウちゃん!」

「は! 失礼しました」


 我に返ると目の前にキアラさんといつの間にか門を潜り抜けていたアリオスさんがいた。

 二人はそろってこちらの様子を伺うような、それでいて誇らしげな顔をして私を見ていた。


「……申し訳ありません。あまりの美しさに圧倒されていました」

「んふふ、いいところでしょう?」

「我々はここの華やかさに惹かれてフリンルルディを拠点にしている」


 キアラさんとアリオスさんはこの都市を誇りに思っているようだ。

 二人が好きな都市。それだけで私もここを好きになれそうな気がした。


 それにしても……


「あの、モンスターが街中にいるのですけれど大丈夫なのでしょうか……」

「全然大丈夫だよ。馴致登録してあるモンスターは種類にもよるけど街中でも許可されてるし」

「ではあの粘性のモンスターは彼女のペットなのでしょうか」

「んー? あっ! 『クオーキィ』かな?」


 そう言ってキアラさんは私が気になっていた存在に視線を向けた。


 耳の長い女性が膝よりも少し上の高さの青色の粘性体と戯れている。子供のような形をしていて下半身は不定形をしていた。

 クオーキィと呼ばれた存在は女性に甘えるように身を寄せていて、女性も可愛くて仕方ないといった様子で撫でまわしている。


「クオーキィはどこの町にもいるし、別にあの人が馴致している訳じゃないと思うよ」

「撫でると少しだがルミエールが貰えて調子も上向きになるからみんな愛でている。粘液が素材にもなるし街のごみを食べてくれるから街には必要な存在だ」


 少量ルミエールが貰えて調子が上向きになるということはゲームのシステム上必要な救済措置のためのモンスターなのだろうか。

 二人はいるのが当たり前といった様子で別段気にしていないようで違和感を感じているのは私だけだった。

 もしかしたらゲームに触れてこなかった私が知らないだけであのような粘性のモンスターは割とオーソドックスな存在なのかもしれない。


 思索に耽っていると二人が行き先を示した。


「そろそろ拠点に行こっか」

「拠点ですか?」

「そうそう。あたしとアリオスが所属している組織の拠点」


 二人が所属している組織というのはどのような組織なのだろう。流星(メテオール)を助けるために迎えに行く活動をしているのだろうか。ヒーローみたいな。

 幼い少年のような妄想に耽っているとキアラさんとアリオスさんは私と同様に迎えが必要な人物についての会話をしていた。


「そういえば、アイヴィーとリックスがお迎えに行った子もそろそろなんじゃない?」

「サクレ火山の方角だと言っていたからそこそこ時間がかかるだろうが……流石にもう帰ってるんじゃないか?」


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