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旅の終わり

「……うーん。おいしくもまずくもないですね」


 メニューを操作してロンレーユの輝石を取り出し、躊躇しつつも齧りつく。

 バリバリとかみ砕く音が頭の中に響き渡った。


 輝石がこの世界において心臓のようなものじゃないかと思っている私にとって食べるのは少し忌避感があるが意外と味は悪くない。

 表現するならフレーバーのない飴玉に近い味だ。進んで食べるかと言われると首を傾げざるを得ない。


 それでもわざわざ食べたのはルミエールを得るためだ。上昇量は多くはないが今の状況で光輝開放を行うために必要な量としては十分。


【三等光輝開放『陰廻龍の権能』】


 溜まったルミエールで光輝開放を行った。

 体から淡い光が溢れだすと同時に背中から漆黒の触手が飛び出す。


魔術【木属性補助・耐久値上昇】

魔術【風属性補助・衝撃緩和】


 アリオスさんが補助の魔術をかけてくれる。


 左肩の触手から同期を移して動作感を確認しながら空を飛んでいるフィルフィーアを見た。紫の粉を撒き散らし、旋回してこちら狙いを定めるかのように向きを合わせている。

 そして突如旋回を止めた。次第に視界に映るフィルフィーアが大きくなってきたように見える。次なる標的は私のようだ。


 先ほど行った段取りを思い出しながらフィルフィーアを迎え撃つために身構えた。





「光輝力ダメージを与えていけば飛ぶのを止めさせることが出来るかもしれません」

「……確かに魔力と体力の自然回復速度を低下させることで飛行の持続力を減らすことはできるが……私とキアラにはその手段がない」

「わたくしが光輝力ダメージを与えられます。触手でフィルフィーアに掴まって背中に飛び移り、一緒に飛び上がって攻撃します」

「……危険ではないか?」

「大丈夫です。アリオスさん、落下の衝撃を軽減する魔術などはありますか?」

「……ないこともない」

「ではアリオスさんは落下する私の保護をお願いします。キアラさんは地面に落ちた後のフィルフィーアの対処を」

「別にただ素材が欲しいだけなんだからそんなに命を懸ける必要なんてないよ? ちまちま攻撃してればいつか弱るだろうし」

「わたくしはお二人に恩返しがしたいのです。それに……たまにはしつこい相手から逃げるのではなくて返り討ちにしたいなって」

「はぁもう、いい顔するじゃんか。分かった。飛行能力を失わせるのはキョウちゃんに任せる。けどちゃんと気を付けてね」

「はい。お任せください」





 二人を信じて私の命を預けることにした。

 

 触手をゆらゆらと操って準備をする。


 フィルフィーアは恐竜のような鋭い鉤爪を私に向けて鷲掴みにしようという態勢をとっている。上空から勢いをつけて突っ込んでくるのを見ながら冷静に身構えた。


 私がやることは攻撃ではない。来るべきタイミングをじっと待つ。


技術【金華爪刃】


 キアラさんの技術を見てフィルフィーアは紫色の風を放った。ぶつかり合い相殺された後の余波だけがフィルフィーアに届く。


「風属性の攻撃にはもっと質量のある攻撃じゃないとやっぱり効果が弱いなぁ」


 確かにダメージはあまり入っていなさそうだが注意を引いてくれただけでも十分すぎる効果だ。

 熱に身を焼かれたフィルフィーアは怯んで翼を忙しなく羽ばたかせたと思うと方向転換し上空に舞い戻ろうとする。


 このタイミングだ。


 フィルフィーアめがけて走り出しながら触手を伸ばす。首を狙って触手を巻き付けたい。


 普通に腕のように操作するのは比較的容易だが腕が届く範囲以上に伸ばして操作するのはなかなかどうして思った以上に難しい。腕を最大限に伸ばして針に糸を通すようだ。


 触手を伸ばしながら思わず目を眇めて顔をしかめてしまう。失敗したらまたやり直しだ。次の攻撃が来るまで待たなくてはならなくなる。

 焦りに襲われる。しかし落ち着いて行えばどうということでもない。

 

 うまく距離感を把握してフィルフィーアの首元に引っ掛けることに成功した。


「下はお願いいたします!」


 フィルフィーアの体が地面から離れるとともに触手に引っ張られて次第に地面から足が離れていき、体が宙に浮く。

 体がねじれるようにくるくると回転して視界が目まぐるしく切り替わり気持ち悪くなった。


 何とかこの状況を打破すべく同期を切り替えてもう一本の触手を操作しフィルフィーアの尾羽に巻き付ける。


 現実と見まがうほどの浮遊感、そして景色。

 遠くに見えるシャンジュの花畑の中にぽかんと空間が空いていて灰色の祠のようなものがあるのが視界の端に映った。


 しかしすぐに景色を意識する余裕なんてなくなった。


 フィルフィーアも黙って張り付かれているわけではない。精一杯に体を揺さぶり、進路を蛇行させ、あの手この手で振り落とそうとしてくる。

 ここで振り落とされるわけにはいかない。触手でフィルフィーアを自分の体に向けて力を込めて引っ張った。私の方が軽いからか私の体がフィルフィーアへ近づいて行く。


 瞬時に触手の同期を切り替える。

 鞘を捌き、抜刀した。


「はぁッ!」

 

 抜き放たれた切っ先は首周りの柔らかい部分を捉えた。切りつけた場所が魔石化するのが見える。

 けれど墜落させるにはまだ足りない。与えているダメージが少なすぎるのが原因だろう。


 このままだと振り落とされるのが先かもしれない。焦りながらも触手を操作して体を固定し納刀しながら考える。

 わずかな時間の中で絞り出すように脳みそを回転させた。


……魔石化した部分を狙って攻撃するのはどうだろう。


 魔石は口の中に入れて噛んでみると硬かったために元の皮膚より硬くなっていると勝手に考えていたが先入観に囚われているのかもしれない。

 このゲームは今までの経験から一度切りつけた場所を攻撃するとダメージが入りやすいようになっているのはなんとなく分かる。

 魔石化が光輝力ダメージによって起こった傷口と考えれば光輝力も同様の仕様と考えるのが自然だ。


 例外かもしれないが試してみる価値はある。

 私は覚悟を決めて抜刀し、今度は魔石化させた部分を狙って突きを入れた。


 考察は正しかった。

 フィルフィーアの首はみるみるうちに魔石化していく。続けて納刀と抜刀を繰り返し光輝力ダメージを与えていった。


 ダメージを与えていくと次第にフィルフィーアの飛行がおかしくなる。

 光輝力にダメージを受けたことで魔力の自然回復力が落ちて紫の花粉の回復だけでは飛行能力を維持できなくなってきているようだ。必死に翼をはためかせてもあまり浮力を生み出せていない。


 やがて急に途中で諦めたようにもがくことを止め、身を丸めて落下に備えていた。


 役目を遂行できた。

 巻き付けていた触手をほどきフィルフィーアから投げ出される。私は救助されるのを待ってそのまま身を任せる。


 両手を広げて全身に風を浴びると心地いい。

 青空に包まれているとなんだか全てから解放されて自由になった気がした。


 次第に色とりどりの花畑が次第に迫ってくる。さすがに花畑が近づいてくると死が近づいてくるような気がして怖くなった。


……さすがにこんな高さからの落下だと受け身も取れないだろうな。アリオスさんお願いします。


魔術【風属性補助・風包】


 迫りくる死を想像していると私を魔術でアリオスさんが救ってくれた。空中で何かが体を包み込むように衝撃を和らげる。


 落下の衝撃がほとんど無しにそのまま花畑に横たわる。

 すぐさま立ち上がると少し離れたところでキアラさんとフィルフィーアの間ですでに戦闘が始まっていた。

 キアラさんのもとへ向かおうとして立ち上がるとアリオスさんが足早に近づいて来る。


「怪我はないか」

「はい。そんなに激しい傷はありません。助けていただいてありがとうございます」

「よかった。一応回復しよう」


魔術【木属性補助・再生回復】


 生命力が回復する魔術をかけてくれたようでほんのり染まっていた視界上部の赤色が引いていった。


「あの、私のかすり傷よりもキアラさんが……」

「大丈夫だ。キアラがあの状態で負けることなんて万が一にもありえない」


 アリオスさんにつられてキアラさんの戦闘に視線を向ける。


 一方的な光景が広がっていた。

 最早フィルフィーアは飛ぶこともできず風を放つこともできないようだ。キアラさんの攻撃を防ぐ術がもうない。


技術【熱風掌】


 案の定、放たれた技術に対して大げさに体を捻って回避している。その隙を見逃さずに回し蹴りを放つと顎の下を見事に捉えていた。

 フィルフィーアは脳震盪を起こしたようでふらついている。


 大きな隙をさらした様子を見て、キアラさんの拳に赤色交じりの金色のオーラが集まりだした。


技術【熱風掌・金華曼荼羅蓮華】


 すさまじい勢いの赤色交じりの金色の風が放たれる。周囲の花を吹き飛ばしながら地面を削り金色の火の粉をまき散らした。

 今回は体を壊さないように配慮したのか足を狙っていたようでフィルフィーアの片足を跡形もなく吹き飛ばす。


……技術を鍛えるとこんな派手なこともできるんだ。私もいつかできるようになるかな。


 眼前に広がる美しい赤色交じりの金色の残滓を呆然と眺めているとキアラさんがこちらに振り返った。


「アリオス! 捕獲玉!」

「あぁ」


 アリオスさんがいつの間にか握っていた黒い玉のようなものをキアラさんに向かって投げつける。


 フィルフィーアを思い切り蹴り上げて仰向けにさせながら捕獲玉と呼ばれたものを見ることもせずに受け取った。

 捕獲玉を握りこんだ腕をフィルフィーアの胸にある輝石に突き込む。


 フィルフィーアの体が一瞬で光に変わった。

 突き込んだ手にどろどろとした光が流れ込んでいくのが分かる。次第に光が薄れて消えていくとキアラさんの掌の中に黄緑色に染まった球が残った。


 フィルフィーアの姿は跡形もなく消え去った。光が弾けて三人に吸い込まれる。


「ふぅ……一件落着! やったね二人とも!」

「あぁ。完璧だ」

「やりましたね!」


 三人で喜びを分かち合うように快哉を叫んだ。


 誰かと力を合わせて何かをするなんて私にとって初めての経験だった。

 こんなにも達成感を得られるなんて思いもしなくて、戦いという命を懸ける行動を共に協力してしたことでキアラさんとアリオスさんに今まで以上の信頼を抱いていた。


 達成感を感じて思わずぴょんぴょんと跳ねまわりながらキアラさんに駆け寄る。後ろからアリオスさんの足音も聞こえた。

 キアラさんは「キョウちゃんはしゃぎすぎ」とたしなめつつ仕方なさそうに笑った。


 捕まえたフィルフィーアが気になってキアラさんの手に握られている捕獲玉に視線を向けると色が黒から黄緑色に変化している。


「これで捕獲できたのですか?」

「うん。これで『解放』って唱えると捕獲玉からモンスターを取り出せるの。帰ったら町で解体してもらおうね」

「キアラ、キョウ、すぐに花畑を出よう。また奴がシャンジュの花畑から出てきたら気が滅入りそうだ」





 森の中は社交の石柱を出て最初に通ってきた森と大差なかった。

 主な生息しているモンスターはロンレーユや小さなモンスターばかりでアリオスさんは「フローラリアの外周の森は第一次捕食者ばかりで街道に溢れるモンスターも大した存在はいないから安心するといい」と言っていた。

 心なしか移動中の二人の表情も柔らかい。


 森を抜けて木陰の暗さから解放されると目の前いっぱいに草原と美しい花々が広がった。思わず心が安らぐような太陽の光が降り注ぎ風景をより華やかに引き立てる。


 少し先に右手側から左手側に向けて石で舗装された道が伸びていて左前方に堀と城壁で囲まれた町が見えた。堀の水なのに遠くからでも澄んでいるのが分かる。

 ここまできてようやく張り詰めていた緊張感が霧散して解放感に包まれた。


 キアラさんに背後から抱き着かれて頭をごしごし撫でまわされた。心地よさを感じて目を細めて身を任せる。


「もうすぐ着くよ! 頑張ったね」

「キョウのおかげで迎えに行くだけだったはずなのに土産もたっぷりだ」


 そんなに褒められると誇らしくなって得意げになってしまうが、あまりにも過剰に褒めるものだから居心地が悪くなって身を捩る。


「先を急ごう。そろそろ流星(メテオール)のピークも過ぎて流星祭が盛り上がっているのではないか?」

「そだね! キョウちゃんにも参加してほしいし」

「流星祭ですか?」


 他の人の話が耳に入って焦りを覚えながらも二人が私に参加してほしいという流星祭とは何か気になって尋ねてみた。


「流星祭は流星(メテオール)の子たちを歓迎するためのお祭りだよ。いろんなイベントをやってるんだ! 生産技能や芸術技能の体験会とか、|闘技場≪コリゼ≫で戦闘体験とか、あと露店もいっぱい出てて、装備とかも格安で売ってるの! スタンプラリーに参加したら景品も貰えるよ!」

「去年は……大変だったな」


 アリオスさんが少し遠い目をしているのがとても気になるが聞いているだけでも楽しそうだ。

 凄い高揚感に襲われて前のめりになって自分の欲求を主張した。


「あの! わたくし装備品が欲しいです! あと、コリゼ? に行って戦闘体験もやってみたいです!」

「キョウちゃん戦闘に関することばかりだね……」

「他にもいろいろあるぞ? あちらこちらに花が咲いていて美しい街並みが広がっている。何も戦うことばかりじゃない」


 私は思わず戦いに関することばかり言っていたようだ。心の中で思わず苦笑して水をかぶったように興奮の火照りが覚めて落ち着いてくる。

 父から与えられた目的が武星祭という大会での優勝だから仕方ない。才能を示すのに絶好のチャンスだから絶対にものにしなくてはならない。


 苦笑するアリオスさんに「いろいろ見て回って見ますね!」と元気いっぱいに返事をする。

 キアラさんは何故か仕方なさそうな顔をして私の頬を揉みほぐしながら「いっぱい楽しんでね」と言って微笑まし気に暖かい視線を向けた。


 アリオスさんが町に向けて歩みを進める。白くて大きな翼が見えた。

 キアラさんに手を引かれる。


 都市の方向を指さして輝かんばかりの笑顔を浮かべた。


「もう目の前だよ。花の都フリンルルディ!」



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