フローラリアの花畑
「でね? ダンジョンの道中で光輝開放しても石柱の中に入ると光輝開放は解けるから気を付けてね」
「はい、わかりました」
キアラさんにダンジョンの注意を教えてもらいながら都市へ向かうために森の中を進む。
人が良く通るのか、ゲーム的な事情なのかは分からないけれど獣道になっていて歩きやすい。道端に色とりどりの花が咲いていて緑ばかりの景色の中でアクセントになっていて鬱蒼とした森に華やかさを与えている。
暖かい木漏れ日が漏れて花々を照らし、穏やかな向かい風が吹いた。
「アリオス、そろそろちゃんと起きて」
「……あぁ」
気の抜けた声に私は思わず頭をあげてアリオスさんの表情を見る。
怜悧な印象の面立ちをしょぼしょぼとさせていた。周囲の警戒は怠っていないようだがなんだか昨日とは様子が違うような気がする。
ジトっとした瞳を向けても虚無で、もはや何の反応もなかった。
「アリオスさん大丈夫なんですか?」
「んー、変化の花畑は中心の花畑に着くまでそんなに強いモンスターいないから大丈夫だと思うよ。性質のせいでもあるからこればっかりはしょうがないね」
どうやらアリオスさんの寝ぼけ眼は性質のせいらしい。
このゲームの世界にはいろんな性質がある。性質一覧を思い出してゲンナリしながら歩いているとキアラさんが何かを見つけた様子で立ち止まった。
「あ、この草とか摘んでみたら? 使い道いくらでもあるし、もし使わなくても売れるし」
「この草ですか? ……よく見るとなんだか変わった色をしていますね」
「うん。サーナ草だね。生命水薬になるんだよ」
キアラさんは草の傍にしゃがみ込む。横に並んで座って草を眺めて観察する。
茎などは存在せず葉だけ茂って群生していた。見た目こそ何の変哲もない緑の雑草のように見えるが裏面はなぜか青いというところがなんともファンタジーな感じだ。
摘んだ方が良いというので摘んでしまおうと手を伸ばす。
「あ、待って! お手本見せるから、鎌を使うんだよ」
「へ? あ、そうなのですね……」
どうやら摘み方があるらしい。普通にちぎってしまうところだった。
キアラさんはメニュー欄から鎌を取り出す。
「根元より少し上のところを手で押さえて、魔術とか技術を使うときと同じように魔力を手に集めて刈る。できる?」
「は、はい」
私に手元が見えるようにしながら手順を教えてくれる。
刈り取った草は何故か断面が露出していなかった。この鎌の効果なのだろうか。
≪技能【植物知識】を取得しました≫
「あ、技能が取れました!」
「んふふ、 【植物知識】でしょう?」
「はい、そうです」
「【植物知識】は素材になる植物が分かるだけじゃなくて処理方法とかも分かるからとても大事だよ。メニューで知識開いてみて。書いてあるはずだから」
メニューで『知識』の欄を開くと植物知識が新たに追加されている。
ほとんどがクエスチョンマークだがサーナ草の名前だけが表示されていて、サーナ草の名前に触れると処理方法が書かれていた。
「あ、書かれています!」
「じゃあそれ表示しながらやってみよっか!」
表示を見ながらキアラさんがやっていたことを思い出して実践してみる。
なぜか手汗をかいてしまうような緊張感に襲われたが、なんとか草を押さえて鎌を入れた。
≪技能【採集】を取得しました≫
「取れました! ……あとなんか技能も取れました」
「あはは! 【採集】だね! その技能は育てていくと回収した素材の品質が上がるから頑張って育ててね」
「はい。こちらありがとうございました」
鎌を短く持って柄の部分をキアラさんに向けて返そうとすると固辞するように手を突き出して「その鎌はあげるから」と言われた。
急なことに思わずきょとんとしてしまう。
「よろしいのですか?」
「いや別に貴重品とかじゃないから遠慮する必要ないよ。他にも持ってるし」
「……ありがとうございます。いただいておきます」
ここは折れて受け取ることにした。これからのゲームの進行に必要だと思うし正直なところありがたい。
私がおずおずと手を伸ばすとキアラさんはとても嬉しそうな顔をした。
「んふふ、どんどん技能増やしていこうね。帰ったらいろんな図鑑とか地図とかいろいろ貸してあげるからそれでいっぱい技能習得しようね」
「よろしいのですか?」
くるりと方向転換しながら顔だけをこちらに向けて「もちろん!」と喜色満面を浮かべた。
後ろからとても機嫌よさそうに弾む足取りと、ぴんと立てて揺れる可愛らしい尻尾を眺めていると「キアラ」と呼ぶ低い声が響く。
立てていた尻尾がへなりと垂れた。
私はあらぬ方向から飛んできた声にびくりと体を跳ねさせがキアラさんは慣れているようだ。これから何を言われるのか分かっているような反応だ。
先ほどの上機嫌な様子とは打って変わって至極真面目な顔をしている。
「あら起きたのアリオス」
「……最初から起きていたぞ。それよりも進行方向に何かいる。多分、|大耳獣≪ロンレーユ≫の群れだろう」
「群れ? じゃあ襲ってくるかもね」
何やらモンスターの存在を察知したらしい。
正直なところ寝ぼけ眼で大丈夫なのかなと心配していたのだが杞憂であったらしい。しっかり索敵までこなしていた。
私は全然気配を感じることが出来ていないからゲームシステム的な部分だと思う。魔術かあるいは性質だろうか。
キアラさんは腕を組みながら右手の人差し指をあごに当てて思案していたが、何かを思いついたように私に視線を向けた。
「ロンレーユは街道にも出現するような弱いモンスターなんだけど……キョウちゃん戦ってみる?」
「はい、洞窟で出会ったモンスターよりも強くなければ大丈夫です」
「いやいや、それ『玉虫色の大穴』の『ゼーゲンスキロ』のことでしょう? 比較にならないほど強さ違うから」
ぶんぶんと手を振って呆れた顔をするキアラさんにアリオスさんが呆然と視線を向けていた。
「『玉虫色の大穴』に『ゼーゲンスキロ』だと……キョウはそんなところにいたのか?」
「えー? アリオスいまさらぁ?」
キアラさんは諧謔的な表情を浮かべてながら私の方を抱いて「いやいや、ね? アリオスが呑気にグースカ寝てる間にキョウちゃんとめちゃくちゃ仲良くなったんだよねぇ」とあてつけるように笑った。
「ね? キョウちゃん?」
「は、はい! 仲良くなりました!」
仲良くなったと言われて嬉しくなってしまい上ずった声で返事をするとアリオスさんは何故だかショックを受けた顔をしてしなびた。
……え? どうして?
〇
もの言いたげなアリオスさんの視線に時折さらされ、落ち着かない気持ちになりながらロンレーユの群れに向かって歩く。
他のモンスターもいないことが分かっているからか私たちの間には緊張感はない。それでも聴覚が敏感なモンスターのようで気づかれないように会話はなかった。
なるべく音を立てないように歩きながらアリオスさんの「そろそろだ」という言葉と共に足を止める。
「アリオス、戦闘が始まったら数が減ってもロンレーユが逃げないようにしてね」
「あぁ分かった」
「キョウちゃんいけそう?」
「はい。大丈夫です」
「もちろんキツそうだったらあたしが控えてるから安心してね」
「分かりました。でもご心配頂かなくても大丈夫ですよ」
余計な心配をかけたくなくて安心させるように笑いかけた。
刀に手をかける。
今回の相手は強くないということで星喰みの鞘は装備していないが触手は発動済みだ。
気配がする方向に歩みを進めると長い耳を持った50センチほどのモンスターが6匹ほど集まっていた。
勿論ただのウサギということは無く足の筋肉は大きく発達しているし大きな耳の先は割れていて手のように使っているのが見える。
彼らは耳を使って地面を大きく掘り返していた。巣を作っているのだろうか。
気配を殺し鯉口を切りながら接近し射程圏内に納めると、早朝にシミュレーションしていた通りに触手で鞘を捌き、刀を抜いた。
うまく首元を切っ先で捉える。
ロンレーユは夥しい量の緑色の血の煙を噴き出して倒れ伏した。洞窟のモンスターを基準に考えて攻撃したが予想外に柔らかい。
仲間の死を知った二匹のロンレーユが大きな耳を振りかざしながら驚異的な跳躍力で飛びかかってくる。
しかしその挙動は足の筋肉が収縮したのが見えたので読めている。跳躍中は隙だらけだ。
触手の同期を切り替えて左手を突き出し魔術を唱える。
魔術【霊獣召喚(戦闘)】
二体のうちの一体の前にマネキンさんを呼び出して衝突させ、もう一体の耳の攻撃を躱しながら背後に回り柄の頭で叩く。
その間にとびかかってきたもう一体を触手で叩き、怯ませた隙に喉元を切り裂いた。
残り三体。
いや、首の裏を思い切り叩いた衝撃かふらついていたロンレーユをマネキンさんが棒で叩いて仕留めた。二体に減った。
……戦えたんだ、マネキンさん。
今までデコイとしての役割しか果たしていなかったからか彼が戦闘を行う存在だということをすっかり忘れていた。
そして相変わらず私の言うこと聞かないせいでロンレーユに殴りかかっていく。
形勢不利と見たのか襲い来るマネキンさんを見てロンレーユが逃げ出そうとした。
魔術【木属性補助・茨の檻】
私の身の丈ほどの杖を持ったアリオスさんが魔術を使うと地面から茨が生えてきてロンレーユの逃げ場をなくしてくれた。心の中で感謝を告げる。
背を向けた内に一帯を仕留め、マネキンさんがロンレーユと良い勝負をしている後ろから飛び出して喉元に刀を突きさした。
……これで全部かな。
「やるねぇキョウちゃん」
「『玉虫色の大穴』を潜り抜けたのは伊達ではないな」
「ありがとうございます」
どうやら私の戦闘は二人のお眼鏡にかなったようだった。
嬉しくなってしまって表情を綻ばせてしまう。
けれど反省点もある。きちんと学んでいかなくてはならない。
「召喚魔術で生み出した霊獣のタイミングが悪かったせいで逃がしそうになってしまいました。アリオスさんのサポートがなければ逃げられていたでしょう。ありがとうございました」
「全然かまわない。それが私の役目だからな」
アリオスさんが得意げな顔をしながら微かに口角を上げて笑う。あまり表情には出ないけれど純白の翼を少しだけはためかせていた。
「召喚魔術の初期術式は使えないで有名だからしょうがないよ。自分で魔方陣を組むか、魔術ギルドで新しい術式買うまで我慢だね」
「魔方陣? 術式を買う……ですか?」
「うん、そう。自分の魔術系技能の習得度に合わせて術式を作ったり、買ったりするんだけど……今だとちょっと完璧な説明が難しいから都市についてからにしようか」
私は戦力が増強できるのではないかと高揚しながらお話を聞いていたが今の状態で分かりやすく説明することが難しいらしい。
気になっていた私は少しだけ肩を落としているとキアラさんがポンと肩を叩く。
にっこりと笑って「その前に……」と言いながらロンレーユの亡骸に歩み寄った。
「モンスターの倒した後の処理方法お話しとこっか」
「倒した後のことですか?」
「うん、見ててね」
そういうとキアラさんはロンレーユの死体に向かって手を向けると魔術を唱えた。
魔術【簡易解体】
ロンレーユの体が一瞬で光になったかと思うと弾けた。その後キアラさんの胸に吸い込まれていく。
私が困惑して眺めているとメニューを操作して緑色の輝石と毛皮を取り出して私に手渡した。
「これが魔術【簡易解体】ね。特に技能もなく簡単に扱えるし、術式を狩人ギルドで配布してるから都市に着いたら貰いに行こうね」
「すごい……画期的ですね」
「そうかな? 当たり前になってるから分からないけど、不便なことも多いんだよ」
少し辟易としたように言いながら力なくうなだれる。そこまで辟易とするようなデメリットがあるのだろうか。
黙々と他のロンレーユも解体しながら説明をつづけた。
「うん。まず前提として教えておくけど魔術【簡易解体】を使う方法とは別に技能【解体】を使って素材を切り出す方法もあるんだ」
「はい」
「魔術【簡易解体】は輝石だけは必ず手に入るけど素材はランダム、その点技能【解体】は施設や準備がいるけど素材の品質も輝石の品質もいい。それに狙った素材も手に入るの」
「魔術【簡易解体】は簡単だけど素材が良くない。技能【解体】は手間も時間もかかるけど素材が良い。一長一短というわけですね」
「そそそ、そんな感じ!」
キアラさんはほっとしながら「理解が速くて助かるよ」と言いながら補助的に話を続けた。
「もし解体の技能を持っていない人が解体を行いたいときは『捕獲玉』っていうアイテムでモンスターを生きたまま捕えて解体屋さんに依頼すれば解体してもらえるから利用してみてね」
「分かりました。生活の知恵をありがとうございます。もし素材で困ったときは利用してみます」
キアラさんがうんうんと満足げにうなずくと視線を木々の奥へ向ける。森を抜けると下り坂になっているようで空の青が木々の隙間からよく見えた。
キアラさんと私の青空教室を温かい目で見守っていたアリオスさんは区切りがついたのを見て口を開いた。
「では花畑を抜けていくか。もうすぐそこだ」
「まぁそれしかないよねぇ」
キアラさんが警戒心を抱いているというのに私は高揚感を抱いてしまう。
甘い花の香りが風に乗って運ばれてきて私の鼻腔をくすぐった。
香りに誘われて花畑を思い浮かべ、期待に胸を膨らませながら一面の大空が見える方向へ歩く。
木々を抜けるとそこには想像をはるかに超える一面の花畑が広がった。
色とりどりの花びらが風に運ばれて舞い散る。あまりにもファンタジックでメルヘンな光景だった。
風の通り道をなぞって龍を形作るように花びらの群れが楽しそうに舞っている。
花畑はまるで整備されているかのように一定間隔で色ごとに分かれているが生息しているモンスターの数が人間の手が入っていないことを教えてくれた。
色とりどりな巨大な蝶のようなモンスターがきらめく鱗粉を撒きながら飛び、大小さまざまな蜂のようなモンスターがせわしなく飛び交っている。
まるで虫の楽園のようにも見えた。
心の中ではしゃぎながら花畑に走り寄ると揶揄うような声が聞こえてくる。
「大密蜂にちょっかいかけて刺されないようにねー!」
「それは過去の君のことだろうキアラ」
「しー! それは言わないお約束!」




