ゲームの世界で夜ご飯。一人ぼっちの昼食。
石柱は近くに来ると意外と大きかった。目測で三階建ての建物ほどの高さがあるように見える。
洞窟の中で見た石の塔や門と同じような幾何学模様が描かれていて、模様をなぞるように光が走っていた。
こんなにも圧倒される光景を見ると遺跡に観光に来たような気分になる。洞窟の中では余裕がなかったが割と歴史に思いを馳せるのは好きな部類だ。どのようにしてどんな目的で建てられたのか考えるとワクワクしてしまう。
なんだか落ち着かなくなってキョロキョロと見回しているとキアラさんがメニューを操作しながらくつくつと笑った。
「あはは! そんなに新鮮?」
「はい。不思議な建物です……いつ頃どのような目的で作られたのでしょうか。考えるだけでも心躍りますね」
「その気持ちは分かるな。ただ石柱に関しては身近過ぎてあまり疑問にも思わなかったが」
キアラさんは仕方なさそうに笑って「あたしは分かんないから考古学者にでも聞いてね」とい言いながらアイテム欄から緑色の玉を取り出す。
球を握りこむと輝きだし、透けた黄緑色の四角形が空間に投影される。キアラさんは振り返ってアリオスさんに視線を向けて問いかけた。
「ここでいいかなアリオス」
「どこでもいいんじゃないか。今日は誰も利用しないようだ」
二人が何やら相談している中できょとんとしながら聞いているとキアラさんが「確かに」と答える。そして緑の玉を握りこみ「起動」とつぶやいた。
すると投影された四角形の空間に重なるように小屋が出現した。
「わぁ! なんですかこれ!」
「テントだよ。ご飯食べるとこないでしょー?」
「テントというには……」
布で作られたテントではなく丸太小屋のように見える。
普通の家のように取手付きの開きドアと小窓があり、もはや一時的に設営するというよりは永住するといった感じだ。
野営で快適そうな小屋が建てられるのは便利だと言う私と、こんな大きな小屋はテントではないんじゃないかと主張する私がせめぎ合っていた。
「大きい気がいたします」
「キョウちゃんが想像してるのは布のやつかな? 趣味でそういうのを使う人もいるけどゆっくり過ごせた方が私は好きなんだよね」
「確かにそう、ですね……固定観念にとらわれていたかもしれません」
「まぁそんなことはどっちでもいいの! さささ、はいった、はいった! ごはんしよー」
アリオスさんが扉を開けてくれてキアラさんに背を押されながら丸太小屋の中に入る。
最初に4人が座れそうな品の良い食卓セットが視界に飛び込んできた。テーブルの上には燭台があって暖かな光で照らされている。傍に広めのキッチンスペースが確保されていて、奥に別の部屋に続く扉が2つあった。
野営なのに内装は思ったよりもしっかりしていて、シックでおしゃれに纏まっている。キアラさんが整えたのだろうか。
「素敵なお部屋! 家具がおしゃれですね」
「でっしょー!」
キアラさんがとてもうれしそうに胸を張る。そして「特にこのキッチンチェアがお気に入りなの!」と言って椅子を引いた。
「このキッチンチェアはヴィーゼラルダがベルリーズに統治されていた時代に作られた家具でこの彫刻が特徴的でね――」
急に始まるのべつ幕なしに続く知らない言葉の羅列に私は目を回し、アリオスさんは頭に手を当てて首を振った。アリオスさんの様子を見ると結構日常茶飯事の光景なのかもしれない。
キアラさんの勢いはモンスターの話をするときのアリオスさんを想起させた。一度同じような光景を見たからかちょっと耐性がついて今はほほえましく笑うだけの余裕がある。
「でね、座面と足の部分で材質が違って『エルニレの木』と『クオラナの木』で出来てるんだけど座面の部分が加工しやすい『エルニレの木』を使ってお尻の形に合わせて加工されてて美しいだけじゃなくて実用性も……どしたの? なんでそんな笑ってるの?」
「キアラさん、先ほどアリオスさんがモンスターのお話をなさっていた時にそっくりですよ」
「すまない……キアラはアンティークマニアなんだ」
キアラさんは目を見開いて、
「ア、アリオスと一緒……モンスターの話をしてる時の」
と言いながらがっくしとうなだれた。尻尾も力なくしなびている。そんなに嫌だったのだろうか。
なんとなく悪いことをした気分になったので言葉をつけ足しておく。
「夢中になれることがあるというのは素敵なことだと思いますよ」
「! そうだよね! 良いことだよね」
尻尾がぴんと立ち上がって耳を弾けさせた。
私渾身のフォローに気をよくしたのかるんるんと鼻歌を歌いながらメニューを開いて何やら準備をし始める。
そんなキアラさんに見つからないようにアリオスさんがむっつりとした表情でぐっと親指を立ててきた。私もぐっと親指を立てて返事をする。
キアラさんは背後で行われる私たちの阿呆なやり取りなどあずかり知らずにアイテム欄からナプキンやらカトラリーやらを取り出して食卓テーブルへ並べた。
「保存食だから簡単なものしかないし、満腹度が上がるだけだけど」
「わぁ……!」
湯気の立つ暖かそうなシチューとバゲット。
オレンジ色や緑色の野菜とお肉がたくさん入ったホワイトソースの香りが食欲をそそる。バゲットは薄く切り分けられて食べやすいようになっていた。
「……おいしそう!」
思わずごくりと喉を鳴らして物欲しげに料理を凝視しているうちにアリオスさんはすでに席についていた。
大きな体をそわそわとさせながら、食事にありつくのを今か今かと待ちわびているのが分かりやすい。
「キアラの料理はうまいぞ。早く食べよう」
「もう、仕方ないんだから。ほらほら、キョウちゃんも座って」
キアラさんに手を引かれる形で席に着くと水差しを取り出してコップに水を注いでくれる。大人しく注いでもらい、キアラさんのお水を注ぐために水差しを受け取ろうとすると「いいってば、そんな気を使わなくて」と言いながらくつくつと笑った。
アリオスさんはすでに自分で水を注いでいて食べる準備万端だった。
「ではでは~キョウちゃんの生誕を祝して! かんぱーい!」
「乾杯」
「せ、生誕? か、乾杯です」
流れのままにキンキンに冷えているお水で喉を潤す。
スプーンを手に取ってシチューをいただこうとすると、アイテム欄から出してからずっと暖かそうな湯気が出ていることに気が付いた。
「あの……今作ったわけではないのに湯気が立っているのはなぜなのでしょう?」
「調理術っていう技能に『保温調理』っていう技術があるの。ちなみに保存食は『保存調理』っていう技術で作ってるんだよ」
「保温調理……なんだか不思議なことがいっぱいで混乱してしまいます」
「あはは! あたしも最初はそうだったよ。だんだん慣れていければいいね」
「心配する必要はない。皆自然と馴染んでいく」
他愛のない会話。胸の奥に何か暖かな思いが去来する。
こんなに賑やかな食事の場なんていつ以来だろう。
曾祖母の生前、母の体調が良い、父の予定が空いている、他の兄弟が用事で出ている、という厳しい条件を満たさないと実現しないから10年近く前のことかもしれない。
「キョウちゃん?」
「あ、申し訳ありません。いただきます」
心配そうなキアラさんの視線から逃れるようにシチューを食べた。
……おいしい。
「うまいだろ」
なぜかアリオスさんが得意げに問いかけてくる。キアラさんはニマニマとしながらこちらを見ていた。
そんなにわかりやすかっただろうか。
「なんでアリオスさんが自慢気なのか分かりませんが……今まで食べたものの中で一番おいしいです」
「でしょー!」
キアラさんは跳ねるように喜んで「作った甲斐があったー!」と快哉を叫んだ。アリオスさんは微笑ましそうにキアラさんを見た後、私に視線を向ける。
「キアラは誰かを迎えに行くと決まる前から料理を振舞いたいって言って張り切っていたんだ。キョウがおいしそうに食べてくれて私も安心した」
「そんなにわかりやすかったでしょうか」
「すごく幸せそうな顔をしていたぞ」
少し恥ずかしくなって両手で頬に触れた。絶対に顔が赤くなっているだろうなと思いつつ隠しても無駄な事は知っているので黙々と食べ進めた。
バゲットもホワイトソースと合っていてとてもおいしい。
そんな時キアラさんが何かを思い出したように「あ、そうだ」と言った。
「今日は一回寝とく? もし寝るならベッドあるし貸せるから遠慮しないで。このまま強行軍で都市まで送ってもいいし、別に明日じゃなくてもいいからキョウちゃんに合わせるよ」
「そうですね……」
確かに急いではいるのだが迎えに来てもらっておいて強行軍させるのは気が引ける。
食事中にお行儀が悪いと思いつつ「失礼します」と断りを入れてメニューを開く。すると現実の時間はそろそろ正午になろうとしていた。
現実世界でも食事をとらなくてはならない時間になっているので一度ログアウトするにはキリの良いタイミングかもしれない。
「お休みをいただこうと思います」
「そうだね。あたしもそれが良いと思う。夜は視界が悪いし、活発なモンスターもいるしね」
「風花鳥『フィルフィーア』か。あまり接触したくはないモンスターだな」
「そそそ。あたしあんま相性良くないし……長い説明はいらないからね!」
キアラさんはジトっとした瞳をアリオスさんに向けて、お行儀悪くスプーンで釘を刺すように指し示した。
視線がキアラさんとアリオスさんを往復する。
ずっと気になっていたのだがこの二人はかなり気心知れていて仲が良いように見える。もしかして――
「お二人はご夫婦なのでしょうか」
「ごほっ!」
ちょっとタイミングが悪かったみたいでキアラさんがせき込んだ。
シチューが食道ではない入ってはいけない方向に流れて行ってしまったようだ。胸を押さえながら慌てて勢いよく水をがぶ飲みしている。
……誤嚥した時に水は飲まない方が良いと伝えた方が良いかな。
逡巡していると困ったような顔をしたアリオスさんが口を開いた。
「我々は『継承配合』を行うような関係ではない。流星だったころに出会い意気投合した幼馴染だ」
「えっと、 『継承配合』とは――」
「あっっほか、あんたは!!!」
「ぶへー!」
横合いから頬を赤く染めたキアラさんの強烈極まるビンタがアリオスさんの頬にクリーンヒットした。流星というのは幼馴染と言っていることからニュアンス的に子供とか幼いころみたいな意味合いだろうか。
「あんた馬鹿なの!? うっまれたてほっやほやな流星に話すことじゃないでしょうが! デリカシー無し男! 変態! キモロン毛!」
キアラさんの口ぶりからなんとなく意味を察した。継承配合というのはこの世界において性行為のようなことを指す言葉を指すようだ。
つまりアリオスさんは流星(子供)に自分たちは継承配合(エッチ)するような関係ではないと言ったことになる。
……そりゃあ怒られますよね。純粋なフリしとこ。
私は「エッチなことなんて知りません」と言わんばかりのピュアで無知な表情で大人しくしていた。役柄はパパとママの言ってることが分からずにきょとんとしている幼女だ。
素知らぬ振りをしながらちまちまとシチューを食べ進めた。
キアラさんのお叱りはすっかりヒートアップしている。
「いっつもそう! 今度言ったらあんたのその無駄に綺麗な羽根で羽毛布団つくってやるからね!」
「しゅ、しゅまん」
「あはっ!」
アリオスさんのタジタジ具合に思わず口を開けて笑ってしまった。
何かの映画で見てあこがれて夢想していた家族団らんってこんな感じなのかなって胸の奥があったかくなって。
ワイワイと騒ぎながら団らんを楽しんで、食事を完食しただけでなく勢い余っておかわりもした。
……食いしん坊じゃないよ。
〇
「じゃあ寝よっか。よい睡眠をー」
「はい、良い睡眠を」
キアラさんと並んでメニューを開いてログアウトを押した。すると結晶が私の身を包んでいって真っ暗になった。
暗闇の中で『träumerei』という文字列が浮かびあがりふわりと形がなくなって消えていく。
『お疲れさまでした』
合成音声の声とともにマットレスに包まれていた体が浮き上がった。身を起こしてIRカフを左腕に取り付けながら「電脳ベッド解錠」とつぶやく。
すると電脳ベッドの扉が開いた。
先ほどまでの非現実ではなくいつもの私の部屋。
電脳ベッドのそばにスーツを着込んだ使用人が控えていた。
「別宮さん、昼食をとりたいと存じます。料理人に伝えいただけるかしら」
「かしこまりました。身支度をお手伝い致します」
「ありがとうございます」
鏡を見るといつも思う。
私もお母様みたいに黒髪黒目が良かったと。
「ミヤコさん、お食事の用意ができました」
「ありがとう存じます。ダイニングに向かいます」
食事の席につくといつも思う。
私一人にこの長いダイニングテーブルは大きすぎると。
「本日の昼食は――」
なんでもいい。栄養がとれて調子を崩さないのなら。
「楽しみです。運んでいただけるかしら」
「かしこまりました」
食事を並べられるといつも思う。
私一人のただの食事にしては豪勢だ。そしてこの量は多すぎると。
「いただきます。 ……大変おいしいです」
食事を口に運ぶといつも思う。
味がなくてあまりおいしく感じないと。
「ごちそうさまでした」
ゲームの世界との差は何だろう。バーチャルだからおいしく感じるように作られているのだろうか。
量が多すぎて私は食事を残した。