始まりへの道すがら
モンスターの名前やダンジョンの名前が多くて分かりづらいかと思ったので二つ名にルビでカタカナの名前を書いています。
二つ名もゲームの中で使われないこともないですが基本的にカタカナの方の名前で呼んでいると思っていただけると嬉しいです。
キアラさんとアリオスさんの二人と共に森を歩く。正午と夕暮れの間の空気感と日差しが心地いい。
守られているからだろうか。警戒を解くことは止めないけれど肩の力を抜いて周囲を見回すだけの余裕がある。
現実世界のありふれた木よりもかなり大きな広葉樹が立ち並んでいた。そのうちの幾つかには大きな洞が空いていて中から巨大なハチの巣が零れ落ちている。何かに食い漁られた後のように崩壊して崩れ去っていた。
小さな耳の長いウサギのようなモンスターが先ほどからよく見かける。視線を向けると過敏に反応して跳ねながら遠ざかっていった。その様子を目で追っていると木々の隙間から何かが見えて、目を凝らすと草のような鬣を生やす小型のシカのような生物がこちらを凝視している。
現実ではお目にかかれないようなファンタジー世界のオンパレード。あまりの異世界間に高揚を感じるとともに少し落ち着かない。
まだモンスターのいる地帯だからかキアラさんが前方をアリオスさんが後方を警戒しながら進む。自己紹介をしたきり私たちに会話らしい会話はない。
クールなアリオスさんならばまだしもキアラさんは明るく元気な印象でお話が好きそうだったから少し意外だった。
しばらくすると森が開けて草原に出るとキアラさんが「ここまでくれば大丈夫かな」とつぶやいて息をついた。
「今までの森は何か大変な場所だったのでしょうか」
「うんー。 群毒蜂っていうモンスターがいるんだけど。数が多いから集団で襲われるとしんどいんだよね」
確かに集団で襲ってくるとなると護衛対象がいる状態では対応が難しいかもしれない。わたしは足を引っ張る状況がいたたまれなくなって申し出る。
「あの……わたくしも戦えます。戦闘は得意ですから手伝わせてください」
「いやぁさすがに生まれたばかりの子には難しいと思う。気持ちだけ受け取っておく。ありがとね」
キアラさんは生暖かい笑みを浮かべて私の頭を撫でた。まるで背伸びをして母親の手伝いを申し出た幼子をあやすようだった。
困らせたくないと思いつつも完全な子供扱いにちょっとだけふくれっ面になってしまう。
「そんなに強いのですか? どんなモンスターなのでしょうか」
「あ……」
キアラさんが「しまった」という表情を浮かべた時にはもう遅かった。アリオスさんが横からよくぞ聞いてくれたとばかりにずいっと身を乗り出す。
「ここは六角形の森という『ダンジョン』なのだが固有種として群毒蜂というモンスターが存在している。こいつは集団で狩りを行う傾向がある虫型のモンスターで腹部に毒針がありこれを敵に刺すことで毒を注入し動きを阻害して――」
急に始まるのべつ幕なしに続く知らない言葉の羅列。私は目を回し、キアラさんは頭に手を当てて首を振った。キアラさんの様子を見ると結構日常茶飯事の光景なのかもしれない。
アリオスさんの様子を見ていると曾祖母からお話を聞いたかつて『ヲタク』と呼ばれていた人たちがいたことを思い出した。
彼らは普段は寡黙だが自分の好きなことを話し出すと熱意がすごい人たちであったという。アリオスさんは『ヲタク』なのかもしれない。
「そして六角形の森の頂点捕食者は食蜂鷹という比較的巨大な体躯を持つ鳥型のモンスターで非常に強力な突属性の耐性があり羽毛が防具に……なんだ?」
「ちゃんとキョウちゃんの様子を見て話しなさいな。あなたの悪いクセだよ」
「あぁ……すまない」
きょとんと放心している私を示しながらキアラさんが「ほんとモンスターマニアなんだから」と腰に手を当てながら叱りつけると大きな体を少しだけ縮こませた。表情は変わらないように見えるが心なしかしょんぼりとしているように見える。
なんだか少し可哀そうになって気になったことを聞いてみた。
「あの、ダンジョンとは何でしょうか」
「ダンジョンは先ほどいた森のようにモンスターが湧き出てくる場所のことだ」
「モンスターが湧き出てくる……」
今いるこの草原もダンジョンなのだろうかと歩きながらキョロキョロとあたりを見回すと森の中にいた時よりも圧倒的にモンスターの数が少ないように見えた。
「もしかしてこの草原はダンジョンではないのですか?」
「あぁ、ここはダンジョンではない。ダンジョンとダンジョンの境だ。あれを見ろ」
アリオスさんが指をさす。
吊られて視線を向けると四本の石の柱が屹立としていた。少しばかり遠いためよく見えないが幾何学的な模様があるように見える。
「ダンジョンの境には必ず石柱がある。あそこはモンスターが寄り付かないのだ」
「そそそ。誰が言ったか社交の石柱。昔の旅人はモンスターに襲われない石柱の中で情報交換をしたんだってさ。まー今も大差ないけど」
ダンジョンで危険な目にあったり休憩を取ったりしたい場合はあの四本の石柱の中で行うということだろう。
確かにダンジョンで傷ついた先がダンジョンで休憩することが出来ないとゲームの止め時も分からない上に難易度も跳ね上がる。ゲームシステム的な問題であった方が便利なものなのかもしれない。
ゲームをやっていく上で重要な情報を聞くことが出来た気がする。もしダンジョンに用事があるときは大いに活用できるだろう。
役に立ちそうな情報を得られたことで少し上機嫌になる。ゲームのことをあまりよく知らないので役立つ情報はどんどん集めて行きたい。
クールな印象のアリオスさんがそこまで熱中するモンスターのことも気になった。いい機会なのでついでに尋ねてみた。
「あと、コメルメイユ? バザードレーネとはどのようなモンスターなのでしょうか」
「あぁそれは――」
アリオスさんがうきうきと話し始めようと口を開いた瞬間、頭上から嫌な気配を感じて上を見上げる。
大きな鳥が見えた。そして鳥から分離したように見える塊。
当たる心配がなさそうなので静観していると轟音を立てて地に落ちた。
塊が静止した状態を見ていると茶色いマーブル模様が良く見える。その巨大さに目を瞑ればハチの巣のようだと思った。六角形が直接見えるハチの巣ではなくオオスズメバチの巣に近い。
巣の内部から6匹の蛍光色で黒い縞模様を持つ蜂が這い出てきた。巨大な針を持ち鋭い顎を持っている。
大体地面から太ももくらいまでの大きさがありそうだ。モンスターと言うのも納得できるほどの巨大さ。
「……こいつがコメルメイユだ」
「えぇ!?」
「バザードレーネの食い残しだろうな」
先ほど上空を飛んでいた鳥がバザードレーネのようだ。
メニューを開いて螺鈿色の刀を選択する。帯刀しようとしたところで自分の左手の指が動かずに帯刀できないことに気が付いて止まってしまった。
「まぁここはあたしに任せてよ。戦うために来てるんだし」
「ですが数が……」
「安心していい。キアラはこれから向かう都市の中でも三本の指に入る猛者だ。私の出番もないだろう」
キアラさんは武器を何も装備せずにコメルメイユの前に立つと魔術を唱えた。
魔術【召喚・アイテム『風爪』】
魔術を唱えると手にかぎ爪のような武器が装備される。徒手空拳かと思っていたが変わった武器を扱うようだ。
素早いスピードで接近し、彼らの陣形の中心にその身を置くと魔術と技術を使用した。
魔術【火属性破壊・火炎纏】
魔術【風属性・渦巻く風】
技術【熱風乱舞】
すごい風がキアラさんを中心に吹き荒れ、火の竜巻が巻き起こる。
離れている私たちは問題ないが近くにいるコメルメイユはひとたまりもないようで飛行能力を制御できずに次々に吸い込まれていった。
炎に巻かれて消耗して引き寄せられていくコメルメイユにとどめを刺すように切り刻んでいく。
やがてすべて仕留め終えると熱風が霧散した。
魔術【召喚・アイテム送還】
魔術を使用し武器を収納するととてもやりきった顔をして跳ねるように近づいて来る。視線は私に向けられていた。
なんとなく「どうだった?」と聞いているような気がして聞かれる前に先に答える。
「キアラさん、すごかったです!」
「んふふ、でしょー?」
尻尾をぴんと立ててくねらせながら絵にかいたようなしたり顔をした。とても可愛らしく思わず頬を綻ばせる。
撫でまわして猫かわいがりしてしまいたいと思ったが失礼なので自重した。
アリオスの反応がないことを不思議に思って、ふと隣を見てみると彼は渋面を浮かべていた。何故だろうと思って様子をうかがっていると呆れたような声で「キアラ」と声をかけた。
キアラさんは何かを察したのかびくりと身を跳ねさせた。
「素材が取れないじゃないか」
「……捕獲しようと思ったけど今は手っ取り早くね」
目線を逸らしながら気まずそうに答えるキアラさんに、はぁと深くため息をついて「戦闘を行ったのはキアラだから何も言うまい」と言った。深く考えることを止めたらしい。投げ出したともいう。
キアラさんは許されたと感じたのかあからさまにほっとした表情をする。焼け焦げた上に無残にもバラバラに解体されたコメルメイユの輝石を取り出し始めた。
私も一緒に取り出すのを手伝う。
「ダンジョン外に巣が落ちてくることなんてそうそうないけど、早いところ社交の石柱に行かない? 夜ごはん食べようよ」
「たしかにそうだな。キョウの満腹度はどうだ?」
「……失念しておりました」
完全に意識外にあった満腹度を調べるためにステータスを見てみると表示が腹減りになっていた。
「腹減りですね」
「ありゃ、意外とかなり減ってるね。一応キョウちゃんの分の保存食も用意してあるからみんなで食べようか」
「ありがとうございます。ご相伴に預かります」
私たち三人は腹ごなしのために社交の石柱に向かった。