不退転の覚悟
「くっ……!」
二匹のモンスターからのべつ幕なしの連撃。ダメージを受けたわけでもないのに思わず苦悶の声をあげてしまう。
一匹が霧を吐き続けていることが一番厄介な問題だ。
気配は読み取れるものの霧のせいで二匹の位置が正確に分からず、攻撃の起こりも分からない。
どうやら彼らはこの霧の中でも何らかの方法で互いの位置を把握しているらしい。三匹の連携に隙が無い。
マネキンさんもモンスターの位置を特定できないようで棒立ち状態だ。モンスターたちも障害にならない存在だと判断したのか完全に放置されている。囮にすらなっていない。
「……ッ」
空気の流れが変化するのを感じ取って攻撃を予感し、身をひるがえして躱す。
このゲームが現実準拠で助かった。この視界不良の中で空気の流れすら分からなかったらすべて勘を頼りに躱すことになるところだ。
霧をどうにかしなければ攻撃もままならない。幸い霧を吐き続けているモンスターはその場から動くことができないようなので位置は把握できている。
問題は霧の中に消えた二匹だ。
攻撃された方向へ切りつけても何もおらず、全く別の方向から攻撃される。あくまでも予想だが霧の中で現れた時と同じように結晶の中を移動しているのだと思う。そうでなければ説明がつかない。
背後から奇怪な音と圧力を感じて飛び込みながら受け身をとって回避すると玉虫色の奔流が迸った。
長期戦になればなるだけ私が不利になる。このまま躱し続けても事態が好転することはないだろう。
実際このモンスターの連携から見てもじわじわといたぶるようで、意図的に隙を演出しても決して深追いしてこない。互いの攻撃の後隙をカバーしあうように、負けないように意識した連携の仕方だ。攻撃できる隙がほとんど無い。
これ以上のじり貧になる前に一世一代の賭けに出ることにした。
尾や舌の攻撃を躱しながらチャンスの時をじっと待つ。
そして背後から奇怪な音と圧力を感じた。玉虫色の奔流だ。
今だ。
放たれる瞬間に棒立ちしているマネキンさんを玉虫色の奔流の射線に入れて、放たれたとともに躱す。
奔流がマネキンさんを飲み込んで結晶化させた。
そして回し蹴りを繰り出して結晶化したマネキンさんを破壊した。
刀を上方に投げてバラバラになった結晶を霧に紛れているモンスターの居場所にあたりをつけて投げ飛ばす。
即席の礫代わりだ。ダメージはなくとも一時的にけん制できれば良い。
空中から落ちてきた刀を左腕で回収して口から霧を吐いている個体を標的にする。狙うのは口内。
この窮地を脱する足掛かりとしてモンスターを一体減らせるのならば腕の一本くらい差し出してやるくらいの気持ちで口内深くに突き刺し刀を捻って傷を広げる。
ルミエールが弾ける。
モンスターの口から虹色の煙が漏れ出た。効いている証拠だ。
「……ぅぐっ!」
突き込んでいる左腕に衝撃が走り、視界の上部が赤くなる。
幸い嚙み切られるほどの咬合力は無いようだが次第に指先から感覚がなくなっていく。
このままではまずい。
渾身の力を入れ左手を振り下ろしてモンスターを地面に叩きつけ、右手を大きく振り下ろして殴りつける。
口が自然と開いた。
モンスターの頭部を踏みつけて噛みつかれた腕を引き抜き、刀を振るう。モンスターの体からルミエールが弾けて私に吸い込まれた。
息絶えたのを確認して一瞬だけ感覚のない腕に目をやると肘から下の半ばから結晶化していた。
手のひらを開くことが出来ず刀を持ち替えることが出来ない。
私に明確な隙ができたからか二匹同時に攻撃してくるのが分かった。右手を差し出して魔術を発動する。
魔術【霊獣召喚(戦闘)】
躱しきれないと判断して盾代わりにマネキンさんを召喚すると攻撃のうちの一つはマネキンさんに突き刺さる。
しかしもう片方はマネキンさんの体の脇をすり抜けた。
「うあッ……」
舌が脇腹に突き刺さり体に衝撃が走る。しかしなぜだか視界上部の赤に変動はなく、代わりに視界右側が青く染まってきた。
「精神力ダメージ!」
視界が捻じれるように歪んで体の動きが鈍くなる。
力を振り絞って舌を右腕で握り潰すように掴み引っ張ったが思ったよりも力が入らない。しかし私が引き抜こうとするまでもなく舌を引き抜かれる。
体から力が抜けてすこんと膝から崩れ落ちる。
ぼやけた視界の中でマネキンさんが光の渦に飲み込まれて消えるのが分かった。その光の渦の向こうから隠れるようにして巨体が突進してくる。
体の感覚が鈍っていたせいで完璧に避けきれず弾かれるように吹き飛ぶ。脱力して受け身をとるがダメージは深刻だ。
視界の上部がかなり赤く染まって生命力が消耗していた。
脱力しながら体を転がしてその勢いを利用して立ち上がり体制を立て直す。
かなりの窮地。
ここからどうすれば勝てるだろう。
かなりの犠牲を払って一匹は倒すことが出来たが他二匹には目立った損傷はない。一方で私は生命力をかなり消耗し、精神力も削られた。左手も動かない。
絶望的だ。
『苦しい時ほど笑いなさい。つらい時こそ奮起しなさい。どんなに高い障害も、試練も全部あなたが成長するために神様が用意してくれたものなのよ。人は困難を乗り越えて輝くの』
こんな状況の時、私は母の言葉を思い出して奮起して乗り越えてきた。
まだ終われない。終わることなんてできない。
歯を食いしばって精一杯笑う。
冷静に結晶化した自分の親指を引きちぎるように破壊して刀を抜き、右手に持ち直す。あえて自分の脇腹を傷つけて生命力を削った。
≪性質【負けず嫌い】発動≫
胸からルミエールが弾けるように湧き出して私の体に吸収された。あまり量は多くないがこれで届く。
逃走しても相手は二匹だ。無駄だろう。もし進んだ先にも結晶があって挟撃されてしまえば勝ちはない。
ならば
性質【不退転の覚悟】
迎え撃つのみ。私は退かない。
「あなたたちは強いです」
けれどそんな二匹でさえも。
「すべての壁や困難は私が超えるためにある」
【一等光輝開放『不退転の覚悟』】
体が光り輝いて能力が向上しているのが分かる。今ならわざわざ口内を狙うまでもなく届くだろう。
『不退転の覚悟』は生命力、光輝力の現在値が体力の回復速度に与える影響を無視する代わりに光輝力にダメージを受ける性質だ。
なるべく体力の消費を抑えながら戦うべきだがそれは叶わないだろう。つまり私の光輝力が持つまでが勝負。
よーいスタートはない。あるのは私と彼らのタイミングだけ。
先に動いたのは私。すばやく移動して刀を振り下ろす。
急に速度が上がったからか少しギョッとしたように仰け反って躱すモンスターのさらに懐に潜り込むが、もう一体から舌攻撃のけん制がある。
私は身をひるがえして躱し、もう一体との射線上になるような位置取りにする。刀を振って切りつけ、蹴り上げて吹き飛ばす。
楽しい。いつの間にかそう思っている私がいる。
普段のちんちくりんで未熟な体とは明確に違う。
私の才能に体が追いついてきている。考えている理想に近い動きを体がしてくれているとこれほどまでに楽しいと感じるんだ。
無論彼らも何もせずに攻撃を受けているわけではない。
一方が霧を吐き散らしている間に一方が気配を消して攻撃してくる。一方が攻撃している間に霧を放つことを止めて気配を消し、今まで攻撃してきていた側が今度は霧を吐く。
交互に行うことで隙を減らしてきていた。
気配を消して行う意識外からの攻撃は見切っている。
最小限の動きで回避しながらすれ違いざまにダメージを刻んでいく。小細工は必要ない。正確な動きで正確な斬撃を加えるだけでダメージを与えられる。
ゲームのシステムで遮られることがない。
次第に一体が魔力の漏出しすぎで浮遊を維持できずに地に足をつけた。機動力が格段に落ちて攻撃方法がかなり狭まる。
無理にとどめは刺さずに一定の距離を保つ。どうせこれだけでただ玉虫色の奔流を放つだけの固定砲台に成り下がる。
横合いから放たれる玉虫色の奔流を掻い潜りながらもう一体と相対する。一体だけならば二等光輝開放の時点で倒すことが出来た相手だ。多少横やりがあっても苦にはならない。
舌の攻撃を滑るように躱しながら接近して腹の下に突き入れるように刀を繰り出す。貫通こそはしなかったが内臓まで達しているような手ごたえを感じた。
刀を引き抜きながら勢いよく蹴りを入れて吹き飛ばす。
モンスターが玉虫色の奔流に飲み込まれた。
流石に耐性は有しているようでマネキンさんのように全身が一瞬で結晶するようなことはなかったがあちらこちらが結晶化していた。
体の自由が利かないようで身をよじっている。
苦し紛れに放ってくる勢いの弱い舌攻撃を躱しながら接近する。もはや狙いも定まっていない破れかぶれの攻撃。
軌道が少し読みずらいが速度が遅いので十分に対応できる。
「ハァ!」
刀を振り下ろして斬撃を加え、頭部に突きを繰り出してとどめを刺した。
ルミエールが弾ける。
どうにか倒すことが出来た。
這いつくばっているもう一体に目を向けて接近する。唯一気を付けるべきなのは躱しやすい玉虫色の奔流だけだ。
走りながら近寄りって切りつけるとルミエールが弾けた。
これで三匹すべてを片付けた。
一瞬言いようもない達成感に襲われて勝鬨でもあげたくなったが思い止まる。
次に結晶からモンスターが現れたらひとたまりもないだろう。先ほどは輝石を回収している間に次のモンスターが現れた。輝石を採取することもせずにここから離れた方が良い。
光が弾けて光輝開放の段階が下がったことを視界下部のゲージが教えてくれる。結構効果時間がぎりぎりだったようだ。
納刀して身をひるがえして走り出し、その場を離れる。相当上に昇ってきているから地上もそう遠くないだろう。
視界がカラフルだ。上部はかなり赤く染まっているし、右も青くなっている。左も薄く緑に染まっていた。
かなり視界が悪い。
左腕は結晶化して動かない。
軽い傷はあっという間にふさがって通常通りに魔力が自然回復していたが脇腹の傷と打ち身が残っている。もし痛みを感じることができるのなら満身創痍で動くことすらままならないだろう。
生命力が下がり続けているのか僅かずつ赤くなってくる。
光が弾けて光輝開放の段階が下がったことを視界下部のゲージが教えてくれる。
足色が鈍って生命力が減ってきているのを感じる。
……ここで終わってしまうのでしょうか。
ぎりぎりの状況の中で私は自覚した。
役に立たない才能なんて馬鹿にしたくせに一条のものとして受けた才能に驕っていたんだ。
現実ではないからと思ってゲームをなめていたからこんなにも追い詰められているのだろう。
自分の才能があれば一度も死亡することなくゲームをすることなんて余裕だと本気で思っていた。だから特殊なイベントが起こることで得られるメリットをとったんだ。
ここで死んでしまってはあまりにも無意味だ。
光が弾けた。
視界がぼやけてくる。足がふらつき今にも止まってしまいそうだった。腕を壁について体を支えながら先を急ぐ。壁を伝いながら角を曲がるとぼやけた視界の中で暖かな光がすぐそばに見えた。
終わりたくない。このまま終わりたくない。
まだ。
私はまだ戦える。
意思は終わっていないけれどゲームのシステムが終わりを告げてきた。次第に体の感覚がなくなっていく。
視界の光が大きくなる。
まだおわってない。
気合で足を動かしているとぼやけた視界が温かい光であふれ、体がぽかぽかとした陽気に包まれた。
体から力が抜けて倒れこむ。柔らかな草が頬をくすぐった。
このまま生きながらえることが出来たなら、私はまだ頑張れるから。
だから、
「……アリオス、この子流星じゃない!? 生命力が尽きちゃいそう……! 回復早く!」
どうか捨てないでください、お母様。
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〜〜〜〜〜イベント完了【陰廻龍ゼーゲンカルナの視線】〜〜〜〜〜
【終了条件クリア:①ゼーゲンカルナから逃げきる】
【あなたのイベント貢献:S】
【イベント結末評価:S】
【総評:S】
【報酬】
・特異性質【陰廻龍の権能】
・テネーブル
・ルミエール
・星喰みの鞘
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