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ゲームの世界へ

『これで僕の世界で決めることはすべて終わった。おつかれさま』


 そう言い残すとミラーボールさんはもとの玉のような形に戻る。

 最初の印象が強すぎてミラーボールさんなんて呼んでいたが、過ごしていた大半の時間を彼は石板のような形で過ごしていた。

 この玉のような形の姿でいた方がしっくりくるのは何故だろう。                                             

「いえ、こちらこそありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げてお礼を伝えるとミラーボールさんはちかちかと明滅して返事をした。

 選択している時間を惜しんでほぼすべてランダムで選んだはずなのになんだか長い付き合いになってしまった。

特にこれと言って強烈な思い出はないはずなのだが、彼の螺鈿色ボディに目を眩ませる瞬間は来ないのだと思うとほんの少しだけ寂寥感を覚える。


また会う機会があるとしたら一つだけ。

目標半ばにキャラクターをロストして作り直しにでもなればまた会えるかもしれないがそのようなことは絶対にあってはならないから。


だから彼と会うのはこれっきりだ。


「これでゲーム……えっと、ディオタール大陸に向かうのですよね? 寂しくなりますね」


 ゲームと言ってしまったらまた返事を返してくれないと思ったので言い換えてみる。


 最後にかわす言葉に返事がなかったら悲しいし相手の事情を斟酌するのは大事だろう。それがたとえ相手がAIであったとしても。

 別段AIがかわいそうだとか感情がどうこうといった類の話ではなく、第三者から見てAIであってもきつく当たっている人物にいい印象を抱きようがないだろうから普段から変な癖がつかないようにしているだけに過ぎない。

 勿論過度に人間に対して接するようにしていればお人形遊びに耽る人間のように見られるだろう。要するに何事においてもバランスがというのが大事だということだ。


彼は想いが伝わったのか優しい声色で返事を返してくれる。


『そうだね。でもこれで憂いなく生み出せるだろう』


 ミラーボールさんの言葉とともに周囲に風が起こり、彼岸花を巻き上げた。


 花びらがあたりすべてを包み込んで私を中心に渦を巻く。ミラーボールさんも巻き込まれ、周囲に視線を回しながら様子をうかがっていると次第に空の星々に届かんばかりに成長した。

 

 現実では決して起こりえないあまりにも幻想的な光景に目を奪われていたが、ふと彼岸花が無くなって消えた地面に目を向ける。

 ギョッとして飛び上がった。


 彼岸花がなくって土がはげた地面が透明なガラスのようになっている。

 私はかつて小学校の遠足で赴いたリンクタワーの展望台を思い出した。あのとき床にガラスが張られていて都市を見ることができるようになっている場所があった。

 記憶の中の思い出よりもさらに上空の光景が地面いっぱいに映る。雲のはるか上から見下ろしているように少し霞がかった私の知らない大陸が広がっていた。


 下を見ていると恐ろしくなって腰が抜けてしまいそうになる。


『大丈夫かい?』

「はい、問題ないです」


 ミラーボールさんの声が頭上から響いて頭をあげると、彼岸花の花びらの群れの向こう側に巨大な人型の何かが浮かび上がっていた。


……もしかして、あれが本来のミラーボールさんの姿なのでしょうか。


 影だけしか映っていないにもかかわらず、あまりの威容に本当は神様のような存在だったのではないかと勘繰ってしまう。

 心の中で「ミラーボールさんとか呼んで生意気な口きいてすいませんでした」とペコペコ謝罪を繰り返した。

 そんな心情を知ってか知らずか彼は今までとは変わらない声色で話しかかてくる。


『僕からの餞別に道具を一つ与えよう。なにがいい?』


 目の前に文字列の描かれたウィンドウが表示される。


 断るのも失礼に当たるだろう。

 恐る恐る努めて丁寧に「ありがとうございます。頂戴いたします」と告げて私は覗き込むように見てみた。


______________

『螺鈿色の剣』

『螺鈿色の短剣』

『螺鈿色の刀』

『螺鈿色の長槍』

『螺鈿色の短槍』

『螺鈿色の大斧』

『螺鈿色の手斧』



『螺鈿色の羽ペン』

『螺鈿色の混ぜ棒』

『螺鈿色の包丁』

『螺鈿色の裁ち鋏』

『螺鈿色の指揮棒』

『螺鈿色のメス』

______________


 一応最後までスライドして確認してみるが下の方は武器ではなく、なにかの技能に使われるだろう道具だった。

 私にとって用のあるものではないだろうと考え直して武器の方から考えてみる。


 正直武器の方は何でもいい。この中で触ったことがあるのは刀と槍と弓くらいだが練習すれば一通り使えるだろうという自負がある。

 けれどやっぱり一度でも使ったことのある武器の方が馴染みやすいだろう。そして何よりライゼン団長の刀さばきを見て私も久しぶりに扱ってみたいと思っていた。


「この螺鈿色の刀をいただきたいです」

『分かったよ。はい、どうぞ』


 すると彼岸花に隠れた人型の影から螺鈿色の腕が緩慢な動きで現れた。体から分裂するように小さな玉のようなミラーボールさんを作るとそのまま握りこむ。


『両手を出して』


 思わず体が動き出し、捧げ持つように両腕を突き出すと両手の上に螺鈿色の玉をやさしく落とした。

 羽のように軽いものが手に落ちる感覚を受ける。


「ありがとうございます」


 体の一部を千切って渡すなんて、なんだかあんぱんの頭を持つ正義の味方みたいだなと思っていると螺鈿色の玉が変形し始めて刀の形をとった。


 刀は美しかった。

 華美な装飾はない。しかしただパールのような螺鈿色だけで芸術性を感じさせた。紫色の下げ紐が付いている鞘も品があって美しい。

 思わず鞘から少しだけ抜くと直刃の刀身が目に飛び込んできた。


 あまりに芸術的でしばらく見とれて眺めていると、ルカが飛び出してきて「『収納』と唱えるんだよ!」と書いてあるウィンドウを差し出してくれた。

 完全に忘れていた私は「収納」といって刀をアイテム欄にしまって、ルカに感謝して頭をひと撫でするとルカは嬉しそうに微笑んで胸の中に消えていった。


『地上へ降り立つ準備はいいかい?』


 思わず生唾を飲み込む。


 これからゲームが始まるんだ。


 父のお願いをこなせるか否かで私のこれからが決まる。


 ゲームを始めてしまった時点で私の次善策的な無駄な足掻きはすでに横道にそれていた。

 搾りかすほどもない才能で一条足りえる一廉の人物になろうとするのであれば、ゲームで遊んでいる暇もなくただそれだけを続けるべきだった。社会の役に立つ才能を示すにはただひたすらに努力を続けるしかなかったんだ。


 けれど心のどこかで思っていた。このままがむしゃらに努力を続けたところで一条足りえる才能を示すことができないだろうって。


 だから父のお願いは渡りに船だった。


 元から持っている才能を示すことができればそれに越したことはないからなんて心の中で言い訳して。私は才能に逃げたんだ。

 逃げたなら逃げたなりに才能を示さなくてはならない。


 ここで折れてしまったなら私はもう、二度と立ち直ることはできないだろう。


 怖くなって震える体を気力で抑え込む。乾いた唇をなめて声を震わせながら伝えた。


「いつでも大丈夫です」


 すると地上を映し出していた地面が私を中心にパキパキと音を立てて結晶へと変わっていく。

地面が私の周囲を囲み終わると結晶は次第に包み込むように上に伸びていった。

 同時に体が意思とは関係なく動いて子宮の中で誕生を待ちわびる胎児のような姿勢をとる。


 周囲の温度が生暖かくなった。

 水で満たされているわけではないにも関わらず清流のような音が聞こえる。

 とても安らぐ環境だった。思わず眠りたくなってしまう。


 結晶の出来る音が止むと頭の中に直接声が響き渡った。


『君にはこれから数多くの困難が待ち受けているだろう。けれど決して諦めてはいけない。自分で考えて、自分で活路を切り開くんだ。ディオタールでの生活が君にとって良い経験になることを祈っているよ』


 次の瞬間、エレベーターに乗ったときのような浮遊感が私の体を襲った。

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