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あまりにも残酷なチュートリアル5

 扉を開けて中に入ると想像していたよりも広い。

 神殿という割にはイメージに思い浮かべるようなステンドグラスや神像といった類のものは存在せずに素朴な印象だった。そういう宗教なのだろうか。


 用途は分からないが中央にドーム状の屋根が付いたステージのようなものがある。地面には外と同様に幾何学模様が描かれていて中央のステージへ向けて光が走っていた。


 それ以外の光は存在せず全体的に薄暗い印象を抱かせる。


「ガハッ」


 慎重にあたりを見回していると、突如人間が苦しむ声が奥の方から聞こえてきた。


 慌てて駆け出しステージの裏側へ回り込むと怪しげなローブを着た集団がエステルと同じような服を着た中年の女性を取り囲んでいる。

 よく見ると胸を剣で刺し貫いていた。


「て、天秤を返しなさい……それは、あなたたちの手に負えるものでは」


 そこまで言いかけると女性の腕は力なく垂れ下がった。剣を持つ人物は女性の体を蹴り飛ばして剣を引き抜く。 


「貴様らそこで何をしているッ」


 集団は全員が顔を布で覆っていて目だけがのぞいている。

狂気を滲ませる瞳孔が開ききった瞳を炯々と輝かせてこちらを視界に捉えた。


 暗い世界に浮かぶ色とりどりの瞳の群れ。どの瞳にも同様の狂気を感じさせる。

 あまり出会ったことがない狂気の視線で射抜かれると背筋に氷を押し当てられるような寒気を感じて思わず身震いした。


 何かを盲目的に信じ込んで、それを絶対の正義だと思っている人間の目。言葉を交わすことが出来ても対話のできる相手ではないことが容易に見て取れた。


「貴様らは何者だ?」

「……我々は生命をあるべき形へ返す者」

「何を言っている?」

「人は塔から生まれるのではなく人から生まれ、人は天に導かれるのではなく寿命で消えるように死ぬべきだ」


 口ぶりから人間は人間から生まれることは無く、塔から生まれてくることが当たり前の世界観のらしい。

 塔から生まれるというのは人工的に生まれるという意味なのだろうか。ディストピアな感じがする。現代人の感覚からすると悪である邪教徒側が自然に思えた。


 けれどこの世界ではまったく別の秩序があるのだろう。そして邪教徒はその秩序を破壊しようとしているようだ。


「何も考えずに呑気に暮らす貴様らには分かるまい。世界は我々が支配して人間を淘汰する、我々だけで塔に依存しない世界を実現するのだ」

「カルト教団の言うことなど分かってたまるか。今の平和を壊して何になる」


 鼻を鳴らして嘲笑し「……平和だと、くだらない」と吐き捨てた。周囲の教団員もつられるようにして不気味に笑う。

 奇妙な空気が空間を支配した。


 邪教徒はさりげなく囲うように周囲に広がり始める。牙をむきながら襲い掛かる準備をする肉食動物のように。

 ライゼン団長は彼らの行動に気が付いて囲まれないように一歩ずつ後退する。


「争い合うことこそ人の本質だ。人は争いをすることでより輝く。それはルミエールや光輝力が証明していることだ」

「人が輝くためならば争いはやむを得ないと?」

「そうだ。昨今のルミエール不足も解決してちょうど良い」


 ライゼン団長は鯉口を切る。


「先ほどから人だ人だと言っているが貴様ら人間ではないな?」

「当たり前だ。人間のままでは自己繁殖できない。だから人類すべてを我々と同じにする必要があるだろう?」

「抜かせ!」


 鯉口を切って今にもとびかかろうとしたとき、

「ご苦労様です」

背後から女の声が聞こえた。


「エステル様、こちらを」


 邪教徒から天秤のようなものをうやうやしく渡されると満足げな顔をして「よくやったわ」と告げる。

 そして首につけていた紋章の首飾りを引きちぎり、手に生み出した黒いどろどろとした炎で燃やした。


「エステル……!? 裏切ったのか!?」

「あはは! おめでたいですねぇ。お姉さまと仲良くしていたのなんてこれが欲しかったからに決まっているじゃないですか」


 そういってエステルは神秘的な装飾だがどこかおどろおどろしさを感じる天秤を愛おしそうに捧げ持った。

 天秤には片方のはかりにだけカットされたダイヤモンドのような宝石が乗っている。なぜか何も乗っていない皿の方向に天秤が傾いていた。


「……あぁ、法と秩序の神よ。尊き御身の神器である『歪な天秤』を卑賎なる我が身に授けて下さいましたこと、心よりお礼申し上げます。これでまた一歩『生命の輝石』に近づきました」

「司祭を殺して奪い取ったのではないかッ!」

「何を言っているのです? 私のもとに来たのだから神の御意志があったということよ」


 エステルはまるで演劇でもしているかのように大げさに身振り手振りをしながら言った。


「生命は争い、選別し優秀な人だけが塔からではなく人から生まれるべきなのです。弱きものを無差別に救うあなたは私の世界に必要ありません」

「戯けたことを」

「あなたをここに誘導したのはあなたを消し去るためです。ここならあの技を使えないでしょう? 神殿は壊せない」

「私に勝つつもりか? 一度も私に勝てたことのない君が?」


 分かりやすく挑発するとエステルは青筋を立てて怒り狂った。


「勝算があるから出てきたに決まっているじゃないッ! ……いつまでも下だと思わないことです」


 そう言うと周囲の邪教徒がボルボロスへ変貌していく。

 城の中にいたような小鬼程度のものもいるが町で出会ったカタツムリのようなものも牛のようなものもいる。

 室内のためか大きい個体はいないようだが一人を倒すために投入する戦力としてはあまりに過剰だ。それだけ警戒しているのだろう。


「……なぜボルボロスを操ることができる?」

「知れたこと。わたくしがそちら側だからに決まっているじゃないですか。さぁ、みなのもの。かかりなさい」

「この程度で勝てるとでも?」


 無数のボルボロスたちが迫ってくる。ライゼン団長は鯉口を切った。


「無論これだけで勝てるとは思っていません。何故わたくしがわざわざ姿を見せたのかお分かりでないようですね。御照覧あれ、わたくしの新しい力を!」


魔術【堕落の伝播】


 エステルが魔術を発動すると黒いオーラが放たれた。

 視界の左側が緑に染まり始めた。何かのダメージを負っているようだ。

 ここで時間がゆっくりになってルカが胸から出てくる。


……えぇ、こんないいところで。


 抗議するような雰囲気を滲ませているとルカは「まぁまぁ」と言った感じで肩をポンポンと叩き説明のウィンドウを見せてきた。

 ルカには何の悪気もないし必要なことだから仕方ない。


【光輝力:人の希望と輝く力。】

______________

光輝力の最大基準値は存在格と気力に依存して決まる。

ダメージを受けるごとに視界の左が緑色に染まっていき、完全に緑色になると体中が魔石化し始める。

______________

 人の希望と輝く力というのは正直私には分からなかったが存在格と気力に影響を受けるという文章を読んで、自分の経験上確かに成功している人や気力に満ち溢れて行動している人って輝いているなと考えると腑に落ちた。つまり今ライゼン団長は人が輝く力にダメージを受けていることになる。絶望みたいな感じだろうか。ゲーム的には分からないがかなり深刻のような気がする。


 心の中で「ありがとうルカ。さっきはごめんね」と思いながら、完了の意を示した。伝わっているわけではないと思うのだがルカは返事をするようにポンポンと肩を叩いて胸の中に消えていく。


 再び時間が動き出した。


「な……! 光輝力ダメージだと!?」


 ライゼン団長は焦燥を隠せない様子で術者のエステルを狙おうとするが彼女の操るボルボロスに阻まれる。

二足歩行のオオカミのようなボルボロスに守られていて手が出しにくい。


 余りにも多勢に無勢だ。


 いや、先ほどの大立ち回りを考えるとライゼン団長ならばと考えてしまうがどうにも動きが良くない。原因はどこだろうと思索を巡らせる。ふと手元の魔石に視線を向けると体力と魔力の自然回復が目に見えて遅くなっていることに気が付いた。

 光輝力にダメージを与えると魔力と体力両方の自然回復が遅くなるようだ。想像以上に厄介な状況に陥っていた。


……がんばれ団長。負けるな団長。


 手に汗握る状況に思わず力が入って応援する。


 さすがに状況が悪すぎて次第にダメージを蓄積していく。しかしそれでもライゼン団長は諦めることをしない。決定的なダメージや隙になる攻撃を見極めて的確に躱す。

 針に糸を通すような魔力、体力管理。どうやら数を減らすことを二の次にしてルミエールを回収することだけを優先しているようだ。


「……ッ! さすがに存在格が9もある相手だと効きが悪いわね! 早く仕留めなさい!!」


 エステルの顔にも焦りが見えた。さらに攻撃が苛烈になる。

 しかしながら、攻撃は荒く連携が全く取れていない。このありさまでは決してライゼン団長には届かないだろう。

 

 そしてとうとう視界下部の気力ゲージが溜まる。


【一等光輝開放『不撓不屈』】


 溜まったと同時にライゼン団長の体から眩い輝きが迸る。一つ深呼吸した。

 次の瞬間、視界がぶれて目の前に突如ボルボロスが現れる。いや、違う。ライゼン団長が瞬間的にボルボロスの前へ移動したんだ。


技術【メルカ流・神閃】


 鯉口を切って一瞬にして鞘を引き、刀を抜く。何回体感しても高揚してしまう。

 何度も見てきた、私が好きになったライゼン団長の技術だ。しかし今までと明らかに違う。


 目で追うのが難しいほどの剣筋。振りぬかれた刀身を見るとバチバチと青白い雷のようなエネルギーが迸っている。

切り捨てたボルボロスは切り捨てられた跡が炭化して、残骸がどさりと崩れ落ちると今までのようなコールタールのような液体に変わるのではなく塵と化して消え去った。

 

 刀を納めながら視線がエステルをとらえた。表情が怯え顔に変わり身をのけぞらせているのが見える。


「ッ! しのぎ切りなさい! 時間を稼ぐの!」


 エステルの悲痛の叫びが響く。ボルボロスたちは陣形を密にしてエステルの周りを守った。

 一瞬にして距離を詰めると鯉口を切って技術を使う。


技術【メルカ流・雷薙(らいなぎ)


 抜刀術によって横一線に切り払われた。

 剣閃とともに雷が迸る。一気に三体ものボルボロスが炭化して塵と化した。抜刀したまま上段に構えて目の前にいるボルボロスへ振り下ろすと青白い雷とともに切り裂く。

 それを見るや否や四方から囲むように襲い掛かってきたのを確認する。後ろのボルボロスを反転しながら切り捨て、目の前の団子状態になっているボルボロスに向かい技術を放つ。


技術【メルカ流・雷光】


 見事なまでの三連撃が一体ずつ切り伏せ塵と化した。


 その勢いのままに今まで苦戦していたボルボロスたちを次々と紙屑のように切り伏せていく。

 そしてとうとう最後の一体になった。エステルを守っている二足歩行のオオカミのようなボルボロスだ。

 筋骨隆々な腕にするどくおおきな爪を立てて襲い掛かってくる。

 刀を切り上げてオオカミの振り上げた腕を切り飛ばした。怯んだところで技術を使う。


技術【メルカ流・雷槌】


 大上段からの一撃。青白い電撃が迸る。

 まるで雷が落ちたかのような衝撃だった。

 最後の一体が倒れ伏した。炭化して塵となって吹き飛ばされる。

 その光景の向こうにひきつった表情のエステルの顔が見えた。額から冷汗がにじみ出ている。


 しかしここでとうとう視界の左端が完全な緑に変わってしまう。

 体の端から結晶化してくる。魔石化が始まっていた。


「アハハ! どうやらわたくしに運がまわってきたようですね。どうです? あと一歩で届かなかった現実は!」


 エステルが勝ちを確信して煽るような言葉を口にする。しかしそれに対して何も返事を返さない。動じていないことに腹を立てたのか青筋を立てて何かを捲し立てているが何も耳に入ってこなかった。


 身に力を込めて無理やり動き出した。けれど、体はすでに結晶になっていてもう元には戻らない。

パキリと音がした。

ライゼン団長は自らの足を犠牲にして無理やり動き出す。


「魔石化中に自力で動くというの!? ありえない! ……ッ!」


 エステルは惨めに逃げ出そうとするがあまりに予想外の出来事だったのか

「ぎゃんッ」

足がもつれて盛大に転んだ。

 明確な隙が生まれる。


 両足が魔石化したにも関わらず魔石化していない部分の力だけで跳ねるように飛び出した。足元からガラスが割れるような音がする。

 チャンスは一度きりだ。ライゼン団長の足はもうない。このひと振りを外してしまえば体は放り出されて二度と起き上がることができないだろう。


「や、やめ! 実の妹なのよ! やめて!」


 そんな中でも彼女は冷静だった。

技術【メルカ流・神閃(カミヒラメキ)

 崩れた体制の中で鞘を引いて刀身を抜く。

 神速の一閃。

 体をともにする私でさえも認識が遅れるほどの神のごとき太刀筋だった。


……見事です。


「ぎいやぁぁァァァアアアアッ!」


 至高の一閃は届いた。

 

 着地できずに体が地面を転がっていく。


「ゆるざなぃぃいいい! ゼンブッ! おまえのせいでッ!」


 エステルはそれでもまだ生きていた。

 体が二つに分かたれて、天秤を持っていた手を切り落とされてもまだ声を荒げて騒いでいた。余裕をかまして負けたくせにみっともなく生にしがみついて怨嗟を吐き散らしている。

 体の断面からどす黒い煙が吹きだし、赤熱した溶岩のようなものが流れて腐臭が漂っていた。


「……あぁそうか、仕留めきれなかったか」


 視界の上側が真っ赤に染まって、目の前が真っ暗になった。


 志半ばで力尽きたと分かった。

 せめてもの救いがあるとすれば彼女の死因が肉体の死だったということだけだった。



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