あまりにも残酷なチュートリアル4
ライゼン団長はまさに一騎当千だった。
弱い相手でも決して深追いせずに傷をつけ弱点を看破しつつルミエールを得ることに徹しているように見えた。同時にボルボロスの攻撃を誘導して同士討ちを誘発し、一体一体の行動を制限して有利に立ち回るのが余りにもうまい。多対一に相当慣れているように思う。手数を増やすためか、抜刀した状態のままで刀と鞘の二刀流のようになっている。
ボルボロスの生命力が一気に削り切れると判断した場合には技術や魔術を使用して倒し、着実に一体一体減らしていった。
どうやら一気に魔術や技術を使用して倒しに行かないのは魔力や体力の兼ね合いを見て残量を徹底的に管理しているからのようだ。魔力や体力が尽きてしまえば明確な隙をさらして袋叩きにされてしまう。
戦闘において何を優先すべきかとても参考になる。
そうこうしているうちに視界の下部の気力ゲージが光り、胸元が輝く。どうやら光輝開放できるようになったようだ。
【二等光輝開放『英雄体質』】
出し惜しみせずに光輝開放の段階を進めライゼン団長の体がさらに輝く。
距離をとって刀を鞘に納めると簡単に帯刀した。
ただならぬ雰囲気を感じでこれからどんな技術を見せてくれるんだろうと期待してしまう。
技術【縮地法】
すると、一瞬で距離を詰めて熊のようなボルボロスの体に蹴りを入れて飛び上がった。ボルボロスは蹴りで足が折れたようでその場にうずくまっている。
落ちる勢いそのままに大きく拳を振りかぶりボルボロスに振り下ろした。
ボルボロスを殴る勢いそのままの勢いで大地を揺るがし、轟音を立てて大きく地を割った。
……えぇ!? まさかの力押し!
明らかに膂力が跳ね上がっている。光輝開放の能力上昇の影響だろうか。
私が思索に耽っている隙に団長は土がむき出しになった地面に手を当てる。
魔術【金属性補助・土生金】
魔術を発動するとむき出しになった地面の土が金属に変化していった。
魔術【磁力付与】
次に魔術を使用し0地面に幾何学模様が浮かぶ。磁力付与ということは地面の金属に磁力を付与する魔術なのだろう。
ゲームの世界だからか金属塊が浮遊し始める。
ライゼン団長はこのまま格闘戦に移行し始めた。
二等光輝開放の影響で膂力が上昇したためか刀主体から格闘術に代わったがやっていることは先ほどまでと変わらない。格闘術でダメージを与えながら魔力と体力を管理している。
一つ違う点はたびたび地面を割っては先ほどの工程を繰り返して浮遊する金属塊を生み出すことだけだ。
金属塊を7つほど生み出したころで、
「これくらいでいいだろう」
と独り言をつぶやくと魔術を発動した。
魔術【金属性補助・金属模倣変形】
磁力を付与する魔術よりも大きい幾何学模様が出現する。
金属塊が次々に形を変えて1つにつき7本くらいの鞘に収まった刀になった。よく見るとそれは一本一本が雷刀メルカテオスに見える。
無構えもせず鯉口も切らずにボルボロスに向かって突進した。
技術【刀刃刹那・神閃】
技術を発動する。
すると刀のうちの一つがこちらに向かって飛来してくる。ライゼン団長はそれを受け取ってそのまま鯉口を切った。受け取ると同時に鞘を後ろへ弾き飛ばして抜刀する。
刀身は首をとらえてボルボロスを切り捨てた。
勢いのまま刀を離して打ち捨てると、刀は土くれに変化して消えていく。
刹那の瞬間にまた刀が飛来してきて刀を受け取ると、流麗な動作で抜刀術を使い切り捨てる。
あまりの速さにボルボロスたちは全く対応できていない。その一連の流れはまるで舞を踊っているかのようだった。
別で刀を用意して抜刀術を使うことで納刀の隙を減らし、多対一にも抜刀術で対応できるようにしているということだろうか。
わざわざ抜刀術で対応する理由は何故だろう。何か理由があるはずだ。
私が考察している間にもライゼン団長は次々に刀を受け取って抜刀術を使っている。
もしかしてライゼン団長が使える技術の中で一番一撃のダメージが高い攻撃が抜刀術なのだろうか。
もしそうであれば理解できる。同じ敵にばかりにかまけて何度も技術を使っていれば他の敵がフリーになってしまう。それでは妨害されて追撃できないしなかなか仕留めきれない。消費魔力や体力の管理も難しくなるだろう。
なるべく少ない手数で敵を打ち倒していくことがこの状況の最適解だ。
……ゲームってこんなことまでできるのか。
気が付くと全ての敵が切り殺されてあたり一面がコールタールのような液体がまき散らかされている。もしも死体が消えなかったら見るに堪えない光景だっただろう。
「抜刀術じゃないとすべて仕留めきれない自分が情けないな」
そう言いながら魔術研究所周囲に群がっていたボルボロスを一網打尽にした。
〇
「お姉さま!」
「エステル、無事だったか」
包囲していたボルボロスを殲滅し魔術研究所の職員を開放していると、魔術研究所の中から少女が出てくる。
姉と呼ばれているあたりライゼン団長の妹のようだ。ほっとするような安堵の息をついたのが分かった。
少女は丈の長いワンピースのような服装をしている。
身長は比較的高めのように見えるが幼めに見える顔立ちをしていて実年齢は良く分からない。
たれ目気味の碧眼に少し薄めの唇、小ぶりの鼻。全体的にふんわりとした印象を抱かせる。
かぶっているベールの隙間から癖のある金髪の髪がのぞいていて、首からは変わった形の紋章を表したネックレスをつけていた。
「お姉さまもご無事でいらしたようで何よりですっ!」
少女は喜色満面の笑みを浮かべる。
一見どこまでも愛らしく、人好きする笑顔だ。
……この人お姉様に似てる。
うまく自分の毒を隠すようなこの笑みをよく知っている。
笑顔のせいか気の強そうな美人の姉とは容姿はまったく似ていないにも関わらず自分の姉の姿を重ねてしまった。
一条家の才能を生かして自分の周囲を自分の信用できる人間だけで固め、人の能力の良し悪しを判断して好意を抱かせるように行動し、自分の思うように動かす。
信用できる人間を見抜く一条の才能があるという『看板』までも最大限に利用する私の姉。
一人では何も出来ずに力を持つ他人に依存して生きる非力な人間と自分を卑下して、自らを寄生虫と罵り、他人の才能に嫉妬する姉と同じ瞳だ。
エステルの瞳の奥底にも姉と同じように嫉妬の感情が澱のように堆積しているように見える。
姉とは比較にならない程に。
私は姉以上に毒気を孕む微笑みを浮かべる人を初めて見た。
この少女はもう戻れないところまで来ているのだろう。
エステルは笑顔をうまく操って自然に表情を曇らせた。
見る人すべてに悲痛そうな印象を与える表情を浮かべてライゼン団長に訴えかける。
「お姉様! この度の主犯は邪教徒です。私たちはボルボロスの包囲だけでなく魔術研究所の内部に潜んでいた人間に囚われていたのです」
「邪教徒? あのカルト集団か?」
「そうです! お姉様お願いします」
エステルは瞳を潤ませて懇願する。どこまでも庇護欲を掻き立て、思わず従ってしまいたくなる仕草。
人を操って自分の想い通りに動かそうとする人間の計算された技術だ。年季が入っているさまに彼女のことをほとんど知らないのにも関わらず彼女の人となりがなんとなく感じ取れる。
いったい何が狙いで何を求めているのだろう。
彼女は一体ライゼン団長の何に嫉妬しているのだろう。
「わたくし、聞いてしまったのです……私たちを捕えた邪教徒たちが神リヒトを狙っていると。どうか助けてあげてください」
言葉を聞いて団長が視線を向けた先はほかの建物のように白い石材ではなく一般的なイメージである灰色の石が建材に使用されている建物だった。
神秘的で複雑な彫刻が刻まれている。確かに神殿と言えるだけの厳かさは感じるのだが比較的こじんまりしているといった印象だ。
建物の周囲だけ広場のように開けている。
建物と近い範囲には他の白い石畳ではなく建物と同様の建材が使用されていて魔術を使用するときと似ている幾何学模様が描かれていた。
幾何学模様をなぞるように建物へ向けて走っている。
「分かった。すぐに向かおう」
ライゼン団長は何か思い当たる節があったのか落ち着きなく聞きながら身を揺さぶってすぐに神殿を目指して走り出す。
妹というだけあって全面的に信用しているようだった。けれどたとえ信用できずに疑わしかった場合でもライゼン団長は向かっただろう。
落ち着きがない様子から向かわなくてはいけない理由があると分かる。
『行っちゃダメです団長! その子の言うことを信じてはダメ!』
それでも何か危険なものを感じて制止するために思わず叫び声をあげるが私の声は予想していた通り決してライゼン団長に届くことはない。
視界や感覚はライゼン団長に憑依しているような状態のままなのに、私とライゼン団長の意識が乖離する様を幻視した。
軽装を身に纏ったしなやかな後ろ姿に金髪のポニーテールが揺れる。
背に過去の私の姿が重なった。
まだ姉が「早く自分の才能が見つかるといいわね」と私を撫でて可愛がってくれていて、目を細めながら姉を慕って懐いていた頃の私の姿。
仲違いしてしまったあの日の記憶。
「わたくしが羨ましい……? こんな才能じゃなくてわたくしのような才能が欲しかった?」
「なによ、そんなにひけらかして。わたくしだってあなたみたいな自立した才能が欲しかった!」
「世の中いい人だけと関わって生きていけるほど都合よくないのよ? 信用できないと最初から分かっていながら関わらなくてはいけないわたくしの気持ちが分かる?」
「自分の能力に見合っていない環境に置かれるせいで能力のある人間に寄生して生きていかなくては世の中を渡っていけないわたくしの気持ちが分かる?」
やっと見つけた自分の才能を見てほしくて姉に自慢して、ちょうど自分の才能に悩んでいた姉の感情を逆なでして踏みにじったあの日の光景を思い出す。
「こんなの呪いよ……」
姉がこんなにも苦しんでいるなんて知らなかった。
「ごめんなさい。酷なことを言ったわ……」
姉は取り繕うのが上手だからあの日からも対応は変わらなかった。
忘れてなかったことにしてくれたのかな、なんて都合よくも考えたこともある。
けれど瞳の奥をよく見てみると、姉は私をエステルと同じような目で見るようになっていた。
きっとライゼン団長の考えている妹からの期待は的外れだ。
神殿はすぐそこに見えている。
たどり着くまでに時間はそれほどかからなかった。