悔恨の独白
わたくしはゲームが嫌いです。
急にこんなことを言ってしまったらあまりにも古い価値観だと笑われてしまうでしょうか。
人間の価値観は育った環境に左右されると聞いたことがあります。
価値観の形成において大事な幼少期を曾祖母と共に過ごしたわたくしは古い価値観を持っていると笑われてしまっても仕方のない事だと思っています。
曾祖母は厳しい方でした。
けれど病気がちな母に代わってわたくしの面倒を見てくださって、悪罵からわたくしを守ってくれて、とても可愛がっていただきました。
確かに愛情を感じていたからか幼いわたくしは曾祖母にとても懐いていて、寝物語に昔の日本のお話を曾祖母にねだってよく聞いたものです。
昔は電車へと乗り込むのに切符という紙が必要だったとか、人々は携帯電話というものを持ち歩いていて巨大で肩から鞄のように下げていただとか、バブルというものがあってそのころの日本人はディスコという場所で三日三晩踊り狂っていたとか。
曾祖母のお話は今の時代から考えると全く想像のつかない世界が広がっていて。なんだか遠い遠い異世界のお話を聞いているようで、ついつい何度も昔話をねだってしまったものでした。
曾祖母はわたくしのしつこい要求に嫌な顔ひとつせず優しくわたくしの頭を撫でて、遠くを見つめながら懐かしそうに語っていたのを覚えています。
今の時代は便利な機械に囲まれて豊かになったが人々の温もりを感じることが出来なくなったとぼやいておりました。
曾祖母は今のように老若男女がゲームをやることが普通になる時代の前、ゲームが一般に普及し始めたころにすでに生を受けていたそうで、その時代の世間のお話も聞いたことがあります。
「ゲームをやっていると頭が悪くなる」
「ゲームをやると現実とゲームの世界の区別がつかなくなって犯罪率が上がる」
「ゲームをやっている時間があるなら勉強した方がよい、そうでなければ外で遊ばせた方がいい」
そんな言いがかりじみた評判が流れていたそうです。
根拠のない迷信はともかく、これらを聞いて育ったわたくしが少なからずや古い価値観に影響されることは仕方のないことでしょう。
さすがにここまでのことは思っていませんが身にならないゲームに熱中している時間があるくらいならば、為すべきことのために時間を使いたいと考えていることは事実です。
しかしながらわたくしの考え方とは逆にゲームも発展は目覚ましく、社会に普及し続けています。
ゲームを楽しそうにやっている人たちやゲームの話を楽しそうにしている人たちを見かける度に何故だか心を煩わされてしまうのです。はっきり自覚したことはないけれどこの感覚は恐らく嫌いなのだと思います。
ゲームが老若男女関係なく愛されている現代社会においてわたくしのゲーム嫌いなる思想は排斥すべき異端ですから、我が身が磔、後に火あぶりに準ずる人間の恥ずべき黒い歴史の闇に飲まれたとしてもおかしくはないでしょう。
……嘘です。流石に齢十五のわたくしのような小娘にそこまでの覚悟はできませんし、そもそもこの太平の世でそのようなことになるとも思っておりません。
しかしゲームが大好きな人からは不興を買い、ご不快な思いをさせてしまうくらいは覚悟の上でもう一度言います。
わたくしはゲームが嫌いです。
味方のいない孤独よりも、カーテンのしまった薄暗い暗い部屋よりも、無心で積む研鑚の中で結果が出ないことよりも、ゲームが嫌いなのです。
……そう、思っていたのですけれど。
……えぇ。皆まで言わなくても結構です。今のわたくしを見るとゲーム嫌いと公言していたのが信じられないとおっしゃりたいのでしょう?
わたくし自身このようなことを考えていたにも関わらずゲームにハマってしまうなんて全くもって考えてもいませんでした。
人は成長し、学んでいくものです。数年経てば価値観や考え方も新しいものに変わっていきます。
ですから過去の発言を掘り返して「昔はこんなことを言っていた!」なんて追及するなど無粋もいいところ。
やっても仕方のない事なのです。
……ちょっと! 言った傍から動画を再生するのは止めてくださいませ!
〇
蝉時雨のような観客の歓声が響き渡っているはずのドームの中心で不気味なほど静謐な空間が生み出されていた。
ゴリゴリと飴玉をかみ砕くような咀嚼音だけが響き渡る。
『武星祭』
衆人環視が見守る中、ゲームの戦闘大会だというのに二つの人影が動きを見せることなく相対している。
癖のないストレートの白い髪をツインテールに結っていて、額から二本の角が生えている少女。
プリーツスカートになっている和風の服を片肌脱ぎで着こなし、2mを超えるのではないかと言う程長い刀を帯刀している。
金髪の男性。
龍のような翼と尾を形作る半透明の、螺鈿色のオーラを纏っている。
重厚な白銀の鎧を着こなし大剣を少女に向けて構えていた。
まるで大人と子供程の年齢差のあるように見える二人の間には張り詰めた空気が漂う。
玉虫色の線がある漆黒の触手が少女の体から無数に生えていた。
少女を守るように取り巻いているからか男性は攻め込むことが出来ない。
冷汗を垂らしながら大剣を構えている。
少女は狂気を向けられていることを意にも介さずに咀嚼していた何かをゴクリと細く白い喉を鳴らして飲み込んだ。
まるで美酒に酔うように恍惚とした表情を浮かべ、頬に手を当てるさまが婀娜っぽい。
【一等光輝開放『陰廻龍の権能』】
少女の体に半透明の黒いオーラが迸り、少女の体を覆うようにして龍を形成していった。額に王冠のような角を形作り、尻尾のようなものが生える。
ただでさえ多かった触手の数がさらに増えた。
『んふふ、力が漲ってきます。とても体が軽いです』
『そんなことをしてまで勝ちたいのかよ』
詰るような男性の言葉に少女は鼻で笑い返す。
『知れたこと。優勝を目指さなくして大会に参加することなどありましょうか。わたくしには優勝しなければいけない理由があるのです。それこそ文字通りわたくしの全身全霊を、命をかけて』
少女が視線を鋭くすると無数の触手が襲い掛かる。
触手の先端は大きく口腔のように裂け、無数の牙が生えそろっていてあまりにも醜悪だ。
男性は器用に躱し、拳で叩き落とし、大剣で切り伏せる。その度に白い光が弾けて男性に吸い込まれていった。
少女は触手を操りながら観察し、鯉口を切りながら鞘に触手を巻き付ける。
『ゲーム初心者の私に押されていたらプロゲーマーの面目も形無しですよ』
『二等光輝開放で一等光輝開放を凌ぎ切るような奴が初心者な訳あるか!』
とうとう触手の一つが男性に食らいつく。
触手を掴みながら後ろに飛びのいて距離をとった。
しかし少女はその動きに先んじて動く。
食らいついた触手を手繰り寄せるようにして男性に高速で近づき、長大な刀を抜刀しながら触手で鞘を操る。
男性の左腕を重厚な鎧ごと切り飛ばした。
男性から光が弾けて少女に吸い込まれていく。
勢い良く飛びのいて互いに距離を取る。
『クソ! 体を動かしながらどうやってその数の触手を操ってやがる』
少女は白魚のような指をピンクでつやのある唇に当てて『内緒です』と上機嫌に笑った。
『先ほどまでこのわたくしに食い下がったことを褒めて差し上げます。けれど同じステージまで来てしまったらもう届きませんよ』
夥しい数の触手が我先にと群がり、結晶化した腕を貪り食う。
自身の体が食われるという恐怖感を男性は観衆に微塵も思わせない。
その瞳には闘志を滾らせたままだ。
『俺もいろんなもの背負ってんだよ。負けるわけにはいかねぇ』
『背負っているのはスポンサー企業でしょうに』
『ちげえ! この俺の!』
男性が纏っている螺鈿色のオーラが膨れ上がる。
背から螺鈿色の巨大な翼が生え、切り飛ばされた左腕が再生した。
『……矜持だ』
男性は自分の勝利を疑っていない。不敵に笑うその表情には自分が積み重ねてきた努力への自信が。
少女は自分の勝利を疑っていない。舌なめずりをして頬を紅潮させるその表情には戦闘能力への自負が。
『行くぞ、星喰姫』
『どこからでもどうぞ、星龍勇士』
玉虫色の奔流と螺鈿色の奔流がぶつかり合う――
〇
……あああああ! いい加減動画を止めて! 人の黒歴史掘り返さないでくださいませ!
雰囲気に酔っていたとはいえ、わたくしだってこの時のことを後悔しているのです。
ゲームにハマるだけならまだよかったのですがこの時のわたくしはまだ世間知らずの子供で相手のことを顧みずに人を圧倒することの快楽に溺れていました。
確かに追い詰められて余裕がなく、周囲が見えていなかったことも原因の一端で仕方のなかった部分もあるでしょう。
それでもわたくしの心の弱さが原因で恥ずかしい行動をしてしまったことは分かっています。
けれどあと少し、もう少しだけでも虚心坦懐に己を見つめられていたらこんなひどい恥をさらすことなんてなかったのに。
そう何度も考えて過去を消したいと願い、その度に覆水盆に返らずという結論にたどり着いて羞恥に身を震わせました。
何か行動を起こすときはしっかり間違いがないか恥をさらすことがないか自分に問おうと断断固として誓い、泣く泣くこれを人生の教訓とさせていただいたのです。
せめてこれ以上は黒歴史を生み出さないように。
……もう反省しているのですから星喰姫なんて呼ばないでください! 動画を再生して思い出させないでくださいませ! バズって出回ってるからもう遅いなんて言わないで!