序章2
次の日ルナフェガリが目を覚ますと、子猫は寒かったのかルナフェガリの腹にぴたりとくっついて寝ていた。
ルナフェガリはそんな子猫を優しく撫でながら見つめていた。
昨日は夜だったし血もついていたから分からなかったけど、猫ちゃんとっても綺麗な銀色の毛をしてる…。
その時間で腹がふくれるわけではないのに、確かな幸せを感じていた。
「ちょっとだけお外に行ってくるね、猫ちゃん」
そう言ってルナフェガリは棲家の外へ出た。
その日は秋晴れと呼ぶに相応しい清々しい天気だった。
ただ薄汚い布を一枚しか持たないルナフェガリは、肌寒く少し震えた。
スラムの街から数分歩くと鬱蒼とした森に出る。コンパスの磁針を狂わせることから迷いの森と呼ばれていて、普通の人間はこの森に立ち入らない。
しかしコンパスなど持たないルナフェガリにとっては関係のないこと。
ルナフェガリには迷いの森は木の実生い茂る楽園のようだった。
「わぁ、美味しそうな木の実がいっぱい!」
目を輝かせた先には赤く熟れた木の実がぶら下がっている。
あれを取って猫ちゃんに食べさせてあげたい。でも…。
その実は四メートルほどの高さに生えている。当たり前だがルナフェガリには手の届かない場所だ。
普段なら諦めている。
しかし昨晩の子猫の様子が脳裏をよぎる。
美味しそうなものでなければきっと食べてはくれない。雨水をすすれば多少の延命にはなるだろうが、良くなることはないだろう。
だとすればルナフェガリの行動はただ一つ。
この木を登る…!!
毛が逆立ったように荒々しい樹皮は、木登りをしたことのないルナフェガリにも容易に登ることができた。
しかし一進むたびに手足に樹皮が深く食い込む。
痛い…早く登らなきゃ…。
できる限りの速さで登り切ると、太い枝に腰掛けた。
手足は内出血で赤くなっている。それを見ると痛みも押し寄せて涙が滲んだが、ルナフェガリはぐっとこらえた。
腰掛けた枝の先に赤い木の実がいくつもなっていた。
落ちないように気をつけながら一つ、また一つともいでいく。
五つほど取った時に、ふいにバランスが崩れた。
落ちる!!!!!
咄嗟に掴んだ枝はルナフェガリを支えるには弱く、すんなりと折れてルナフェガリと共に落ちた。
「うぅっ…痛い…」
落ちた時に足首を捻ったのか、まるで取った木の実のように赤く腫れあがっていた。
我慢できずに泣きだしそうになった時、自分の右手に握りしめられた枝が見えた。
枝の先には木の実が数え切れないほどついており、怪我はしたものたくさんの木の実を手に入れられたルナフェガリは、それをラッキーだ!と喜んだ。
痛いけどこんなにたくさん木の実が取れた!
よかった、これできっと猫ちゃん元気になる…!
そうして怪我をした足を引き摺りながら棲家へ戻った。
棲家に入ると入り口の穴のそばで子猫が座って待っていた。
「猫ちゃん、起きてたんだね。よかった。
これ食べて元気になるんだよ」
そう言うとルナフェガリは服で包んだ木の実を、子猫の前にパラパラと落として見せた。
子猫は最初警戒したが、匂いを嗅いで危険がないと分かるとものすごい勢いで食べ始めた。
「喜んでくれたみたいだね」
ルナフェガリはにこにこと笑いながら子猫と一緒にその木の実を食べた。
わぁ…本当に甘くておいしい…!
今まで食べてたものが食べ物じゃなかったみたい!
1人と1匹は夢中でその木の実を平らげると、お腹が膨れて眠くなったのか横たわった。
ふふふ、幸せだあ…。
いつの間にかルナフェガリは寝てしまっていたようで、辺りはもう薄暗くなっていた。
「猫ちゃん、いつの間に寝てたんだろうね」
そう言いながらルナフェガリは子猫がいた場所を向いた。その場所に子猫はいなかった。
木の実を食べて元気になったのか、子猫はそれきり姿を見せずルナフェガリの元を去ったのだった。