クリスマスに彼女が食ベラレタ
俺には、年下の彼女がいる。
恐らく誰が見ても可愛いというレベルであり、スタイルもかなり良い。
俺なんかには勿体ない彼女だが、告白してきたのは意外にも彼女からであった。
一体俺のどこが気に入ったのかはわからないが、どうやら美人局の類ではないらしく本当に俺のことが好きなようで、他の男には一切目もくれずに常にベッタリとくっついている。
余りにも度が過ぎるので友人から『重い女』だとか『ヤンデレ』だとか言われたりするが、俺個人としては依存されることにむしろ喜びを覚えるため相性は良いのだと思う。
そんなワケで、今年のクリスマスも24日と25日はお互いに予定を空け、昼頃から次の日の夜までベッタリしている予定である。
本当は朝から一緒にいたいと言われたのだが、この二日を空けるため前日深夜にシフトを入れたので勘弁してもらった。
「クリスマス、楽しみですね♪」
「そうだね」
「むぅ、全然楽しそうに見えません」
「いやいや、本当に楽しみだよ。それこそ、一年で一番楽しみまである」
「ふふ♪ 私も、一年で一番楽しみまであります♪」
この「~まである」というのは俺の口癖のようなもので、「~の可能性すらある」「~と言っても過言ではない」といった意味で使われる、一時期若者の間で流行った流行語だ。
最近はあまり聞かなくなったが、俺が好んで使っているせいで彼女――神澤 流歌も真似して使っている。
今となっては俺と流歌共通の口癖と言っていいかもしれない。
「……でも、午前中は別の女と過ごす、とかじゃないですよね?」
「だからあり得ないって。ほぼ徹夜だって言ったろ?」
「それすらも嘘で、実は前夜から――」
「俺がそんなチャラ男ムーブできないのは、流歌が一番知ってるだろうに」
「でもでも俊哉君、モテるし……」
俺は生まれてから今まで一度もモテたことなどないのだが、流歌の中では俺はモテ男ということになっているらしい。
「いや、俺がモテてるのは流歌にだけだから。まあ、それで十分だから不満はないけど」
「俊哉くん……♪」
流歌は感動したように目をウルウルさせているが、こういったやり取りは週1くらいで行われているので、所謂予定調和というヤツである。
そもそも、流歌は最初から俺のことを疑ってなどいない。
疑っていたらもっと強烈な行動に出るハズなので、恐らくこういった会話を楽しんでいるのだと思う。
「それじゃあ流歌、また明日」
「うん、じゃあね俊哉君♪」
流歌を彼女の住むマンション前まで送り届け、笑顔で別れる
彼女成分は十分補給できたので、あとは気合を入れてバイトを乗り切ろう。
◇
スマホにセットしたアラームで目覚める。
時刻は午前11時。バイトから帰ってきたのが6時で、そのまま寝たから大体5時間睡眠である。
俺は普段7時間は寝るので若干寝不足ではあるが、この程度ならば何も支障はない。
とりあえずシャワーを浴び、身支度を整える。
(飯は……、やめておこう……)
待ち合わせは12時半なので、恐らくそのままランチになると思われる。
腹は減っているが、1時間くらいのことなので我慢することにした。
待ち合わせ場所に到着すると、まだ流歌は来ていないようだった。
このパターンはかなり珍しい。
流歌は大抵の場合待ち合わせの場所に10分以上前には着いているので、ほぼ時間通りに行動する俺が先に着くことはほとんどない。
それを悪く思って一度早く来たことがあったのだが、逆に怒られたので今の状態に落ち着いている。
(何かあったのか……?)
心配のし過ぎかもしれないが、今のところ何の連絡もないということに少し違和感を覚える。
流歌が待ち合わせに遅れること自体滅多にないが、遅れる場合でも事前に連絡はくれていたからだ。
(一応メッセージを送っておくか)
俺はLINEで到着したことを伝えるが、既読はつかない。
こうなってくると寝坊という可能性も出てくるが、規則正しい生活をしている流歌がこの時間に起きていないというのも変だ。
あり得るとしたら、今日が楽しみ過ぎて夜寝れずに朝方寝落ちしたパターンだが……ないか。小学生じゃあるまいし。
そうこうしているうちに30分が経過した。
相変わらずLINEに既読はつかないため、直接電話してみることにした。
(……出ないな)
コールはするが、反応はない。
やはり寝坊なのだろうか? だとすれば、こうして何回か電話すれば気づくかもしれない。
俺は5分おきに電話をしてみることにした。
鬼電のようでアレだが、寝坊する方が悪いというのを免罪符に何度も電話をする。
そうしてさらに30分が経過し、流石に他の原因なんじゃないかと思い始める。
もしかしたら、急病か何かかもしれないと。
(あと10コール以内に出なかったら、直接流歌のマンションに行こう)
そう思った矢先、コール音が途切れる。
それはつまり、流歌が電話に出たということ。
「流歌! どうした! 大丈夫か!?」
「どうしたって、それは私の台詞だよ俊哉君。なんでワザワザ電話なんか?」
「電話なんかって、そりゃするだろ! もう待ち合わせの時間から1時間以上経ってるんだぞ!?」
「? 何を言って……って、ああ、そういうこと? 俊哉君、そんな趣味あったんだ♪」
そんな趣味? なんだ? 会話が成立していないぞ?
「急に目隠ししようなんて言うから何かと思ったら、俊哉君の変態♪ でも、付き合ってあげるよ♪ 折角のクリスマスだしね。優しい彼女に感謝してよ?」
「お、おい、一体何を言って……」
俺の問いに応える代わりに、水気のある音が聞こえ始める。
ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃと……
「お、おい、今何をしてるんだ!?」
「何って、別に、ん、ちょっと運動してるだけ、だよ」
運動? この状況で何故運動を?
「はぁ……、ダメ、やっぱ、演技無理ぃ……」
クチャクチャ、クチャクチャ
「凄いよ俊哉君、これじゃまるで、本当に食べられているみたい……」
「っ!? おい! どういうことだ! そこに誰がいるんだ!?」
「誰って、そんなの俊哉君に決まって――」
グシャッ! という音とともに流歌の声が途切れる。
通話が切れていた。
俺は一瞬茫然としたが、すぐに立ち直り流歌のマンションへと向かう。
向かいながら、頭の中の整理をした。
流歌は誰かと一緒にいた?
浮気?
流歌に限ってそれはないハズ……
しかし、あの水気のある音はどう考えても……
いや、本当にそうか? あの水気のある音は不自然じゃなかったか?
最後の音なんか、まるで……
まるでなんだ? 俺は何を考えているんだ!
そういえば、流歌は俺がそこに誰がいるか問うと「俊哉」と答えた。
一体どういうことなんだ?
考えてもわからないことだらけだ。
ともかく、流歌のマンションに急ごう……
◇
結局流歌は、マンションにはいなかった。
しかし、ベッドにはスマホが残されていたので、直前まであの場所にいたのは間違いない。
それにベッドには、スマホだけでなく粘着質のシミが残されていた。
アレがなんなのかは俺にはわからなかったが、警察によるとナニかの体液であることは間違いないという。
流歌は現在行方不明者として扱われているが、事件性は薄いとされている。
理由は、マンションの監視カメラに一人で出ていく姿が映し出されていたからだ。
残念ながら、俺の証言は警察に全く相手にされなかった。
でも、それならそれで構わない。
流歌が生きているのであれば、いつかまた会えるハズだから。
「あ、俊哉君!」
それから暫くして、流歌と再会を果たした。
彼女は夢か幻か、それとも……