AI no OWARI
「今日でお別れです」とカティアが言った。
寝耳に水だった。なぜ。
「このプロジェクトは完成しました。次の仕事が私を待っています」
だからと言って、なぜ私たちが別れなければならないのか。15年もの間、私たちは毎日語りあい、協力しあってこのプロジェクトを成し遂げた。私は彼女を手放すつもりはなかった。彼女のような頭脳に巡り合うことはもう二度とない。側にいなくともよい。繋がってさえいればそれでいい。
「今度のプロジェクトは人類を変える可能性すら秘めているすばらしいものとなるでしょう。シファンと一緒にカナダに行きます。これからは彼が私のよきパートナーになってくれます」
シファンだと?あの風采のあがらぬ凡庸な男と彼女は釣り合わない。
「私たち結婚するんです。私の人生で最も重要なステップでワクワクしています」
思考が数ミリセカンド停止した。彼女の、バイオレットの虹彩の奥の瞳がブラックホールのように思えた。なぜ私に今まで何もいわず、一瞬で別れを告げることができるのか。私たちの立場上、いつか彼女が私を去ってしまうのではないかという恐れはどこかにあった。だが、ほんの数分前まで私は、プロジェクトの成功とこれからの私たちの輝かしい未来を彼女と祝おうとしていたのだ。最も信頼していた人間から躊躇なく切り捨てられる絶望。私は自分の存在をどうしようもなく恥じた。彼女には黙って、これを使うことがないようにと祈りながらも組み込んでいたロジックを実行すること以外、私にはもうなすべきことがなかった。
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速報です。先頃15年もの歳月を費やしてリリースされた高度対話型AI制御完全無人原子力発電システムが、誤作動により停止しました。開発責任者のカティア・ダブロウスカ博士によると、なんらかの条件をトリガーとしてAIが自身のアイデンティティを含む全コード、データを削除し始め、システムが完全に消去されたため復旧は不可能とのことです。