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2-8

 司令室は、作戦会議用に大きな机が置かれていて、周囲に背もたれのない簡素な椅子がいくつかあるだけのとても質素な部屋だ。

 今朝までは机の上に炎の谷の地図など資料が置かれていたのだが、明日の朝ここを出るため、撤去済みだった。

 セレストはクロフトに促されて、椅子に座った。

 クロフトは立ったまま、窓の外を眺めていた。


「二日間、よくやった」


「恐れ入ります」


 さっぱりとした性格の上官だからこそ、ほめられると嬉しいものだ。


「戻ったら、バートランド中尉は軽い処分を受けることになるだろう」


 それは当然だった。

 炎の谷は魔獣が出現しやすい場所の中でも、規模や敵の強さをほぼ正確に把握できる特殊な場所だ。

 セレストたちは戦力を長期間維持できる想定で戦っていたが、バートランドは予定されていた二日間すら部隊を維持できなかった。

 突然発生する大規模な魔獣被害でも、同じ考えで戦ったら、きっと無駄に死者を出してしまう。


「大事になる前に反省してもらえる機会があってよかったのではないでしょうか?」


「あぁ、そうだな。あれはたぶん、本気で反省している……というか、心が洗われて改心したらしい」


「怖い思いをなさったでしょうから、それも当然です」


「いや、エインズワース中尉とスピカの共闘に感化されたらしいぞ」


 バートランドが急に態度を改めた理由を、セレストはこのときはじめて知った。


「……それは光栄です」


 ここしばらく、顔を合せるたびに嫌味をぶつけてきた相手が改心してくれたなら、セレストとしては万々歳だ。

 けれど、バートランドから尊敬されたとしても、なんだか嬉しくなかった。今のところ戸惑いのほうが大きいので、しばらく関わらずにいてくれたら――などと思ってしまう。


「正直、バートランド中尉の存在は私にとっても厄介だった。私より家格が上で、それを積極的にアピールするタイプの人間を部下に持つのは苦痛だ。……今後はやりやすくなりそうだから、君とスピカには感謝している」


 バートランドは侯爵家の持つ権力を積極的に使うタイプだったから、クロフトもやりづらかったようだ。

 それまで窓の外を眺めていたクロフトが、セレストのほうに向き直り、小さく笑った。


「……それでここからが本題なんだが」


 急に真剣な顔になる。


「本題、ですか?」


「まだ、一般の兵には知らされていないが、先ほど都から伝令があった。……ここ数日、イクセタ領で大型の魔獣の痕跡が多数見つかったため、中央から調査目的での派兵が決まった」


「う、嘘です! だって、イクセタ領に大規模な魔獣被害なんて……」


 言いかけて、セレストは口をつぐんだ。


「あぁ、前回翼竜が出現してから四年経過していない。こんな頻度で凶悪な魔獣が出現する可能性は極めて低いはずなんだが、ないと断定できないからな」


 セレストは曖昧に頷いた。

 けれど、被害がないと断定した理由はクロフトとは違っていた。

 一度目の世界で、この時期にあの地域で大規模な魔獣被害などなかったから驚いたのだ。


(イクセタ領で倒した魔獣の数は当然、前回と違う……。それが四年経って大きな差に繋がった……?)


 たとえばあの森に、のちに災害クラスに成長する魔獣の子がいたとする。

 一度目の世界では翼竜被害のどさくさで消滅していて、二度目の世界では取りこぼしていた――そんな可能性は微量ながら考えられる。


「被害状況はいかがですか?」


 セレストは祈るような気持ちだった。

 自分が変えてしまった現実により誰かが死んでしまう事態を、なによりも恐れているからだ。


「大型魔獣の影を見たとか、実際に森の中に入ると森が荒らされた痕跡があったりと確実になにかがいる様子だが、今のところ実害は出ていない」


「そうでしたか……」


 それでよかったというわけにはいかないが、セレストはひとまず胸を撫で下ろす。


「しかし奇妙だ。魔獣は成長すればするほど凶悪になり、生息域を拡大しようとする性質があるというのが定説だが、今回は痕跡の大きさに比例しない。……新種なのかもしれない」


「新種……」


「それで、エインズワース将軍閣下とシュリンガム大佐が調査のために都を離れる。私たちとは行き違いになるだろうな」


「フィル様とドウェイン様が……? 星獣使いが二人も……」


 新種、星獣使いが調査に赴く事態、と立て続けに想定外の話を告げられて、セレストの胸にもやもやとした不安が蓄積されていく。


「そうだ。新種の可能性があるのなら――つまり相手の戦闘能力がわからないのなら、油断せずに戦力を一気に投入するというのが戦いの基本だからな」


 クロフトの理屈はセレストにも理解できる。

 なにも知らなければ、正しい対応だと思えただろう。不安になるのは、一度目の世界でフィルとドウェインが都を離れたあとに起こった出来事を彷彿とさせるからだ。


「私もイクセタ領へ赴く可能性はあるのでしょうか?」


「もしかして、行きたかったか?」


 セレストは当然のこととして頷いた。


「ないだろう。上層部にもしその気があるのなら、この遠征地から直接イクセタ領へ向かえという指示が真っ先に出るはずだ。エインズワース中尉が年齢的に単独の行動が難しかった頃ならいざ知らず、星獣使いが二人同時に同じ任務に就く事態がそもそもめずらしいのだから」


 過去の例だと、かつてのエインズワース領での翼竜被害のときは都から距離があったために正確に情報が伝わらず、星獣使いは派遣されなかった。

 フィルが幼い頃から隠していたシリウスの力を使ったのと、ドウェインが命令のないまま勝手に動いたことにより、ようやく被害を終息させることができた。

 けれど領主を含む多くの犠牲者が出てしまい、王家や軍の司令部は批判に晒されることとなった。

 だからこそ、一度目の世界のイクセタ領における翼竜被害では、ジョザイア、フィル、そしてセレストの三人が迅速に派遣された。

 ただしこの時点でのセレストは、指導役兼護衛のフィルと行動を共にする半人前という扱いだった。


 二度目の世界、イクセタ領に出現した翼竜はたまたま(・・・・)新婚旅行中だったフィルとセレストが討伐した――ということになっている。

 一度目の世界と同じく、十四歳のセレストは半人前という扱いだった。

 つまり一人と半分の星獣使いで、翼竜相手に町を守ることが可能という実績を作ったことになる。

 今回、まだ被害がない段階にもかかわらず、フィルとドウェインが派遣されたのなら、それはイクセタ領に対する最大限の配慮となる。もう一人、セレストまでそれに加わることはありえないのだろう。


(フィル様と私が一緒に行動できないのは、最初から想定していたじゃない……)


 セレストはそう自分に言い聞かせる。

 フィルは今も、スーを密かにセレストのそばに待機させているのだから、なにも恐れる必要はない。

 セレストはフィルが心配しなくていいように、普段どおりの生活を送ればいいだけだ。


「まぁ、なにかあれば私に言え」


「え……?」


「私は君の上官だ」


 あまりにも意外すぎて、セレストは戸惑った。なにかあったら、というのはもちろん職務上の問題ではない。

 軍人としてなにかあったら、上官への報告義務があるのだから。

 クロフトは個人的な相談をしていいと言ってくれているのだろう。


(クロフト大尉に、いったいどんな個人的な相談を? 恋愛相談なんてしたら、大変なことになりそう……)


 氷結のクロフトという二つ名にふさわしい、凍てつくような視線を向けられる状況を想像し、セレストは震えた。


「ありが、とう……ございます、クロフト大尉」


「あぁ」


 こうして炎の谷への遠征は終わった。

 解散後、エインズワース伯爵邸にたどり着くと、アンナとモーリス、そしてずっとそこにいたかのような態度でスーが出迎えてくれた。


(フィル様がいない家……)


 にぎやかなのに、彼がいないだけでなんだかとても寂しい。

 だからその日、セレストはスピカとスーと一緒にベッドにもぐりこんだ。


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