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2-3

「いいか、セレスト。俺は将軍だから、軍の施設内ではできるだけ君のことを贔屓せずにいたいと思っている」


 出立の日の朝、フィルがそんなことを言い出した。


(思っているだけで実行していない気がします)


 フィルは、セレストに対し楽な方向へ優遇するという措置は絶対にしない。なにかを課すときは、星獣使いだからという理由で、むしろ厳しくしている。

 けれど、訓練中に怪我を負ったときなどは過剰に心配するし、職務外の部分でかまってくる。フィルの部下は皆、彼が愛妻家であることなど重々承知だった。

 軍に所属する者にからかわれて、恥ずかしい思いをした経験は両手でも数え切れないくらいだ。

 けれど、わざわざ彼に指摘するのが気恥ずかしいため、セレストは黙って頷いた。


「だから、先にいろいろと確認しておきたい」


「確認ですか?」


 彼はいったいなにを確認しておくつもりなのだろうか。


「携帯食料は持ったか? 水も大事だ。……軍服にほつれはないか? 靴は履き慣れていてかつ、すり切れる心配のないものでなければいけない」


 フィルはどこからかペンを取り出して、持ち物リストと照らし合わせた。

 床に膝を突いて、セレストのブーツをまじまじと見つめ、ブーツという項目の右側に「良好」と書き加えた。


「あの……フィル様?」


「なんでも持っていけばいいというものではない。セレストは非力だから重い荷物で体力を消耗したら元も子もない。……ちなみに馬の様子は俺が確認しておいた。あいつにはいろいろ言い聞かせておいたから心配するな」


 十歳の頃、買い物に出かけるセレストに様々な注文をつけていた頃から、彼はあまり変わっていなかった。フィルはセレストの愛馬になにを言い聞かせたのだろうか。

 さすがに腹を立てて、セレストは思いっきり頬を膨らませた。


「フィル様……こう見えても私、中尉で小隊長なんですよ!」


 一つの小隊は三十人前後で編成されている。彼らを導く立場のセレストだから、靴のすり減り具合までフィルに管理されるのはおかしかった。


「だが、俺は家族として――」


「大丈夫です!」


 セレストは思わず叫んで、彼の言葉を遮った。

 もう軍の司令部に向かわなければならない時間だ。セレストはしばらく不在にする前に、屋敷の住人への挨拶をしたかったのだが……。


「ところでスーはどこに? 数日会えないのでもふもふしてから討伐遠征に行きたかったんですが……」


「散歩にでも行ったんじゃないか?」


 フィルがあからさまに目を逸らした。


「散歩?」


 スーがもし普通の犬ならば、そういうこともあるだろう。

 けれど彼は星獣シリウスなのだ。主人であるフィルは星獣の気配を感じ取ることができるから、居場所がわからないはずもない。それに賢いスーはセレストが出かけるときには必ずエントランスホールまでやってきて挨拶をしてくれる。遠出する今日に限って不在というのは不自然すぎた。


(フィル様……、スーを私の護衛につけているんですね?)


 はたして、セレストに護衛は必要だろうか。

 スピカはすでに以前と同じ大きさになって完全回復している。

 この世界全体に影響を与えるような力が再び使えるかどうかはわからないし、使うような事態があってはならないと思うが、それ以外の能力はほぼ一度目の世界でのスピカと同じだ。

 そしてセレストのほうは一度目の世界の同じ時期よりも格段に強い。

 星神力の量は変わらないが、術の練度が過去からの累積になっているからだ。それに加え、一度目の世界では最低限しか身につけていなかった剣術や体術もできる限り学んだ。

 それでもフィルはセレストが心配なのだろう。


(遠征の準備ができているかはともかくとして……、護衛の件に関しては不要な心配だなんて言えないのよね)


 かつて十七歳になる前に山道で滑落してシリウスに助けられたことがあった。それに、一度目の世界では結局、セレストは自分自身を守りきれなかったのだ。

 実際に失敗しているのに、護衛は不要だなどと言って、フィルを困らせるわけにはいかなかった。


「フィル様、ありがとうございます。私、気をつけます。私自身、己の未熟さをわかっているつもりです」


 すでに十歳から歩んできた道が違うのだから、経験していない場所で予想外の危機に陥る可能性だってある。セレストは素直にそれを認めて、護衛を受け入れるべきだった。


「セレスト、頑張ってこい」


 フィルはセレストを引き寄せてギュッと抱きしめた。


 幸せで心が満たされる。離れたらその満足感が少しずつ減ってしまうとわかっていた。

 だからいつまで経ってもやめたくないと思ってしまう。

 昔の自分はこんなに強欲ではなかったとセレストは思う。

 前よりも大切な人が増えて、セレストを大切に思ってくれる人も増えた。だから、他人も自分自身も甘やかしたくなるのだろう。


「はい……。あぁ、でも……頑張ってこいと言われてもそろそろ放してくれないと遅刻してしまいます!」


 ギュッと力を込めて逃れなければ、フィルはやめてくれそうになかった。


「そうか、仕方がないな」


 ようやく拘束が解かれた。名残惜しさはきっといつまで経ってもなくならない。だからそろそろ気持ちを切り替えて軍人として気合いを入れた。

 セレストは庭先に待機させていた愛馬に跨がる。外にはモーリスとアンナもいた。セレストは二人に手を振りながら伯爵邸の門を出た。

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