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星の間でスピカと再会を果たしたあと、セレストたちはすぐに屋敷へ戻ることはできなかった。
国王や王太子、それから国の重鎮たちの集まる会議が開かれるからだ。
一同は用意された控えの間で軽食をいただきながら、緊急会議に集まる者たちが揃うのを待っていた。
セレストとフィルが隣同士で座り、向かいにドウェイン。ヴェネッサは「副官だから」と勤務中であることを理由にドウェインの後ろに立ったままだった。
星獣たちの実体化は一度解いている。
「すごいわねぇ……。どんなに急ぎの用件でも、国王陛下へのお目通りなんてその日のうちに叶うものではないというのに。あなたたち似たもの夫婦なのかもしれないわ」
ドウェインがあきれた様子でそう言ってから、優雅な手つきで紅茶を口に運ぶ。
現役で四人目の星獣使いの誕生は、国王の命で都にいる重鎮たちを緊急召集するほどの大事である。
けれど、今回は緊急の度合いが違う。
一度目の世界では、当日ではなく翌々日にその会議が開かれた。
当時のセレストの肩書きは侯爵令嬢である。伯父にとってどれだけ不本意でも、立場としては星獣使いになっても特段おかしくはなかった。だから、そこまで急ぐ必要はなかったのだ。
集まれる者だけでいいから今すぐに――そんな勅命が下るほどの緊急事態になったのは、フィルのとき、そして今回のセレストのときだけだという。
フィルは強い星神力の所有者ではあるものの、貴族ではない。本来儀式を行う資格がなかったのに、事故のように主人に選ばれた。前代未聞の大事件だ。
そして今回も、それと同等にありえない事態なのだろう。
「そんなところで感心されても困ってしまいますよ。……ね? フィル様もそう思いますよね?」
「ああ、俺としては目立たず生きていきたいんだが……。再興したばかりの伯爵家に星獣使いが二人。しかも、スピカは以前よりも小さくなっているときた。さすがにここまでの予想はできない」
未来視としてセレストがスピカの主人になる可能性を知っていたフィルさえも、驚き、困惑していた。
「でも、星獣使いが二人というのは予想していたでしょう? 私だってセレちゃんは特別だと思うもの。だからこそ対策は一応しているんだし」
特別というのは、セレストが星獣に愛されていることを指すようだ。ただし、これは死に戻った影響でもある。一度目の世界で少しずつ積み上げていった信頼を、今回は最初から持っているというだけのことだ。
では、ドウェインの言う「対策」とはなんだろうか。
セレストは答えを探して隣に座るフィルの様子をうかがった。
「大丈夫だ。俺はこれでも君よりだいぶ年上なんだから頼っていい」
不安そうにしていると思われたのだろうか。
いつものようにフィルがセレストの頭を撫でてくれた。けれど途中で止まり、手を引っ込めた。
「フィル様?」
「……もう星獣使いになったんだから、立派なレディとして扱わないとな」
今後はセレストの頭を撫でないという宣言のようだった。
「どうしてですか?」
一度目の世界で、セレストがフィルとまともに会ったのは星獣使いになってからだった。
その頃は今みたいによく頭を撫でてくれたのだ。記憶によれば十五歳くらいの頃からやらなくなったはず。
以前の関係は、星獣使いの先輩と後輩、又は指導役と生徒だろう。今の関係は書類上の夫婦で実質的な保護者――だったら、何歳になっても頭を撫でていいはずだ。
なぜ以前より早く、子供扱いをやめるのだろうか。
(……私の言動が一度目の世界より大人びているせい?)
それくらいしか、理由が思いつかない。
セレストは子供扱いが不満だったのに、急にそれがなくなると寂しくなってしまう。
「そんな顔をするな」
彼がセレストを疎むようになったわけではないのはわかっている。
つい先ほどは変態だと思われても、セレストとの仲が良好だと他者に思わせるためにずっと抱き上げていてくれたのだ。
そちらのほうがよほど子供扱いのはずなのに。セレストはフィルの考えがよくわからなくなってしまった。
そのとき、扉の向こうから呼びかけがあった。
「失礼いたします。ゴールディング侯爵閣下がいらっしゃいました」
城勤めの者が来客を告げる。
「チッ!」
「ちょっと、フィルったらお下品よ。さっそく敵がやってきたんだから、揚げ足を取られるような行動はしないでちょうだい」
「わかっている。……あと、ドウェインに常識を諭されるのは解せん」
フィルはしぶしぶと言った様子だが、招かれざる訪問客を部屋にとおした。
ドウェイン以外の三人は、立って伯父を出迎えた。
「……ああ、セレスト。久しいな」
にこやかな伯父の顔は完全に外向けだ。以前から、人前ではセレストのことを大切な実弟の忘れ形見として扱う。
「伯父様、ごきげんよう」
セレストはしっかりとした淑女の礼で伯父を出迎えた。
「シュリンガム公爵子息がご一緒とは。娘は星獣使いに選ばれたばかり。どうぞご指導ご鞭撻のほどお願いいたします」
「セレちゃんには優秀な星獣使いの素敵な旦那様がいるから大丈夫よ。私が指導なんてする必要はないの」
伯父は、セレストとドウェインには挨拶をした。副官として同席しているヴェネッサはともかく、もう一人とは目すら合わせようとしないのはどうしてだろうか。
カチン、ときているのはセレストだけではないはずだ。
「それにしてもセレスト。私は――」
「突然押しかけてきたのはそちらなんだから、挨拶くらいきちんとしたら? 侯爵が伯爵とは言葉を交わさないというのなら、我がシュリンガム公爵家もゴールディング侯爵家とは今後お付き合いしたくないわ」
意図的にフィルを無視していると確信した瞬間、ドウェインが無礼を咎めた。
(すごい! ドウェイン様。とことん身分を笠に着る悪役みたい)
普段のドウェインならば、絶対にそんなことはしない。貴族ではなかったフィルとも対等な友人関係を築いていたくらい立場や身分を気にしない人だ。
ただし、相手が先に喧嘩を売ってきたら、同じ手法でさらに上を取りに行く。かなりいい性格をしている。
「いけませんな。……娘に会えたことがうれしくてつい、失念しておりました。エインズワース将軍、いつもセレストが世話になっている」
まるで、今でもセレストが娘であるかのような言い草だった。侯爵夫妻はセレストに対し間違っても父、母とは呼ぶなと強く命じていた。セレストが彼を「お義父様」と呼んだのは婚約が決まった褒賞授与式のときなど、公の場のみだ。
「お久しぶりです、侯爵。セレストは私の大切な妻でエインズワース家の一員ですから、世話をしているつもりはありませんよ」
フィルの言葉は普段より丁寧だったが、目つきがやたらと鋭い。伯父の発言が不満だと表情で伝えているのだ。
フィルとドウェイン、二人とも味方に対してはどこまでも甘いのに、嫌いな者に対してはかなり好戦的で容赦がない。
頼もしさ半分、やりすぎを心配する気持ちが半分といったところだ。
「あ、ああ。……そう。セレストが息災なようでよかった」
伯父の笑顔が引きつった。さっそく仮面は剥がれかけている。
「まあ、とりあえず座ってくださる?」
一人だけすでに座っているドウェインが提案し、ヴェネッサ以外の三人がソファに腰を下ろした。




