4-1 未来を変える力
セレストは夢を見ていた。
それはもうすぐ十七歳の誕生日を控えたある日のこと。
都のはずれの沼付近に魔獣の目撃情報があり、セレストに調査の命令が下された。
まだ若いことを理由に、フィルと行動を共にすることが多かったセレストが、星獣使いとして独り立ちをする大切な任務だった。
『セレちゃん、ちょっと待って』
命令書を受け取って、軍司令部の廊下を歩いていると背後から声をかけられた。声の主が誰かは振り向く前にわかる。そんな呼び方をするのはドウェインだけだ。
『どうなさったんですか?』
ドウェインは白い改造軍服に身を包み、副官の青年を従えていた。
セレストのほうに歩み寄り、手を取ってなにかを握らせる。
『はいこれ、あなたにあげるわ』
それは、小さな金属製の容器に入った傷薬だった。
『もしかして、回復の術が込められているものですか……?』
星獣ミモザの力が込められた傷薬は、縫合が必要なほどの怪我でも一日で治るくらいの効果がある特別な薬だった。上層部の許可がないと譲渡できない規則になっている。
『そうそう、今度の任務は私にもフィルにも同行の許可が下りなかったの。心配で心配で……フィルなんて変装してでもついて行きたそうだったわよ』
『大丈夫ですよ、もうすぐ十七歳ですから』
セレストは思わず笑ってしまった。ドウェインは十代前半で軍人になったのだ。セレストと同じ歳の頃、彼はとっくに独り立ちをしていたはず。それなのに、妹分のことはいつまでも一人前だと認めたくないらしい。
『スピカやレグルスは攻撃力の高い星獣だわ。……でもね、どんなに強くても守りの専門家じゃないから過信はだめよ』
『はい』
セレストの中には、フィルやドウェインに認めてもらいたいという気持ちが強くあるのだが、同時に二人に優しくしてもらえるこの関係が好きだった。
家族に恵まれていないせいで、気遣ってくれる人にはつい甘えたくなる。
『私ね、……昔幼馴染みを魔獣の討伐で亡くしているのよ。訓練のための遠征だったのに強い魔獣が現れてあっけなく。その子のこと、特別に想っていたの……。同じような思いを、親しい人には絶対にしてほしくないわ』
『同じような思い?』
『かけがえのない誰かを亡くしたあとで、ああすれば守れたんじゃないか。もっとなにかできたんじゃないか……って後悔。フィルにはしてほしくないの』
特別な誰か、という部分にはなんとなく違和感があった。まるで後悔をするのはフィルであり、ドウェインではないような言い方だった。
『特別? ……特別なんでしょうか?』
セレストは首を傾げた。たしかにセレストと任務で一緒になる機会が多いのはフィルだった。けれどフィルは兄、ドウェインは姉――二人ともセレストにとっては大切な人ではないのだろうか。
『え? 聞きたい? 言葉にしてほしい?』
真剣な表情から一転、ドウェインが意味ありげな笑みを浮かべた。
これは聞いてはいけない言葉だとセレストは察した。
『いいえ、結構です! ……でも心配してくれてありがとうございます』
フィルは星獣使いの先輩であり、戦い方を教えてくれる師である。そして未熟なセレストを気遣ってくれる兄だ。……そうでない関係を望んだらいけないとセレストは無意識に考えるのをやめていた。
だって彼は、セレストとの政略結婚を望まなかったのだから。