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3-5

 ミモザがスーッと空中を移動して女性の前でピタリと止まる。


「ミモザ? ああ、よかったあなたがいるなら少佐もいらっしゃるのね?」


 少佐――というのは、ドウェインのことだろう。ミモザと女性は親しいようだ。怪しい人ではないとセレストは判断した。

 とりあえず立ち上がり、女性のほうへ向かって歩き出す。


「……どちら様でしょうか?」


「私はシュリンガム少佐の副官でノディスィア王国軍救護部隊所属のヴェネッサ・スノー少尉であります。以後、お見知りおきを」


 ヴェネッサは肩のあたりで切りそろえられた焦げ茶色の髪に黒縁の眼鏡という、少し地味で真面目そうな印象の女性軍人だった。

 白を基調にした軍服は怪我人の治療などを行う救護部隊のもので、ドウェインはその部隊の隊長をしている。


「セレスト・エインズワースです。よろしくお願いいたします。……ドウェイン様にご用ですか?」


「はい。緊急の要請がありまして、少佐を回収に……ではなく、お迎えに参りました」


「そういうことでしたら、どうぞお入りください」


 ミモザがセレストとヴェネッサのあいだを激しく飛び回っている。かなり興奮しているようだった。喜んでいるのとは少し違う。この件も含めてドウェインに相談したほうがいいと判断し、セレストはヴェネッサを書斎のある二階へと案内した。


「どうした? 入っていいぞ」


 扉をノックするとフィルからの返事があった。セレストはゆっくりと扉を開ける。


「失礼いたします。……スノー少尉が急ぎの用件でいらっしゃいました」


「ネッサが? あらあら、お仕事かしら」


 ドウェインはヴェネッサのことを「ネッサ」と呼んでいるらしい。迎えに来た事情を察して立ち上がる。


「はい。急を要しますのでお迎えに上がりました。……それから私は今、副官としてここにおりますので愛称で呼ぶのはやめてください」


「もう! なんで私のまわりって堅物さんばかりなのかしら? ……仕方ないわね、行きましょう。急ぎだから私服でもいいわよね、少尉」


「軍服を改造するのがそもそも規律違反ですから、問題ないとは申しませんが今更でしょう」


 上官に対し、ヴェネッサは少し棘のある言葉をぶつけている。

 けれどドウェインは気にしていないようだ。フィル以外にもドウェインに常識を諭す人がいるという事実をセレストははじめて知った。


「それではあとはよろしくね。……どうせどこぞの偉い方のぎっくり腰かなんかでしょ? あぁ、嫌になっちゃう!」


 ドウェインが急ぎ呼び出される事態というのは、誰かが怪我を負い、ミモザの力を必要としているという状況だと推測できる。

 癒やしの力は寿命や一部の病気には効かない。怪我や解毒、それから菌がもたらす病気にのみ効果がある。

 事故などで負った怪我や、かからなくてもよかったはずの病には対応できるが、その人が最初から持っていた寿命は変わらないといったところだ。


 公爵子息であるドウェインや貴重な星獣の力は特別だ。重傷を負った者が発生するたびに術を使っていたらきりがない。だから、彼の力はよほどの緊急事態でない限り、軍の任務以外では、国から認められた相手にしか使ってはいけない規則になっている。


 星獣は国が所有しているものであり、その力も星獣使い個人のものではないというのが建前だ。

 それ故に、彼の力は政治的な駆け引きの道具に使われる。

 高位貴族が国王へ治療の依頼をする。国王はその貴族に対しより強い忠誠を求めるのと引き換えに、ドウェインへの命令を出す。

 ドウェインとミモザに治療してもらえたというのが、国王から一目置かれている貴族の証になる。


 ただ、貴族が不慮の事故に遭う可能性は低い。

 だから呼び出しの大半が不要な治療であると、ドウェインは一度目の世界でも不満をこぼしていた。


 魔獣の討伐や訓練で兵士が怪我をした場合の治療で、彼が不満を口にしたことはなかった。

 治療を嫌っているのではなく、癒やしの力が権力者の駆け引きの道具にされるのを嫌っているのだ。


 ドウェインが書斎から出て、階段を下ろうとする。けれどミモザが中々動かず、セレストの服を引っ張った。まだ離れたくないと言っているみたいだ。


「ま……待ってください、ドウェイン様」


「どうしたの? セレちゃん」


「ミモザの様子がおかしいんです。……ソワソワしていて困っているかんじで」


「あぁ、最近ずっとそうなのよ。特定の誰かにすごくこだわって。あなたを気にしているようだから、会えばなにかわかるかもと思ったのだけれど」


 ドウェインもミモザの変化を感じていた。けれどやはり言いたいことがよくわからないようだ。


「……特定の人物って私だけですか?」


 セレストはヴェネッサに視線を向けた。するとミモザがクルクルと彼女の頭上を飛び回る。正解に近づいたと主張しているみたいだった。


「え、私ですか?」


 ヴェネッサが首を傾げる。

 セレストとヴェネッサ。今日会ったばかりの二人だから共通点はない。結局ミモザの気持ちは読み取れなかった。


「緊急の任務が終わったら、私ももっとミモザと対話してみるわ。……お騒がせしてごめんなさいね」


 ドウェインが手のひらを差し出すと、ミモザがそちらに引き寄せられた。パンッ、と光の粒が霧散したと感じた直後に、星獣の姿が消えた。実体化が解かれたのだ。

 ドウェインは手を振りながら、ヴェネッサはペコリとお辞儀をして、屋敷を出ていった。


 客人が帰り雇用手続きが終わってから、セレストは使用人二人に屋敷を案内した。

 大きな貴族の屋敷には、家の管理をするメイド、キッチンを担当するメイド、と役割が分かれているのだが、この屋敷では家事全般をアンナ一人に担ってもらうことになる。


「アンナさん、家事や掃除は私も手伝います。……というより、やり方を教えていただきたいです」


 貴族であっても、じつは使用人を雇っていない家も多い。一応、貴族の夫人は働かないことがステータスと言われているが、本当に一切の家事をしていないのは貴族の中でも裕福な家の女性だけだ。


「かしこまりました」


 アンナは快く引き受けてくれた。アンナがいてくれるなら、軍の職務で忙しいフィルに朝食を作らせてしまう心配がなくなる。セレストとしては一安心だ。


「それからモーリスさんにもお願いがあります」


「はい、なんなりと」


「……その……、剣術を教えていただけないでしょうか?」


 おそるおそる願い出ると、モーリスの目がカッと開かれた。


「なんですとっ!」


「私は星神力の術が使えます。……将来はそれを活かした職に就きたいのですが、危険が伴う場合もありますので」


 興味本位ではないのだと、セレストは主張する。


「軍に入られるおつもりですか?」


「まだ、そこまでは決めていません」


 モーリスはじっとセレストを見つめる。鋭いまなざしはセレストの真意を見抜こうとするものだろうか。


「……セレスト様。まずは旦那様にご相談ください。旦那様からの許可があれば、お教えいたしましょう」


 モーリスの言うことはもっともだ。フィルはセレストの保護者だから、彼の許可なしに怪我をする恐れのある剣術の稽古などできない。


「わかりました」


 なんとなくフィルには反対されるのではないかとセレストは懸念していた。だから本来最初に相談すべき相手のはずの彼を無意識で避けたのかもしれない。


(でも十八歳のとき、以前の私よりも強くなっていないと)


 寝る子は育つと言って、セレストをあえて起こさないという過保護なフィルだから、許可をくれるか不安だった。


「屋敷の中もほとんど把握できましたし、そろそろお茶の時間になさったらいかがでしょうか?」


 フィルをお茶に誘って、そこで相談すればいいというのがアンナの提案だ。


「お願いします」


「かしこまりました、初仕事ですね!」


 同性でも思わず顔が赤くなってしまうほどの素敵な笑みだった。

 アンナはすぐにキッチンのほうへ消えていく。そのあいだ、セレストは書斎にいるフィルを呼びに行く。



「ハゥゥン」


「あぁっ、スー君……お腹をこちょこちょさせてくれ」


「キャゥゥン」


 セレストが扉をノックしようとすると、書斎の中から聞いてはいけない声が聞こえてきた。


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― 新着の感想 ―
[一言] シュレーディンガーの犬(笑) ???「まだだ!まだ分からんよ!」
[良い点] 前回の感想の返信にフィルさんが変態レベルの獣好き、とあったのを、「いや、別に変態とまでは思ってないよ…?」ってつぶやいたりしたんですが、更新分読んで「えへ、作者様が変態レベルだって言ったら…
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