呉越同舟3―歌姫たちの加勢―
各々の判断で戦っている冒険者へ向けて、魔法で拡張された声が齎された。
それは誰あろう、エスタシオンのミハルだった。
ユックリと浜辺へと接近する蟹烏賊に対して、水中の攻撃は冒険者達にとって分が悪い。しかし彼らに、この場に集う者達との連携にまで視野が入っていない以上、他の者の事まで気に掛けていられないだろう。
そんな最中へサリシュが「拡声」で呼びかけた所で、どれだけ効果があるのか知れたものでは無い。
『みなさぁんっ! 聞いて下さぁいっ!』
その時、浜辺一帯に隈なく通る声が響き渡った。
無論、サリシュの声ではない。何故なら、その一声で戦闘を行っていた冒険者達が動きを止めたからだ。
厳密には、本当にその場で立ち止まった訳では無い。混戦を極める戦場では、動きを止めた者から命を落とすのは自明であり、この場の誰もその事を失念している者などいなかったのだから。厳密に言えば耳を傾けた、意識を向けたとでも言おうか。
戦いの最中にあっても、その声を聞かずにはいられない……そんな存在は、そう多くは無いだろう。
声の主は四季娘の1人、ミハルだったのだ。彼女の快活な声は嫌味が無く、それでいて良く通る澄んだ声音だった。
『皆さんっ! 一旦砂浜まで後退して下さいっ! 海中で戦っている人たちは、海の中から上がるんですっ!』
次に声を発したのはトウカだった。普段から凛として冷静な彼女が強い口調で語ると、それだけで聞き入ってしまう。実際、誰もがそうだっただろう。
『水の怪物と海中で戦うなんて不利にも程があるよっ! もっと有利な場所で戦おうよっ!』
続いて話し掛けたのはカレンだ。普段から快活で元気一杯の彼女の物言いは耳触りがよく、何故か説得力に富んでいた。
『皆さんっ! 速やかに水中より退いて、魔物を迎え撃って下さいっ! その為の助力を私たちで行いますっ!』
そして最後に声を上げたのは、誰あろうシュナだった。普段はファンの前でも引っ込み思案な彼女だが、舞台に立った時だけは性格が豹変するのかオドオドとした態度は鳴りを潜めて、聞こえてくる声には張りがあり自信さえ感じられた。
そんなギャップがエスタシオンのファンには堪らないのだろう、そこかしこでは戦闘中にも拘わらずに返事をする者まで現れるほどだった。
「分かったよぉっ! シュナちゃあんっ!」
実際セリルは、届かないだろう事などお構いなく舞台の方へと顔を向けて手を振って応えていた。
「サリシュ!」
「……うん」
そしてこれは、正しくサリシュ達が望んでいた結果を齎した。それぞれのグループだけでバラバラに戦っていた冒険者達だったが、その全てが浜辺まで後退し迎撃態勢を取り出したのだ。
『『……奮い立てぇ。勇敢なる戦士達よぉ……』』
そしてシュナが明言した通り、直後に彼女達の〝呪歌〟が浜辺全体に流れ出した。先ほどとは違い、今度は2人ずつ歌う「デュオ」と呼ばれる歌唱法だ。そしてこれは、何もただ単に2人が合わせて歌っているだけではない。
「へぇ……凄いね。さっきよりも、防御効果が高いみたい」
「……〝歌〟は重ね掛けが出来るって話だったけど……本当だったんだ」
その歌の効果を肌で感じて、マリーシェが感嘆しバーバラがその理由を口にした。今回は様々な効果を4人それぞれが齎すのではなく、2人ずつ同じ効果の〝呪歌〟を発動させている様だった。これにより、単純に効果は2倍となる。
『『……負けないでぇ。恐怖に打ち勝ち勝利を掴めぇ……』』
ミハルとトウカに続き、カレンとシュナの歌声も流れ出した。少しゆっくりとした曲調ながら、それを聞いた者は不思議と勇気を奮い立たされる声音であった。
「おおっ!? 今度は、回復力強化かぁ」
「……上陸してくる魔物を迎え撃つ為に、防御を重視した魔法を選んだのねぇ。効果的だわぁ」
回復力が強化されれば、戦闘持続時間が長くなる。それが先ほどのものより強力ならば、更に持ち堪える事が出来るのは良く分かる話だった。
スークァヌが口にした通り、今回エスタシオンが使った魔法は攻撃よりも防御に比重を置いたものだったのだ。
『……みんなっ! ……ちょお、聞いてやっ!』
そして今度は、サリシュが「拡声」を使って浜辺で構える冒険者達に話し掛けた。先ほどと違い防御に専念しているからだろうか、その声は戦っている者達全ての耳に届いていた。
浜辺にいる冒険者達の意識がサリシュの声へと向く。
『……もうすぐ上陸してくる「蟹烏賊」の1体は、ウチらで受け持つっ! もう1体は、何とかあんた等で仕留めて欲しいっ!』
そのままサリシュは、提案を述べたのだった。提案……と言っても、これは実質的な指示と同じだ。
その話を受けて、浜辺には一気にどよめきが沸き上がったのだった。
この提言は、マリーシェたち以外の冒険者にとっては魅力的な話だった。
単純にレベルの高い魔物を相手にした場合、必ずしも数の優位は期待出来ない。それでも、出来るだけ多く関わればリスクは減らす事が出来るだろう。
2体を相手にすれば戦力は二分されてしまう訳だが、その1体を僅か6人の少女たちが受け持つと言うのだ。これは、冒険者にしてみれば有難い申し出だと言って良いだろう。
ただし、全員が諸手を上げて賛成という訳でもなかった。
その理由の1つは、言うまでもなく実力に対する懸念だ。もしもマリーシェ達がアッサリと敗北してしまったならば、他の冒険者達は挟み撃ちに合い苦戦に陥る事になる。殆どの者が、その懸念を思い浮かべたに違いなかった。
そして2つ目は、僅かな人数ではあるが人道的な心情からに依るものだった。
大人の冒険者でも苦戦するだろうカブリカラマルを、明らかに少女少年と思われるパーティが受け持つと言うのだ。年長者……大人としては、自然とその安否が不安となってもおかしな話ではない。
ただやはりと言おうか、結局冒険者は己の命が最優先と考えるものだ。サリシュの提案に同意を返す者は居ても、反論する者は皆無だった。
「よっしゃあっ! これで思いっきり暴れられるぜぇっ!」
ズンっと斧を地面に突き刺したグローイヤが、左掌に右拳を叩きつけて気合の声を上げた。その顔には、ニヤリと凶悪な笑みが浮かんでいる。
「ちょ……ちょっと、グローイヤ! どうでも良いけど、あんまり独断しちゃダメなんだからね! ちゃんとサリシュの指示に従ってよ!」
全身の筋肉が張りを見せ今にも飛び出して行ってしまいそうなグローイヤへ向けて、マリーシェが顔を引きつらせながら注意を喚起する。このまま戦闘が始まれば、グローイヤは周囲を顧みず暴れまわりそうな風情を醸し出していたからだ。
「ちぇ……。シラヌスみたいなこと言うなよなぁ。白けちまうぜ」
少し拗ねたような表情を向けて、グローイヤはマリーシェに愚痴った。その台詞から、普段からシラヌスに散々抑え込まれているんだろう事が伺えると同時に、シラヌスの苦労も垣間見えたのだった。
それが分かる一同だから、グローイヤへ向けて乾いた笑いを返していた。
「……けどウチは、今回はグローイヤには好きに暴れて貰おうって思ってる」
「ちょっと、サリシュ!?」
その直後にサリシュが漏らした台詞を聞いて、真っ先に反応したのはマリーシェだった。ただし、その台詞は全員が共有しているものでもあった。
「ひょうっ! サリシュ、話が分かるじゃねぇか!」
そしてそれを受けたグローイヤは、今度はニンマリとした表情を浮かべたのだった。
「……ウチたちとグローイヤ達で、息の合った連携なんかでけへんやろ? ……んで、この中でレベルも攻撃力も高いんはグローイヤや。……彼女に力を抑えて戦って貰うより、思いっきりやってもろた方がええと思うねん」
無論、何の説明もなしにその話を終わらせるサリシュではなかった。そしてその理由を聞けば、誰も反論など出来なかったのだった。もっとも、正論……ではあるのだが、中々に賛同出来るものでもない。
(……マリーシェ。……ここは、ウチらが補助に回るしかないねん。……ウチも頑張るから、マリーシェも確りやってやぁ)
(えぇ……!?)
息巻くグローイヤの横では、サリシュが小声でマリーシェへと囁いた。そしてそれを聞いたマリーシェは、脱力とも取れる声を発していたのだった。
その様なやり取りを行っている最中も何匹かの突撃魚を倒しつつ、マリーシェ達はいよいよ上陸を果たした蟹烏賊に対峙する事となった。
エスタシオンの援護を受け、マリーシェ達も上陸を果たした蟹烏賊といよいよ戦闘を開始する。




