呉越同舟1 ―統括する立場―
アレクたちがレギアタートルを倒し魔神族と対峙しようとしていたその頃。
浜辺での戦いも、いよいよ佳境へ突入しようとしていたのだった。
丁度アレクたちが竜頭亀の討伐に成功していた頃。マールの町の浜辺……プシャーシ海岸では、攻め寄せる魔物の群れに対して奮戦する冒険者達の姿があった。
そしてそこに、マリーシェとサリシュにバーバラとセリル、そしてグローイヤとスークァヌが参戦していた。
本来ならば共闘など考えられない二組のパーティだが、事ここに至っては協力して戦わなければならない、その理由があったのだった。
「おらおらぁ、マリーシェちゃぁん! あたいの足を引っ張ってんじゃないよぉ!」
身の丈に合わない巨大な戦斧を巧みに操り、グローイヤはそんな台詞を吐き捨てながら次々と魔物を駆逐して行く。まるで鬼神か戦神を思わせるその戦いっぷりは、色んな意味で名の知られる「アマゾネス族」に恥じないものだ。
「私の何処があんたの足を引っ張ってるって言うのかしらねぇ!」
そんな彼女に対抗するように、マリーシェはその速度を活かしてやはり魔物を薙ぎ倒していった。豪快で殲滅と称するに不足ないグローイヤに対して、マリーシェのそれは流麗と言って過言ではなかった。
2人は互いに言い合いしながらも、危なげなくどんどん魔物を駆逐して行く。すぐ直近には、先ほど現れた2体の蟹烏賊がゆっくりと浜辺の方へと接近していた。すでに一撃を加えたはずのグローイヤとマリーシェを、この2体は気にも留めずに進んでいる。
「……セリル。……あんたは飛び出してはダメよ」
そんな光景を見ていたバーバラが、まるで釘を刺すように隣で奮戦するセリルへ向けてぴしゃりと言い放ち。
「わ……わぁかってるよぅ!」
注意を受けたセリルは、その考えを払拭するように近付いて来る突撃魚を愛斧で吹き飛ばしたのだった。
実際セリルは、バーバラに引き止められなければその場を飛び出して2人の後を追っていたかも知れない。ここ最近の彼の思考を考えれば、その可能性は十分に考えられた。
そんなセリルの心情を知ってかどうなのか、バーバラが彼に念を押したのには、それとは別に理由もあった。
バーバラたちの戦っている場所は、サリシュやスークァヌの至近であり、いわば後衛の護衛役と言った立ち位置だ。
混乱の戦場にあって真っ先に狙われるのは後衛の魔法使いに遠隔攻撃部隊や回復役、または補給を司る部隊やその隊員たちだろう。
それらを守るのは、実際は前線で戦う戦士達よりも重要かもしれない。魔法の援護や回復、補給が滞れば、憂いなく戦う事など出来ないのだから。
ただし、往々にしてそれらの作業は地味で評価の低い役割である事が多い。そしてそれは、実際にその人についている者達も同様だ。
そう言った理由で、特にアレクから指示された訳でも無かったのだが、血気に逸るセリルが前線に飛び出してしまわない様にバーバラが確りと監督していたのだった。
「……あかん。このままやったらジリ貧やな」
そんなセリルとはまた違った理由で、前線で戦うバーバラとマリーシェを見つめながらポツリと呟いたのは後方で控えているサリシュだった。
控えている……と言っても、戦闘に参加せず観戦に徹していると言う訳ではない。彼女もまた、前方の2人の邪魔とならない様にタイミングよく魔法を放ち攻撃し、時には援護していた。
ただ、現在は多くの冒険者と無数の魔物が乱戦を広げる戦場の真っただ中。闇雲に効果範囲が広く強力な魔法を使う訳にはいかない。どちらかと言えば、自重していたと言った方が適切だろうか。
周囲の警戒を怠る事なく、それでいて前方の2人に適宜魔法による援護を与えるなど、誰にでも簡単に出来る事ではない。
「ほんとよねぇ……。水棲魔物に海の中で戦いを挑んでどうするのよぅ……」
そんなサリシュの隣で、頬に手をやり悩ましげにつぶやいたのは言うまでもなくスークァヌだった。
彼女の雰囲気や声音を聞けば、とても戦闘の最中で奮戦している様には感じられない。しかし、それは大きな間違いであることをサリシュは痛感していた。
最小の動き、滑らかで早い詠唱、最善と思われる魔法を駆使し、彼女もやはりグローイヤとマリーシェのフォローを行っていたのだ。
スークァヌはディディと違い、所謂「邪教」を崇める信徒だ。暗黒神とされる「ニゲル神」を祀るハエレシス教団と言えば、女神フェスティスを崇めるゴッデウス教団に弾圧されなかった、今や数少ない異教の1つである。
この世界では、ゴッデウス教団がその信徒数とレベルの付与を行っていると言う事もあり魔法……主に神聖系魔法は女神フェスティスに由来するものが主流だ。ディディが使うものは当然、回復系魔法使いであるサリシュの使う魔法も女神フェスティスの流れを組むものとなる。
「防げ。数多の災厄から彼の者守れ。防御」
故に、スークァヌの使う魔法……口にする詠唱の韻律がサリシュの初耳であり、そこに彼女が興味を惹かれてもおかしくない話であった。
スークァヌが聞きなれない言葉を何やら唱えると、前方で戦う2人の身体が僅かに紫の光を帯びる。それが何らかの防御系魔法である事を、サリシュは何となく察していた。
「痛っ!」「きゃあっ!」
無数に迫る魔物に周囲を囲まれては、如何にそれが格下であっても全くの無傷と言う訳にはいかない。防御魔法の効果があっても、傷を負わずにいる事など不可能だろう。
殆ど同時に、グローイヤとマリーシェが悲鳴を上げた。スークァヌの施した防御魔法の効果を上回る一撃を受けてしまったようだった。
見ればグローイヤは右の二の腕に、そしてマリーシェは左の太ももに浅くない裂傷を負っており、そこからは鮮血が滴っていた。
「癒せ。戦いで負った戦士の傷を癒したまえ。治療」
慌てるような傷ではないものの、それでもスークァヌは平素と変わらぬ静かな声で速やかに詠唱を済ませると、即座に魔法の効果を顕現させて見せた。
彼女の魔法により、マリーシェとグローイヤの身体が僅かに緑色の光を発行したかと思うと、先ほど受けた傷が綺麗に治癒されていたのだった。
(……早い。……それに、1回の詠唱で2人とも治すやなんて)
その様子を隣で伺っていたサリシュは、スークァヌの技量に密かに驚嘆していた。
ハエレシス教団の「尼僧」である彼女にとって、またその魔法効果にしてみればこれは驚く様な事でも無い。系統の違う魔法であるからには、その効力も僅かに違って当然なのだから。
だがそうと知らないサリシュにしてみれば、やはり驚きに値する事なのだろう。
「……サリシュちゃあん? 放っておいたら、あの娘達あの場所で戦うみたいだけどぉ……良いのぉ?」
思わず動きを止めて魅入っていたサリシュへ、当のスークァヌからその様な忠告が齎される。ハッとして前方へと目をやるサリシュは、そのままならば再び蟹烏賊と接敵するだろうグローイヤとマリーシェの姿を確認したのだった。
先ほど彼女が呟いた言葉。その理由は、特に深く考えなくとも分かる話だった。
グローイヤとマリーシェは、とにかくカブリカラマルと戦おうと必死だ。だがそこは、水棲魔物の領域と言って良い海中である。
幸いこの海岸は遠浅であり、現在蟹烏賊が侵攻する場所は人間の膝までしか水位が無い。それでもそこは人の行動を抑制するのに対して、水棲魔物の動きは阻害される事が無い。人にとって、それは明らかなハンデとしか成り得ないのは明確だった。
……そして、もう1つ。
「……マリーシェ、グローイヤ。それ以上突っ込んだらアカン」
サリシュの大声を耳元で聞いた2人は、半ば急制動を掛ける様にその場で立ち止まった。
「な……どうしたのよ、サリシュッ!?」
「いきなりデケェ声出すんじゃねぇよっ!」
そしてマリーシェは疑問を、グローイヤは悪態を口にしたのだった。
目の前には巨大な魔物の姿があり、悠然と浜辺へ向かっている。上陸を阻止するならば動きを止めている場合ではなく、すぐにもそちらに意識を向けて対応する必要があったのだからこの意見はもっともだろう。
「いい加減、冷静になりぃ。あんたら、そんなトコで戦う気ぃか?」
そんな2人に、今度は有無を言わせぬ圧力のある声が語り掛けて来た。流石にそれにはマリーシェも、そしてグローイヤも強制的に頭を冷やさざるを得なかったのだった。
汎用魔法「拡声」。
この詠唱を必要としない魔法の効果はただ1つ。声を大きくし遠方に届けるだけのものである。
レベル1から使用可能な魔法だが、声を大きくすると言う用法は使い処が中々なく、殆どの冒険者もレベルの低い内は見向きもしない魔法だろう。
だがレベルが上がり魔法力も強くなってくると、その効果範囲を引き絞り任意の方向だけに声を届ける事が可能になるだけでなく、その方向の音を拾う事も可能となる。また声量を調整し圧力を操作する事も可能な、色々と応用の利く魔法となるのだ。
サリシュはそれをアレクから聞き知り、合間を見ては練習し使いこなせるようになっていたのだった。
「……それで、どうすれば良いの?」
冷静になったマリーシェとグローイヤは、サリシュにこの後の作戦を仰いだのだった。
大混戦の中、マリーシェとグローイヤへサリシュの指示が飛ぶ。
この場の纏め役を担っているサリシュは、冷静に2人へ向けて指示を出すのだった。




