好事、〝魔〟多し
洞窟の中を、俺達は先を急いだ……んだが。
気配を抑えて慎重に進まなければならないんだけど、それを台無しにする人物が約1名……。
周囲を警戒しつつ、俺達は洞窟内を進んでいた。
一応ここへ来る前に、スキル「ファタリテート」で確認は済んでいる。ここは一本道で、途中に罠や伏兵の心配は無いだろう。……多分な。
それでも、事態はどう変化しているか分からない。俺達が外で戦っている間に、何かしらの刺客が送られている可能性だってあるんだ。
だから緊張感を持ち、慎重に歩を進めるのは間違いじゃあ無い……んだが。
「……ディディ。少しはその気の昂りを抑えてはどうだ?」
そんな中で、小声でシラヌスが隣を歩くディディへと苦言する。確かに、今のディディからはそれまでにない高揚感が滲み出ていた。これじゃあ、隠れ潜んでいる敵に対して居場所を教えているみたいなもんだからなぁ。
「は……はいですぅ! ごめんなさいですぅ!」
とは言え、まだまだ俺達から見ても子供で経験の浅い彼女に、気配を抑えて行動するなんて高等技術が出来る訳も無かった。いや、それ以前に今の彼女には何を言っても無駄だろうなぁ……。
勘違いしがちだけど、俺達のレベルや年齢を考えれば気配を上手く制御して行動出来る方が珍しいと言って良い。どちらかと言えば、今のディディの様子が普通じゃないだろうか。
だから、シラヌスの要望は彼女にとってやや酷だと言って良かった。要求が高いとでも言おうか。
もっとも、それを省いたとしても今のディディの興奮度合いは平時と比べ物にならないんだけどな。
「……気を付けてくれればそれで良い」
返事をしたディディに諦めを感じたんだろう、シラヌスも嘆息と共に呟くだけに留めたんだ。
ディディが今興奮状態にあるのは、さっきの回復魔法が成功した事に起因している。
これまで彼女はその「聖女」の力を行使する事はおろか、普通の下位魔法さえ満足に行使できず、修道院から半ば諦められたように放逐されたんだからな。
如何に彼女が子供だったとしても、そう言った感情の機微には察するところがあったんだろう。自分が「役立たず」だと思われていたそれまでから考えれば、今の状態は自信を取り戻し気が昂るのも仕方のない事かも知れないな。
ただ残念なのは、それを手放しに喜ぶ状況じゃあ無いってところだ。ここは敵地であり、いつ凶悪な魔物が襲い来るか分からない緊張感に塗れた場所だって事だった。
気の逸っているディディを従え、一層の注意を俺達は周囲へと向けて先を急いだんだ。
洞窟は一本道。途中で分岐もなく迷いようも無い。
俺達は程なくして、前方に大きな空洞を伺える場所まで辿り着いていた。
「……こりゃあ」
そこまで来れば、気配を探る事に長けた者ならば弥が上にも感じられる。……その奥から流れて来る禍々しい存在をな。
思わず口を突いたヨウは当然、俺やカミーラも勿論、シラヌスも驚愕に顔を歪めている。
「これは……〝魔〟の気配ですぅ!?」
そして俺達だけじゃあなく、ディディもその影を感じ取ったみたいだ。
彼女は元々「修道女」として女神フェスティスに仕えていたんだ。邪気を感じ取る事には長けているんだろう。まだ13歳と言う若さでそれを察する事が出来るってのは、ある意味では凄いんだろうな。
でも残念ながら、その気配の正体が何なのかまでは分からなかったみたいだ。まぁ、その存在を認識していないんだから「魔」と口にしたのも頷けるんだが。
しかし、カミーラはどうやら勘づいているみたいだ。
「いや、これは恐らく……『魔神族』だろうな」
そして、俺も1度この気の持つ種族と対峙している。知っていても不自然じゃあ無いなら、ここで話しちまっても問題無いだろう。
「……『魔神族』……だと?」
流石のシラヌスも初めて耳にしたんだろうな、反問する奴の顔にも疑問が浮かび上がっている。無論、ヨウとディディの表情も同じようなもんだ。
だけど、ここで詳しくカミーラとの因縁まで説明している時間は無い。当然、そんな状況でも無いしな。
「魔神族は東方の国から飛来した魔物だ。言葉を話すが、共感する事は無いだろう。そして……ある理由からカミーラを狙っている」
「カミーラちゃんを!?」「……むぅ」「な……何故ですぅ!?」
俺の発言を聞いて、三者三様の反応を見せる。ま、そりゃそうだろう。
だけどさっきも考えた通り、ここで丁寧に話して聞かせている暇なんてない。
「詳しい理由は後回しだ。ただ1つ、カミーラはその東国から来た戦士だと言う事だ。……それで、どうする?」
俺のお座なりな解説に、その場の全員が質問を浴びせたかっただろうな。
俺はそんな質問攻めを遮るように、逆にシラヌス達へと問い掛けた。こうする事で、ある意味で攻守が逆転するからな。
「……言うまでもなく、中に居るのは今の俺達にとってはとんでもない化け物だ。戦えば、楽に勝てるなんて保障なんてない」
「……何故……それが分かる?」
俺が問い掛けている途中で、シラヌスが鋭い眼差しを向けて来た。それはこれがさっきまでの疑問じゃあ無く、戦う為に必要な情報だからだろう。
「……1度俺達も戦っている。その時……俺は命を落としているからな。強さを肌で感じているって言う点では、これ以上ないだろ?」
そんなシラヌスに向けて、俺は出来るだけ軽い口調で返したつもり……だったんだが、どうやらそれは上手く行かなかったみたいだ。
カミーラはズンっと重い表情になっちまったし、シラヌスとヨウ、ディディに至っては顔が青ざめている。
「そ……それで、何でお前はここにいるんだ? 生きてるんだよ!?」
ヨウが絶句した表情のまま、何とかその質問を口にした。……まぁ、その疑惑も当然っちゃあ当然だな。俺達のレベルで、蘇生の方法があるなんてのがおかしな話なんだ。
「その時は、我が家から持ち出してきた『聖王の雫』を使ったんだ。それで何とか生き返れたんだけどな」
「せっ! ……『聖王の雫』……だと!?」
俺の口にしたアイテムを聞いて、シラヌスが思わず大声を上げかけて何とか自重し尋ねて来た。奴が取り乱し驚くほど、あのアイテムは俺達だけでなく中級冒険者でも入手が困難な……有名であり憧憬の的でもあったんだ。
そりゃあそうだろう。常に命の危機を考えなければならない冒険者家業を考えれば、そんな危険を回避してくれるアイテムが噂に上らない訳もないもんな。
「そ……それを使ったと言うのか!? 何ともったいない……」
そしてシラヌスにとっては、俺の命よりもその道具の方が価値は上らしいな。……ったく、この辺りはブレないな。
「兎も角、その時の俺達はいまより遥かに弱かった。だけど4人掛かりで死力を尽くして、それで漸く退けるだけで精一杯だったんだ。今の俺達はかなりレベルも上がっちゃいるが、それでも奴1体よりも遥かに低い」
「……お前の感覚で、どれくらいの強さだったんだ?」
ヨウも、敵の強さが尋常じゃないって感じてるんだろうな。汗を浮かべた真剣な表情で、声を押し殺して聞いて来た。
「……その時の魔神族は、恐らくLv35を超えていただろう。中に居る奴も、恐らくはそれくらいだ」
「レベル……35ですぅ……?」
今のディディがLv3だと言う事を考えれば、その数字は遥か高みにいる存在だと思えるだろう。
彼女だけじゃない。俺達のレベルも20前後と、奴に比べればまだまだ低いと言わざるを得ない。
前回は勝てた……とは言え、それは文字通り命を賭けて漸く……しかも、異次元へすっ飛ばしただけだ。今回も、何とか退ける方向で……と考えていた矢先。
「それくらいなら……俺達だけでも倒せるんじゃないか?」
ヨウが、とんでもない事を口にしたんだ。俺は勿論、カミーラも絶句しちまっている。
奴の強さを身に染みて知っている俺達にしてみれば、今の俺達が魔神族を倒すなんて考えも及ばなかったんだからな。
「……ふむ。アレクから貰った『実』もある。これを使い総力で当たれば、Lv35ならば届かない差ではないだろう」
ヨウの提案に、シラヌスも暫し考えて同意した。冷静で頭の斬れる奴がそう言うと、何だか出来そうに思えるから不思議だ。
「ま……〝魔〟の者をこのまま放置する訳にはいかないですぅ」
そして、ここへ来てから妙に気分が高揚しているディディも賛成みたいだ。フェスティス神を崇めていた修道院の出としては、そこを放逐されたとはいえその教えが身に付いてるんだろう。
3人の意見を耳にして、俺はカミーラへと目を向けた。それに気付いた彼女もまた、静かに頷いて応じて来たんだ。
これまでに色々と冒険を重ね、カミーラも少なからず自信を得ているんだろうな。そしてそれは、決して過信なんかじゃあ無いと俺も思った。
4人が全力を尽くせば、今の俺達なら魔神族の1体ならなんとかなると考えられたんだ。
「……よし、やるか」
その場に呑まれた……って訳じゃあ無いんだが、俺も3人の意向を組んで賛同したんだ。
俺達は、意を決して魔神族と戦う事を決めたんだ!
あれから、俺達も強くなっているからな。魔神族の1体くらいならなんとかなるって考えちまったんだが……。
物事が順調に進んでいると〝錯覚〟しちまっている時こそ、災難が押し寄せて来るって忘れていたんだ……。




