行きつく先で
追いかけていた子供が、少し目を離したすきに見えなくなっちまった。
最初から怪しいのに間違いは無いんだけど、それだけの理由で放っておく訳にはいかないし……さて。
子供が姿を消した場所へと辿り着くと、そこからは細い下り坂が続いていた。どうやら子供は、ここから岬の下……崖下へと向かったらしいな。
「……でも、何で1人で行っちゃったんですぅ?」
単純な疑問からか、ディディがポソリと独り言ちた。普通に考えれば、いくら急いでいたって子供が声も掛けずに先へ進むってのは考えにくいもんな。
「……さて。既に目的は達している訳だが、これからどうするのだ?」
ディディの疑問には答えず、シラヌスが冷静な声音で問い掛けて来た。彼女の疑惑も当然だが、それよりもシラヌスの台詞の方が優先度は先だろう。
ここへ来るにあたっての目的は、まずはカミーラの捜索だったからな。彼女が何をする為に単独行動を取ったのか、その行動を援助するのかはまた別の話だ。
「カミーラ。何故お前は、ここへやって来たんだ?」
「何故ってそれは……。あの子供に連れられて……」
俺の質問に対して、カミーラの返答は途中で尻切れトンボとなってしまっていた。
そもそもその子供に連れ出された経緯も問題なんだけど、どうやら彼女はその時の記憶が曖昧みたいだな。深く考え込んでいるカミーラの頭上には、幾つものハテナマークが浮かんでいる様だ。
魔法で作り出された非生物には、特殊な能力を持たされている場合がある。例えば対象に接近して攻撃を仕掛けるとか、接触した相手の近くで自爆するとか、様々な効果の魔法を使うとかだ。
多くの技能を持っちゃいないが、目的を遂行するには最適だろうな。無害な姿……子供やら小動物の容姿で近付かれれば、油断するなってのが難しいんだから。
そして今回は、カミーラに対して軽い暗示やら催眠効果のある術が行使されたんだろう。
「その子供はここにいないし、理由も不透明。怪しいとしか言いようが無いんだが……どうする?」
今この場では、あの子供が非生物だとは知られていない。カミーラ達には、あの子供は本物の人間だと認識されている筈だった。
ここで本当の事を暴露しても良いんだけど、それをするとその理由を追及されるのは間違いないからな。ここは、彼女達の判断に委ねよう。
「……確かに怪しいが」
「……うむ。このまま放ってはおけまい」
「まぁ……こんな所に置き去りにするってのもなぁ」
「もしかしたら、どこかで泣いているかも知れないですぅ」
そして、結論は全員一致で出たみたいだ。カミーラやディディは兎も角として、シラヌスやヨウも〝こっちの世界〟では一般的に常識人なんだなぁ。
「……なら、子供を追うぞ。念の為に、警戒は厳にして……な」
俺の提案は、特におかしいもんじゃないだろう。全員の認識であの子供には不可解な部分があるとされた。注意を怠らない様に行動するのは当然だ。
全員が真剣な表情で頷き、子供が下りただろう小道を辿ったんだ。
細道を下りきると、そこは岩場の海岸となっていた。大きな岩がゴロゴロと山積し、地面に敷き詰められているのも小石だ。砂で足を取られる事は無いけど、歩きにくいのに変わりはない。
他に進みようがなく、殆ど誘導されるように海岸線を慎重に進むと。
「あれは……竜頭亀か!? 何故こんな所に……」
1匹の巨大な魔獣がいたんだ。シラヌスが呟いた通り、大きな陸亀みたいな姿をした魔獣が、その背に洞窟への入り口を塞いで居座っていた。
レギアタートルは、陸上でも水中でも活動が可能な魔物だ。ただ目撃例から言えば、陸上での生息を主としているっぽいな。
その身体は往々にして大きく、大体成人男性を2人縦に並べた程の高さと、5人横に並べた長さを持つ。重量はそれに比例して重いんだけど、その見た目通り非常に硬い事でも有名だ。
攻撃力も高く頭部が龍の姿をしている事からも分かる通り、口からは強力な炎を吐く。動きは鈍重なんだけど、攻防がバランスよくとても厄介な相手だな。
レベルの低いうちは無理に戦わずに、逃げるのがお勧めだろう。幸い相手の動きは鈍く、こちらが逃げれば無理に追って来ないしな。
「……どうする? 仕掛けるか?」
魔物を見れば、戦おうとするのは冒険者の性か。シラヌスが、低く押し殺した声で問い掛けて来る。確かに今の状況じゃあ、一戦を避けて引き返すって訳にはいきそうにない。
もっとも……普通の子供が竜頭亀を躱して中に入り込んだ……ってのは少し考えにくいんだけどな。
冷静に考えれば子供はレギアタートルを躱して洞窟の中へは入れないだろうし、それが出来るならその子供は普通じゃないって話になる。
「だが……子供はどこだ? もしや……中に囚われているのか?」
だけどここで、カミーラが善良な意見を口にした。子供の行動が不可解で自分も暗示やら催眠を掛けられたかも知れないのに、今もこうしてその子供を案じているなんて本当に善人だなぁ。
「もしも捕まってるなら、早く助け出さないとですぅ!」
そしてディディも、聖女らしい意見でカミーラに賛同した。修道院で過ごして根っからの尼僧な彼女は、基本的に疑うって事を知らないみたいだ。
「その子供が、実際は人かどうかも怪しいって話なんだけどな」
逸って見えるカミーラ達に、ヨウがどこか冷めた……冷静な声音で問い掛けた。多分感じたままに口にしてるんだろうけど、そう言った時の方が真実を突いてたりするもんだ。実際奴の発言は、正に核心に迫っていた。
「……それに、あの竜頭亀は簡単な相手じゃないぞ? 奴をどうするかだな」
そこへシラヌスは、最も現実的な意見を突き付けて来たんだ。例え子供が何らかの理由で先へ進んでいたとして、追い掛けるにしても入り口を守る魔物をどうにかしなければならないからな。
「で……でも」
グッと黙り込んだカミーラと、何とか反論しようとするディディ。共に気持ちは子供を追いたいんだろうけど、シラヌス達の言い分も無視出来ない葛藤が伺えた。
そして結局、全員の視線が俺へと集まった。どうするかは、俺に一任された格好だ。
「……分かった。子供を追おう」
本当だったら、子供を追えば更に厄介ごとが待ち構えているのは目に見えている。ここで引き返す方が得策だろうな。
でもそれじゃあ、カミーラとディディは納得しないだろう。理由が定かじゃない俺の話を聞いても、心底得心するとは思えない。だったら、可能な限り調べるのも1つの手だ。
俺の台詞を聞いて、カミーラとディディは笑みを見せて頷いた訳だけど……。何で、シラヌスとヨウも嬉しそうなんだよ。
いや、理由は分かってる。ヨウは戦えるのが嬉しくて、シラヌスはこれを理由に俺から何かアイテムを強請るつもりだ。
まぁ、シラヌスへの報酬はもう考えていたから問題無いんだけどな。
そこで俺は、自分の失態を自覚しちまった。返事をする前に、まずはスキル「ファタリテート」で洞窟内を調べるべきだったか。
―――……ファタリテート。
俺は今更ながらにスキル「ファタリテート」を発動させ、意識を洞窟の中へと向けたんだ。
目の前にいるレギアタートルとの闘いも問題だけど、実はそれほど危惧していない。戦って勝てるんなら問題無いし、もしも無理そうなら逃げれば良いだけだ。足の遅い魔物だから、逃走は容易だろうからな。
問題は……その先だ。洞窟内には少なくとも、非生物として子供を作り出したり式神を操る存在がいる筈だ。それが犯罪組織の一員なのか魔物なのかは分からないけどな。
その存在を確認して、出来ればその宿命を覗き見る。どう言った相手で勝てるのかどうかを調べておけば、その後の対応も出来るってもんだからな。
俺の意識は、白黒となり万物の制止した世界を突き進む。動かない竜頭亀をすり抜けて、その後ろに続く洞窟内を進行した。
思っていたよりも長い洞内には特に罠みたいなものは無く、暫くするとかなり広い空間へと行き当たったんだけど……。
「な……何であいつ等がここに!?」
そこで見たのは、黒い硬質の身体を持つ……魔神族だったんだ!
俺が目にしたのは、因縁浅からぬ魔神族だった!
何故、こんな所に奴らが……!?
いや……カミーラを探して世界中に散らばっているだろう魔神族だ。ここで遭遇してもおかしくは無い……か。




