戦場の歌姫
それぞれにすべき事が決まった!
全員の力を合わせて、攻め来る魔物どもを撃退しないとな!
方針は決した。後は行動あるのみだ。
「マリーシェとカミーラを前衛にして、バーバラが中衛、サリシュは後衛で援護と魔法攻撃だ」
俺の指示に頷いて応じて、彼女達は浜辺の方へと掛けて行った。もうここからでも魔物の姿はハッキリと確認出来るし、戦っている者達や襲われている人達も確認出来る。
「それじゃあ、シラヌス! あたい等も負けてらんないよっ!」
まるで競争でもするように、然したる指示や作戦もなくグローイヤが駆け出し、それにヨウも続いて行った。
ここだけを見れば、自由に暴れまわるグローイヤ達を後衛でシラヌス達が帳尻を合わせるってのがこいつ等のスタイルか。それが証拠に、グローイヤは嘆息気味に駆けて行ったグローイヤの背中を見送っている。
「……なぁ、シラヌス」
そして後へ続いて行こうとする奴へ向けて、俺は声を掛けて呼び止めた。今回の件で、こいつの意見を聞いておきたかったからな。
無言で立ち止まり、声もなくこちらを見つめるシラヌスの目が「要件を言え」と言っている。だから俺は、その要求通りに話を続けたんだ。
「この魔物の襲来は自然発生じゃない。恐らくは、後ろで糸を引いている奴がいる」
俺が切り出すと、シラヌスも異論は無いのか沈黙で応じて来た。ここまでは、恐らく奴も同意なんだろう。
因みに、シラヌスの隣にはスークァヌもいるんだけど、彼女も面白そうに話を聞いていた。
「今回の件に、あいつ等が……闇ギルドが関与していると思うか?」
俺の口にした予想に、表情を崩さないシラヌスの眉がピクリと反応した。奴は俺が、シラヌス達を疑っているって勘ぐったのかも知れないな。
シラヌス達がそう考えるのも仕方がない事だ。なんせ奴らは、少し前までその〝闇ギルド〟に所属していたんだからな。
闇ギルドは、別段「悪の秘密結社」と言う訳じゃあ無い。単なるギルドの一形態だって考える方が自然だろう。
ただ依頼内容の殆どが非合法であったり、殺人や誘拐といった非人道的なものが多いってだけだ。
無論その仕事内容は公的機関に目を付けられるし、下手をすれば官憲に追い回される事となるだろう。だから真っ当に冒険者生活を送る者は、好んで〝闇ギルド〟には参加しないだろうな。
浅い付き合いならば〝闇ギルド〟の仕事を受けるも拒否するのも自由だ。ギルド側も、相応に重要度の低い仕事しか割り振らないから目を付けて来ないだろう。
しかし〝闇ギルド〟に深く関わろうものなら、簡単に組織から抜け出す事は出来ない。強引に去ろうものならば、追っ手を差し向けられ消されるだろうな。
「〝闇ギルド〟が関わっている可能性は低くないだろうな。だが、あ奴らが一枚噛んでいるかどうかは、正直なところ不明だ」
俺の質問の意図を正確に読み取って、シラヌスは静かに答えた。
こうした無差別な攻撃を装った暗殺は、これまでにも〝闇ギルド〟が執って来た手法の1つだ。だからシラヌスの見解ももっともだろう。
だが〝あいつ等〟が関わっているかどうかは確かに不明だろうな。もしかしたらシラヌスならその辺りの情報も握っていると思ったんだが。
俺達の話すあいつ等とは……〝リバル=エスフロス〟一党の事だ。
確かあいつ等の仲間に、「ヨナ」って呼ばれていた魔獣使いがいたはずだ。あれだけの技量の持ち主なら、これくらいの数の魔物を嗾ける程度なんでもないだろう。
「あいつ等の目的が分からないんじゃあ、特定の人物が関わっているかを考えるのは不毛だねぇ」
そんな俺の思考を察したのか、スークァヌがやんわりと注意喚起してくれた。余りにもリバルの存在を意識しすぎて、そう決めつけてしまう事は確かに拙い状態だったな。
「確かに、今はその事を詮索しても仕方ないな。すまないが、シラヌス達は出来るだけ術者の存在を気に掛けておいてくれ」
俺も、すぐに前線へ向かわなければならない。近接戦闘を行いながら、魔物を差し向けて来る奴を探すなんて芸当は不可能だ。
「……うむ。しかし、あまり期待しないでくれ」
シラヌスの返事を聞いて、俺もその場から駆け出したマリーシェ達の元へ向かったんだ!
俺がマリーシェ達の元へと合流した時、既にそこは大混戦となっていた。何せ魔物の数が多い。自分たちの周囲を守りつつ魔物をこれ以上進ませないだけで精一杯となっていた!
「防げですぅ! 悪しき意思を、聖なる祈りは通さないですぅ! ……聖壁ですぅ!」
俺の到着と同時に、ヴィヴィが聖属性防御魔法「聖壁」を発動させていた!
通常の者なら、2つの魔法障壁を出現させるだけで精一杯だろう。でも〝聖女〟である彼女なら、もう少し多くの障壁を作り出せるみたいだな。
ヴィヴィは同時に、俺とマリーシェ、カミーラへ聖なる防御を掛けてくれたんだ!
「集え氷霊。その凍てつく檻は何人も捕らえて逃さず。……氷の壁」
そして殆ど同時に、サリシュが波打ち際に氷の壁を出現させたんだ!
絶妙に真ん中だけ通り道が作られたその壁は、海からの魔物の侵入を阻害して入って来る数を抑制してくれる。こういう集団戦に対して非常に効果的だな。
以前の「トゥリトスの町」で行われた戦いでの経験が、確実に活かされている証左だと言って良いだろう。
そして氷の壁の隙間から入って来る魔物を俺とマリーシェ、カミーラで交互に入れ替わり倒していった。
すぐにその通り道は魔物の死骸で通れなくなるのだが、タイミングよくサリシュが別のポイントに隙間を作って魔物が他へ流れない様にしてくれていた。
このままでも、俺たちの戦っている場所ではかなり長い時間持ち堪える事が出来るだろう。
『皆さぁんっ! これより、私たちの「歌」をお届けしまぁすっ!』
『私たちの「歌」を聞いて、元気に戦って下さい!』
そこに音声拡声魔法で、ミハルとトウカの声が響き渡った! 恐らくは、これから彼女達エスタシオンが「呪歌」なり「聖歌」なりで戦闘補助をしてくれるんだろう。
その声を聞いて、途端に戦場のそこかしこから歓声が沸き上がる! どうやらこの戦いに参加している冒険者達の中にも、エスタシオンのファンは少なからずいるようだな。
そして、彼女達の歌声が戦場に響き渡ったんだ!
軽快な調子の音楽が、大音量で戦いの場に流れだした。これだけを聞けば、とても「呪歌」や「聖歌」の効果が齎されるとは思えない。
俺の知る「歌人」の歌と言えば、朗々と紡がれる重厚で厳粛なものが多い。印象として真っ先に浮かぶのは、聖職者が神殿で行う讃美歌に近いだろうか? ……でも。
『……戦士たちの鼓動、この戦場に響き渡るぅ』
彼女達の歌はそれとは全然質の異なる、どこか明るく軽やかな曲調だったんだ。トウカの澄んだ歌声も、普段とは違い優しく聞く者を引き付ける響きを纏っていた。
それと同時に、それを耳にした者達の身体が僅かに青く光を発する。
「これは……『防御補助の祈り』か。彼女は防助歌人だったのか」
トウカの歌の効果で、防御力が僅かに向上し特殊攻撃に対しても耐性が上がった筈だ。
『……信じる者を、愛する者達を守る為にぃ』
次に聞こえて来たのはカレンの歌声だ。普段は溌溂とている彼女も、この曲ではどこか清楚で可愛らしい印象を受ける。そしてこの歌にも、当然補助効果が含まれていて。
「へぇ……。『治療補助の祈り』か。カレンが癒助歌人なんて、ちょっと意外だな」
薄っすらと身体から発せられた光は淡い緑色。これは僅かずつだが体力を回復させ、軽い怪我ならば自然治癒を速めてくれる効果がある。
カレンの性格を考えれば、彼女は他の呪歌を使うと思っていたんだけどな。
『……夢を諦めないで! 明日を信じて!』
次いでやや強い歌唱を披露したのは、これまた意外と言って良いシュナだった! 普段は引っ込み思案で声も小さい彼女が、まさかこれ程までに激しく力強い歌を唄うなんてなぁ。
彼女のパートが始まると、俺たちの身体には淡い紫色の光が点る。
「幻助歌人の『幻惑補助の祈り』か。これもまた珍しいと言うか……」
これは敵からの幻惑攻撃に耐性を与え、敵に対して幻覚を与える補助呪歌だ。幻影を見せると言ってもそれほど強力なもんじゃあない。
でも魔獣どもにしてみれば、獲物がブレて見えるだけでも攻撃が定まらず困惑させる事が出来るだろう。
『……勇敢なる戦士たち! 今こそ立ち上がって!』
そして最後に、ミハルの跳ねるような綺麗な声が流れたんだ! この曲のクライマックスといった処か?
それと同時に、俺たちの身体に赤い光が点った。
「なるほど。最後に『攻撃補助の祈り』か。理に適ってるな」
ミハルの攻助歌人による歌のお陰で、俺達の攻撃力が底上げされた! 魔法で補助を行う場合は、まず防御力や回復を優先して攻撃力は最後にするのは定石だからな。
エスタシオンの唄う歌は、その順番を確りと押さえた構成になっていたんだ。
彼女達の「歌」によって、海岸を舞台にした戦闘は冒険者達に有利に働きだしていた。
戦う俺達へ、エスタシオンの歌が力を与えてくれる!
実際に魔法効果を伴うその歌声は、この戦場で冒険者達に計り知れない力を与えてくれたんだ!




