四季娘、再び
色々とあったけど、俺たちは漸くマールの町、その入り口に辿り着いていた。
周囲はすっかり冬から……夏だった。
マリーシェとセリルは、目を輝かせてウキウキしながら歩いていた。……まぁ随分と互いの距離は離れているし、見ている方向も別なんだけどな。
「見て見て、アレク! これ、すっごく綺麗よね!」
どんどんと軒を連ねてゆく露天や店に並ぶ品物を見て、マリーシェが燥ぐように声を掛けて来る。
当初はこの町へ来る事に懐疑的だったけど、辿り着けば誰よりも楽しんでいるのは彼女だろうなぁ。……もっとも。
「……ほんま、元気やなぁ」
「……うむ。流石はマリーシェか」
「……あれは……真似出来ない」
「……お腹空いたですぅ」
女性陣は随分と疲れ果てているみたいだった。と言うよりも、この暑さにやられているって感じか。
多分体調に問題ないなら、カミーラたちもマリーシェと一緒になって騒いでただろう。
「お……おおっ! あんな所に、あんな水着を着た女性がぁ!」
そしてセリルもまた、眼前に広がる青い海を縁取る白い海岸線……そこで戯れる健康的な女性を目の当たりにして歓喜の声を上げていたんだ。
普段ならここで、女性陣の侮蔑交じりの批難が注がれるものなんだけど、今はその元気もなく奴を止める言葉は何処からも聞こえない。だからセリルも、思う存分堪能してるんだろうけどなぁ……。
セリルよ……突き刺す様な視線が無数に投げ掛けられている事に……気付け。
強い日差しの中を、俺たちは中心地へ向かって歩いていた。なるべく早く宿に入り涼を取りたい処だろうけど、出来れば町の中心に近い方が行動するには便利だからな。
……なんて考えていたんだけど、どうやらそれが間違いだったみたいだ。
「ア……アレクよ。陽射しがキツイ上に……人が多くなって来たんだが……」
カミーラの言う通り、中心地へ近づけば近づくほどに人の密集度は高まっていた。さっきまでと違い、今は盛況な祭りの中を歩いているくらいに混雑していた。
「な……なぁ、アレクゥ。この町って……いっつもこんなんなん?」
弱っている上に大勢の人に揉まれて、すでにサリシュはグロッキーだ。そしてそれは、カミーラとバーバラも同じだった。ディディに至っては、もはや空腹で口を開くのも億劫なんだろうなぁ。
それまで元気だったマリーシェでさえ、すこし辟易としちまっていた。
「おぉっ! あの娘の着ている衣装って変わってんなぁっ!」
そんな中で唯一元気が衰えないのは……セリルだった。うぅん……水を得た魚ってやつか? 海だけにな。
しかし確かに、この盛況ぶりは少し驚くべき事態だった。
この町は確かに常夏で、いつ来ても賑やかなのに間違いない。毎日どこかで何らかのコンテストやら催し物が開かれていて、毎日がお祭り騒ぎなのに間違いはない。
だが……いやだからこそ、これほど人が集まるのは珍しいと言えたんだ。
連日喧騒が続けば、どれほどのお祭り好きでも飽きてくる。それが1年を通してなら猶更だ。
余程の大きな催しでも無ければ、如何にこの町でもこれほどの人混みにはならないだろう。と言う事は……。
でも今は、その理由を調べたり考えている場合じゃない。兎に角女性陣が休める場所の確保を急がないとな。
まだ中心地には少し離れているけど、俺達は比較的小綺麗で空いてそうな宿を見つけてそこへと向かったんだ。
漸く陽の光を避け、人の波から解放される場所へと辿り着いた。
「「「「「はぁ……」」」」」
マリーシェ達は一様に、殆ど同時に安堵の溜息を吐いていた。……ディディだけはちょっと声音が違っていたんだけどな。
まずはここで食事を……と考えていたら。
「おい、アレク。この騒ぎの原因は多分……これだぜ?」
慌ただしく動き回っている若い女性の給仕人に声を掛けようとしていた俺に、何かを見つけたセリルが声を掛けて来た。
ニンマリと笑みを浮かべた奴の親指が向く背後には、デカデカとポスターが張られていた。
―――「熱砂に舞い降りる妖精たち! 潮騒の調べに乗せて、幻想の音楽界を今宵! 四季娘、降臨す!」
見ればそれはアルサーニの街でコンサートを開き、後に俺たちと一悶着を起こしたあの「四季娘」がここで音楽会を行う広告だった。紙面一杯に描かれた4人の元気一杯な水着姿に、やや大袈裟とも思える派手な見出しがデカデカと記されている。
「どうやら今夜、ここで開催されるらしいぜぇ。くぅ……楽しみだなぁ」
そしてセリルは、心底期待していると言った表情で悦に入っていた。奴はどうやら今夜、この歌会を観覧しに行くようだ。
「……エスタシオンかぁ。……ここでコンサートを開くんだなぁ」
そのポスターを見ながら、俺は何とはなしに呟いた。全くの赤の他人と言う訳でもないだけに、多少は興味を惹かれてもそりゃあ当然って話だろう。
「……ふぅん。……あの娘達、こんな所でもステージを開くんだぁ」
ただ、そうは感じ取っていないのは……女性陣だ。
「……何や、何処でもエライ人気あるんやなぁ」
「しかし……このような姿で人前になど……恥ずかしくはないのか?」
「……私には……絶対……無理」
「……お腹……空きましたぁ」
マリーシェのやや棘の入ったコメントから始まり、みんなの意見は概ね非友好的だった。
まぁ、何故かアルサーニの街では対立構造になっていたからな。嫌っているとまではいかないまでも、好感は抱いていないってところか。
「なぁ、アレク。今夜、早速見に行ってみようぜ?」
そんな女性陣の気持ちなどお構いなしに、セリルは俺をエスタシオンのコンサートに誘ってきた。
ジロリ……と、一斉に5人からの視線が俺に注がれる。……いや、そんなジト目で俺の答えを待たなくても良いじゃないか。
「そ……そうだな。ちょっと見に行ってみるか」
とは言え、俺たちはここに様々な経験を積みに来たんだ。……まぁ、特に予定のない休養ともいうけどな。
兎も角、この町で起こる祭りや催しは出来る限り見て参加し、体験するのも悪くないだろう。そう言った意味で、エスタシオンのコンサートだって例外じゃないんだ。
「ちょっ……アレク!? 本気なのっ!?」
そんな俺の呟きに、マリーシェが即座に反応して来た。無論、他の女性陣も同じ意見のようで頻りに頷いている。
「まぁ少し落ち着けよ。俺達はここに、色々と見に来たんだろ? なら、この『エスタシオン』の歌会だって例外じゃねぇよ。それにアルサーニの街で一度見たとはいえ、常夏の浜辺で行われるものは見た事が無いだろ? どんなイベントが行われるか、興味はそそられないか?」
鼻息の荒い彼女達へ向けて、俺は考えていた事をそのまま述べた。
正直に言えば、この町で今後の冒険に直接役立つような知識を得る事が出来るかと言えばそれは……疑問だ。ここは歓楽地であり、ただ楽しむだけに作られたような町だからな。
それでもそういう場所に来た事がある、知っていると言うだけで誰の関心を買うか分からない。話の広がりを齎してくれるのか知れたものじゃないんだ。
そう言った多くの知識は、決して無駄にはならないって事を俺はよおぉく知っているからな。
「それは……そうだが」
俺の反論を受けて、マリーシェ達は全員黙り込んだ。ポツリと漏らしたカミーラだったけど、上手く俺に言い返せるような言葉は見つからなかったみたいだ。
「まぁ、夜までには時間があるんだ。それぞれ、じっくり考えれば良いんじゃないか? それにここではコンサートだけじゃなくて、祭りやらパーティーも開かれるらしいからな。それぞれ、興味のあるものを見に行くって事でも良いだろう」
今はまだ昼過ぎだし、四季娘の歌会までまだ時間はある。行くも行かぬもそれぞれがゆっくり考えて決めれば良いだけだ。
全員に反論が出て来ない事を確認して、俺は改めてウエイトレスに声を掛けた。パァっと明るくなったディディの表情がやけに印象的だったな。
まさかあの「エスタシオン」がこの町に来ていたとはなぁ。
まぁまた顔を合わせる事は無いだろうけど、そのコンサートを見るくらいは問題無いだろうな。




