常夏の町
アイテムは用意し、ディディへと渡した。
後は、これらの道具がちゃんと効力を発揮してくれるかどうかなんだけど……。
俺がディディへとアイテムを渡してから2日後。俺たちは、今度こそ「観光地マールの町」へと向かう為にジャスティアの街を出発したんだ。
「ご……ごちそうさま……ですぅ」
「「「「「おおぉっ!」」」」」
2日前の昼食を終えた時、マリーシェ達は普段ならあり得ないような声で驚いていた。それくらい、彼女達にしてみれば驚愕だったろうし何よりも……これ以上ないくらい嬉しかったんだから仕方がない。
「これくらいなら、私たちと大差ないわよね!?」
「……そやなぁ。同じくらいとちゃうかぁ?」
「……うむ。先日までの事を踏まえれば、十分に許容範囲だ」
「……あの首飾りの……効果があったってことね」
「良かった……良かったなぁ……ディディちゃん」
マリーシェ達に囲まれて、ディディはどこか照れているようで身を捩っていた。いや、本当に良かったよ……。
どうやら俺の渡した「封魔の首飾り」は無事効果を発揮し、ディディの中に居る精霊「喰女」の能力である「大喰い」を打ち消してくれているみたいだ。同年代の女の子としてはやや食べる方だろうけど、それでも「大食漢」と言う程じゃあ無い。
現実的な問題として悩みの種だった彼女の食事量はこれで解決し、ディディが俺たちと同行するのには費用的になんの不安も無くなった。後は……彼女の冒険者としての能力面の話なんだけど。
その後ジャスティアの街を出て、早々に見つけた黒犬の群れへ向けて俺たちは戦いを嗾けた。無論、普段ならこんな雑魚はやり過ごすし、黒犬どもも俺たちに襲い掛かって来ようとは思わなかっただろうけどな。
「……よし、ディディ。セリルを回復してやってくれ」
いくら雑魚とはいっても、10匹近くいる魔物相手に俺とセリルだけじゃあ無傷と言う訳にはいかない。特に片手剣が主体の俺とは違って、戦斧が主武装のセリルは小回りが利かないから僅かでも手傷を負ってしまうんだ。……まぁ掠り傷程度だけどな。
「は……はいですぅ!」
本当だったら薬草でも付けておけば数日で治るだろう傷に、わざわざディディの回復魔法を使うのはまぁ……実践だ。
先ほど彼女に身につけて貰った「〝呪われた〟魔力の耳飾り」の効能を確かめて貰う為だな。
「……白き御手は……聖なる輝きですぅ。……治癒の奇跡」
やや緊張した面持ちでディディは魔法を使った。回復系魔法で最も初歩的である「治癒の奇跡」。これは、回復系魔法使いでもレベル1から使えるものだ。
修道女である彼女ならば、女神の恩恵を受けている今ならば簡単に使えて当然。レベル3の彼女ならば10回使っても余力があるだろうな。
でもこれまでは、そんな魔法を使っても2回が限度だったという話だ。多少の酷い傷もたちどころに治してしまったらしいけど、たったの2回しか使えないんじゃあ意味がない。
「おおっ! 傷が治ったよ! ありがとう、ディディちゃん!」
セリルの負った傷は小さなもので、魔法を使えば治るのは当然だ。でもセリルは大喜びでディディにお礼を言っていた。
……考えてみれば、セリルの奴がサリシュに回復されてるところを見た事が無いなぁ。……なんだか、不憫に思えて来た。
「……ディディ、消費魔力の様子はどうだ?」
だが今は、そんなセリルに同情している場合じゃない。俺はディディに向けて、今の状態で魔法を使用した感じ……手ごたえを確かめた。
魔力の総量や残量ってのは他人に知る術は無いんだけど、使用者本人には感覚や疲労度で分かるからな。
これまでのディディの魔法は、レベル1の魔法でも随分と無駄に魔力を消費していただろう。だから、その違いを問い掛けたんだけど。
「……はい、大丈夫ですぅ! まだまだ使える感じですぅ!」
彼女からの返答は、とても喜色ばんでいた。どうやら、こちらの方も無事に問題なかったみたいだな。
「やったね、ディディ!」「……良かったなぁ」「……これで一安心だ」「……ふぅ」
そんなディディの台詞を聞いて、女性陣も胸を撫で下ろしたみたいだ。妹みたいな存在のディディを、彼女達は随分と気に掛けていたからこれは当然だろう。
「良かったなぁ……ディディちゃあん……グスッ」
でもまさか、セリルまでディディの事を妹のように思っているとは思わなかったぞ。もっとも、涙で顔面をグチャグチャにしているセリルに、ディディを含めた一同はかなり引いちまってるけどな。
兎も角これで、何の問題もなく冒険を続けられることが証明された。
早速気を取り直して、俺たちは目的地であるマールの町へと向けて移動を再開したんだ。
食欲も抑えられ、魔法も分相応に使う事が出来るようになった。ディディにおいては、一先ずはこれで問題ない。
レベルが上がればいずれは耳飾りが無くても問題なくなるだろう。彼女は「聖女」でもあるんだから、多分魔法力の上昇も期待出来るだろうし。
もう一方の問題だけど、これは気長にディディから精霊を引き剥がせる者……〝除霊師〟を探すしかない。
俺の知っている除霊師の居る場所は随分と遠く、低いレベルでは辿り着けない。定住せずに世界を放浪している者もいるって話だから、運よくそういう者に出会う事を祈るしかないなぁ。
そしてジャスティアの街を出て3日後。
「うっわぁっ! 綺麗っ!」
マリーシェは、長く続く白い砂浜や青い海に感動し。
「……ウチは、この暑さがキッツイわぁ」
サリシュは、容赦なく照り付ける強い日差しに辟易し。
「何と言うか……とにかく眩しいな。目を開けておけないと言うか……」
カミーラは、周囲から照り返す陽光に目を眇め。
「……しかし……冬から夏とは変な気分だな」
バーバラは、急激な気候の変化に驚き。
「うっほおぉっ! 海水浴をしている女の子があんなにぃっ!」
セリルは、海辺で戯れる女性に興奮を隠すことが出来ず。
「……お腹が空いたですぅ」
ディディは、腹を空かせていた。
俺たちは漸く、マールの町への入り口に辿り着いたんだ。
と言っても、本当に町の入り口……門や扉の前に立ったって訳じゃあ無い。
この町は元々、他の町と違って塀や壁で区分けられている訳ではなく女神像も設置されていないからな。どこからどこまでが町だと言うハッキリとした仕切りは無いんだ。
徐々に家屋や商店が目に付きだし、中心地へ向かうにつれてそれらは乱立し賑わって行くって感じだな。
街道沿いに店舗や宿屋が軒を連ねている訳だけど、女神像に守られている訳でもないので安全とは言い難い。それでも商人や店主たちに、魔物を気にして怯えているそっぶりなんて微塵も無かった。
それは偏に魔物どもがこの地へと襲って来る懸念が殆ど無いと知っているからだろう。
その理由はこの地方一帯に複数の強い精霊が働きかけていて、どうやら魔物どもはそれを嫌って近づかない傾向にあるらしかった。
まぁ、それでも侵入してくる魔物はいるんだけどな。
それでもここは村や街並みに安全だと認識された場所であり、その原因でもある精霊の恩恵で観光地として賑わっていたんだ。
「とりあえず、中心地へ行ってみよう。宿を決めないといけないし、何よりもまずは食事を摂らないとな」
今は既に昼時を過ぎている。陽射しは強く茹だる暑さはまだまだ止みそうにない。
冬の地域からいきなりこの暑さじゃあ、まだ体が慣れていない俺たちだとすぐに参っちまうからな。
「そうねっ! そうしましょう!」
「賛成、さんせぇい!」
マリーシェとセリルが元気よく同意し、他の面子もやや弱いながらも同意してくれた。すでに暑さにやられちまってるのかもな。
「とりあえず今日はギルドへは行かずに、このまま自由行動にしよう」
暑さで衰弱しているのに動いても結果は伴わない。頭も回らない状態じゃあ、ギルドでクエストを見るにも選ぶのも効率が良いとは言えないだろうしな。
「「やったあぁっ!」」
メンバーの中で元気いっぱいなマリーシェとセリルだけが、俺の提案に大喜びしていた。
何だかんだで辿り着いたマールの町。
ここへは特に目的は無いんだけど、来たからには何か行動しないともったいないよなぁ……。
なんて考えてたら、騒動は向こうの方からやって来てくれるみたいだ。




