呪いのアイテム
所謂「呪われたアイテム」を装備しろと言われて、ディディを始めとした全員が息を呑んでいた。
そりゃあ、普通は「呪われたアイテム」なんて使えって言われないだろうからなぁ。
全員が俺の方へと顔を向けている。……不信感はこれ以上ないけどな。
特にサリシュと、実際にこれを身に付ける様に言われたディディの忌避感はこれ以上ない。
そりゃあ〝呪われたアイテム〟を装備しろなんて言われれば、そんな顔になるのも分からないではないけどな。
「俺たちが呪われている道具や装備に接する機会なんて多くない。だいたい、そんなアイテムを手に入れる様な場所へは行く機会も無いんだから仕方がないけどな」
俺が話せば話す程、だんだんとマリーシェ達の雰囲気が和らいでゆくのが分かる。ちゃんと説明されれば聞く耳を持つってのは、この際は美徳だよな。
「でも俺の知る限りで、呪いの掛かっている装備やアイテムが必ずしも良くない結果を齎すとは限らないんだ」
そこまで話して、流石に彼女達の顔には疑問が浮かんでいる。どうにも想像がつかないと言った風情だ。
「……それはおかしい話ではないか、アレク? 呪い……と言うからには、何かしら状態を悪くする呪法が掛けられているのが常であろう?」
「……呪われたアイテムで……良い話を聞いた事が無い」
それを口に出して問うて来たのがカミーラとバーバラだった。その問い掛けに、マリーシェやサリシュ、セリルにディディも頷いて同意していた。
彼女達の言わんとする事も分からないではないが、それは俺たちのレベルではそんな事案に直面しなかっただけなんだよなぁ。
「……だいたい〝呪い〟と言う言葉だけで、その物に掛けられている効果を邪悪なものだと考えるのは間違ってるんだぞ?」
異論を唱えていたカミーラたちに答える形のこの言葉も、当の彼女達には今一つピンと来ないようだった。
しかし、それも仕方ないかもな。そもそも〝呪い〟と言う言葉に先入観として禍々しい印象しか受けないんだから。
「例えばそうだな……。以前にお前たちに貸し与えたこの『魔力の耳飾り』や『力の指輪』『素早さの腕輪』なんかは、魔法効果と言う〝呪い〟が付与されたアイテムなんだぞ?」
「ええっ!? あれって呪いのアイテムだったの!?」
「そ……それは一体、どういう事だ!? その様な話は初耳だぞ!?」
だから俺は例を出して説明しようとしたんだが、それを聞いてマリーシェとカミーラは驚きを隠せないでいた。ただ、サリシュは何やら深く考え込んでいるみたいだけどな。バーバラとセリルには「アクセサリー」を貸した事が無いから、今一つ理解し難いみたいだった。
「そもそも〝呪い〟ってのは〝呪術〟と深い関りがあって、様々な物に魔法的効果を付与する術の一系統なんだ。その効力が装備した者にとって能力の加算となるのか減算となるのかは、それを作った者の使用した魔法や呪術によるって事でしかない」
半ば唖然としているマリーシェ達に向けて、俺は出来るだけ静かな声音で話を続けた。でも話せば話す程、彼女達の混乱の度合いは膨らんでいるみたいだ。……ただ1人を除いて。
「……なるほど、そうなんやぁ。つまり製作者が効力を付与して定着させる際に、善良な考えか邪な思考やったかどうかで〝呪われたアイテム〟になるかどうか変わるっちゅうんやな? ……いや、ちゃうな。そもそも〝呪われたアイテム〟っちゅうて忌避する事自体が間違っとって、そのアイテムが使用者にどんな効力を齎すかの違いしかないっちゅうことか……」
「そっかぁ……。と言う事は、私たちにとって効果の出ない道具は〝呪われた物〟って言われているだけなのかな?」
「……〝呪われている〟から能力が下がるのではなく……最初からそう作られている物を〝呪われた〟と区分けしているのね」
まるで独り言みたいに、サリシュは考え浸り込みながら呟いていた。でもその説明じみた独白のお陰で、マリーシェ達にはどこか合点の言った風情が流れていたんだ。
彼女達の言う通り、実はこの世の中に真に「呪われた道具」と言うのは本当に稀少だ。
一般的に言う〝呪われた道具〟は、市中に出回った製作者の意図しない「失敗作」の方が多いと俺は考えている。
失敗しても製作者側としてみれば、それは丹精込めて作った〝逸品〟に違いない。そのまま処分するのは忍びなかったんだろうな。
それを市井に持って行けば、その価値の分からない業者は買い取ってそのまま売り出すだろう。そうやって、世に言う〝呪われたアイテム〟は出回ったんだと思う。
まぁその後、その効力などの問題が発覚して扱いも慎重となり、多く流通する事は無くなったんだろうけどな。
ただ魔法使いやその手の事に詳しいものがその道具を見れば、それの発する「負の魔力」を感じ取って忌避感を覚えるんだろうが。
「この耳飾りは確かに〝呪われた〟効力を持っているけど、使用者の能力を減衰させる以外の効果は無い。身に付けたからと言って、俗に言われる『呪い』の類は発現しない事は確認済みだ」
それでも嫌そうな顔を浮かべているディディに、俺は落ち着いた口調で話し掛けた。特に「修道女」であり「聖女」でもある彼女には、この「負の魔力」は受け入れがたい気配なんだろう。
でも、これを装備して今後行動する事が一番彼女の為になる。逆に言えば、これを使ってくれないと同行させるのには難が生じるんだ。
「あの……これ……。身に付けたら二度と外せないなんて事は……無いですぅ?」
まだ踏ん切りのつかないディディは、恐々と俺に質問した。
この〝呪われたアイテム〟の厄介な処は、必ずしも「失敗作」ばかりではないと言う部分にある。つまり、わざとその様に作った悪意ある物もあるって事だ。
流石にそれらは、ある意味で〝呪われた〟……いや〝呪った〟アイテムだと言えるだろうな。
何をどうしてそうしたのかは不明だけど、製作者が意図して使用者の足を引っ張る様な効果を齎すものも在る。その中にはディディの言ったように、装備するとそれが外れなくなる〝呪術〟が付与された物もあるんだ。
これが発覚した時は「解呪」するしか無い訳だけど、それを行うと同時にその道具は消失してしまう。
「鑑定した時点でそれは確認出来ていないみたいだから大丈夫。勿論、絶対って訳じゃないけど、信用してくれて良いよ」
鑑定したのは前世でのシラヌスだ。奴は金には汚く非情だったけど、腕前だけは確かだったからな。
「……所謂〝呪いのアイテム〟を身に付けるのに抵抗はあるだろうけど、今のところ解決策はこれしか無い。どうしても嫌だと言うなら仕方が無いんだけど、その場合は……」
こればっかりは、無理強いさせる訳にもいかない。使用するのはディディ本人だし、彼女の言う通りもしかすると他にも隠された〝呪い〟があるかも知れないからな。
「……分かりましたですぅ。……装備してみるです」
随分と黙考して、ついに彼女は決断した。どうやら、装備する事を決めたみたいだ。
ディディは静かに耳飾りを身に付け、その様子を俺たちは息を呑んで見守っていた。
彼女が装備し終えると、その耳飾りがわずかに光を発したように感じた。多分、耳飾りが効力を発揮したんだろう。
「ディ……ディディ? ど……どう?」
恐々とマリーシェが問い掛けるが、ディディからの返事はない。彼女は目を閉じたまま、内面を深く探っているみたいだ。……そして。
「……うぅん。良く分からないですぅ」
目を開けたディディは、僅かに笑みを浮かべて申し訳なさそうな台詞を口にした。それを聞いてマリーシェ達は、またもガクっと肩を落としたんだ。
まぁ……そりゃそうか。
能力が減衰したと言っても、それは街の外での話。女神の像の加護が利いているこの街の中では、自分にどんな影響が出ているのかなんて分からないもんな。
「それじゃあ、午後から一度外に出てみるか。実際の戦闘になれば、少しはその効力も分かるかも知れないしな」
時間はもうすぐ昼時になるってところだ。昼食後に街の外へ向かうのも悪くない。
それに、まずは彼女に身につけて貰っている「封魔の首飾り」の効能も確認しないといけないからな。
俺の言葉に全員が頷き、とにかくまずは食事へと向かったんだ。
とりあえず装備には問題が無かった。
ここからは、ちゃんと機能してくれるかどうかが重要となるんだけど……。
こればっかりは、実際に試してみないと分からないからな。




