使わなかった道具たち
事は一刻を争う。
このまま放置していては、俺たちの財政が危機に陥っちまうからな。
俺は急いで、その準備に取り掛かったんだ。
部屋に戻った俺は、早速「魔法袋」を漁りだしたんだ。無論、セリルとは別々に部屋を取っている。
まだ奴に……そしてマリーシェ達に、大っぴらにして良い秘密じゃないからな。……もっとも、もうなぁんとなく気付かれてるかも知れないけど。
それは「魔法袋」の存在の事じゃない。俺が簡単にアイテムを用意出来ると思われたくないんだ。
だからこそ俺は両家のお坊ちゃんと言う設定を受け入れてるし、そう振る舞う必要があったんだ。
「……さてっと。まずは……」
そんな態度に信憑性を与える為に、まずはディディの症状に見合ったアイテムの確認をしないとな。
「確か……捨てずに取っておいた筈なんだけど……」
マリーシェ達の前で「ディディの状態を何とかする方法が俺にはある」なんて言っちまったけど、本当のところは「あったと思う」が正しかったな。
手に入れたけど一切使わず見る機会も無かったんだ。もしかすると売っちまったかもしれないし、そうでなければ捨てたか……他の奴らに譲っちまったか……。
「……お! あったあった!」
俺は2つのアイテムを引き出しながら、思わず声に出して安堵していた。
前世では、依頼の報酬の管理以外は自由な山分けだったからな。可能性として、グローイヤやヨウ、スークァヌに渡していたかも知れなかったんだ。
「……まさか、こんな事で使う事になるとはなぁ」
俺はそれらを眺めながら、感慨深く呟いていた。
俺の取り出したアイテムの1つは「封魔の首飾り」と呼ばれる抗魔の呪物だった。これはその名の通り魔の者……特に襲って来る精霊に対して用い効果を発揮するものだ。
精霊に良い存在も悪い者もいない。ただ、自分の役割を忠実に熟すだけだ。その中には近付く者を……通る者に対して攻撃的な存在も少なくない。
そこで役に立つのがこの「タリスマン」と呼ばれる護符の数々だ。
俺はその首飾りを目の高さまで持ち上げた。大きめの青い宝石が室内の光に反応して怪しくもキラキラと煌めいている。
「持っていたのがこれで良かったよ……」
タリスマンには種類があり、それによって効果のある精霊が変わって来る。使って来る精霊魔法にも違いがあるんだから、そりゃあ当然だよな。
でもこの首飾りは最高級……殆どの精霊に対してかなり高い効果を発揮するんだ。
恐らくは、売ればかなりの金額になるだろう。いや……その価値が分かる者はどれだけいる事か……。
魔王城へと向かう途中で見つけた、魔族の守っていた庵を襲撃した俺たちの、これはその時の戦利品だったんだ。鑑定は、賢者であるシラヌスによって済ませてある。
これを使えば、ほぼ間違いなくディディの中に居る「喰女」の力を抑え込めるだろう。外からだろうとも内からだろうが、この首飾りには〝精霊の力を防ぎ弱める〟効果があるんだからな。
そして、もう1つ……。
「……まさか、こんな所でこいつを使う機会があるとは思わなかったな。一生使う事なんて無いと思ってたんだが……」
俺はその素朴な耳飾りを手の平に乗せ、マジマジと見つめながらそんな事を考えていた。
このアイテムの効果が俺の想像通りの結果を出せば、まず間違いなくディディのもう1つの問題である「高い職業に基礎能力が追い付いていない」を解消出来る筈だ。ただ本来、これはそんな使い方をする物じゃあないんだ。
だから、こればっかりは行き当たりばったりなのは否めない。でも、他にアイデアが浮かばない以上それも仕方がないよな。
「まぁ……もしも上手くいかなきゃ、地道にゆっくり頑張って貰うしか無いんだけどな」
もしもこのアイテムが上手く機能しなけりゃ、ディディは役に立たないままで俺たちに同行する事になる。彼女が有能となるまでのんびり付き合うって事も選択肢としてあるけど、その場合はどれだけ時間が掛るのか知れたものじゃないって覚悟が必要だ。
そうなれば俺たちが〝グランドクエスト〟として掲げている「エリンを目覚めさせる」と言う目的はかなり先延ばしになっちまう。マリーシェ達が、それを良しとする訳がない。
「……とにかく、道具は用意出来たんだ。後は……」
ここであれこれと考えたって、結果が出る訳じゃあ無い。俺は考える事を止めて、次なる段階に移ったんだ。
俺は1通の手紙を携えて、この街の冒険者ギルドのカウンターへ来ていた。
「この手紙を出すように手配してくれませんか?」
「はい、ようこそ……って、あら?」
そして受付の女性……へレーンに向けてそう依頼したんだ。敬語を使ったのは、彼女が俺よりも明らかに年上だったからだ。
ここで依頼を受けるのも少ない回数じゃない。俺の顔は、すでにへレーンには覚えられていたみたいだな。
「ねぇ、アレク? 何で冒険者がギルドに依頼するのよ?」
そんな俺の行動を後ろで見ていたマリーシェが、心底不思議そうに話し掛けて来た。
いや、気持ちは分かるがマリーシェよ。お前も冒険者なら、少しはこの理屈も分かってくれよなぁ。
「うふふ。冒険者様方は依頼は受けても、自分では依頼を出さないですものねぇ。知らなくて当然ですよ」
そんなやり取りを見て、へレーンは可笑しそうに割って入って来た。
彼女の言う通り、冒険者は依頼を引き受けはするものの、自身で依頼すると言う機会は少ない。自分たちが配達系の依頼を熟していても、それを自らが依頼するなんて思いも依らないんだろうなぁ。
「意外にですねぇ、冒険者が配達物を他の冒険者にお願いする方は多いんですよぉ?」
そして彼女は、頼まれてもいないのに嬉しそうに説明を開始した。
もっとも、彼女の軽妙な口上は聞いていて不快にはならないんで、説明を願うなら打って付けなんだけどな。
こう言った配達のクエストは、実は冒険者に頼むのが一番安全なんだ。
価格の安さや配達速度で言えば郵便職に頼むのが良いんだろうけど、外では魔物の他にも盗賊なんかが蠢いている。万一の事を考えれば、冒険者に頼む方が良いに決まっていた。
……それに。
「とりあえず、この手紙をここまでお願いします。それから、これも」
俺は、手紙を渡す際にマリーシェ達からは見えないよう〝メモ〟もへレーンに手渡した。無論、チップも一緒にな。
「……分かりました! それで……急ぎですか?」
その行為に彼女は全く表情を変えず、いつもと同じ明るさで応じてくれた。
ギルドで配達を頼むもう1つの理由として、こう言った融通を利かしてくれる点だろうか。
何だかんだで、へレーンも百戦錬磨の窓口嬢だからな。さっきの行為でこの依頼に裏があると察してくれたようだ。
「はい、可能な限り早く頼みます。報酬は、割高でも構いません」
「はい、分かりました! では、私の知り合いの冒険者に声を掛けてみますね」
こんな会話が自然と流れ、通常の依頼の申し込みは表面上終了した。
「その依頼は、外に張り出さないのだろうか? 普段よりも割高ならば、受ける冒険者も少なくないのではないか?」
そんなへレーンの言葉に、カミーラは至極当然の疑問を口にした。でもそこに疑惑の目は無く、単純に不思議と思ったんだろうな。
「ええ、そうですよ。こう言った至急の案件の場合、張り出して放っておくと万一時間が掛れば目も当てられませんからね。この様な場合は、職員の判断で親しい冒険者にお願いして対処する場合があるんです」
それに対するへレーンの答えは流暢であり。
「……なるほど。……確かにな」
バーバラも全く疑っていなかったみたいだ。
そしてへレーンは同僚と二言三言交わすと、そのまま奥の方へと引っ込んで行った。その代わりなんだろう、別の受付嬢が窓口に座る。
「……あぁあ。……へレーンちゃん」
年上の相手に〝ちゃん付け〟も無いだろうに、セリルはかなり残念そうだった。
でもとにかく、ここでの仕込みは終わったんだ。俺たちは業務の邪魔にならない様にと、そのままギルドを後にした。
準備は全て完了した。
後はこのまま、用意したアイテムをディディに使わせるだけで良い……はずだ。




