聖女の処遇
俺にはディディの状態を改善させる案がある。
この言葉に、マリーシェ達は一斉に俺へと注目したんだ。
俺の言葉を聞いて、ディディを含めたマリーシェたち全員の顔がこちらへ向く。その表情は、それぞれに別々の思惑が感じられた。
ディディは、信じられないと言った表情の中に期待が入り混じっている。
マリーシェ、サリシュ、セリルはどこかワクワクと言った好奇心だろうか? 俺の口からどんな話が飛び出してくるのか楽しみって風だろう。
そしてカミーラとバーバラの面持ちと言えば……真剣そのものだ。一片の失言も見逃さない、どんな言葉からも何かを探り出そうって集中力が迸っている。……いや、なんだか怖ぇよ。
「俺にはディディの中に居る精霊の力を弱め、彼女の〝修道女〟としての能力を適正に使用出来るようにするアイテムに心当たりがあるんだ」
「ほ……本当ですぅ!?」「そんな便利な道具があるのか!?」「そんな物は……聞いた事が無い……」
俺の発言にディディとセリル、バーバラが驚きの声を上げている。まぁ確かに、そんな都合の良いアイテムがあるなんて聞かされりゃあ疑いたくなるのも当然だよな。
「流石はアレクねぇ」
「……しっかし、色々と知ってんねんなぁ」
「うむ……。同年代とは思えぬほどの博学ぶりだな」
逆に、マリーシェ達のように無条件で信用してくれていたりもする。まぁカミーラに至ってはその台詞に何だか鋭いものを感じるんだけどな。
ただハッキリとしているのは、俺を除くここにいる全員が「ディディの問題を解決するための道具」に心当たりが無いって事だ。
「そこで問題なのは、これからどうするかって事になるんだ」
「……どうするのか……とは?」
様々な思い……特に面倒くさそうな疑念を逸らすために、俺はすぐに次の問題を口にした。と言っても、これについてはそれほど難しくはない。
「そのアイテムを取り寄せる為には、一度町や村に落ち着かなければならない。だからここから進んで『マールの町』へと向かうか、一度引き返して『ジャスティアの街』に戻るかの選択をしないといけないんだ」
実のところ、俺の持つ「魔法袋」の中に彼女の状態を抑えるアイテムが入っている。でも、まさかこの場でそれを広げて道具を出して見せる訳にもいかないからな。
「町とか村に着いて、それからどうするの?」
ただ当然と言うか、マリーシェからその辺りの事情を問われた。この周辺の村や街にディディの中に居る精霊を抑え、魔法力がアンバランスな彼女みたいな者の様態を正常に近づけるアイテムが売ってるなんて聞いた事が無いだろうからな。
「それは、俺の家に頼んで準備して貰う事になるだろうな」
だから俺は、それだけをみんなに告げたんだ。
今の俺は、マリーシェ達には「良家の出身」だと思われている。別に俺がそう説明した訳じゃあ無いんだけど、これまでの行動でそのように思われても仕方がないだろう。
駆け出し冒険者じゃあ使う事も躊躇われるポーションを惜しげもなく使い、様々な武器防具にアイテムを用意して彼女達に与え、多くの知識は実家の蔵書に依ると説明しているんだ。これじゃあ、彼女達でなくてもそう考えるよな。
そして俺は、当分はその〝設定〟を利用させてもらおうと考えている。俺の「本当の素性」をまだ説明していない以上、他に具合の良い理由が思いつかないのも事実だし。
でも今後も起こるだろう問題をスムーズに解決するには、俺の持つ道具や資金が有効なのは言うまでもないしな。
多用すればマリーシェ達が努力を怠りすぐに俺を頼っちまう可能性があるから却下だけど、本当に困難に直面したなら迷わず利用したい。
その為に、この設定はそれなりに都合が良かったんだ。
「……あぁ、なるほど」
深く詮索してこないマリーシェは、俺の話にそれだけを口にした。本当ならもっと突っ込みたいんだろうけど、この辺りは暈しておいた方が良いって判断なんだろう。それは、他の面子も同様だった。
「多分すぐに用意できるから、そこは問題ない。問題なのは、進むか戻るか……なんだけど」
ジャスティアの街は、ここから約1日の距離。そして目的地の「マールの町」はここからおよそ2日に位置している。本当ならば、進んだ方が良いんだろうけど。
「……しゃぁないな。一旦戻って、準備を整えた方がええな」
サリシュの下した判断はこうだった。そしてそれは、俺も同意する処だったんだけど。
「なんでだよ? 進んだ方が良いんじゃないか?」
まだ良く理解していないセリルが、ある意味でもっともな対案を口にしたんだ。
近いのはジャスティアの街だが、ここから戻って再出発となると数日のロスとなる。別段急ぐ旅ではないとは言え、普通に考えればそう言った無駄な行動は省いた方が良いのは間違いないからな。
「……其方は、まだこの問題を良く理解してはいない様だな」
そんなセリルの考えを、カミーラが静かに否定した。別に怒っていたりムキになっている訳でもないが、その声音には重いものが含まれていてセリルは思わず閉口していた。
「……ディディの食欲を考えれば……食料が持つとは考えにくい」
カミーラがそう述べたその理由を、バーバラが半眼にした目をセリルに向けて話したんだ。いっそ冷たいと言って良いその視線を受けて、セリルはなんだか縮こまっちまっていた。……ほんと、セリルには容赦がないな。
「そうだな……。さっきの食べっぷりを見ても、俺たちが今持っている食料で2日過ごせるとは考えにくい。ここは一旦、ジャスティアの街へ戻るのが最善だと俺も思う」
俺からの発案じゃなくマリーシェ達が提案した事で、ジャスティアの街へと戻る事はすんなりと決まった。
俺たちはその後野営を畳むと、そのまま来た道を戻ったんだ。
実際、まさかディディの食欲がここまで凄まじいとは俺も思っていなかった。
「……お腹空いたぁ」
「……ほんまやなぁ。……まずは、どっかで食事にしよかぁ」
俺たちは全員、空腹を抱えた状態でジャスティアの街に辿り着いたんだ。
マールの町まで、ジャスティアの街から約3日の行程だ。俺たちはそれに対して、4日分の食料を用意して出立した。
そして1日経過した場所でディディに会い、そのまま踵を返して戻って来た訳なんだが。
―――まさか……食料が足りなくなるなんて……思いも依らなかったよ……。
これは、俺たちにも油断があった事は否めない。距離的に近いと言う油断から、ディディには求められるままに食事を与えていたんだからな。
無論、俺たちだって確りと食事を摂ったんだから、その時は問題にならなかった。
……んだけど。
予想を超えて食料消費は多く、昨晩には食材は全て尽きてしまったんだ。
すでにジャスティアの街まで半日……昼には到着するという距離だったので大事にはならずに済んだ訳だが、当然俺たちは朝から何も食べておらず。
「……お腹……空いたですぅ」
ディディに至っては、もはやグロッキー状態となっていた。
食事処に飛び込んだ俺たちは、すぐに昼食を摂る事にしたんだが……。
「……あのぉ。ちょっと昼の食材が切れてしまったので……」
ディディを引き連れた俺たちは、その店の残った食材を全て使わせてしまったのだった。……いや、食べたのは殆どディディだった訳だが。
そこで使用された食事代は、ゆうに3日分を超えていた……。
「とりあえず、夜までは問題ないですぅ」
とは、それだけ食べてもケロッとしているディディの言だ。あれだけ食べても、夜には腹が減るってのか……。恐るべきは精霊「喰女」……。
「これは……本当に死活問題ね……」
驚愕の表情を浮かべて、マリーシェが深刻な声音で呟き。
「……早ぅアレクに何とかしてもらわんと……ウチら破滅やなぁ」
サリシュも、概ねマリーシェと同意の様だ。……そりゃ、そうだろうな。
この調子で食費だけ異常に増大しちまったら、冒険なんて立ち行かなくなるのは目に見えてるし。
「……うむ。それに、こんな事が続けばどこにも宿を取れなくなるぞ」
「……悪い噂は……すぐに広まるから」
カミーラとバーバラは、マリーシェとは違う視点で危惧を抱いていた。確かに、俺たちだけで店の食材を使い切ってしまっては他の客に振る舞うことが出来ない。
店としては食材が余る事が無くなって良い事ではあるんだろうが、俺たちは短期的な客になる事が多いだろう。
食べ物が頼めない食事処なんて噂が付けば、俺たちがいなくなると商売上がったりだろうしな。
「ア……アレク。たの……頼んだぜ!」
そういうセリルの笑顔も引き攣っていて、言葉にはいつもの切れが無い。ディディの恐怖の一端を垣間見て、流石に能天気にはいられなかったんだろうな。
それはこっちも同様で、俺は部屋に戻るとすぐに準備を開始したんだ。
ディディの食欲は破滅的だ。……パーティが崩壊すると言う意味で。
いや、下手をすると食事処まで閉店に追い込む力を有しているのかも。
これは、本当に速く手を打たないとだな。




