大食の精霊
ディディのいた寺院の、彼女に対する対応はどうだったのか?
とりあえずそこから、ディディの状態をどの程度把握しているのかがわかるってもんだからな。
ディディを引き取り育てていた寺院が、彼女をそこから送り出す際にどの様な説明をしていたのか、俺はその事を問い質した。
答えを待つ俺に……俺たちに対して、ディディは暫し考えていたんだけど。
「……いいえ、院長様たちは私に何も言わなかったですぅ。ただ……」
彼女が最初に口にした言葉に、俺は思わず肩透かしを食っちまっていた。
仮にも「聖女」を寺院から放逐するんだから、何かしらの弁明やら指示を与えていてしかりだからな。
ただ、ディディの話にはまだ先があるみたいだった。
「ただ一言……『この寺院ではもう、あなたを養えないのです。……ごめんね』とだけ言われましたですぅ……」
そう言った彼女の顔は寂しそうな……ではなく、どこか照れたような笑みを浮かべていた。正しく「てへへ」とでも言いそうなほどだ。
「それで私は、どうやって過ごすのが良いのか聞いたのですぅ。お姉さま方の話では、冒険者になれば『修道女』なら生活していけるだろうとの話だったのですがぁ……」
確かにそのお姉さま方が話す通り、修道女程の回復や防御魔法の使い手ならば引く手数多だろうなぁ。それを考えれば、その助言も間違っちゃあいない。
「その……寺院では養えないってのは……」
「あの……食料が……いえ、食費が賄えないとの話なのですぅ……」
「ああ……」
心配そうに話し掛けたマリーシェの問いにディディが答えると、これ以上ないほどに納得した顔をしてマリーシェは深く頷いた。これまでの彼女の健啖家ぶりを見れば、その反応も納得だよな。
「……つまりディディは『聖女』として力不足やったからなんやなくて、食べ過ぎるから追いやられたって事なん?」
そこでサリシュが気づいた点を尋ねた。確かに、彼女が単に食べ過ぎると言う理由で野に放たれたんだったら、その力は本物って事にもなるからな。
「いえ、残念ながら私の力は『聖女』であり続けるには不足しているとの事ですぅ。なのでどのみち、私は寺院を去らねばならなかったと思うですぅ」
でもやはりと言おうか、ディディの〝今の〟能力は「聖女」に見合わないものだったらしい。
まぁ普通に考えてレベルの恩恵もなしにいきなり上級職クラスの力を行使出来るなら、それは本当に「聖女」だろうからな。
「実は俺は、ディディのその〝大喰らい〟についても心当たりがあるんだ」
彼女の身の上はあらかた理解した。そして、何が問題なのかも。
ならばここからは、その解決策を提示して行けば良い事だ。そしてそれが出来なければ、ディディをこのパーティに迎える事は出来ないからな。
話題を変える様に切り出した事で、全員の視線が俺に集中する。特にディディは、予想もしなかった言葉に目を丸くしていた。
「ディディ、お前の〝大食〟は生来のものなのか?」
ただ俺の考えを述べる前に、まずはその事を確認する必要があった。生まれながらに大喰いならば、流石の俺ももう1つの問題しか解決出来そうに無いからな。
「……いえ、幼い頃はそんな事も無かったのですぅ。私の食欲が旺盛になったのは、2年前からですぅ」
俺はディディの返答を聞いて、頷き返した。これは、正に俺の予想通りだったからだ。
「聞いての通り、彼女の食欲はある時期を境に突発的に現れたみたいだ。そしてこれは、実は多くの事例があると本で読んだ事があるんだ」
因みに、これは全てが嘘って訳じゃあ無い。実際に本で読んだ事があるんだが、実は彼女の他にもこの現象に悩まされている者を見た事があった。
真剣な表情をしたマリーシェ達が、更に俺に注目する。話の続きを促している顔だ。
「ディディの食欲が治まらないその理由は恐らく……喰女と言う精霊が彼女に憑りついているんだと思う」
「……喰女……だってぇ!?」
俺の話した内容に、その場の誰もが絶句していた。唯一セリルだけが、何とか疑問を口にする事が出来ていたんだ。それほど、俺の言葉は一同に衝撃を与えていたんだろうな。
「ちょ……ちょっと待ってよ、アレク。グ……グーラー……って? せ……精霊?」
「……んじゃあアレクは、ディディに精霊が憑りついてるっちゅぅんか?」
「……精霊憑き。……これまでに聞いた事も無い」
「……おとぎ話でなら……聞いた事がある様な」
そんなセリルの台詞を聞いて、漸くマリーシェ達も感想を述べだした。と言っても、初めて耳にする事象に半信半疑と言った風情だ。
そして最後にバーバラの言った言葉こそが、一番分かりやすいだろうなぁ。
世界各地に言い伝えられるおとぎ話になら、精霊が人の身体に乗り移って様々な問題を解決するエピソードがあるだろう。
もっともその大半は、精霊が憑依してくれたおかげで事態が好転すると言った「良い精霊」に纏わるものが殆どだろうけどな。……でもまぁ、現実はそんな「良い精霊」なんてのはいない訳だが。
精霊に良いものも悪いものもいない。精霊はその存在意義を実行するだけで、そこには精霊の意思なんて存在しないんだから。……まぁ、俺の知る限りではって話なんだが。
兎も角、マリーシェ達の知っている認識なんて大体がその程度だ。
「俺の読んだ本に書いてあった精霊『喰女』はとにかく大喰いで、生物から植物まで食べれるものは何でも捕食するらしい。そしてその精霊に憑りつかれた人間は極度の過食症となると言う」
「……ふむ。ここまでは、確かにディディの症状と酷似している。……だが」
俺の説明にカミーラが深く頷いて同意しているが、まだ合点のいかない部分があるらしかった。無論、その事についても俺はちゃんと知っている。
「そして食べた物の殆どは精霊『喰女』の養分となり、憑かれた人間には生きる為の栄養分くらいしか与えられないらしい」
カミーラの疑問に答える形で、俺は更に話して聞かせたんだ。これで、ディディがいくら食べても満足せず、しかも太らない理由が判明しただろう。
「……なるほどなぁ。だからディディちゃんはこんなに華奢なのかぁ……」
「……なるほど……理解したわ」
案の定、セリルとバーバラは深く納得した表情でディディを見ていた。そんな視線を向けられて、ディディはどこか照れている様な怯えている風な……。
「……原因は分かったんやけど、それをアレクにはどうにか出来るん?」
ただサリシュの言った通り、理屈が分かっても解決出来なきゃ意味がないよな。
現在ディディの抱えている問題は……2つ。
1つは、言うまでもなくこの大食漢だ。彼女が加わるだけで、パーティの財政は悪化の一途を辿るのに疑いの余地なんて無いな。下手をすれば、瞬く間にパーティは崩壊するだろう。
そしてもう1つが「聖女」である事に依る能力不全だ。
自身の〝基礎能力〟が追い付いていないのに上級職となった事で高位の魔法が使える状態にあっても行使は出来ず、更には低位の回復魔法でさえ効果は高くなるものの使用魔力が多く回数が極端に少なくなっちまうんだ。
これを何とかしないと、パーティに参入させても単なる足手纏いにしかならずレベルを上げるのも一苦労だろう。
「……ディディ。悪いが、今のお前のレベルを教えてくれ」
俺の予想だと、彼女のレベルはそれほど上がっていないだろうな。採集や雑用なら熟せるだろうけどレベルは上がりにくく、戦闘では然程活躍出来ないんじゃあレベルを上げる術が無いからな。
「あの……レベル……3ですぅ」
おずおずと答えたディディは、上目遣いで俺の言動を探るように答えた。彼女が不安視するのも、そのレベルなら分かる話だ。
確かに今の俺たちと比べたらレベル差があり過ぎるし、本当ならパーティを組むには不適当だしな。
ただ、マリーシェ達にそんな事を気にしている様子はなかった。
そもそも、元々は割とレベルのまばらなパーティだったんだ。現に今も、レベルの一番低いセリルと一番高いカミーラには大きな開きがあるんだからな。
そんな事を気にしてちゃあ、このパーティは一度解散しないといけなくなるって話だ。
「……まぁ、そんな所だろうな。ただ、俺にはその2つともをどうにかしてやれる案があるんだ」
サリシュの問いに答える形で、俺は全員に向けて言い放ったんだ。
当面、彼女を仲間にするに際して解決しなければならない問題は……2つ。
でも俺には、それらに対応する案があった。
ただそのためには、色々と準備をしなければならないんだけどな。




