「聖女」の扱い
俺の言った通り、ディディは上位職である「聖女」だった。
穏当ならば稀有な能力の持ち主として頼られてしかるべきなんだけど……。
街道に行き倒れていた旅の修道女ディオラ=デイバラ。彼女が実は更に高位の「聖女」であると言う話をし、マリーシェ達は絶句していた。
もっとも当人であるディディも言葉を無くしていて、今この場には沈黙が支配していたんだけどな。
「……でもこれは聞いた話なんだが、『修道女』が『聖女』として認定される事が必ずしも当人にとって良い事だとは限らないらしい」
ただし、このままシンとした状況では事態の打開は見込めないからな。俺はマリーシェ達の反応を待たずに話を進める事にしたんだ。
「ど……どう言う事だよ?」
そんな疑問を口にしたのはセリルだった。彼もそうだけど、恐らくはマリーシェ達だって「修道女」については詳しくないだろうな。
そしてその〝弊害〟について、ディディ本人も気付いていない可能性が高いんだ。
「……まず、彼女達『修道女』の中には修行の過程で才能のある者が見つかり、更に研鑽を積み『聖女』になると言う事だ。もしかすると、それほど長い期間を掛けなくても、本当に天賦の才だけで上級職に成れる者もいるかもな」
流石に各寺院の修行内容までは俺も知らない。でも、俺の話を事実とするかも知れない事例が……目の前にいるんだ。
「ディディ……。お前が寺院に入ったのはいつからだ?」
そう……。ここにいるディディが既に「聖女」である事は確認済みだ。
でも彼女の見た目から考えれば、そう長い期間を修行して来たとは考えにくいからな。
「え……と……。寺院には家の都合で3年前に預けられたですぅ」
生後間もなく捨てられたとか特殊な事情でもない限り、物心ついた時から寺院で生活し修行に明け暮れるってのは稀な話だ。それを考えれば、彼女が10歳頃に預けられたと考えるのが普通な訳だけど。
「それじゃあ、今のお前の年齢は?」
「今年で13歳ですぅ」
どうやら、俺の考え通りだったみたいだな。その都合ってのも、恐らくは農村での口減らしとか親が亡くなったとかそんな所だろう。
当然の話だけど、何の適性もなくたった3年で上級職になれる訳がない。しかも彼女達は、女神の加護の元にレベルの恩恵を受けている訳じゃあ無いからな。
冒険者のようにレベルの恩恵があれば、僅かな年数で上級職を取得出来る可能性もある。でも彼女達は寺院に籠って修行しているんだから、そんな事は考えにくい。
例えレベルの効果を得られたとしても、そのレベルを上げる為には野に下らなければ効率も悪いだろう。
そしてそれこそが「聖女」と認められても決して幸福とはなれない理由でもあるんだ。
「……当ててやろうか、ディディ? お前……寺院から半ば放逐されただろ?」
ズバッと斬り込んだ俺の台詞に、ディディはビクリと体を震わせて固まっちまった。……あ、ちょっと言い方がまずかったかな?
「ね……ねぇ、アレク? その、それって……寺院を追い出されたって事……?」
俺とディディのやり取りを見て、マリーシェが聞く事も憚れると言った態で話し掛けて来た。良く見ればサリシュやカミーラ、バーバラも眉根を寄せて暗い顔をしている。
「マ……マジかぁ、ディディちゃん……。じ……寺院から……追い出されたって……」
そしてセリルは、目から涙をボロボロと零してディディに同情していた。気持ちは分からんでもないが、感情移入しすぎだろう。
「追い出された……と言うよりも、そうするより他に方法は無かったと思うんだけどな。……そうだな、ディディ?」
寺院の対応は概ね「扱いが分からない」って理由で世俗に放り出した……これは、もう昔から行われてるって話だから、現状では仕方がないとも言えるんだが。
それにディディにしてみても、今後寺院に戻るにしても冒険者となりパーティに参加してレベルを上げるより他はないからな。
「……え? ……そうなのですぅ?」
俺からの問いかけに、しかしディディは本当に心当たりが無いって表情で小首を傾げて考え込んでいた。
……なるほど。こりゃあ、寺院の方も何故世俗へと放逐するのか理解していない可能性もあるなぁ……。
「他に方法が無かったとはどういう事なのだ、アレク?」
ディディから言質が取れなかったからか、カミーラが更なる説明を求めて来た。無論、俺の方もここで話を終えるつもりもない。
「ディディのいた寺院の高僧たちが何故彼女に詳しい話をしなかったのかは知らないけれど、俺の知っている理由としてはこうだ」
だから俺は、自分の知る範囲で彼女達にその事情を説明したんだ。
寺院で修行を続ける修道女の中から、高い適性を持つ者が「聖女」となる。大抵の場合これは、長く修練を続けた尼僧から現れる場合が多いんだが。
極まれに、修練を始めてそれほど立たないうちにその適性が現れる者がいる。
そうした者は「加護多き者」と敬われ、早々に「聖女」への転職を促されるんだ。
深く修道女として知識を得ないままに上位職へ転職すると、ある弊害が発生する。
それは、魔法力が未熟な状態で高位の魔法が使用可能となる……と言うものだ。それだけではなく、低位の魔法も効果が上がる代わりに使用魔力が多くなると言うものもある。
「そ……それは」
「そうだ、カミーラ。この状態は東国でも見られる『侍』と近い現象だと言えるだろうな」
ここまでの話でカミーラはある事に気付き、俺はそれを肯定したんだ。
カミーラの出身国である「神那倭国」では、生まれながらに「侍」としての適性を持つ者が多く現れる。……いや、国民の殆どはその適性を持っていると言っても良いかも知れない。
職業「侍」は元来、戦士系の上位職だ。もっとも、神那倭国で生まれる「侍」とこちらで転職により身に付ける「侍」は微妙に違うんだが。
因みに、カミーラも公言はしていないけど「侍」だ。
ただし、こちらの寺院で生まれる「聖女」と神那倭国で生まれる「侍」には決定的な違いがある。
それは……鍛錬だ。
神那倭国では、男女ともに幼少期より「鍛錬」と称して家人が厳しい修行を付ける。最終的に戦士とはならなくとも、それは必修として皆が成人するまで取り組んでいる修行だ。
これにより、神那倭国の戦士はいきなり「侍」となってもその肉体や精神が対応する。より高みに達する事が出来るかどうかは更に適性が求められ修練も必要だろうが、少なくとも神那倭国の国民は全て「侍」になる事が出来るんだ。
「神那倭国において『侍』になれる理由は、生まれた時からの鍛錬がなせる業……そうだよな?」
「……うむ。詳しい内容は言えないが、『侍』になれるのはそうなるように鍛えて来たからだ」
「……ほんま、カミーラの生まれ故郷は過酷なんやなぁ」
俺の言葉に頷いたカミーラに、サリシュが驚愕の表情を彼女へ向けていた。こちらの大陸では貴族とか武家以外ではない風習に、驚いているのはマリーシェやバーバラも同じだ。
「上位職を身に付ける為には才能も然る事ながら、長くつらい鍛錬が必要だ。だけど寺院では、その才能だけを見て早々に『聖女』へ転職させちまう。中には、本当に高い能力を持った者もいるだろうから『聖女』になっても適応出来る者もいるだろうけど、殆どの者は職業に地力が追い付かずに……〝不適格〟とされちまうんだ」
この説明で、ディディがグッと息を呑んだ。恐らく思い当たる節があるのか、それとも寺院を放逐された時の事を思い出しているのか。
「……それで……放逐された者は……冒険者となるのか?」
憐れみを帯びた表情で、言い難そうにバーバラが尋ねて来た。話を聞かなければならないのは分かるが、ディディの心情を思えば口にする方も辛いんだろうな。
「……そこは、寺院の説明次第なんだけど……どうだ、ディディ?」
そんな彼女達に比べて平然と聞いている俺は、やっぱり擦れてるのかなぁ……なんて考えながらも、ディディに対しての質問は続いた。
ディディは何故冒険者をしているのか? そしてそれは、彼女の意思なのか?
俺の質問に、ディディはゆっくりと答えた。




