彼女の素性
ディディは俺たちのパーティに入りたいと言う意思を示した。
次に解決すべきは、パーティメンバーの意思を統一する事なんだけど……。
まずは、セリルのお手並み拝見だな。
ディディの気持ちは了解した。彼女は、俺たちのパーティに入る希望を口にしたんだからな。
多分、ディディがパーティを追放されるのはこれが初めてでは無いんだと俺は思っている。
この大食漢も大問題だけど、俺の考えが正しけりゃもう1つの問題も普通のパーティじゃ持て余す難題だからな。
「そ……そりゃあ、ディディちゃんさえ良ければ喜んで……」「ちょっと、待って」
俺の問いかけに、真っ先に反応したのはセリルだった。彼は1も2もなくディディの加入を認めようとしたんだが、それを全て言い切る前にマリーシェが待ったを掛けた。
「な……なんでだよぉ。可哀そうじゃないか」
「……ウチらかて、裕福な冒険者な訳や無いんやで? ……見た限りで、この子の食欲はちょっと異常や。……ちょっとやそっとの量じゃ満足せぇへんのとちゃうか?」
セリルは完全に感情論で突っ走っている感じだけど、それをサリシュが説明で引き止める。普段とは違い饒舌なサリシュの言葉に、流石のセリルも口を挟めずにいたんだが。
「ディ……ディディちゃんの分くらい、俺が……」
「……どのようにして?」
更にセリルが男気を見せようとして、それをカミーラが冷淡に問い詰めた。ズバッと斬りつける様に切り返されては、セリルの口はパクパクと動くだけで言葉を発すことが出来ていない。
「お主が1度や2度食事を抜いたところで、ディディの1食分にも満たぬであろう。そんな調子でお主が絶食したところで、どれほどの助けとなるか知れたものでは無い」
「……まぁ……お前が餓死する分には……私は構わんがな」
「ぐっ……」
カミーラとバーバラの的を射て辛辣な言葉を受けて、セリルはかなりグロッキーだ。普段なら、奴もこの辺りで折れているんだろうけど。
「で……でも、足りない分は……狩りで補えば……」
「無理ね」
死に体で反論しようとしたセリルに止めを刺したのは、誰あろうマリーシェだった。普段なら愛らしく万人受けする彼女の顔も、今は冷酷で冷淡な印象しか受けない。
「これから季節は冬。野の獣は動きが鈍くなって、中には冬眠するものだっているわ。そんな獲物が激減している状態で、どうやって狩りをするの?」
そして紡がれた言葉も、情の欠片も無い現実を問い質すものだったんだ。これには、流石にセリルの耐久力も完全に削られたようだ。
「ア……アレクゥ……」
珍しく……本当に珍しく、奴は俺に助けを求めて来た。もはや打つ手なしなんだろうけど、4人に責められて心まで折れちまったらしい。
いつもなら俺の方もセリルに肩入れすることは無いんだけど、今回は特別だ。俺は奴からバトンを受け取る事にした……んだが。
「もう……良いですぅ……」
このギスギスとした空気を感じ取ったのか、ディディが小さな声で呟いた。やや俯き加減のその顔には薄っすらと諦念の笑みが浮かんでおり、何かを諦めたようにも見えた。
「私の事で、仲間が揉めるのを見たくはないですぅ……。それならいっそ……」
「……ディディ。口出しは無用だ」
そんな彼女が全てを言い切る前に俺がその言葉を遮り。
「……そやでぇ。あんたはちょぅ黙っときぃ」
「え……」
サリシュがやや厳しい口調で俺に続いたんだ。まさか言い争っている双方からダメ出しをされるとは思いも依らなかったんだろう、ディディは言葉を失っていた。
「これは、我らの問題。そしてこれは、何もいがみ合っている訳ではない」
「そうよ、ディディ。真面目に今後の事を考えているから、真剣に討論しているの」
「……お前がその話し合いを止めるのは……間違っている」
カミーラ、マリーシェ、バーバラにも追い打ちを受けて、目をパチクリとしているディディだがそれ以上口を挟もうと言う雰囲気は無くなっていた。
そして脱線した話は、元の道に戻る。……のは良いんだが。
「うっ……」
セリルから交渉権が俺に移ったと察したんだろう、マリーシェ達の視線が全て俺に向けられる。そしてその鋭さは、確かに通常よりも鋭く痛い。
「……食事の事はまずは置いておいて」
「置いておいてって、それが一番重要なんじゃない!?」
「……そや。空腹のまま冒険なんて出来る訳ないやん」
「腹を空かせての戦闘や行軍は、どう考えても利点などない」
「……話を後回しにする意味が……分からない」
俺が語り出したその矢先、女性陣は一斉に集中砲火を浴びせて来たんだ! うおっ、こりゃすげぇ!
もっぱらこの役目はセリルだから気付かなかったけど、マリーシェ達から無慈悲に攻められるのはキツイなぁ……。
「まぁ聞けよ。ここからは、少し見方の違う話をしようと思う。……ディディ」
「ひゃ……ひゃい!」
とは言え、俺もただ黙って言われたままって訳にもいかないからな。俺は勇気を振り絞って、これから話す内容の重要人物に声を掛けた訳だが。
その場の空気に完全に呑まれて小さくなっていたディディは、いきなり話を振られて甲高い声を上げていた。
まぁ当事者でもあるんだから、発言権は無くても気を抜かずに聞いてて貰いたいんだがなぁ。
「お前……職業は〝修道女〟だな?」
「えっ!? は……はい、そうですぅ」
「えぇっ!? ディディちゃんはシスターだったの!?」
俺の問いかけにディディは驚いたように答え、それを聞いたセリルが大きな声を上げた。先を越されたから声を発さずに済んだんだろうけど、マリーシェ達も全員驚嘆の表情を浮かべていたんだ。
これまではここにいる全員……俺を除いてだが、ディディの事をただの行き倒れ程度に考えていたんだろう。
……いや、冒険者のパーティに所属していた話を聞いているから何かしらの職業についているとは思っていただろうが、まさかこの大食漢が「修道女」とは思ってもみなかったんだろうなぁ。
なんせ「シスター」と言えば、他の冒険者とは違い男子禁制の寺院で修行を行った淑女ってイメージだからな。今のディディとは、余りにも印象が違い過ぎるてもんだ。
「それだけじゃあ無い。お前は恐らく……いや、間違いなく『聖女』だな?」
「な……何故それが分かるのですぅ? 誰にも言った事なかったのにぃ?」
「えぇっ!? 何やてぇっ!?」
驚きが収まる前に続けた俺の台詞を聞いて、さっきよりも更に混乱の度合いは増していた。普段は余り大きな声を出さないサリシュでさえ、これまでに聞いた事のない声量で驚きを露わにしてたんだからな。
……もっとも。
「……クレールス? ……って?」
「……初めて聞くな」
「……私も……知らない」
殆どの者は職業「聖女」を知らなかったみたいだけどな。
「職業『聖女』って言うのはな……」
彼女達が「聖女」の事を知らなければ、この場を治めて説得は難しいだろう。だから俺は、彼女達に説明を開始したんだ。
まず「修道女」とは、由緒ある寺院で修行をする尼僧の事だ。そこで祀る神に身も心も捧げ、一心に修行に励み徳を積むとされている。
その過程で彼女達は、回復系魔法の修行も行い身に付ける。所謂「白魔法」と呼ばれるものだな。
その理由は自分の為、知的好奇心を満たす為ではなく信者や衆上の為らしい。
兎も角、他の魔法や技術はさておいて回復系の魔法の習得に精を出す彼女達の「白魔法」は、回復系魔法使いやその上級職である「治癒法士」をも凌駕するって話だ。
そして「聖女」は、その修道女の上位職に当たる。戦いでレベルを上げる事なく身に付けるその上位職は、真に才能を持つ者でなければなる事が出来ないと言われている。
その能力は非常に高く、同世代の修道女は比肩する事は敵わず、王宮で要職に就く高位職「聖術士」さえも及ばないとまでされているんだからな。……まぁ、俺は会った事が無かった訳だけど。
「随分と汚れてくたびれちゃあいるが、彼女の身に付けているのは『法衣』で、しかも並みの修道女が身に纏う事を許された物じゃあ無かったからな。俺も会うのは初めてなんだけど、恐らくそうじゃないかと思ったんだ」
一通り説明を終えて、最後に俺はディディが「聖女」だろうと当たりを付けた理由を話したんだ。
俺の話を聞き終えた一同は、当人たるディディも含めて声も出せずに目を見開いて驚くばかりだった。
ディディが実は「修道女」であり、しかもその上位職である「聖女」だと明かした。
マリーシェ達の驚きは分からないでも無いんだけど、ここに疑問が生じる事にまだ誰も気付いていないな。
この「聖女」ってクラスが、ディディを苦しめている理由の1つな訳だが……。




