新人加入会議
余りの空腹に気を失っていたというディディ。
そんな信じられない大食漢の彼女には、まだまだ隠された秘密がありそうだな。
彼女が道端で気を失っていた理由が、これでハッキリした。
ディディは襲われた訳でも無ければ、病気だった訳でもない。ましてや、睡眠不足に陥っていたって話でも無かった。
―――彼女は……ディオラ=デイバラは、単にお腹が空き過ぎて目が回った結果だったんだ。
嘘のようなホントの話。普通に考えれば、そんな事はあり得ないよな。
広大な砂漠や大海原で遭難したってなら話は別だ。何日も飲まず食わずなら、それこそ生命の危機に関わるところで意識を失うって事もあるだろう。
でもディディの倒れていた所、そして出発した場所を考えればそんな事はちょっと考えにくい話だったんだ。
「そ……そんな事って……あるの?」
「……いやぁ……あるんやろなぁ」
「しかし……俄かには信じられん」
「……でも、嘘を言っているようには……見えん」
「ディ……ディディちゃんが嘘を言う訳……。あは……ははは……」
みんなの反応は、信じたい……でも信じられない。これに尽きるな。
俺たちも冒険巧者って訳じゃあ無いけど、それでもジャスティアの街近辺で遭難するなんて事は無いだろう。ディディの話を鵜呑みに出来ないってのも、分かる話だ。
「それで、ディディ。お前はこれからどうするんだ? 何でジャスティアの街へ向かっていたんだ?」
彼女が信じられない理由で行き倒れていたって話は分かった。そして俺には、その理由にも当たりがある。
その辺を確認する前に、俺たちは先に聞いておかなきゃいけない事があるんだ。
「その……それは……。もう一度街に戻って……どこかパーティの仲間に入れていただく為ですぅ……」
どこかションボリしているディディが、消え入りそうな声でその理由を告げた。
冒険を一緒にして来た仲間たちに見切りを付けられると言う気持ちを、俺は痛いほど分かる……分かってしまう。
なんてったって俺は、半ば見切られ見捨てられる様な扱いの末に、今ここでこうしているんだからな。
例え彼女に問題があったとしても、俺には彼女の出来事が他人事には思えなかった。
だが、俺は今1人きりで冒険をしている訳じゃあ無い。目の前には、俺と共に……そして少なからず俺の事を慕ってくれる仲間たちがいる。
ディディに同情したとしても、この先の言葉を俺が告げる訳にはいかない。
「……そっかぁ。ディディちゃんは、ジャスティアの街でまたパーティに……。そ……それじゃあさぁ……」
「まって、セリル。あんたの言いたい事は分かるけど、それは気軽に決める事が出来る話じゃないわ」
完全に情に絆されて、セリルがディディを仲間に……と口にしようとしたところでマリーシェに止められていた。普段は明るく考えなしに動き出すってイメージのある彼女だけど、何だかんだで纏め役の位置に落ち着いてるんだよなぁ。
因みに、影の纏め役はカミーラで、闇の纏め役はサリシュ。恐怖の纏め役がバーバラだ。
「……そやなぁ。……1つのパーティが音を上げる程の食費って考えたら……難しいわなぁ」
そこへサリシュの核心を突く台詞が齎された。
俺たちだって、まだまだ駆け出しの域を出ない冒険者集団だ。受ける依頼の報酬は決して多いとは言えない。
彼女の食欲を垣間見ただけでも、それがどれだけの負担となるのかは想像に難くないからな。
「で……でもよぉ……」
それでもセリルは、持ち前の女好きからなのか食い下がっている。その語調がやや低いのは、事が金銭に纏わる話だからに他ならないだろう。
彼も、食費なんて何とかすると豪語するには、ディディの食欲は未知数なんだ。
「……しかし、解せん事もある」
「……そうだな。……あれだけ1度に食事を摂っているにしては……彼女は随分と痩せている」
これもまた、この話の要点の1つだ。あれだけの量……いや、まだまだもっと食べていただろう事を考えれば、それが毎食だとすると彼女はもっと肥えていて然りだろう。
先天的に太らない体質と言う者もいると聞くが、それを差し引いてもディディは余りにも……痩せすぎている。
まるでそれは、摂取した栄養を他に取られているかのようだ。
中々に鋭い処へと目が行っているな。彼女達の年齢を考えれば、これは凄い成長と言って良いだろう。
でも、多分それもここで打ち止めだな。何と言ってもマリーシェ達には圧倒的に経験が足りないんだけど、それは仕方のない事だしな。
「まぁ、ディディの深い事情については後回しだ。それを知る権利は、仲間だけがあるってみんなも知ってるだろ?」
そして俺は、マリーシェ達にそう話を持って行ったんだ。ただ俺が含ませた言葉を正確に汲み取ったのは、やはりと言おうか……カミーラだった。
「……待て、アレクよ。其方先ほど〝深い事情〟と断定したな。もしや其方は、ディディの体質について何か知っているのか?」
流石はカミーラだ。気付いたのも然る事ながら、その質問も中々にして鋭い。
「……そうだな。……知る権利……とわざわざ口にしたからには……アレクは何かを知っているのでしょうね」
そしてバーバラも、確りと俺の言葉の意味を理解していた。
「……え? そうなのか?」
全く分かっていないのは、この場では間違いなくセリル。マリーシェは……気付いていないと言うよりも、気にしていないって感じだ。
そしてサリシュは……良く分からん。
「その辺りについては後回しだ。……ディディ。ジャスティアの街へ戻って、入れてくれるパーティに宛てはあるのか?」
話が逸れ掛けていたんで、俺は改めて元の話題へと戻した。……まぁ、意味深な事を言っちまった俺の責任ではあるんだけどな。
ただここから先の話は、彼女の素性に関わる問題でもあるんだ。
「それは……な……ないですぅ……」
小さく頭を左右に振って、ディディは落ち込んだように返事をした。
袖触れ合うも他生の縁……ここで会ったのも何かの縁なんだ。それなら、彼女をこのパーティに入れるって提案もありだろう。
「……って事だ。ディディは、まだパーティが決まった訳じゃないらしい。そこで……だ、ディディ。俺たちのパーティに入る気はあるか?」
マリーシェ達にディディの予定が未定だって事を伝え、俺はそのまま彼女に提案を持ち掛けた。
まだ俺たちの中で、彼女をこのパーティに招き入れるかどうかの結論は出ていない。でもその結果、ディディをここで受け入れる事で意見が統一されたとしても、彼女が拒否を示せば意味が無いからな。
「……わ……私を……誘ってくれるのですぅ?」
半ベソのまま、ディディは信じられないと言った顔で俺を見つめて来た。
前パーティに匙を投げさせるほどの大食漢である。この先、どのパーティへ申し込んでも彼女が受け入れられる……やっていける確率は低いだろうな。
よしんば加入出来たとしても、そう長くない内にまた放逐されるのは火を見るより明らかだしな。
そんな彼女の目を確りと見つめながら、俺は大きく力強く頷いてやった。その途端に、ディディの表情はパァっと明るくなり。
「お……お願いしますですぅ!」
目には涙が溜まったまま。それでもこれまでにない笑顔を浮かべて、ディディは俺の提案を承諾したんだ。
これで、問題の1つは解決した訳なんだが。
「……それで、お前たちの意見なんだけど」
もう1つの問題と言うのは、言うまでもなく……マリーシェ達の意見だ。
今後ディディをここで面倒見るとして、膨大に掛かる食費はここにいる全員で賄わないといけない。流石にこれは、俺の一存で決める訳にはいかないからな。
俺の「魔法袋」の中には、それこそ唸るほどの様々なアイテムと、それに相当するほどの大金が入っている。
俺がそれを使えば、ディディにどれだけ食べさせても資金難で困るような事は無いだろうな。でも、俺はその事を彼女達には伝えていない。
俺がそれをマリーシェ達に話して、万一彼女達がそれを当てにする様な事があれば……それはもう〝冒険〟とは言えないだろう。
実際、マリーシェとサリシュには出会った時に俺が「魔法袋」を使う姿を目撃されている。それでも彼女達は、その事に触れる様な話を一切しない。
それは俺が「その事に触れるな」と言う約束を取り付けたからなんだけど、それももう随分と前の話だ。
それでも2人は、律儀にそれを守ってくれている。なら俺はこのまま、出来る限り「魔法袋」を使わない方向で進むだけだ。
問い掛ける俺に、マリーシェ達5人は真剣な眼差しを向けて来たんだ……。
謎多き大喰らいの少女、ディディ。
この子を仲間にするのか? それとも、丁重に断るのか?




