行き倒れ少女の目覚め
街道に倒れていた少女を連れて、俺たちは野営に適した場所へと移動した。
この子を更に詳しく調べるにも、ゆっくりと休ませるにしたって道の真ん中でとはいかないからな。
丁度良い野営地に落ち着き、早速昼食の準備をする。
本当だったら昼飯程度なら簡素に済ませるんだが、今は意識のない謎の少女も一緒だからな。火をおこし少し長めの時間を取る事にしたんだ。
まぁ、場合によっては今日はこの場で一夜を過ごすのも悪くないだろう。
一先ず少女の様子はサリシュに見ていてもらい、俺たちは手分けして食事の準備に当たった。
と言っても、別に狩りや採集に出る必要なんて無いんだけどな。やる事と言えば周辺の確認と薪集めぐらいだ。
「じゃあ、お湯が湧いたら野菜とお肉を入れて、シチューにしましょう」
街から町へ、僅かに3日程の行程なんだ。しかも、季節は冬。
すぐに痛んで食べられなくなるって事も無いし、少し多めの食材を用意すれば事足りる。
近くに野生動物の巣や魔物がいる痕跡が無いかだけ調べれば、後は特にする事も無かった。
マリーシェの指示で、俺たちは焚火を囲んで腰を落ち着けていた。
時折薪が弾ける音と、水が茹っていく音だけが聞こえてくる。誰も、何も言葉を発しない時間が続いていた。
全員が気にしている事は言うまでもない。連れて来た少女の安否や素性だな。
「……特に熱は無いし、呼吸も荒くなく発汗もしてないから病気を患ってるって事は無いと思う」
そんな沈黙を破って、俺がみんなに現状を報告しようと思ったんだが。
「ね……熱ぅ!? アレク、あなた彼女の熱を測ったの!?」
俺の言葉を遮って、マリーシェが素っ頓狂な声を上げたんだ。その顔は、何だか驚愕の表情を浮かべている。……何を驚いてるってんだ?
「……アレク。……あんた、いつの間にこの子の身体を弄ったん?」
俺のそんな疑問に、少し軽蔑の眼差しを浮かべたサリシュが答えてくれた。
ああ、なるほどな。普通は熱を測ろうと思えば額に手を当てるとか身体を触るって行為が必要だからその発想になったのか。
「いや、最初に脈を診ただろ? あれで、大体の体温が分かるんだよ。その時に呼吸音やら汗なんかも確認しておいたんだ」
しかし、何をどう勘ぐったら俺が気を失った少女に悪戯するってんだよ。……あれ? って言うか、それって勘ぐられてもおかしくないか?
そこで俺は、ここに来るまでのマリーシェ達が俺を見ていた視線の意味を思い出していた。彼女達は俺が少女を運んでいるのが気になってたんじゃなくて、彼女の身体に触れている事を問題視していたらしい。
「……なぁんだ」
「しかし、あんな短い時間でそれだけの情報を得るとは……流石だな」
ホッとするマリーシェに続き、カミーラが深く感心していた。
冒険者は基本的に、自分たちの事は自分たちで対処する。でもそれが出来るのは、長く冒険を続けて来た中級以上になってからだろうか。
未熟な冒険者には色んな面で経験が少なく、病気の有無や怪我の具合を測るにもどうすれば良いのか分からないと言うのが実情だな。
それが、駆け出したちが途中で冒険者家業を断念する理由にもなってるんだけどな。
「表情や肌の状態から見て、伝染病の類でも無いだろうからな。恐らくは疲労か……考えにくいけど睡眠不足ってところか?」
カミーラの賞賛に気を良くしたって訳じゃないけど、俺はそれを新たに付け足した。別に今言う必要のない説明だったけど、これは彼女達の今後にも十分に役立つ知識だからな。
……なんて思ったんだけど。
「で……伝染病だってぇっ!?」
「だ……大丈夫……なの!?」
セリルとマリーシェが表情を青くして驚き、飛び退く様にして眠る少女の近くから離れていた。
考えてみれば、伝染病の類は俺たち冒険者にとって大敵だ。
回復魔法やポーションで治す事は出来ないし、アイテムも有効なものは少ない。現状のほとんどは、伝染病に罹らないように気を付けるしか無いからな。
場合によっては、村ごと封鎖して焼き払う事例だってあるくらいだ。そんな業病を口にされたら、マリーシェ達の反応も分からないではない。
「う……ううん……」
その時、それまでピクリとも動かずに寝息だけを立てていた少女に動きがあった。少し身を捩ったかと思うと、意識を取り戻す素振りを見せたんだ。
「お……起きたか……って、うおっ!?」
俺がその少女に話し掛けようとした次の瞬間、ガバッと飛び起きた少女は周囲の様子を伺う前に鼻をヒクヒクとさせて辺りの匂いを嗅いでいる。
それと同時に。
―――グウウウウゥ……。
凄まじく大きな腹の虫が大きな呻き声を上げたんだ。それがどこから聞こえた音なのかは、今更俺たちが探る必要なんてない。
匂いの発生源を察知した少女が、目を爛々と輝かせて鍋の方を凝視していた。冗談ではなく、その口元からは涎が多量に垂れているほどだ。
「……腹が減っているのか?」
そんな彼女に話し掛けると、漸く周囲の状況を察したのか小さく頷いて応じて来た。この子にしてみれば、気付けば見知らぬ集団に取り囲まれているのだから安心出来る状況じゃないだろうしな。
「なら、食事をご馳走してやっても良いけど……。その前に、お互い名乗らないか?」
彼女についての詳しい話は一段落ついてからって事で問題ないけど、それでも名前くらいは知っておかないとな。
「俺は『アレックス=レンブランド』。みんなからな『アレク』って呼ばれてるからそう呼んでもらって構わない。……それから」
「私は『マリーシェ=オルトランゼ』よ。宜しくね」
「……『サリシュ=ノスタルジア』ァ言いますぅ。……よろしゅう」
「『カミーラ=真宮寺』だ。宜しく頼む」
「……『バーべライト=ペプチカート』。……『バーバラ』でいい」
「あ、俺っ! 俺は『セリル=アステンバード』ってんだ! 宜しくねぇ!」
俺が最初に挨拶をすると、続けて全員が一気に名前を告げていた。……おいおい、そんなに立て続けに名乗った処で、覚えるのも難儀だろう。
……なんて考えていたんだけど。
「アレクさんに……マリーシェさん。サリシュさんに……カミーラさんは東国の方でしょうか? バーバラさんに……セリルさんですね?」
それはどうやら杞憂だった。たった1度聞いただけで全員の名前を間違いなく覚えるだなんて、この子は頭が良いんだなぁ。しかもカミーラの素性まで察する洞察力と知識だ。
……まぁ、それもそうかも知れないんだけどな。
「わたくしは『ディオラ=デイバラ』と言うですぅ。同僚からは親しさを込めて『ディディ』と呼ばれておりますので、皆様もそう呼んで下さいですぅ」
そう言って彼女は、頭から覆っていたフードを取って全員に顔を見せた。
まず印象深いのは、その澄んだ緑色の瞳だろうか。慈愛に富み、見た者の心を穏やかにしてくれるのは間違いない。
そして、短い髪の毛はボサボサで一見ボーイッシュだけど、とても綺麗で日が当たるとキラキラと水色の透明感を浮き彫りにしていた。
整った顔立ちをしているけど、多分俺たちよりも年下だろう。まだ幼さがかなり伺いしれる。さっき抱きかかえた感触から、恐らくその身体はスリム……と言うよりも痩せていると推察できた。
少し特徴的な語尾で韻を踏みつつ、ディオラ=デイバラ……ディディは自分の名を明かすと座ったままだけどペコリと頭を下げた。姿勢を正すその所作は自己流って訳じゃなくて、どこかで作法を指導されたようにも思える。
その理由も、俺には何となく察する事が出来る訳だが……。
―――グウウウゥゥ……。
「と……とにかく、まずは食事にするか。彼女も、随分とお腹が減っているみたいだしな」
顔を真っ赤にして俯き何も言えなくなったディディに気を使って、俺は殊更に明るくみんなに提案した。
「そ……そうよね。そうしましょう」
「よぅさん作ったから、いっぱい食べぇやぁ」
マリーシェとサリシュの同意から、俺たちの少し遅い昼食が始まった。
……んだけど。
そのすぐ後には、俺たちは思わず閉口させられちまう事に見舞われたんだ……。
目を覚ましたディディと一緒に、俺たちは昼食を摂る取る事にした。
本当ならば、互いの事を話しながらの食事となる筈だったんだけど……。
そうは……ならなかったんだ。




