数奇行路
蛙鳴蝉噪……なんやかんやあって、俺たちはマールの町へ向かう事で一致した。
なんやかんやと不満顔なマリーシェ達だけど、彼女達もあの町に着いたら多分喜ぶんだろうなぁ……。
目的地は決定した。後は、そこへ向けて出発するだけだ。
「じゃあ、出発するからな。各自、忘れ物は無いだろうな?」
些か子供を引率するみたいな台詞だけど、これはこれで大事な確認だ。俺たちは物見遊山に向かう訳じゃないんだ。
街から町への街道上を移動……道を外れなければ、危険は殆ど無いと言って良い。とは言え、全く安全とも言えないからな。
備えあれば憂いなし。これは、どんな場合にも通用する1つの真理だ。
「おう! 大丈夫だぜぇ、アレク!」
真っ先に答えて来たのは、珍しいと言うかなんと言うか……セリルだった。
普段はマリーシェやサリシュが返事をよこしてくれるんだが、今の彼女達はそんな気分ではないらしい。
「マリーシェ、サリシュよ。それに、バーバラもだな。未だに今回の決定には不満なのか?」
俺からやや離れた所で固まっているマリーシェ達に向けて、カミーラが少し呆れた風に話し掛けた。
「べ……別にぃ」「……そ、そやなぁ」
そんなカミーラに対して、マリーシェとサリシュはやっぱり腑に落ちないって感じの口調で答えていた。
今回保養地「マールの町」へ行く最終的な切っ掛けとなったのは、カミーラの「興味がある」と言う一言だった。それまでマリーシェ達は、この「マールの町」へ行く事に反対だったんだからな。
最終的には「マールの町」へ行く事を承諾したとは言え、完全に納得した訳じゃあ無いんだろうなぁ。
「ここに至って、いつまでもゴネても仕方ないだろう。忘れ物が無いんなら、すぐにでもこの街を出るけど……良いな?」
一度決まった事とは言え、何ら目的があって行く訳じゃないからな。何なら、目的地を変更したって構わないんだ。それこそ、当初行く予定だった「フィーアトの街」へ向かったって一向に問題ないんだけどな。
でも、毎度そんな事をしていてはキリがない。誰かの不満を汲んで方針を変更していちゃ、意見の統一なんて望めないからな。
「……うん、分かったぁ」「……忘れもん、……無いでぇ」
顔はまだ晴れていないけど、マリーシェとサリシュは問題なしと返してきた。
「よし! それじゃあ、マールの町へ向けてしゅっぱぁつ!」
女性陣の気持ちや葛藤なんてお構いなしに、セリルは満面の笑みで号令を掛けて歩き出した。
これから向かう「マールの町」へはおよそ1日半西へ向かい、そこから南西へ歩く事になる。街道に沿って更に2日ほど進んだ先に、保養地として賑やかな目的地があるんだ。
大体4日ほどの行程となるけど、今の俺たちにとってはそれほど苦ではない。でも季節はすっかり初冬を迎えて、程なくしてこの街道にも雪がチラつくだろうな。
「うぅう……。随分と寒くなって来たよなぁ……。これが、マールの町に近付くと暑くなるってんだから不思議だよなぁ……」
出発時の元気は何処へやら、ジャスティアの街を出て1日後にはセリルはもう弱音を吐いていた。口取り縄を取られている荷運び馬もそんなセリルに充てられたのか、寒さを感じたように身震いした。
これからの季節、確かに寒さは冒険にとって敵になるだろう。
そしてこれも彼の言う通りなんだが、ここから後2日も進めばこの寒さが完全になくなり、今着ている防寒着も全て脱ぎ捨てた格好になるんだからまったく不思議な話だ。
「ちょっと、セリル。あんまり情けない事ばかり言わないでよね。寒い中を野宿するのなんて、旅をするのには当然必要な事なんだから」
「……そや。いい加減、季節の変化に慣れぇや。……冬は寒いんも当たり前やでぇ」
そんなセリルの弱気は、たちまちマリーシェ達の餌食にとなり辛辣な言葉となって返される。これも、いつものやり取りだな。
「……とは言え、そろそろ昼食にしてはどうだどうか?」
「……確かに。……空腹は……余計に寒さを際立たせる」
確かに、かなり弱弱しくなった太陽は天頂に差し掛かり時刻は昼時を指している。昼食の準備をしても問題ないかもな。
そしてバーバラの言った通り、人は腹が減ると寒さを過剰に感じるしイライラもする。実はマリーシェ達の棘のある言い様も腹が減っているからかも知れないな。
「カミーラの言う通り、そろそろ場所を見つけて昼食にするか。まだ先は長いからな」
急ぐ旅でも無いし、目的地もまだ遠い。ノンビリユックリと進んで行くのも悪くないからな。
俺の提案がみんなを元気付けたのか、全員からは喜びの声が返って来た。
事件は、それからすぐ後に起きた。
俺たちは野営の出来そうな場所を探して移動していたんだが。
「お……おい、アレク! あそこに……人が倒れてねぇか!?」
馬の口取り兼前方の注意を担当していたセリルが、何かを見つけて俺に報告して来たんだ。すぐに確認すると、確かに人が倒れているみたいな布の塊が見える。
この辺りはジャスティアの街が近くにあり、その北には温泉街アルサーニや貴族の保養地テルセロがある事で、余り行き倒れってのには遭遇しない。だけど、全くのゼロって訳でもない。街道を歩いていれば、時折倒れてる人や物乞いに会う事があるんだ。
そこで問題となるのは、その対応をどうするかって事になる。
下手に恵んだり助けようものなら、途中で放り出すって訳にはいかなくなる。かと言って、人情的に無視して素通りするってのも難しい。
……実際。
「ほ……ほんとだ! 助けないと!」
「……とりあえず、具合を見てやらんとあかんな」
「バーバラは、とにかく応急処置の準備をしてくれ! もしかすれば、魔獣にやられたのやも知れぬ!」
「……分かった」
てな具合に、俺が指示する前に全員が助ける前提で動き出していたんだ。って言うかセリルよ。馬をほっぽってお前まで行っちまってどうすんだよ……。
残された形になった俺は、最後尾を馬を引いてユックリみんなの元へ向かったんだ。
現場に駆け付けたは良いけど、どうすべきか迷っている……。俺が到着した時に感じた感想は正にそれだった。
「ア……アレク! ねぇ……どうしよう!?」
勢い勇んで飛び出したは良いけれど、みんな倒れている人を起こすどころか触れようともしていない。……ったく、具合は? 応急処置はどうしたんだよ?
ピクリとも動かない人を前にして、全員がおっかなびっくりってところだな。まぁ、舞台俳優のように「おい、大丈夫か!?」なんて抱き起せる人はそういないもんだ。
戦場だと、同じ目的で戦っているって連帯感から、仲間が傷つけば助けるし治療もするだろう。倒れた理由が分かっているんだから、対処も早い。
でもこれが行き倒れとなると、また事情が違ってくる。
「ピ……ピクリとも動かへんでぇ」
「と……とにかく、まずは安全な処で寝かせて……」
「……いや、待て。……迂闊に動かして……良いのか?」
ただ倒れているだけだが、それでも全く動きを見せなければ触れるのさえ躊躇われるのも分からない話じゃない。
いっそ周囲に血でも飛び散っていたら、まだ彼女達も動けたかも知れないんだけどな。
「お……おい、アレク!?」
そんなマリーシェ達を後目に、俺はとっとと倒れている人の元へと歩みを進めた。どんな状態であっても、まずは容体を確認する事が先決だからな。
目深にフードを羽織っていて、倒れているのにどんな人物なのかすぐには分からなかったんだけど……。
「……なんだ? こんな場所で……女の子?」
そっと顔を露わにしてやると、それは何と少女の顔をしていたんだ。俺はそれだけを呟くと、静かに首筋へ指をあてた。
「えっ!? 女の子!?」
「こんなとこで、女の子やてぇ?」
「お……女の子だったのか!?」
俺の呟きを聞き取ったマリーシェとサリシュ、セリルが驚きの声を上げた。倒れている姿からは女性らしい姿が感じ取れなかったんだから、それもまぁ当然だろう。
そして、彼女が何故これ程のゆったりとしたローブを羽織っているのかも理解出来た。
「……大丈夫だ、ただ気を失っているだけらしい。呼吸も正常だし、取り合えずここから安全な処に移動させよう」
俺はそのままその少女を抱き上げると、周囲をざっと見まわした。ダボっとした服装から体型は分からないけど、俺の感覚ではかなり小柄で軽いと言う印象だ。
少し目を眇めて見やると、丁度街道を進んだ先に野営に向いていそうな路肩がある。
「……よし。あそこで休憩にして、ついでに彼女も診てみよう。外傷は無いみたいだけど、詳しくは調べてみないとな」
俺の台詞で、全員が一斉に動き出した。無論、今度はちゃんと目的を持った意味のある動きだ。
ただ……。
何故だかマリーシェやサリシュ、カミーラにバーバラから指す様な視線を受け続ける羽目になったんだが……。
倒れていた、謎の少女。
冬の街道で女の子が行き倒れなんて……嫌な予感しかしない。




