回護の弁明
不満を浮かべるマリーシェ達を宥める為に、俺は彼女達へ丁寧な説明をする事にしたんだ。
少し長くなるかもしれないが、ここで手間を惜しんだら後々に響くからな。
今回俺が単独で向かった依頼について、マリーシェ達に詳しい事は何も話されていない筈だ。クレーメンス伯爵には、その様に念を押していたからな。
「今回の依頼は、前回の『トゥリトスの町殲滅作戦』で失脚したエラドール侯爵夫人オレリア様とナリス様を、隠遁地まで護衛する任務だったんだ」
「えぇっ!? ナリス様ぁ!?」
俺が前置きを話すと、真っ先に反応したのはシャルルーだった。彼女はナリス嬢と親交があったから当然だろう。
ただシャルルーも、エラドール侯が爵位を無くし失脚した事を知っていても、これほど早急に事が運ぶとは思っていなかったみたいだな。
「はい、シャルルー様。夫人とナリス様は、唯一残された領地であるロジーナ村へ向かわれました。その際の護衛に伯爵さまがご指名を受け、それを俺に命じられたって訳です。ナリス様は、シャルルー様に宜しくと。また遊びに来て欲しいとおっしゃっていましたよ」
「……ナリスお姉さま」
俺がナリスからの伝言を伝えると、シャルルーはどこか感じ入っているみたいだった。
ここまでは、然して脚色する事も無い話だ。それに、その理由もシャルルーならば容易に察しが付くだろう。
繁栄を極める貴族家にあっても、いつその地位を失い没落するか分からないんだからな。明確に教えて貰わなくとも、周囲に似たような話があれば自然と耳にする事もあるだろう。
そしてここまでの彼女との会話で、大まかな理由はマリーシェ達も理解したみたいだ。
「それで? なんでそのクエストに私たちを連れて行かなかったのよ?」
「……そうや。それに、なんでウチらの代わりにグローイヤ達を連れて行ったん?」
「そんなに、俺たちの事が信じられないってのかよ?」
マリーシェが本題を口にしサリシュも疑問を追加して、セリルが不満をぶちまけていた。カミーラとバーバラは未だに沈黙を守ってるけど、どちらかと言えばこっちの方が怖いよなぁ。
「信用とか信頼の話じゃあ無い。適性の問題だったんだ」
「……適正?」
「ああ……。今回の護衛中に、かなり高い確率で『闇ギルド』の残党が襲って来る可能性があったんだ。どこで待ち伏せて襲撃を掛けてくるか分からない奴らに備えるには、それに経験のある者の方が良かったからな」
俺がセリルの問いに答える様に話すと、バーバラが続けて疑問を口にした。だから俺は、更に踏み込んだ説明をしたんだ。
「……闇ギルド」
「……それの残党やて? でも、何でその生き残りが侯爵夫人を襲うん?」
彼女達の疑問は、話をする毎に湧いてくる。俺はそれに、丁寧に答えるつもりだった。
「闇ギルドも、今回の件では面子を潰された形になってるからな。やられっぱなしってのは、今後の運営やギルドの威信にも影響するんだろう。それに生き残った者たちも、組織の粛清に合うかも知れないと言う恐怖心から必死だろうしな」
これも想定されていた質問だった。だから俺は、淀みなくマリーシェとサリシュへ向けて返答したんだ。
「でもそれじゃあ、別に俺たちが護衛任務に同行しても問題無いんじゃないか? 何も、置いていく事は無かったんだ!」
怒りの治まらないセリルは、さっきの話を蒸し返す発言をして来た。ただし、これについては先ほどの俺の答えに変わりは無いんだけどな。
「さっきも言ったけど、相手は待ち伏せして何処から襲って来るか分からない。市街地みたいに、ある程度潜んでいる所が予測出来る訳じゃないからな。こういう事には、より経験を得ている者を連れて行く方が結果としては安全で確実なんだ」
「俺たちは……俺は、安全で確実な冒険なんて望んじゃいない! どんな敵でも、俺は立ち向かい戦って見せる!」
その返答に、セリルは何やら勘違いして声を荒げて反論して来た。その心意気は立派なんだけど、大事なのはそこじゃあないんだよなぁ。
俺がそんな事を考えていると、背後から小さく鼻を鳴らす音が聞こえた。
……もしもし、グローイヤさん? それは俺を笑ったものか? それとも、セリルに対してなのかな?
「セリル、それは言われなくても当然の事だ。俺たちは遊びで冒険者なんてやってる訳じゃあ無いからな。どんな依頼でも、必死で向き合い間違いなく達成する。それが出来ないなら、冒険者なんてやっている意味が無いからな」
冒険者の依頼には、意外に高額の報酬が設定されている。例えば山野での薬草採取にしたって、採集品の買取価格だけじゃあなくそれよりも高い金額を手にする事が出来る筈だ。
これは偏に冒険者への危険手当や労働費だけじゃあなく、間違いなく完遂してくれる事への信用も報酬と言う形で含まれているんだ。
……まぁそれでも失敗する可能性があるから、こちらからも「依頼申請料」として内容に見合った金額を事前に支払わないといけないんだけどな。因みにそのお金は、クエスト完了報告時に戻って来る。
だからどんな依頼でも俺たちは全力で当たらないといけないし、失敗は基本的に許されないんだ。
「それに、安全を求められているのは俺たちの方じゃなくて護衛対象者……今回はオレリア様とナリス様だ。逆に言えば、俺たちが何人命を落とそうともこの2人が無事ならば依頼は成功って事になる。ただし、少しでも彼女達が害されるような事があれば……かすり傷1つ付けてしまったら依頼は失敗。報酬を受け取る事は出来ず、下手をすれば損害料の支払いが発生するだろうな。安全で確実ってのは俺たちに対してじゃあなく、夫人たちの身の安全と待ち伏せに対しての迎撃についてって意味だ」
セリルの激情に任せた言葉に対して、俺は淡々と事実だけを話して聞かせた。これは、今更言うまでもない冒険者の〝心得〟みたいなもんなんだけどな。
物事が上手く運んでいる時は、そうした当たり前の事だって忘れがちだ。命がけで取り組むのが当然のクエストだって、そうする事は「特別」だと思い込んじまう。
だからって、ヨウ? 聞こえるかどうかって声量で喉を鳴らすのは止めてくれないか?
「じゃ……じゃあ、その『安全で確実』の為には俺たちよりもシラヌス達の方が良かったって事のなのかよ? 俺たちをこの街に置き去りにさえして?」
でもヨウの、俺かセリルに対してなのか分からない嘲笑も、セリルの方には聞こえなかったみたいだ。それだけ、今の奴は頭に血が上ってるって事かもな。
「適正って言ったろ? こう言った経験は、俺たちよりも彼女達の方が経験豊富だし向いてると判断したんだ。だからこそ俺は、今回の依頼にグローイヤ達へ付いて来て貰うようにお願いしたんだ」
これもまた、その場凌ぎの嘘じゃあ無い。実際に、今の俺たちよりもグローイヤ達の方が護衛任務も、そして待ち伏せに対する反撃も秀でているからな。
「そう言う事。今回の判断は、アレクの英断だったと思うよぉ? 敵の奇襲に備えるのにも経験が必要だし、あたい等はあんた達よりもそんな依頼を熟して来たからねぇ」
「だったら今回の事は、俺たちにもその経験って奴を積ませてもらう機会だったんじゃないのか? 置いて行く事はなかっただろう?」
「だから、それこそアレクの見事な判断だって言ってんだよ。その経験を積む前に死んじまう事になっちゃあ、目も当てられないだろ?」
俺の説明に、グローイヤとヨウが加わって来た。流石に彼女達の言葉には、セリルもすぐには反論出来ない。
「……それじゃあ……あんた達なら……死ぬ事なく完遂出来るって……アレクは分かってたの?」
そんなセリルの代わりに、今度はバーバラが問い掛けて来た。彼女は口数も少ないけど、だからと言って納得してるとは言い難いみたいだな。
「……そうだな。特に今回のような任務ならば、お前たちよりも技量のある者を同行させた方が良いだろう。それを考えれば、アレクが俺たちに話を持ってきた事は誤っていなかったと言えるだろうな」
そのバーバラの問いに答えたのは、これまで事の成り行きを見守っていたシラヌスだった。
普段は思慮深く寡黙な彼だけど、今回は俺やグローイヤ達の加勢に回ってくれたらしい。……ただ、奴には珍しくちょっと失言があった訳だけど。
「……今回のような……とは? 普通の護衛ではなく、ただ『闇ギルド』からの襲撃に相対するだけではない……と言った意味なのか?」
普通なら聞き逃してしまいそうな奴の言葉尻に、カミーラが疑問を呈して来た。これにはシラヌスも失態を自覚したんだろう、僅かに俯き小さく舌打ちしていた。
「そうよぅ? 今回の任務にはぁ、襲ってきた『闇ギルド』の刺客をぉ、返り討ちにするのも含まれているんだからぁ」
閉口したシラヌスの代わりに応えたのは、面白そうに笑みを浮かべたスークァヌだった。
説明にはグローイヤ達だけじゃあなく、スークァヌも加わって来た。
でもそれで、事態は更にややこしい事になって来たんだ。




