クエストの完遂
被害もなく戦闘が終わり何よりだった。
そして、目的地はもう目と鼻の先だ。
「護衛長様。どうかされたのですか?」
馬車の小窓から、オレリア様付きの侍女が声を掛けて来た。前触れもなく全体の行軍が止まって、その後も何の説明さえされなけりゃ、そりゃあ疑問にも思うだろうな。
「あ……いや。少し問題が起こったが、それも排除出来た。すぐに再出発するとお伝えしてくれ」
慌てたように取り繕う護衛隊長アルドルだけど、そんな話し方じゃあ不安を煽るだけだろうに。もっとも、さっきの戦闘時に何も出来なかったんだから、彼の動揺も分からないではないけどな。
「問題……が起きたのですか? 皆さん、大丈夫なのですか?」
「オ……オレリア様! これは……」
うっかりと不安を煽る様な台詞を溢してしまったお陰で、侍女を押しのけてオレリアが話しかけて来た。慌てる様に馬から降り、アルドルは跪いて畏まった。
「この隊を襲ってきた不埒者を排除いたしました。オレリア様には、心安らかにおられますよう……」
「……不埒者……ですか?」
しかし、何で貴族のやり取りってのはこう穴だらけなのかねぇ? あんな解説じゃあ、聞く方にもどんどんと疑問が湧いてくるだろうに。
世俗に全く興味が無いお大尽なら最初の言葉で話を終えただろうに、相手がオレリアやらナリスのように積極的なら話は別だ。
「……は。恐らくは、盗賊の類であろうかと。しかし、もう退けました。この場も、すぐに発ちます故ご準備願います」
畏まりながらも冷静さを折り戻したアルドルは、簡潔に仔細を報告して出発する旨を伝えていた。まぁまさか暗殺者の集団に襲われましたなんて言う訳にもいかないから、これはこれで正解なんだけどな。
それにこう告げられてしまえば、オレリアの方にも更に追及すると言う選択肢は取れない。
「……そうですか。それでは到着まで、またよろしくお願いしますね」
少し釈然としている風ではなかったけど、オレリアは追及することなくそれだけを言うと馬車へ引っ込んだ。
アルドルにしても、自分たちが何も出来なかった事についてこれ以上の話は出来ないだろうからな。突っ込まれる前に、早々に会話を切り上げたのかも知れない。
彼の宣言通り、一隊はすぐにその場から移動を開始したんだ。
ロジーナ村……と言っても、規模で言えば町の方があっているかも知れない。設備や家屋は簡素なものが多いけど、確りと整っていて豊かさが伺えるな。
そんな通りを、村の奥に建てられている屋敷へオレリアとナリスは歩いて向かっていた。
通りは舗装されている訳でもなく、彼女達の足元は泥や土で既に汚れているけど気にしている素振りは無かった。跳ねた泥がドレスに付くのを気にしているのは、どちらかと言えばアルドルの方だな。
「奥様、お嬢様!」「良くお越しくださいました! 奥様、お嬢様!」「奥様ぁ! お嬢様ぁ!」
2人……と言うより一団が歩いていると、通りからは声……と言うよりも熱狂的な歓声が沸き起こる。それにオレリアとナリスは、にこやかに手を振って応えていた。へぇ……2人とも、この村では大人気なんだなぁ。
やや遠巻きにそれを眺めながら、俺はそんな感想を抱いていた。とは言え、ただ単に眺めていた訳じゃあ無い。
襲ってきた暗殺者が、あれで全部かと問われれば断言して頷く事は出来ない。もしかすると、数人でもこの村に潜ませている可能性だってあるんだからな。
グローイヤ達もその事を考慮に入れて周囲を警戒しているし、ヨウは別行動で死角となる場所を確認してくれていた。
ただ規模やら人員、構成を考えても、とても単独での暗殺が通用する技量の持ち主がいるとは思えないんだけどな。
「おや? ヨウの方も、怪しい処は無いってさ」
屋根の上から合図を送って来たヨウを見て、グローイヤがポツリと呟いた。どうやらこの村の中は安全みたいだな。
然したる問題もなく、俺たちは今後彼女達2人の住む屋敷にまで辿り着いたんだ。
村にはぐるりと取り囲むように木壁が取り囲んでいる。これなら、野獣の類や野盗の一団に襲われる事は無いだろうし、襲撃されてもすぐには被害も出ないだろう。
そんな村の一角……およそ1/5をこの屋敷が占めていた。元とは言え侯爵家の別荘だったろうに周辺を囲うのが木の柵程度ってのが気になるけど、これは恐らくオレリアの好みかナリスの要望だったのか。
「それでは、ここまでですね。長い道のりを、どうもありがとうございました。クレーメンス伯爵様には、よろしくお伝えくださいね」
「ありがとう、アレックス。それにグローイヤとシラヌス、ヨウにスークァヌ……だっけ? みんなもここまでお疲れ様。シャルルーには、また遊びに来てって伝えておいてね」
そんな屋敷の入り口で、俺たちはオレリアとナリス直々の挨拶を受けていた。本当だったらそんな必要も無いんだけどな。
彼女達をここへと送り届けたのは伯爵の依頼な訳だし、これはあくまでも仕事の一環なんだ。使用人から労われるのはあっても、高貴な方から直接声を掛けられるなんて俺たちクラスの冒険者じゃあ余り無いからな。
そう考えると、クレーメンス伯爵が少し変わってるって事なんだが。
「はい。分かりました」
余計な事は言わず、俺はそれだけを返した。グローイヤ達もあえて何も口にせず、そっぽっを向いたり俯いたり、ニヤッと笑みを浮かべたり微笑んだりしている。
多分彼女達も、こう言った事に余り慣れていないんだろうな。
他には特に何もなく、俺たちはその場を後にした。随分離れても手を振ってくれていたナリスが印象的だったな。
馬を一頭頂戴して、俺たちはその日の内にロジーナ村を後にした。既に十分に秋も深まっていて陽が落ちるのは早かったけど、俺には急いで戻る理由があったからな。
あんまりのんびりしていると、マリーシェ達からどんな批難を受けるのか知れたもんじゃない。……まぁ、もう手遅れな訳だけどな。
「お前たちに、頼みがあるんだが」
帰りがてら、俺はグローイヤ達に改まって願い出た。とは言え、今更言うまでもない事でもあるんだけどな。
「今回の依頼は、全部お前たちだけで対処したって事にしてくれないか?」
一斉に目を向けて来た彼女達に対して、俺はその頼みを告げた。全部ってのは暗殺者集団を蹴散らしたのも、そしてわざわざ馬を貰い受けてまで連れ帰る捕虜を捕らえた手柄も含めてだ。
「そりゃあ良いけどさ。あんた……いつまで隠し通すつもりなんだい?」
そんな俺の台詞に、グローイヤは目を半眼にして問い返してきた。これを聞かれると、俺の方としてもつらい処だ。
「いつでも私たちが傍にいれば良いんだけどぉ、そうも行かないですしねぇ?」
そして、スークァヌの追い打ちが齎された。確かに、今回はこの状況を上手く利用させてもらったけど、いつも何時でもって訳にはいかないよなぁ。
「……いずれは、こう言った依頼も俺たちだけで熟さなければならないだろうな。本当だったらこんな依頼、もっとランクが上がってから受ける類のものだしな」
そんなグローイヤ達の疑問に、俺は自分の考えを静かに述べた。協力的なこいつ等に、今更隠し立ても無いだろう。
「でも、今はまだ彼女達には早い。精神的に大人なお前たちなら自ら人を殺めても自我を保っていられるだろうけど、あいつ等はまだまだ子供だからな。人に手を掛けるって負荷に耐えれるようになればいずれ……な」
俺の自戒のような独白を聞いて、グローイヤ達は小さく微笑んでいた。それは別に嘲ったものでは無く、どこか諦念じみているものだったんだ。
「それは良いけどよぅ。それならパーティに、密偵やら暗人やら、盗賊なんてもの入れておく方がいいぜ?」
そしてヨウが、冗談めかしてそんな事を口にした。どこまで本気だったのかは分からないけれど、これはこれで的を射た意見だな。
避けられない依頼の中にこう言った人を殺めるものがある以上、その度に俺だけが裏で動く訳にはいかなくなる。俺は良いとしても、マリーシェ達が積極的に介入してくるだろう。
「……ああ。考えておくよ」
決してその場凌ぎではなく、俺は真面目にヨウへと答えたんだ。
グローイヤ達の耳の痛くなる言葉を念頭に置きつつ、俺たちのクエストは終わりを告げたんだ。
そして戻った俺にはもう1つ、頭の痛くなる案件が残っていた。




