奇襲急襲
3日目の移動が始まった。
予定通りならば、今日の夕刻前には目的地に着く。
そして予想通りならば……。
完全に陽も昇り、オレリアとナリスの準備も整った。
俺たちはこの場所を出立して、ロジーナ村への移動を再開したんだ。何事も無ければ、今日の夕方までには到着するだろう。
昼を過ぎ、一刻も経過しただろうか? すでに周辺は広大な畑が広がっていて、とても人里離れているとは言い難い。
隠れる所も随分と少なくなってきていて、もしも襲撃計画が実行されるならばこれ以上の引き延ばしは無理だろう。
「……アレク」
「……ああ。……シラヌス」
「……うむ。ここしか無いだろうな」
馬車が2台は通れるだろう畦道。その前方には、僅かに木立が形成されていた。そのずぅっと先には、ロジーナ村の陰が薄っすらと確認出来る。
ここで暗殺者たちが仕掛けて来なければ、それはそれで面倒な事になる。
ロジーナ村で生活を開始したオレリアたちをどの程度まで護衛するのか、その人員は、期間は? いつまでも面倒を見続けない限り、ある程度の区切りをつけて彼女達を守る計画を立てなくてはならない。
そしてその場合、その後にオレリアたちがどうなっても関知しない態度も明確にしないといけないだろうな。
オレリアは兎も角として、ナリスはシャルルーの友人って事だから無碍にも出来ない。とは言え、無制限に護衛し続けるってのも現実的じゃあ無いからな。
俺たちとしては、出来れば潜伏場所の把握しやすいここで待ち伏せてくれると有り難かったんだけど。
グローイヤも同じ考えだったのか声を掛けて来て、それを受けて俺がシラヌスに確認し、彼もそれに同意を示した。
その時、俺は僅かに複数の押し殺した気配を感じたんだ。ゆっくりとヨウに目配せすると、向こうも微かに目で頷いて来る。どうやら、ここで刺客が潜んでいるのは間違いないみたいだ。
そのまま僅かな顔の動きで、ヨウに前方の敵の排除を依頼する。ゆっくりと顔を巡らすと、グローイヤも人の存在を確認しているみたいだった。
俺はそのまま彼女に、視線でこの場の警護をお願いした。それを明確に理解したグローイヤは、どこか舌打ちでもしそうな表情でそれでも納得してくれたんだ。
多分彼女も、敵の只中にでも飛び込んで大立ち回りしたかったんだろうな。
ここまで、俺たちは会話をしていない。殆ど付け焼刃での視線で意思疎通を図ったに過ぎない。
相手は、闇ギルドに所属していただろう暗殺者たちだ。大っぴらに騒ぎ立てるのは勿論、下手に〝隠語〟を使っても見破られるだろうからな。
でも、すでにヨウには動き出してもらっている。ここまで来たら、こちらの動きを隠し通せるものでもない。
「この場を頼む。護衛部隊への説明もな」
スッとシラヌスの元まで馬を寄せると、俺は出来るだけ小声でそれだけを彼に依頼した。異変を察したシラヌスも、何も言わずに頷きを返し馬を速めて先頭へと向かった。
そして殆ど同時に、俺は後方の、そしてヨウは前方の茂みへと飛び込んだんだ!
俺の受け持った茂みの中には、5人の刺客が潜んでいた。
突然行動を開始した俺たちに対してすぐに動き出せなかったのは、こいつ等がレベルの低い暗殺者だったからだろうな。
しかも俺の動きに動揺して気配を漏らし、その位置を知らせるなんて……未熟も良い処だ。
俺は気配を消して影のように動き、短剣を抜き前方に潜んでいる奴の背後へ回り込むと、そのまま口を塞ぎ喉を掻き切った。
「ヒュッ!」
命の灯火が消え失せる音を発して、まずは1人の始末に成功した。そして俺は、そのまま次の標的へと移動を開始する。
こいつ等が暗殺者としてレベルが低くて助かったな。仲間が1人やられた事には気付いているかも知れないけど、その後どう行動すれば良いのか僅かに逡巡があったんだ。
暗闘において、一瞬の躊躇は本当に命取りだ。作戦が瓦解したと言うならば即座に行動を開始するか、もしくは速やかに撤退するのが正解なのにな。
こいつ等はそのどちらもしなかったお陰で、俺は2人目も始末する事に成功したんだ。
「こ……こいつっ!」
でも、奇襲はそこまでだったみたいだ。残る3人は立ち上がり身を寄せ、俺の姿を探して周囲へと意識を向ける。
流石に肉眼で索敵されれば、気配を消しても意味はない。俺は短剣を捨て腰の愛刀を速やかに抜刀した。
「ぐわっ!」
3人目は、素早く詰め寄り腹部に剣を突き立てて息の根を止めた! 半ば強引だったけど、明らかにこいつ等は俺よりもレベルは下だ。
それに、暗殺者としてのみの技術を与えられていたならば、面と向かった対人戦闘は苦手だと踏んでいたんだが、それもどうやら正解だったみたいだ。
「このぉっ!」
殆ど逆上気味に突き出してきた短剣を剣で弾き、俺はそのままそいつを袈裟斬りにした! 確りと踏み込んで斬りつけた事で、かなり深手を与えたはずだ! これなら、まず間違いなく致命傷だろう。
「う……うわ!」
瞬く間に4人がやられて、恐怖心に駆られたんだろう。5人目は事もあろうか、俺に背を向けて逃げ出そうとしたんだ。
「や……止め……ぐはっ!」
剰え命乞いまでしようとしたそいつの背中を、俺は問答無用で目一杯斬りつけた! 剣先が内臓に達する感触に、こいつにも間違いなく致命傷を負わせた事を確信した!
倒れた5人目の胸を剣で突き刺し止めを刺して、更に息絶えているであろう4人目にも念の為に剣を突き立てた。暗殺者ってのは、実は死を装うのも得意としているからな。
俺はそのまま、念の為に周囲の気配を探ってみた。より上位の存在が潜んでいたら気付けないかも知れないけど、今の俺に分かる範囲では誰も感じる事は無かったんだ。
「……ふぃ―――」
そこで漸く、俺は大きく息を吐いて人心地着いたんだ。如何に格下相手とは言え、暗殺者を相手にした戦いには油断が禁物だ。
特に奴らの持つ武器には、高確率で毒が塗ってある。ここで現れる程度の奴らが使うような毒なんてすぐに解毒出来るけど、受けないに越したことは無い。
「全員無事だったか?」
茂みから道に戻り、シラヌス達の方へと歩きながら問い掛けた。
馬車の周辺には2人の暗殺者が倒れていて、その1人は拘束されている。どうやらヨウの方に配されていた奴らの方が人数は多く、よりレベルは高かったみたいだ。
「見ての通りだよ。詰まらない連中だね」
馬車に迫った暗殺者の1人を倒したであろうグローイヤが、何とも物足りないと言った風に答えて来た。彼女の相手にした刺客は、文字通り両断されて息絶えていたんだ。
そしてもう1人は、恐らくはシラヌスかスークァヌの魔法で行動の自由を奪われているんだろうな。
どれだけ情報が引き出せるかは知らないけど、こいつをジャスティアの街で引き渡せば闇ギルドへの牽制にも使えるだろう。
「おお!? さすがはアレクってところか? もう片付けたんだなぁ」
声がした前方の方から歩いて来るのは、両手両足を血塗れにしたヨウだった。彼の姿を視て、近辺に控えている護衛騎士たちからは動揺の声が広がっていた。
血だらけとはいっても、それは全て「敵」のものだろう。
ヨウの両手足は正しく凶器だからな。拳、手刀、肘は言うに及ばず、蹴りや膝も生半可な武器より余程殺傷力が高い。
恐らくだけどヨウは、前方側に潜む暗殺者たちを瞬く間に屠って来たんだろうな。奴の艶姿を見れば、その凄まじさが分かるってもんだ。
「まぁな。念の為に周囲の気配は探っておいたんだが、他に潜伏者は居ないみたいだ。……どうだ?」
そんな奴の姿を確認して俺はヨウに、そして他の者にも声を掛けた。俺の感覚が絶対……などと、そんな慢心なんて口が裂けても言えないからな。
「……俺も感じねぇな」
「あたいも、この辺りにはあたい等以外の人間はいないと思うね」
そしてヨウとグローイヤからは、俺と同じ答えが返って来た。この返答だけで、ほぼ間違いないものだったんだけど。
「……今、周辺を探ったんだけどねぇ。どうやら、小動物以外はいないみたいだねぇ」
スークァヌの意見も同じだったんだ。彼女は恐らく、魔法を使って周辺を索敵したんだろう。
魔法で探れば、より正確に生物の所在を知る事が出来るはずだ。でも待ち伏せている相手にそんな素振りを見せれば、より警戒されて逆に奇襲を誘発してしまう。
だから明らかに攻撃が予想される場合、魔法での探知は極力しないでおくのが常だな。
でも全てが終わった今は、彼女の言葉が今回の依頼の終了を意味していたんだ。
襲ってきた暗殺者どもは、無事に蹴散らす事に成功した。
これで、もう夫人たち母娘を襲うことは無いだろう。




