リバルの影
護衛部隊との軋轢はあったけど、行程は順調に消化していった。
特に問題もなく、旅は2日目を終えようとしていたんだ。
オレリアとナリスの新たな生活地「ロジーナ村」への道中も、2日目を終わろうとしていた。明日の昼過ぎには到着する予定だと考えれば、この旅も後半に差し掛かったと言える。
その間に襲撃があったのは、野犬の群れだけだった。魔獣とも言えないその集団の駆除は、今の俺たちには本当に片手で余る作業だな。
特に大きな問題もなく、俺たちは最後の野営を行い身体を休めていたんだ。
「……ずっと気になっていた事があってな」
夕食を終えた歓談中、話題が途切れた事を見計らってシラヌスが口を開いた。先ほどまでのどうでも良い内容ではなく、どこか重いものをその表情は孕んでいたんだ。
俺は出来るだけ以前の人生を知られない様に立ち回って来たけど、それだって完璧じゃあ無い。
俺は元来冒険者であり、戦士であり、勇者だったんだからな。人を欺くみたいな術は、どちらかと言えば得意じゃあ無いんだ。
色んな事がいつバレてもおかしくない訳だけど、そこは相手もみんな俺と同年代の少年少女たち。相手の機微から鋭く察するには、まだまだ経験不足って奴だな。
でも、中には例外もいる。
このグローイヤ達……特にシラヌスは、どこか知識が豊富であり慎重で疑り深い。こういう奴を誤魔化し切るのはまぁ……無理だな。
そんなシラヌスが、真面目な顔をして切り出したんだ。俺の持つ秘密の幾つかが疑念を持たれたか……って考えてたんだけど。
「トゥリトスの街で出会ったあの『リバル』と言う男。そして、その配下の女ども……。奴らは一体何者だ? お前は何か知っている様な風だったが……」
俺の方へと鋭い眼光を向けながらも、シラヌスの思考はどこかその時の光景を思い出しているみたいだった。
その時の光景……。
それは、トゥリトスの街から撤退する際に街の出入り口で立ち塞がっていた、とにかく異常に強い殺気を放つ剣士の姿だろうか。
「……お前たちは『リバル=エフスロル』と言う人物に心当たりがないのか?」
ただその質問は、俺にとっては意外と言って良いものだったんだ。だから俺は奴の質問にはすぐに答えず、逆に問い返した。
それがこの話のプロセスと理解しているんだろう、シラヌスを始めとしてその場にいたグローイヤ達も何ら反論などせず、各々が深く記憶を辿っている。
「……知らないねぇ」「俺も……知らねぇな」「思い当たらないねぇ……」
暫くして返って来た答えは、一様に同じものだった。そして声こそ出していないけど、シラヌスもそれに同意だと目で訴えていた。
「……そうか。……ここからは他言無用に願いたいんだけどな」
俺の前置きを、沈黙が是だと答えてくれていた。奴らはこれからの話が、秘匿度の高いものだと思っているんだろうけど。
実際は、ただ俺の知る世界との違いから混乱させる可能性がある為、出来るだけ広げて欲しくないだけの話なんだけどな。
俺の語った人物像と、この世界に実在する人物の姿がかけ離れていては色々とまずい事になり兼ねないからな。
「……奴の名は『リバル=エフスロル』。俺が知る限りで奴は『聖白の騎士』として名を馳せ、世界で最も〝勇者〟に近い存在だとして多くの王族貴族から期待されている人物って話なんだが……本当に知らないのか?」
「……あれが『聖白の騎士』とやら……だってぇ?」
「聖白と言うよりは、漆黒と言った方がしっくりくるよなぁ」
俺の説明にグローイヤとヨウが首を傾げるのも当然っちゃあ当然か。何せ俺たちと対面したリバルは、正しく死をまき散らす悪魔みたいな姿だったんだからな。
……聖白の騎士、リバル=エフスロル。
その名は、前世で俺が冒険者を始めた時にはもう広まっていた。
その強さは勿論なんだけど、とにかく清廉潔白で品行方正。とても冒険者家業をするような人物には思えず、どちらかと言えば一国の騎士長でもしていそうな人物って話だったな。
実しやかに、本当はどこぞの貴族子息か王族の隠し子なのではないかと噂されていたもんだ。
流石に実物に会う事は出来なかったけど、冒険をしていても彼の話は頻繁に耳にした。
そして特に驚きだったのは、彼は人をその手に掛けた事が無い……って事だった。
冒険者を続けていれば、やっかみや逆恨みで命を狙われる事がある。物取りが襲って来る事も少なくないだろうし、依頼の中には賊の討伐や暗殺紛いの案件だって少なくないだろう。
しかし彼は、襲って来る者どもを全て返り討ちにしても命を取る事はせず、賊の殲滅には全員捕縛と言う手段を実行していたんだ。無論、暗殺や謀殺の類には手を出していない。
だからこその「聖白の騎士」だったんだ。
「それにしても、〝勇者〟……ねぇ。噂でしか聞いた事が無いけどぉ、ほんとにそんな職業が存在するのかしらぁ?」
そしてスークァヌは、グローイヤ達とは別の部分に疑問を抱いていたんだ。
今の時代には、まだ職業として〝勇者〟を得た者は居ない。何を隠そう、世界で初めて〝勇者〟となったのは、この俺だったんだからな。
最も〝勇者〟に近いと言われていた男……リバル=エフスロル。でも結局彼は、以前の世界では〝勇者〟にはなれなかったんだ。その理由は至極簡単。
―――それは彼が、余りにも潔白過ぎたからに他ならなかったんだ。
実は〝勇者〟になる条件の中には「人を殺めた事がある」と言うものがあった。ただこれに意外感を抱く者は、あの世界の当時の人たちにも少なくなかったようだけどな。
語り継がれ思い描かれている〝勇者像〟と言うのは、魔を退け万難を排し、世界を平和へと導く存在……だ。ここだけを聞けば、当時のリバルはそれらのイメージに合致しているとも言えなくはない。
ただし現実は、それほど簡単じゃあ無かったんだ。
如何な〝勇者〟と言えども手を汚す事はあるだろうし、逆にそれが出来ない……してこなかった者は、経験が足りていないとされているのかも知れないな。
勿論、ただの殺人鬼には〝勇者〟と成り得ない訳だけど、それでも様々な事柄を冷静且つ的確に対処するには、綺麗事だけでは済まない場合もあるって話だろう。
「……まだ見た事も無い〝勇者〟の事は、今は考えなくて良いだろう。問題なのは、あの恐ろしく強い殺気を持つ『リバル』なる者が、再び俺たちの眼前に現れるかどうか……と言う可能性だろうな」
将来の問題よりも、現在の脅威。シラヌスは、そこをこそ問題としているみたいだった。そしてそれは、俺も同感だな。
少なくとも俺の目には、リバルは「聖白の騎士」に程遠い姿をしていた。片腕も無くしていたようだし、それが今の彼を形作る事に直結しているんだろうか?
どちらにせよ、今の俺たちではリバルに太刀打ち出来ないのは明白だ。
「他の奴の事は知らないのか? あの3人の女たちの」
更に問題としては、リバルと共に居た3人の女性たちだ。グローイヤは、その事にも懸念を抱いているみたいだった。
「……いや、他の3人については知らないな。恐らくは『闇ギルド』に所属する人物なんだろうけど……」
そんな彼女に、俺は無難な回答をした。実際、彼女達の名前には心当たりが無かったからこれは仕方がないな。
とは言え、実は思い当たる人物が2名、居るにはいるんだ。それは「ガウェイラ」って魔法使いと「フルカ」って僧侶だな。
実際に詳しい事は知らないけど、この2名は前世でもリバルと行動を共にしていた筈だ。もっとも魔法使いの方は男性だった気がするんだが。
「どのみち、厄介な奴らだぜ。あれだけの技量を持っていながらこんなレベルの低い場所をうろつかれてちゃあ、安心して依頼も熟せないぜ」
レベルが上がりランクも上がれば、より難易度の高い依頼や仕事が回って来る。そしてそれは、この「テルンシア地方」では殆ど受けられない事ばかりなんだ。
それこそ、カミーラの故郷である東国「神那倭国」に行くなんて依頼もあるだろうし、この「アイフェス大陸」の東端から西端を巡る旅ってのも少なくないだろう。ヨウの言う通り、あんな奴らにこの辺りで遭遇しちまったら、今の俺たちじゃあ生き延びる術がない。
「今回はトゥリトスの街を1つ犠牲にする作戦を取って来たんだ。それなりの実力者を送り込んで完璧を期すってのは考えられない話じゃあ無い。多分、あれクラスの奴らが来るってのは特別だと思うぞ」
でも俺は、ヨウに対して楽観論的な答えをした。ただしそれは、何も考えなしって訳じゃあ無い。
実際に今回のトゥリトスの街を犠牲にした作戦は、闇のギルドにとっても失敗が許されないものだったんじゃないだろうか? 少なくとも俺なら、やっぱり相応の実力者に現場の指揮を任せるだろうな。
「……うむ、恐らくはそんな所だろう。一先ずは、この話はここまでにして今日は休むとしよう。アレクとは、いずれじっくりと話したいものだな」
気付けば周囲の明かりは激減し、残っているのは俺たちの焚火と、寝ずの番をしている者たちの篝火だけになっていた。かなり夜も耽っていたらしい。
シラヌスの最後の台詞には引っ掛かる処もあるけど、俺たちも翌日の為に休む事としたんだ。
この世界のリバルは、果たしてどう言った存在なんだ?
本当に闇ギルドに身を窶した、ただの殺人鬼なんだろうか?
それとも、奴こそが……?




